エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第五層――ローグ、目覚める
第四層《ロービア》のフロアボスを撃破し、攻略組はついに第五層へと足を踏み入れた。
転移門を抜けた先に広がっていたのは――
石。
石。
そして、石。
崩れかけた石壁。
地面から突き出した古い柱。
半ば土砂に埋もれた石造りの建物。
遠くには、巨大な遺跡と思しき構造物まで見えている。
第四層の美しい水路と白い街並みとは対照的に、そこには古代遺跡を思わせる景観が広がっていた。
「へぇ……」
キリトが周囲を見渡す。
「第五層は、こういう感じなのか」
アスナも興味深そうに石畳へ視線を落とした。
「なんだか……宝物でも埋まっていそうね」
その言葉に。
ぴくっ。
こっこの耳が動いた。
リズはそれを見逃さなかった。
「……今、反応したわね?」
「気のせいだよ」
「絶対に気のせいじゃない」
その隣では、サタンが豪快に腕を組んでいた。
「フハハハハ! ようやく第五層か! このミスター・サタン様の新たなる伝説が――」
――ピコン♪
「…………」
サタンの目の前にメッセージウインドウが開いた。
全員の動きが止まった。
サタンの顔から笑顔が消える。
「…………まさか」
恐る恐るウインドウを開く。
差出人。
《老師》。
本文は――たった一行。
『戻ってこい。次は投げ技じゃ!』
「…………」
沈黙。
そして。
「このイベントはいつまで続くんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
第五層の遺跡に、サタンの絶叫が響き渡った。
「二層からずっとじゃねえか! 柔拳! 川! 脚技! 今度は投げ技!? オレはいつになったら普通に攻略できるんだ!!」
いつの間にか隣に立っていた中国風の商人が、顎髭を撫でながら感心する。
「エルフイベントより壮大アルナ」
「他人事みたいに言うな!!」
「ミスター・サタン専用大型キャンペーンアル」
「そんなキャンペーン頼んでねえ!!」
キリトが苦笑する。
「……でも、ここまで続くってことは、相当大規模なクエストなんじゃないか?」
「いらん! オレは普通にボスを殴りたいんだ!」
アスナが首を傾げる。
「でも、投げ技を覚えたら、もっと強くなるんじゃない?」
「…………」
サタンが固まった。
「強く……」
商人がすかさず耳元で囁く。
「老師、今回は投げ技と言ってるアル」
「うむ」
「つまり敵を――」
商人は両手を大きく振り上げた。
「ドーン! アル」
「…………✨️」
サタンの目が輝いた。
「悪くないな」
リズが呆れた。
「本当に単純ね、この人」
「では戻るぞ!」
「切り替えが早すぎる!」
サタンは勢いよく転移門へ向かう。
その背中へ、こっこが手を振った。
「頑張ってねー!」
「次こそボス戦には間に合うからなぁぁぁ!!」
「再見アルー!」
二人の姿が転移門の光へ消えていった。
しばしの静寂。
リズがため息をつく。
「……行っちゃった」
シリカがピナを抱きながら苦笑する。
「サタンさん、いつになったら私たちと普通に攻略できるんでしょうね……」
「最終的には、老師そのものになるんじゃない?」
「やめろ、こっこ。ありそうで怖い」
キリトが真顔で制した。
そして一行は、改めて第五層の探索を開始した。
古びた石畳を歩く。
あちらこちらに崩れた壁。
瓦礫。
草に覆われた石柱。
一見すれば、ただの背景オブジェクトにしか見えない。
――しかし。
十数歩進んだところで。
こっこが突然立ち止まった。
「…………おお」
リズが嫌な予感を覚える。
「なによ」
「ここ……」
こっこの顔が、みるみる輝いていく。
「すごいぞ」
「何が?」
こっこは周囲を見渡した。
「お宝がいっぱい落ちてる!」
「は?」
全員が辺りを見回す。
瓦礫。
石。
枯れ草。
崩れた柱。
それだけだった。
リズが眉をひそめた。
「あんた……見えるの?」
「見えるよ?」
こっこには見えていた。
石壁の隙間。
瓦礫の下。
崩れた柱の陰。
地面に生じた、わずかな違和感。
そして時折、視界に浮かぶ――微弱なシステム反応。
こっこが一つの瓦礫へ近づいた。
しゃがみ込む。
「ここ」
「ただの石じゃない?」
「違う」
指先で瓦礫を探る。
カチッ。
小さな感触。
こっこが石片を持ち上げると――
その下に、小さなアイテムオブジェクトが隠されていた。
「えっ!?」
シリカが目を丸くする。
こっこが拾い上げる。
古びた小箱だった。
《Ancient Small Coffer》
リズが叫ぶ。
「本当にあった!!」
キリトの表情が変わった。
「ちょっと待て」
彼も瓦礫へ近づく。
だが――何も表示されない。
「……見えない」
「え?」
「普通は、こういう隠しアイテムには探索系の補助スキルやバフが必要になるはずだ」
キリトがこっこを見る。
「なのに……お前、どうして見えてるんだ?」
こっこは首を傾げた。
「ローグだから?」
「そんな大雑把な説明で納得できるか!」
するとアスナが腕を組み、妙に納得したように頷いた。
「でも……こっこさんだもの」
「アスナまで!?」
「第一層からずっと、素材とか隠し場所とか、妙なものばかり見つけていたでしょう?」
「…………」
キリトは反論できなかった。
リズも納得しかけたが――
「いや、待ちなさい」
こっこを指差す。
「あんた、第四層で戦い方を変えたわよね?」
「うん」
「左手でウインドウを操作しながら、右手で剣を使うようになった」
「うん」
「しかも、工具をブラインドタッチで取り出せるように練習していた」
「うん」
「ローグ系の技能、地味に伸びていない?」
「…………」
こっこが自分のスキルウインドウを確認する。
しばらくスクロールして。
「あ」
「何よ」
「探索補正……上がってる」
「やっぱり!!」
キリトが額を押さえた。
第四層。
戦闘中にウインドウを操作するため、利き手ではない右手で剣を扱う訓練。
左手では視線を切らず、ストレージから必要な工具を取り出す《ブラインドタッチ》。
さらに、秘鍵争奪戦で磨かれた潜伏、追跡、解除、観察。
それらの積み重ねが――
第五層という探索要素の多いフィールドに入った途端。
一気に噛み合った。
アスナが小さく笑う。
「さすがローグね……」
「えへへ」
「褒めていないと思うわよ」
リズが即座に突っ込む。
だが。
こっこの視線は、すでに次の場所へ向いていた。
「あそこにもある」
「え?」
「あと、あそこ」
「ちょっと」
「そこの壁の裏にも反応がある」
「待ちなさい」
「あっちの石像も怪しい」
「待てって!」
こっこが走り出した。
「宝探しだぁぁぁ!!✨️」
「こっこさーん!?」
シリカとピナが追いかける。
「きゅるるー!」
リズも慌てて走り出す。
「勝手に行くな! 罠があるかもしれないでしょうが!!」
その後ろで。
キリトとアスナだけが取り残された。
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせた。
キリトがぽつりと言う。
「俺たち……攻略組だよな?」
「そうね」
「第五層の攻略に来たんだよな?」
「そうね」
前方から声が響いた。
「宝箱あったー!!✨️」
「だから勝手に開けるなぁぁぁ!! 」
「こっこさん、罠です! 罠を確認してください!! 」
「きゅるるー!」
キリトは遠い目をした。
「……遺跡荒らしに来たんじゃないよな?」
アスナは少し考えてから――
笑った。
「第五層では、彼について行った方が収穫が多そうね」
「アスナ!?」
攻略組最前線。
第五層。
この日――
誰よりも早く新たなフィールドへ適応したのは。
黒の剣士でも。
閃光でもなかった。
工具袋を腰に下げた――
一人のローグだった。
そして本人は、まだ知らない。
この第五層。
古代遺跡。
隠された財宝。
秘密の通路。
罠。
宝箱。
それらすべてが――
ローグという生き方と、恐ろしく相性がいいことを。
「おおっ! こっちにも何かある!!✨️」
リズの絶叫が響いた。
「だから走るなぁぁぁぁ!! 」
第五層――武器更新
第五層攻略開始から数日。
遺跡の街を探索し、宝箱を調べ、モンスター素材を集める中で、攻略組の装備にも、いよいよ大きな変化が訪れようとしていた。
その中心にいたのは、もちろん――。
「さあ! 今日は武器の総点検よ!」
鍛冶設備の前で腕まくりをするリズだった。
その背後には、第五層までに集めた鉱石、モンスター素材、エルフ由来の素材が整然と並べられている。
こっこが目を輝かせた。
「おお……✨️」
リズが即座に釘を刺す。
「先に言っておくけど、勝手に持っていったら殴るからね」
「まだ何も言ってないよ!?」
「顔に書いてあるのよ!」
シリカが苦笑する。
「こっこさん、素材を見ると、だいたいいつも同じ顔をしますから……」
「そんなに?」
「します」
ピナまで、
「きゅる♪」
と同意した。
「ピナまで!? 」
◆アスナ――《シバルリック・レイピア》
最初に武器を差し出したのはアスナだった。
これまで愛用してきた《ウインドフルーレ》。
第二層から長きにわたって彼女を支え、幾度もの戦闘をくぐり抜けてきた細剣である。
リズはそれを受け取り、状態を確認した。
「……かなり使い込んだわね」
「うん」
アスナは少し寂しそうに頷いた。
それは、単なる数値ではない。
第一線で戦い続けてきた彼女にとって、命を預けてきた相棒だった。
しかし、第五層では敵の防御力もHPも上昇している。
いつまでも同じ武器を使い続けるわけにはいかなかった。
そして――。
エルフ関連のクエストを進めていたアスナが手にした、新たな細剣。
リズが鞘から抜く。
銀色の細身の刀身。
《Chivalric Rapier》
――《シバルリック・レイピア》。
こっこが覗き込んだ。
「騎士道のレイピア……って感じ?」
キリトが頷く。
「Chivalricなら、そんな意味だな」
アスナが握り、軽く構える。
――シュッ!
一閃。
空気を切り裂く音が、これまでとは明らかに違った。
「……軽い」
アスナの目つきが変わる。
一歩。
二歩。
そして、《リニアー》。
銀光が一直線に走った。
リズが満足そうに笑う。
「いいじゃない。あんた向きよ」
アスナも嬉しそうに刀身を見つめる。
「うん。これなら――もっと速く戦える」
こっこは感心したように頷いた。
「アスナちゃん、いよいよ騎士らしくなってきたねえ」
「ちゃん付けしないで」
「はい 」
◆キリト――《クイーン・オブ・ザ・ナイト》
そして、キリトにも新たな剣があった。
エルフ戦役クエストを通じて手にした片手剣。
《Queen of the Night》
――《クイーン・オブ・ザ・ナイト》。
黒を基調とした刀身を見て、こっこが腕を組む。
「…………」
キリトが眉をひそめる。
「なんだよ」
「いや」
こっこは真顔で言った。
「名前まで黒いなと思って」
「ほっとけ!」
アスナが吹き出す。
リズも笑いながら武器を確認した。
「でも、性能はかなりいいわよ。キリトの戦い方にも合ってる」
それまで使ってきた《アニールブレード》から、次なる主力武器へ。
キリトは新しい剣を軽く振る。
ヒュン――!
「……いいな」
短い言葉だった。
だが、剣士としては十分すぎる評価だった。
◆シリカ――《キュート・ダガー》
続いて、シリカが武器を差し出した。
「私もお願いします!」
短剣を確認し、リズが腕を組む。
「シリカは接近戦そのものより、ピナとの連携が主体なのよね」
「はい」
こっこが横から口を挟む。
「だったら、投げられるようにしよう」
「え?」
「短剣なんだから投げられる。でも――」
こっこは指を立てる。
「投げたら拾いに行かなきゃならない」
シリカが頷く。
「そうですね」
「そこで!」
嫌な予感を覚えたリズが振り向く。
「……あんた、また何を考えてるの?」
「戻ってくればいい」
「は?」
試作が始まった。
リズが短剣そのものを製作し、こっこが投擲後の回収機構を考案する。二人は、それをSAO内で実現可能な範囲のワイヤー式補助具としてまとめ上げた。
完成したのは――。
《Cute Dagger》
――《キュート・ダガー》。
「えいっ!」
シリカが投げる。
短剣が木製標的に命中した。
そして、手首を返す。
シュルルルッ――!
「わっ!」
補助ワイヤーに引かれた短剣が戻ってくる。
シリカが慌ててキャッチした。
「できました!」
「おおー!」
こっことリズが拍手する。
ピナも、
「きゅるるー♪」
と喜んだ。
「ただし」
リズが厳しい表情を浮かべる。
「人のいる方向に投げないこと。戻す時も、周囲を確認すること!」
「はい!」
こっこも頷く。
「安全第一」
リズがじろりと睨む。
「一番信用できない奴が言ったわね」
◆リズベット――《アース・シェイカー》
そして、鍛冶師自身も装備を更新した。
もっとも、リズの場合は少し事情が異なる。
「私はこれ」
ドンッ!
巨大なメイスが作業台に置かれる。
《Earth Shaker》
――《アース・シェイカー》。
シリカが目を丸くする。
「リズさん、それ……重くないですか?」
「鍛冶屋を舐めないでよ」
ひょい。
リズはそれを軽々と肩に担いだ。
こっこが一歩下がる。
「リズさん」
「なによ」
「ツッコミが物理攻撃になってない?」
「試してみる?」
「結構です 」
鍛冶を続けてきたことで鍛えられた筋力系ステータス。
そこに重量級メイスを組み合わせる。
純粋な剣士とは異なるが、盾役の援護、硬い敵の装甲破壊、そして鍛冶師としての装備適性を考えれば、実にリズらしい武器だった。
◆そして、こっこ――《ノーグ・サーベル》
最後に、リズが腕を組んだ。
「で」
「はい」
「あんたは?」
こっこは無言で《アニールブレード》を作業台に置いた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
第一層。
ホルンカ。
《森の秘薬》クエスト。
あの日から、ずっと使い続けてきた剣。
何度も研ぎ、何度も修理し、強化し、命を預け、時には工具代わりにまでしてきた。
シリカが静かに言う。
「……長かったですね」
「うん」
こっこは柄を撫でる。
「こいつのおかげで、ここまで来られた」
リズも茶化さなかった。
鍛冶師だからこそ分かる。
武器を替えるということは、単なるステータス更新ではない。
特に――デスゲームにおいては。
「……本当にいいの?」
リズが尋ねる。
こっこは少しだけ考えた後、頷いた。
「うん。第五層からは――こっちで行く」
用意された新しい武器。
細身で、わずかに湾曲した刀身。
斬撃性能だけを見れば、攻略組の主力剣には及ばない。
だが――。
こっこの戦い方に合わせた特殊な補正が付与されていた。
《Norg Saber》
――《ノーグ・サーベル》。
キリトが性能表示を覗き込む。
「武器落下補正……?」
アスナも読み上げる。
「相手の武器を弾いた時のディスアーム判定に補正……それに――」
沈黙。
全員がこっこを見る。
こっこは、にこにこと笑っていた。
リズが額を押さえる。
「……あんたに一番持たせちゃいけない武器を作ってしまった気がする」
シリカも青ざめる。
「ローグ系の《略奪》判定とも相性がいいんですね……」
キリトが自分の剣を抱え込んだ。
「おい」
「なんだい、キリトくん♥」
「絶対に、俺に近づくな」
「ひどいなあ」
「第四層で秘鍵を盗んだ奴が言うな!!」
アスナもレイピアを隠す。
「私も警戒しておく」
「アスナちゃんまで!? 」
リズが笑った。
「自業自得よ」
こっこは《ノーグ・サーベル》を腰に差す。
正面から敵を叩き伏せる剣ではない。
相手の動きを読む。
隙を作る。
武器を落とす。
奪う。
そして――逃げる。
剣士ではなく。
騎士でもなく。
鍛冶師でもない。
第五層に入り、ついに戦闘スタイルまで含めて、その姿が形になり始めた。
《ローグ》としての、こっこの剣。
こっこは満足そうに腰の新たな相棒を叩いた。
「よし!」
そして宣言する。
「これで第五層のお宝を根こそぎ――」
ゴンッ!!
「いったぁぁぁぁ!! 」
《アース・シェイカー》の柄が頭に落ちた。
リズが笑顔で言う。
「はい。試し打ち成功♥」
「僕で試すなよぉぉぉ!! 」
シリカが笑い、アスナも笑った。
キリトは自分の《クイーン・オブ・ザ・ナイト》を確認しながら、ぼそりと呟く。
「……第五層で一番警戒すべきモンスターって、こいつじゃないか?」
「同感」
アスナが即答した。
こうして第五層において、攻略組の武器は次なる段階へと進んだ。
アスナ――《シバルリック・レイピア》。
キリト――《クイーン・オブ・ザ・ナイト》。
シリカ――《キュート・ダガー》。
リズベット――《アース・シェイカー》。
そして。
こっこ――《ノーグ・サーベル》。
武器は変わった。
戦い方も変わっていく。
第五層攻略――。
ここから、彼らの個性はさらに鮮明になっていく.