エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
《王家の鍵》。
フィールドボス《Thieving Rat》から献上されたその鍵を使い、こっこ達は地下迷宮の最奥にある巨大な扉を開いた。
――ゴゴゴゴゴ……。
長い年月、誰にも開かれることのなかった石扉が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その先にあったものを目にした瞬間。
「…………おおおおおおおおっ!!✨️」
こっこの目が輝いた。
「うわっ……!」
キリトも思わず声を漏らす。
「す、すごい……。」
シリカは呆然と立ち尽くし、
「なによ、これ……。」
リズでさえ言葉を失った。
アスナも目を丸くしていた。
そこは――宝物庫だった。
壁際には、金貨の詰まった巨大な壺。
宝石を散りばめた王冠。
黄金の杯。
豪華な甲冑。
古びてはいるものの、見るからに高位装備と分かる剣や槍。
宝石箱。
装飾品。
そして、用途すら分からない数多くの古代アイテム。
王家が築いた財宝が、部屋いっぱいに眠っていた。
「お宝だああああああああ!!✨️✨️」
こっこが走り出した。
「待ちなさい!!」
リズが首根っこを掴む。
「ぐえっ!」
「まずは罠を確認しなさいよ!」
「そうですよ! 王家の墓所なんですよ!?」
シリカまで止めに入る。
こっこは床に這いつくばったまま、宝の山へ手を伸ばした。
「あと……あと三メートルなのに……。」
「死ぬわよ。」
「デスゲームなんだからね。」
アスナまで冷静に釘を刺す。
キリトは苦笑しながら、周囲を確認した。
「まあ、こっこのローグ技能で反応がないなら、罠は少なそうだけどな。」
その言葉を聞いた瞬間。
こっこが顔を上げた。
「キリト君……。」
「なんだ?」
「君はなんて良い人なんだ✨️」
「いや、行っていいとは言ってない。」
「さあ、お宝だー!!」
「聞けよ!」
しばらくの間、王家の墓所とは思えないほど賑やかな探索が続いた。
だが――。
最奥。
豪華な石棺が二つ並ぶ場所まで辿り着いた時。
空気が変わった。
左右に置かれた二つの棺。
片方には剣を抱いた王。
もう片方には花を抱いた女性の彫像が刻まれている。
その間に、小さな机が置かれていた。
机の上には、二冊の古びた本。
こっこが手を伸ばす。
「……日記?」
一冊には王家の紋章。
もう一冊には、別の王国の紋章が刻まれていた。
アスナが静かにページを開く。
文字列が自動翻訳され、ウインドウへ表示されていく。
そこに記されていたのは――。
王と王女。
二人の生涯だった。
**********
かつて、一つの古い王国があった。
長い歴史を持つ、由緒正しき国。
だが、周辺諸国との戦乱の中、その国は滅亡の危機に立たされていた。
王家の血を絶やさぬため。
若き王女は、わずかな供を連れて国を脱出した。
彼女を受け入れたのは、建国されたばかりの小さな国だった。
貧しく。
兵も少なく。
他国から見れば、取るに足らない新興国。
その国を治めていたのは、若き国王だった。
国王は王女を匿った。
そして、王女の国を裏切り、侵略した大国に対し――宣戦を布告した。
誰もが無謀だと言った。
勝てるはずがない。
国力が違う。
兵力が違う。
財力が違う。
それでも若き王は剣を取った。
王女を守るため。
そして、彼女がいつの日か故郷へ帰れるように。
長い戦いの末。
小国は勝った。
奇跡とも呼べる勝利だった。
国王と王女は、その戦いの中で心を通わせていった。
互いを想い。
互いを支え。
いつの日か、戦いが終われば――。
そう願っていた。
だが。
戦争が終わった時。
王女には帰るべき国があった。
荒れ果てた祖国。
疲弊した民。
崩壊寸前の王家。
王女は国王に別れを告げ、祖国へ帰った。
そして、王としての務めを果たそうとした。
国を再建する。
民を救う。
そのために、自分の人生を使う。
だが、王女の周囲にいた側近達は言った。
――国を立て直すためには、強国との婚姻が必要です。
王女は答えた。
心に決めた人がいる、と。
あの若き国王と共に歩みたい、と。
だが、側近達は猛反対した。
あの国は貧しい。
歴史も浅い。
王女の格式に釣り合わない。
もっと国益になる相手を選ぶべきだ、と。
そして、彼らが選んだ相手は――。
皮肉にも。
かつて王女の国を裏切った大国の王子だった。
大国との関係修復。
軍事同盟。
経済支援。
国の復興。
側近達は色めき立った。
王女にとって、それがどれほど残酷な選択なのかを考える者はいなかった。
王女は拒絶した。
何度も。
何度も。
だが。
王家に生まれた者として。
国のため。
民のため。
そう説得され続けた。
そして――。
婚姻の前夜。
王女は一人、自室で杯を手に取った。
その中には毒が入っていた。
最後の日記には、ただ短くこう記されていた。
――私は国を愛しています。
――民を愛しています。
――けれど。
――最後くらい、自分の心に従うことをお許しください。
そして。
彼女の人生は終わった。
**********
王女の死は、遠く離れた国王のもとへ届けられた。
国王の日記は、そこで大きく乱れていた。
文字が震えている。
何度もインクが滲んでいる。
怒り。
悲しみ。
後悔。
そして――絶望。
国王は王女の国へ使者を送った。
なぜ守れなかった。
なぜ彼女の心を踏みにじった。
なぜ「国のため」という言葉で、一人の人間を死へ追いやった。
返答はなかった。
そして国王は。
再び剣を取った。
彼が宣戦した相手は二つ。
王女を追い詰めた祖国の腐敗した重臣達。
そして。
王女との婚姻を当然のものとして受け入れようとした大国。
かつて一度倒したはずの敵だった。
今度の戦争は、前回とは比べものにならなかった。
大国は総力を挙げた。
国王もまた、全てを賭けた。
国王は自ら最前線に立った。
何度傷ついても。
何度兵を失っても。
退かなかった。
獅子のように戦い続けた。
やがて。
小国だった国は、大国を打ち破った。
王女の祖国では、腐敗した重臣達が追放され、新しい統治が始まった。
国王の国は領土を広げ。
人々が集まり。
豊かになり。
いつしか周辺最大の国となった。
だが。
国王は生涯、誰とも結婚しなかった。
戦争が終わった後。
彼は剣を置いた。
そして、その後の人生を平和な国を作るためだけに使った。
道路を作った。
農地を広げた。
孤児院を作った。
学校を作った。
戦争で夫を失った者達を支援した。
敵国だった民さえ受け入れた。
国王の日記の最後には、こう書かれていた。
――私は二度、大きな戦争を起こした。
――多くの者を死なせた。
――それを正義だったと言うつもりはない。
――ただ。
――彼女が生きていたなら。
――この国を見て、笑ってくれただろうか。
老いた国王は、死の直前。
一つだけ命令を残した。
自らの亡骸を、この地下墓所へ葬ること。
そして。
遠い昔に亡くなった王女の亡骸を祖国から譲り受け。
自分の隣へ埋葬すること。
二つの石棺を並べ。
王家の財宝を収め。
墓所を封印せよ。
鍵は世界のどこかへ隠せ。
誰にも荒らされぬように。
二人が。
ようやく静かに眠れるように。
**********
日記を読み終えた時。
誰も喋らなかった。
先ほどまで宝物を見て大騒ぎしていた部屋が、嘘のように静まり返っていた。
シリカが俯く。
「……そんな……。」
リズも腕を組んだまま、石棺を見つめていた。
「やっと……一緒になれたのね。」
アスナは何も言わず、王女の石棺を見つめている。
キリトも静かに息を吐いた。
こっこは。
しばらく二冊の日記を眺めていた。
そして。
ゆっくりと本を閉じた。
机の上へ戻す。
「こっこ?」
リズが呼ぶ。
こっこは辺りにある宝物を見回した。
ほんの少し前までなら。
全部持って帰りたい。
そう思っていた。
だが。
今は違った。
「……帰ろう。」
「え?」
シリカが驚く。
「お宝は?」
こっこは笑った。
少しだけ困ったような笑顔だった。
「これは無理だよ。」
王冠を見る。
剣を見る。
金貨を見る。
そして最後に、二つ並んだ石棺を見る。
「僕のポケットには大きすぎるよ。」
こっこは《王家の鍵》を取り出した。
「これは僕のストレージに封印しておく。」
キリトが目を細めた。
「いいのか?」
「うん。」
こっこは頷く。
「盗んでいい物と、盗んじゃいけない物くらいは分かるよ。」
リズが小さく吹き出す。
「盗むこと自体は否定しないのね。」
「ローグだからね✨️」
「台無しよ!」
それでも。
皆の表情には、少しだけ笑顔が戻った。
五人は墓所を出た。
最後に。
こっこが振り返る。
二つの石棺。
長い年月を経て、ようやく隣り合えた王と王女。
「おやすみ。」
石扉を閉じる。
――ゴゴゴゴゴ……。
巨大な扉が閉まり。
こっこは《王家の鍵》をストレージの奥深くへ移動させた。
その瞬間。
――キィン。
全員の前に。
見たことのない色のシステムウインドウが開いた。
《Hidden Quest Complete》
《The King and the Lost Princess》
――王と、失われた王女。
続けて。
新たな表示が浮かび上がる。
《特殊条件達成》
《王家の財宝を一つも取得せず、墓所を再封印しました》
「……え?」
アスナが目を見開く。
キリトが呟いた。
「特殊条件?」
リズが嫌な予感でもしたのか、こっこを見る。
「ちょっと待って……。」
シリカも身を乗り出す。
「もしかして……。」
こっこの目が。
再び。
きらり、と輝いた。
《EXTRA REWARD》
《――――――――》
こっこ。
「…………。」
リズ。
「何が出たの?」
こっこは震える手でウインドウを見つめた。
そして。
満面の笑みを浮かべた。
「…………お宝✨️」
「結局それかあああああああああ!!」
地下迷宮に。
リズの絶叫が響き渡った。
――イベントクリア。
そして。
王家が最後に遺した、本当の報酬とは――.
王家の墓を出た五人は、最後にもう一度だけ振り返った。
地下深く。
長い年月、誰にも知られることなく眠り続けていた王と王女。
二人の日記を読み、その生涯を知った。
墓室には目も眩むほどの財宝が残されていたが――五人は何一つ持ち出さなかった。
こっこは《王家の鍵》を取り出す。
「……閉めよう。」
誰も異論を口にしなかった。
鍵を差し込む。
――ガチャリ。
ゆっくりと回す。
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な石扉が動き始めた。
王家の墓へ続く道が、少しずつ閉ざされていく。
最後の隙間から見えたのは。
並んで置かれた二冊の日記。
そして、その向こうに眠る二人の棺だった。
やがて――
――ゴン。
完全に扉が閉じる。
こっこが《王家の鍵》を引き抜いた。
その瞬間だった。
――シャァァァン……。
五人の周囲に、柔らかな光が舞った。
「え?」
シリカが顔を上げる。
目の前にシステムウインドウが開いた。
《Hidden Event――Royal Memories》
《王家の墓を封印しました》
《Event Complete》
「……今?」
リズが驚く。
キリトも表示を見つめた。
「墓を見つけたときでも、日記を読み終わったときでもない。」
アスナが閉ざされた石扉を見る。
「ここを……もう一度封印するところまでがイベントだったのね。」
こっこは《王家の鍵》を見る。
「つまり……。」
少し考える。
「墓を暴いて宝を持ち帰るイベントじゃなかった。」
キリトが頷く。
「王と王女のことを知り、墓を元に戻す。それがクリア条件だったんだろうな。」
そのとき。
五人の前に、新たなウインドウが現れた。
《王と王女より、記憶を受け継ぎし者たちへ》
《贈り物が与えられます》
「贈り物?」
直後。
五つの光が現れた。
最初の光は――アスナへ。
その手の中に、美しい銀色のブレスレットが現れる。
《Royal Desire》
――王女の願い。
「……王女の願い。」
アスナが呟く。
二つ目の光はキリトへ。
黒銀のブレスレット。
《Royal Decree》
――王の意思。
「王の意思……。」
キリトが詳細を確認する。
すると二つのアイテムには、共通する特殊効果が設定されていた。
《Royal Desire》
《Royal Decree》
この二つを、パーティーを組んでいる男女のプレイヤーがそれぞれ装備した場合――
《STR +5》
《VIT +5》
「…………。」
キリトとアスナが顔を見合わせた。
「…………。」
こっこも見る。
リズも見る。
シリカも見る。
アスナが三人を睨んだ。
「……何よ。」
こっこはニヤニヤしながら首を振った。
「いや、何も?」
「顔が何か言ってる!」
「だって王と王女から、キリトくんとアスナちゃんにペア装備だよ?」
「ペアじゃない!」
キリトが苦笑する。
「いや、システム的には完全にペア装備だろ。」
「キリト君まで!?」
リズが吹き出した。
「王様と王女様、見る目があるじゃない。」
「もう!」
その隣でシリカは、少し違うことを考えていた。
「でも……素敵ですね。」
「え?」
「王様と王女様は、一緒になれなかったじゃないですか。」
シリカは二つのブレスレットを見る。
「だから今度は、二人の贈り物が一緒に戦えるんですね。」
アスナの表情が変わった。
「…………。」
そっと《Royal Desire》を見る。
そして。
「……そうかもね。」
小さく笑った。
続いて三つ目の光が、こっこの身体を包む。
「おっ、僕だ✨️」
現れたのは軽装型の防具。
《The Explorer》
――探索者。
「おおお✨️」
こっこはすぐに詳細画面を開いた。
《AGI +5》
さらに特殊能力。
通常では認識できない対象が一定距離まで接近した場合、警告ポップアップを表示する。
視界の外。
遮蔽物の向こう。
隠された存在。
そうしたものへの警戒能力を補助する装備だった。
こっこの目が輝く。
「見えないものが近くにあると教えてくれる!」
キリトが感心する。
「ローグのお前には相当便利だな。」
「便利なんてもんじゃないよ!」
こっこは閉ざされた王家の墓を指差した。
「こういう隠しイベントとか! 隠し通路とか! お宝とか!」
リズが呆れた。
「王様たち、贈る相手を間違えたんじゃない?」
「なんで!?」
「警戒用の装備なのに、あんた絶対お宝探しに使うでしょ。」
「探索者だから正しい使い方です。」
「言い切ったわね。」
四つ目の光はリズへ。
足元に一対の足具が現れる。
《Leaper》
「足装備?」
装備して、リズが軽く地面を蹴る。
――タンッ!
「わっ!?」
身体が予想以上に高く跳ね上がった。
リズは危なげなく着地すると、自分の足を見る。
「跳躍力アップ……。」
こっこがすぐに気づく。
「リズには当たりだよ、それ。」
「そう?」
「重量武器を持っている弱点を、脚力で補える。」
リズが愛用のメイスを取り出す。
跳躍。
そこから重量武器を――
「上から叩きつける。」
ニヤッ。
リズが笑った。
キリトが一歩下がる。
「……怖い技を思いついた顔をしているぞ。」
「気に入ったわ✨️」
そして最後。
五つ目の光がシリカへ降りる。
現れたのは小さなネックレス。
《Empath》
――心を通わせる者。
「綺麗……。」
シリカが装備する。
その瞬間。
「きゅる?」
ピナの身体が淡く輝いた。
「ピナ!?」
慌ててステータスを見る。
テイムモンスターのステータスアップ。
さらに装備者自身にも――
《STR +5》
「すごい!」
シリカの顔が輝く。
「私だけじゃありません! ピナも強くなっています!」
「きゅるる~♪」
ピナが嬉しそうにシリカの周囲を飛び回る。
「一緒に強くなれるんだね、ピナ。」
「きゅ!」
五人は、それぞれの贈り物を見る。
どれも強力だった。
しかし。
単なる攻略報酬とは、少し違う気がした。
墓を見つけた報酬ではない。
財宝を手に入れた報酬でもない。
二人の人生を知り。
その眠りを再び守った者たちへ贈られた――
王と王女からの贈り物。
閉ざされた石扉を、アスナが振り返る。
「……ありがとう。」
誰に言ったのか。
それは聞くまでもなかった。
五人は王家の墓を後にした。
そして――
このイベントには、もう一つ。
プレイヤーには明かされていない判定が存在していた。
《Royal Memories》はインスタンスイベント。
条件を満たした別のプレイヤーも、それぞれの王家の墓へ辿り着くことができる。
当然。
墓室に眠る財宝も存在する。
そして――
持ち出すこともできた。
数日後。
カルルインの宝石店。
「おっちゃん、こいつを買い取ってくれ。」
一人のプレイヤーが、カウンターへ宝石を置いた。
かなりの高額品。
王家の墓に眠っていた宝の一つだった。
NPC店主がそれを見る。
「…………。」
「どうした?」
店主が顔を上げる。
先ほどまでの商売人らしい表情が消えていた。
「これは……王家の墓へ納められた品。」
「え?」
「貴様……墓を暴いたのか。」
店内にいたNPCたちが、一斉に振り向いた。
「いや、ちょっと待て。普通に取れたアイテムだぞ?」
「墓荒らし!」
「王家の眠りを汚した者!」
「カルルインから出て行け!」
「えええええっ!?」
警告ウインドウが出現する。
《王家の財宝の売却を確認》
《カルルイン住民からの信頼を失いました》
《カルルインへの入場資格を喪失しました》
「そんなイベント聞いてねえぞおおおお!!」
衛兵NPCが駆けつける。
そして――
本当に街から追い出された。
この事件は、あっという間に攻略組へ広まった。
王家の墓には莫大な財宝がある。
持ち出すこともできる。
だが。
それを金に換えようとした者は――
墓荒らしとしてカルルインから追放される。
その噂を聞いたリズは。
ゆっくりと、こっこを見る。
「…………。」
シリカも見る。
「…………。」
アスナも見る。
「…………。」
キリトまで見る。
「…………。」
こっこは四人の視線に気づいた。
「……なに?」
リズが聞く。
「あんた、本当に何も持って帰っていないでしょうね?」
「持ってないよ!」
「宝石一個くらいポケットに入れてない?」
「入れてない!」
「金貨は?」
「ない!」
「王冠。」
「どうやって隠すんだよ!」
シリカがこらえきれず吹き出す。
キリトまで笑っている。
こっこは憤慨した。
「僕をなんだと思ってるんだ!」
リズは即答した。
「ドブネズミの親玉。」
「まだそれ引っ張るの!?」