エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第五層《カルルイン》。
王家の墓を巡る一件を終えて数日後。
こっこ、リズ、シリカのもとへ、一通のメッセージが届いた。
差出人は――ランスロット。
『こっこ殿。第五層にて、我ら森エルフも新たな拠点を確保した。ダナエ村という小さな村だ。もし都合がつくならば、一度こちらへ来ていただきたい』
「おおっ!」
こっこはメッセージを閉じるなり立ち上がった。
「ランスロットさんだ! 行こう!」
「はいはい。どうせ断る気なんてないんでしょ」
リズが呆れたように立ち上がり、シリカも笑いながらピナを肩に乗せる。
「ランスロットさんたち、元気だといいですね」
「きゅるる♪」
三人は森エルフの拠点、《ダナエ村》へ向かった。
◇
ダナエ村は、深い森の中にひっそりと存在する小さな村だった。
巨大な樹木を利用して建てられた家々。
枝から吊るされたランタン。
清らかな小川が村の中央を流れ、その奥からは白い湯気が立ち上っている。
「……あれは?」
こっこの目が輝いた。
ランスロットが笑う。
「天然の温泉だ。長旅で疲れただろう。好きなだけ入っていってくれ」
「ランスロットさん!」
こっこは両手を握った。
「あなたについてきて本当によかった!」
「秘鍵の時より感動してない?」
リズが呆れる。
「こっこさん、第四層でも温泉作りたいって言ってましたよね……」
「温泉は人類の宝だよ、シリカ君」
「森エルフの村なんですけど」
その夜、三人は温泉を堪能し、森で採れた茸や木の実、川魚を使った料理に舌鼓を打った。
だが――。
楽しいはずの宴席で、こっこは違和感を覚えた。
森エルフたちの表情が暗い。
ランスロットも時折、考え込むように杯を見つめていた。
「……何かあったんですか?」
こっこが尋ねる。
ランスロットはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「実は――秘鍵のことだ」
リズとシリカの手が止まった。
「第五層の秘鍵は、すでに発見された」
「おお!」
「だが――我らではない」
「……あら」
ランスロットの表情が曇る。
「闇エルフだ。彼らに先を越された。秘鍵はすでに彼らの拠点、《シヤーヤ村》へ運び込まれている」
「安置まで?」
「されている」
「警備は?」
「厳重だ」
「場所は?」
「こっこ!」
リズが遮った。
「なんで質問がどんどん犯罪者寄りになってんのよ!」
「いや、参考までに」
「その顔やめなさい!」
シリカも嫌な予感を覚えたのか、こっこの袖を掴んだ。
「こっこさん。今回は諦めましょうよ。もう敵の村に安置されてるんですよ?」
「うん」
こっこは素直に頷いた。
「今日はもう遅いしね」
「今日は?」
リズとシリカが同時に聞き返した。
◇
翌朝。
「おはようございます!」
シリカが宿泊部屋から出てくる。
「おはよう」
そこには、完全装備のこっこがいた。
腰には《ノーグサーベル》。
そして王家の墓で手に入れた新装備――《The Explorer》。
「…………」
シリカが無言で部屋へ戻った。
「リズさん」
「なに?」
「始まってます」
「何が?」
「いつものです」
数秒後。
「こっこぉぉぉぉぉ!!」
ダナエ村にリズの怒声が響いた。
◇
結局。
三人は《シヤーヤ村》近くの森にいた。
「なんで私たちまで……」
「ここまで来ちゃいましたね……」
「きゅう……」
「大丈夫」
こっこは胸を張った。
「盗むだけだから」
「それが問題なのよ!」
今回、正面から戦う必要はない。
むしろ戦えば即座に失敗だ。
三人はハイディングを発動。
木々の陰から陰へ。
建物の裏から裏へ。
ゆっくりと闇エルフの村へ侵入していく。
そして――。
ピコン。
こっこの視界端に、小さな警告ウインドウが現れた。
《WARNING》
「止まって」
こっこが小声で二人を制する。
数秒後。
角から闇エルフの衛兵が現れた。
三人は物陰に身を伏せる。
衛兵は何も気づかず通り過ぎていった。
リズが目を丸くする。
「……今の、見えてたの?」
「うん。《The Explorer》」
王家の墓で手に入れた防具。
見えないもの、死角、接近する危険。
それらが一定距離まで近づくと、警戒表示としてポップアップする。
シリカが感心する。
「ローグと相性良すぎません?」
「でしょ?」
「だからって盗みに使わないでください」
「道具に罪はないよ」
「使う人にあるのよ!」
三人は警備をすり抜け、村の中央へ向かう。
やがて――。
見つけた。
祭壇。
その中央に、淡い琥珀色の光を放つアイテムが浮かんでいる。
《琥珀の秘鍵》。
「……あった」
こっこの口角が上がる。
「こっこ」
リズが袖を引く。
「帰るわよ」
「そうですよ。場所が分かっただけでも十分です」
「そうだね」
二人がホッとする。
こっこは踵を返した。
三歩歩く。
止まる。
「…………」
振り返る。
「こっこ?」
祭壇を見る。
「こっこさん?」
秘鍵を見る。
「ダメよ」
「…………」
「ダメですからね」
「…………」
「こっこ」
「…………」
にやっ。
「その顔やめろぉぉぉ!」
声を出せないので、リズは口だけで絶叫した。
◇
一方。
シヤーヤ村の一角。
キリトとアスナは、珍しくのんびりと朝食を取っていた。
「今回は楽だったな」
キリトがパンをかじる。
「ええ」
アスナも頷いた。
「秘鍵ももう安置されたし。これなら、こっこさんたちが来ても手出しできないでしょう?」
「さすがに村の中まで盗みに来るほど馬鹿じゃないだろ」
アスナが無言でキリトを見る。
「……何だよ」
「今、自分で言ってて不安にならなかった?」
「…………」
キリトの手が止まった。
その瞬間。
――カァァァン!!
村中に甲高い警戒音が響いた。
『緊急警告!』
『祭壇に安置されたクエストアイテムの消失を確認!』
キリトが立ち上がった。
「はあ!?」
アスナも目を見開く。
二人は全力で祭壇へ走った。
そこには――。
何もなかった。
いや。
一枚だけ。
カードが置かれていた。
キリトが震える手で拾う。
カードには、三人の女性怪盗を思わせるシルエット。
そして、その下に――。
『とっつぁん、鍵は頂いたよ。
キャッツ、ルパン♪』
「…………」
キリトの眉間に青筋が浮かんだ。
アスナがカードを覗き込む。
「…………」
「…………」
「ふっ」
「笑うな!」
「だ、だって……キャッツ、ルパンって……混ざってるじゃない……!」
「アイツぅぅぅぅぅぅ!!」
◇
「走れぇぇぇぇぇ!!」
森の中。
こっこが全力疾走していた。
その背後をリズとシリカが必死に追う。
「なんで取ったのよぉぉぉ!!」
「そこに鍵があったから!」
「登山家みたいに言わないでください!」
こっこのインベントリには、確かに《琥珀の秘鍵》が収納されている。
その瞬間。
ピコン。
《The Explorer》が反応した。
背後。
高速接近する――二つの反応。
「来た!」
「誰が!?」
「とっつぁん!」
「二人いるわよ!」
次の瞬間。
後方の茂みが弾け飛んだ。
「こっこぉぉぉぉぉぉ!!」
黒い剣士が凄まじい勢いで追ってくる。
その隣を、アスナが笑いながら走っていた。
「待ちなさい! 怪盗三人組!」
「待てと言われて待つ怪盗はいない!」
「誰が怪盗よ!」
「私たち巻き込まれただけですぅぅぅ!!」
ピナも必死に羽ばたく。
「きゅるるるるるっ!」
こうして第五層の森を舞台に――。
三度目の秘鍵争奪戦が始まった。
ただし今回は。
争奪戦ですらない。
完全なる窃盗。
逃げる、こっこ、リズ、シリカ。
追う、キリトとアスナ。
しかも今回は、こっこに《The Explorer》がある。
追跡者が一定距離まで接近すれば警告が出る。
「右!」
三人が一斉に右へ飛ぶ。
直後、キリトが左側から回り込んできた。
「ちっ!」
「ふふん♪」
「調子に乗るな!」
「キリト君」
こっこが走りながら振り返った。
「怪盗を捕まえたければ――」
ニヤリ。
「もうちょっと足を鍛えたまえ♪」
「殺す!!」
「デスゲームで言っちゃダメな台詞です!」
アスナはとうとう腹を抱えていた。
「もうダメ……お腹痛い……!」
「アスナ! 笑ってないで回り込め!」
「だ、だって……キャッツ、ルパン……!」
「そこ引っ張るな!!」
第五層の森に、五人の声が響き渡る。
しかし――。
今回は、これまでとは少し違った。
こっこはまだ知らない。
《The Explorer》が警告できるのは――。
あくまで、こっこ自身が認識できていない接近者だけ。
そして。
キリトとアスナもまた、過去二回の争奪戦から学習している。
特にアスナは。
笑いながらも――。
すでに、三人の逃走経路を読んでいた。
「キリト君」
「なんだ?」
アスナの表情が変わる。
攻略組《閃光》の顔へ。
「追いかけるの、やめましょう」
「……?」
「先回りするわ」
その言葉を――。
前を走る三人は知らない。
こっこはご機嫌だった。
「緑色にひかーる♪」
「歌わない!」
「こっこさん前見てください!」
「きゅるるっ!」
――さて。
怪盗三人組。
今回は無事、森エルフの《ダナエ村》まで逃げ切ることができるのか。
それとも。
二度も秘鍵を奪われたキリトとアスナが――。
ついに、三人へ逆襲するのか。
第五層《琥珀の秘鍵》。
追跡戦、開始――。
《琥珀の秘鍵》を奪取したこっこ、リズ、シリカの三人は、《シヤーヤ村》を飛び出すと、そのまま森の中を全力で駆け抜けていた。
「急げ急げーっ! 《ダナエ村》まで逃げ切ればこっちの勝ちだ!」
「なんで盗んだ側がそんなに堂々としてるのよっ!」
「こっこさん! 後ろ! 後ろ確認してくださいっ!」
シリカの肩の上では、ピナも必死になって翼を動かしている。
「きゅるるっ!」
幸い、後方からキリトとアスナの姿は見えない。
先ほどの騒ぎで、かなり距離を稼いだはずだった。
こっこは走りながら笑みを浮かべる。
「ふふふ……。勝ったな。」
「その台詞、絶対ダメなやつよ。」
リズが冷静に突っ込んだ、その直後だった。
――ピコン。
こっこの視界中央に、突然黄色い警告ウインドウが浮かび上がった。
新装備《The Explorer》。
見えない存在や、不意打ちの危険を察知すると自動的に警告を表示する防具である。
こっこの足が止まった。
「止まって!」
リズとシリカも慌てて停止する。
「な、なに?」
「前にいる。」
「えっ?」
こっこは周囲を見回す。
現在地は両側を岩壁に囲まれた細い山道。
左右へ逃げることはできない。
後ろへ戻れば《シヤーヤ村》。
前へ進むしかない場所だった。
こっこは顔を引きつらせた。
「先回りされた……。」
木陰から、一人の黒衣の剣士が姿を現した。
「よう。」
キリトだった。
その隣から、細剣を構えたアスナも現れる。
「待ってたわよ。」
笑っている。
だが目が笑っていない。
リズがこっこを見る。
「……なんで先回りできたの?」
キリトが肩をすくめる。
「お前ら、《ダナエ村》の場所をギズメルに聞いてただろ。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
三人は硬直した。
アスナが一歩前へ出る。
「つまり、あなた達が逃げる方向は最初から分かってたの。」
こっこは小さく呟く。
「しまった……。」
リズが叫ぶ。
「泥棒のくせに逃走経路バレバレじゃない!」
「計画的犯行じゃないから!」
「そこ威張るところじゃありませんっ!」
キリトが剣を構えた。
「返してもらうぞ。《琥珀の秘鍵》。」
こっこも片手剣を抜く。
「話し合いという選択肢は?」
アスナがレイピアを構える。
「あるわよ。」
「ほんと?」
「返して。」
「交渉決裂!」
「一秒だったわね!」
次の瞬間。
キリトとアスナが同時に踏み込んだ。
「リズ!」
「分かってる!」
リズが地面を強く蹴る。
新しい足装備《Leaper》。
跳躍力を大幅に引き上げる特殊装備。
普段、重量級のメイスを使うリズにとって、その効果は絶大だった。
「うおおおおっ!」
キリトが思わず見上げる。
「高っ!」
「喰らいなさい――!」
空中で巨大なメイス《アースシェイカー》を振り上げる。
「《アースシェイカー》!!」
ズドォォォン!!
地面が激しく揺れた。
衝撃波と共に土煙が巻き上がる。
キリトとアスナは咄嗟に後退した。
「今よ!」
シリカが叫ぶ。
「ピナ! 新技!」
「きゅるるるるっ!」
ピナが大きく息を吸い込む。
そして吐き出されたのは、水でも泡でも風でもなかった。
白い霧だった。
「《霧のブレス》!」
辺り一帯が一瞬で濃霧に包まれる。
キリトが顔をしかめる。
「視界阻害か!」
アスナもレイピアを構え直す。
「気をつけて! この三人、絶対ろくなことしないわ!」
霧の中。
こっこはアイテムストレージを開いていた。
「ふふふ……。」
リズが嫌な予感を覚える。
「なに出してんのよ。」
「秘密兵器。」
「また変なもの持ってるんですか!?」
こっこは一枚の白い布を取り出した。
目の部分に穴が二つ。
「……なにそれ。」
「おばけのシーツ。」
「なんで持ってんのよ!」
「クラフト素材。」
「絶対嘘です!」
こっこはシーツを頭から被った。
そして霧の中をそろそろと移動する。
アスナは慎重に周囲を見回していた。
「キリトくん、何か聞こえる?」
「いや……。」
その時。
アスナの背後。
白い何かが、ぬぅっと立ち上がった。
「…………。」
アスナが振り返る。
白い布。
黒い目。
その中から低い声。
「うらめしやぁぁぁ……。」
「…………。」
数秒、沈黙。
「き……。」
キリトが振り返る。
「アスナ?」
「きゃあああああああああああああっ!!」
アスナが飛び上がった。
レイピアを落としかけ、そのまま完全に腰を抜かす。
「ア、アスナ!?」
キリトが慌てて抱き留めた。
「しっかりしろ!」
「お、お、おば……。」
「ただのシーツだ!」
こっこはシーツを脱ぎ捨てる。
「今だ!」
三人は一斉に走り出した。
キリトが叫ぶ。
「待てぇぇぇぇぇっ!!」
こっこは振り返り、満面の笑顔で手を振った。
「あーばよ、とっつぁん✨️」
「誰がとっつぁんだぁぁぁぁっ!!」
リズが走りながら叫ぶ。
「キリトはまだ十代よ!」
シリカも苦笑する。
「こっこさんの方がよっぽどとっつぁんです!」
「そこは言わない約束!」
三人は全速力で山道を駆け抜ける。
これで逃げ切れる。
そう思った。
――次の瞬間。
こっこの《The Explorer》が再び警告を発した。
ピコン。
「……え?」
前方の木陰から、一人の女性騎士が姿を現した。
褐色の肌。
銀色の髪。
闇エルフの騎士。
ギズメル。
三人が一斉に停止する。
「…………。」
ギズメルは静かに剣へ手を伸ばした。
その頭上に浮かぶカーソル。
色は――。
まだ、黒に近い。
こっこの顔から血の気が引いた。
「ま、まだ怒ってる……。」
リズも涙目になる。
「当たり前でしょ! 闇エルフの秘鍵盗んだんだから!」
シリカもピナを抱きしめる。
「ギズメルさん、目が怖いですぅ……。」
ギズメルが低い声で問いかける。
「こっこ。」
「はい。」
「何か、私に言うことはあるか?」
こっこは考えた。
謝る。
返す。
逃げる。
戦う。
どれもダメな気がする。
そして――。
最悪の選択をした。
「……ごめんっ!」
こっこが走った。
「なっ!」
正面ではない。
ギズメルの横をすり抜ける、振り抜いたサーベルもしゃがんでかわす。
AGI補正を最大限に使い、一瞬で背後へ回り込んだ。
ギズメルが振り返る。
「逃がすか!」
だが。
こっこの両手が伸びた。
「必殺!」
リズとシリカの顔色が変わる。
「まさか……。」
「こっこさん!?」
こっこの指が、ギズメルの脇腹へ。
「こちょこちょこちょこちょ!」
「――っ!?」
ギズメルの身体が跳ねる。
「な、何をするっ!」
「こちょこちょこちょ!」
「や、やめ……っ!」
剣を振ろうにも力が入らない。
ギズメルの膝が崩れる。
「卑怯者……!」
「誉め言葉です!」
「誉めてない!」
その横をリズとシリカが走り抜ける。
「最低!」
「最低です!」
「逃げるためには手段を選んでいられない!」
こっこも全力で追いかけた。
ギズメルはその場で膝をつきながら、震える手で剣を握っている。
「覚えて……いろ……。」
三人はしばらく走り続けた。
やがて追跡者の気配が消える。
こっこは息を切らせながら笑った。
「なんとか……逃げ切った……。」
しかし。
左右から冷たい視線。
リズ。
シリカ。
二人とも無言だった。
「…………。」
「…………。」
こっこは視線を泳がせる。
「な、なに?」
リズが口を開いた。
「女の人の背後に回って。」
シリカが続ける。
「身体をくすぐって。」
リズ。
「その隙に逃げる。」
シリカ。
「しかも相手はギズメルさん。」
二人が同時に言った。
「最低。」
「最低です。」
こっこは遠い目をした。
「……生きるためだったんです。」
ピナまで鳴いた。
「きゅる……。」
「ピナまで!?」
森の奥。
三人の逃走劇は、まだ終わっていなかった。
そしてその後方では。
ようやく復活したアスナが、鬼のような形相で立ち上がっていた。
「……こっこ。」
キリトが一歩離れる。
「アスナ?」
「絶対に……捕まえる。」
「……うん。」
キリトは思った。
秘鍵争奪戦。
たぶんもう、クエストの本来の趣旨から大きく外れている。
だが――。
ここまで来たら。
もう誰にも止められなかった。