エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第五層《カルルイン》。
迷宮区の探索が進み、いよいよフロアボス攻略が現実味を帯び始めた頃。
攻略組による会議が開かれることになった。
会場となったのは、主街区にある比較的大きな酒場。
長机をいくつも並べ、攻略組の主要メンバーが顔を揃えている。
「それじゃ、第5層攻略会議を始める」
進行役の言葉とともに、ざわついていた室内が静かになった。
いつもの攻略会議――。
……のはずだった。
しかし。
「…………」
キバオウは腕を組んだまま、じっと一点を睨んでいた。
その隣では、シヴァタも難しい顔をしている。
視線の先には――。
「お腹すいたなあ……」
「会議中よ 」
「何か食べながらでもよくない?」
「よくない!」
こっことリズ。
その横にはシリカとピナ。
少し離れた場所にはキリトとアスナ、エギルも座っている。
こっこ本人は、まるで緊張感がない。
だが――。
キバオウには、そう見えていなかった。
「……シヴァタ」
小声で呼ぶ。
「なんだ?」
「あいつら、今何人おる?」
シヴァタは少し考えた。
「……どこまでを『あいつら』に含める?」
「そこやねん」
キバオウの眉間に皺が寄る。
第一層では、ただの変わったプレイヤーだった。
料理を作り、武器を修理し、妙な道具を作っていた男。
第二層では職人たちが集まり始めた。
第三層ではクロスボウまで開発し、攻略組とは別系統の戦力を形成。
第四層では――。
船を造った。
しかも一隻ではない。
物流網まで作った。
そして今。
情報組織《MMOトゥディ》と業務提携。
シンカーが情報と組織運営。
ユリエールが財務と予算。
こっこが現場指揮。
そこへ各層で活動していたエンジニア、職人、商人、採取組、運搬組、情報屋などが繋がった結果――。
関係者は約千人。
シヴァタが静かに答えた。
「直接所属、協力関係、取引先まで含めるなら……千人近い」
「…………」
キバオウが固まった。
そして、ゆっくりこっこを見る。
当人はピナに干し肉をあげていた。
「きゅるる♪」
「内緒ね」
「見えてますよ、こっこさん」
シリカが苦笑する。
キバオウの頬が引きつった。
「なんであいつ、千人のトップみたいな立場でピナに餌やっとんねん 」
シヴァタも頭を抱えた。
「たぶん本人に自覚がない」
「それが一番怖いんや!!」
思わず声が大きくなる。
室内が静まり返った。
「?」
こっこが振り返った。
「どうしたの?」
「お前の話や!!」
「僕?」
「せや!」
キバオウが立ち上がった。
「議題追加や!」
どんっ、と机を叩く。
「第五層攻略以前に、確認しとかんとアカンことがある!」
アスナが眉を上げる。
キリトも嫌な予感を覚えたらしく、こっこを見る。
「……何だ?」
キバオウは指を突きつけた。
「こいつらや!」
「僕ら?」
「お前ら今、何人おるんや!」
こっこは首を傾げた。
「何人って……」
指を折る。
「僕と、リズと、シリカと……」
「違うわ!!」
即座にツッコミが飛んだ。
「組織の話しとるんや!!」
「ああ」
ようやく理解した。
「MMOトゥディと提携したから……千人くらい?」
さらり。
会場がざわめいた。
攻略組の中にも正確な規模を知らなかった者が多かったらしい。
「千人……?」
「そんなにいたのか?」
「攻略組より多くないか?」
「いや、戦闘職だけじゃないだろ」
「それでもヤバいだろ……」
キバオウが机を叩く。
「ほら見い!!」
こっこは困惑した。
「でも、別にギルドじゃないよ?」
「そこがもっとややこしいんや!!」
シヴァタが立ち上がる。
キバオウほど感情的ではない。
だからこそ、その言葉には重みがあった。
「こっこさん。俺たちはあなたを敵視したいわけじゃない」
「うん」
「むしろ、これまでの功績は認めている。生産職や攻略に参加できないプレイヤーに仕事を作ったことも、物流を整備したことも大きい」
こっこは黙って聞く。
「だが、問題は規模だ」
シヴァタは続ける。
「情報を持っている」
シンカー。
「資金を管理できる」
ユリエール。
「生産設備を持っている」
リズを始めとする職人たち。
「輸送手段もある」
第四層で整備された船舶と物流網。
「そして現場を動かす人間がいる」
全員の視線が――こっこへ集まった。
「…………」
こっこは自分を指差した。
「僕?」
「あなたです」
「ええー……」
リズが頭を抱える。
「今さら何言ってんのよ……」
シリカも苦笑した。
「こっこさん、ずっと現場の人たちから頼られてますよ?」
「僕、店のおっちゃんくらいのつもりなんだけど」
エギルが重々しく口を開いた。
「千人規模の店のおっちゃんは存在しねえよ」
「……そうなの?」
「そうだ」
即答だった。
キリトが口元を押さえている。
明らかに笑いを堪えていた。
アスナが小声で囁く。
「キリト君」
「ん?」
「笑い事じゃないわよ。秘鍵クエストで私たち、この人の組織力に何回振り回されたと思ってるの?」
キリトの笑顔が消えた。
「…………」
遠い目になる。
煙玉。
クロスボウ。
船。
ラット。
ピナ。
そして、意味不明な工具の数々。
「……議論を続けよう」
「逃げたわね」
キバオウが腕を組む。
「ワイらが心配しとるんはな、攻略組のバランスや」
攻略を主導する勢力が複数存在するからこそ、互いを牽制できる。
一つの集団が突出すれば、攻略方針そのものを左右できてしまう。
しかも――。
「お前んとこ、攻略組だけやないやろ」
「うん」
「鍛冶屋がおる」
「いるね」
「料理人がおる」
「いる」
「商人も情報屋も運搬屋もおる」
「いるね」
「エンジニアも山ほどおる」
「いるねえ✨️」
「嬉しそうに言うな!!」
キバオウの怒声が響いた。
そしてシヴァタが核心を突く。
「つまり、戦闘ギルドとは違う」
「……?」
「戦闘だけなら、まだ比較できる。だがあなたたちは、生活基盤そのものを持っている」
室内が再び静かになった。
これは確かに重い。
武力だけではない。
武器を作る。
修理する。
食料を供給する。
情報を集める。
物流を担う。
そして攻略組が進めば、その先に店と拠点を作る。
SAOという閉鎖世界において、それは単なるギルド以上の意味を持つ。
キバオウが低い声で言った。
「国やん」
「…………」
こっこが瞬きをした。
「いやいやいやいや」
両手を振る。
「違う違う! 僕、そんなつもりないよ!」
「知っとるわ!!」
キバオウが叫んだ。
「自覚ないから警戒しとるんや!!」
「ひどい 」
リズがため息をついた。
「でも否定できないのよね……」
シリカも頷く。
「こっこさん、『面白そうだから』で始めちゃいますから……」
「船とか」
「船ですね」
「クロスボウとか」
「クロスボウですね」
「ラット軍団とか」
「……あれは偶然じゃない?」
キリトがぼそり。
「一番怖いのは、本人が権力を欲しがってないことだと思う」
全員がキリトを見る。
「普通、大きなギルドなら目的がある。攻略トップを取りたいとか、ボスのLAを狙うとか、発言力を強めたいとか」
キリトはこっこを見る。
「でも、この人は違う」
こっこは干し肉を食べていた。
「面白そうなものを見つけると、勝手に走っていく」
「うん」
アスナが即答した。
「それで周りが巻き込まれて、気づいたら組織になってる」
「うん」
リズも即答。
「そして予算を使う」
「そこです」
ユリエールの声がした。
「!?」
こっこが硬直する。
いつの間にか会議室の入口にユリエールが立っていた。
「ユ、ユリエールさん……」
「お話は聞いていました」
にこり。
こっこの背筋を冷たいものが走る。
キバオウが初めて安堵した顔になった。
「おお……あんたが噂の予算担当か」
「はい」
「頼むわ」
キバオウは深々と頭を下げた。
「こいつ止めてくれ」
「善処します」
「なんで敵対ギルドみたいな人たちが意気投合してるの 」
こっこが泣いた。
エギルが肩を叩く。
「諦めろ」
そして会議は、ようやく本題へ戻る。
第五層フロアボス。
その攻略方法。
戦力配分。
偵察。
装備。
ポーション。
そして――ラストアタック。
しかし、この日の会議で攻略組が共有した最大の認識は、ボスの情報ではなかった。
《ALS》。
《DKB》。
二大勢力。
そして、そのどちらにも属さない――巨大な第三勢力。
戦闘を目的として生まれたわけではない。
支配を目指したわけでもない。
ただ、生き残るために人が集まり。
物を作り。
店を開き。
情報を交換し。
仕事を作り。
船まで造った。
その結果。
いつの間にか、攻略組ですら無視できない勢力になっていた。
その中心人物だけが――。
「ねえ、会議終わったら王家の墓でもう一回お宝探しに行かない?」
「行かないわよ 」
「こっこさん、封印したでしょう!? 」
「ちょっとくらい……」
「ダメです!!」
まったく自覚していなかった。
キバオウはその光景を眺めながら、ぼそりと呟いた。
「……シヴァタ」
「なんだ」
「あいつ、絶対監視しといた方がええで」
「同感だ」
二人の意見が、初めて完全に一致した。
第五層攻略会議。
――攻略組に、新たな議題が加わった瞬間であった。
《こっこをどうするか》。
なお本人だけは最後まで、
「なんで僕が議題なの 」
と納得していなかった。
会議は、こっこの組織規模という思わぬ議題で一度大きく脱線した。
しかし――。
笑っていられる話は、そこまでだった。
シヴァタが腕を組み、低い声で口を開く。
「……では、次の議題に移りましょう」
先ほどまでの騒がしさが嘘のように消えた。
キバオウも椅子に深く座り直す。
シンカーは手元の資料を閉じ、ユリエールも表情を引き締めた。
議題は――。
《フラッグ》。
次のフロアボスから得られる可能性がある、攻略組の勢力図そのものを変えかねないアイテムだった。
シヴァタが言う。
「問題は単純です。誰が取るかです」
「せや」
キバオウも頷いた。
「俺らが取るんか、あんたらが取るんか。それとも――」
キバオウの視線が、こっこへ向く。
「こいつらが取るんか」
「僕?」
こっこが自分を指差した。
「そうや!」
キバオウが机を叩いた。
「なんでそこで『僕?』になるねん!」
「いや、僕ら別にフラッグ欲しいって言ってないし」
「そこが一番怖い言うとるんや!」
「ええっ!?」
リズが頭を抱えた。
「……分かるわ」
「リズ!?」
シリカも申し訳なさそうに頷く。
「私も……ちょっと分かります」
「シリカまで!?」
シヴァタは苦笑しながらも、視線は真剣だった。
「こっこさん。あなたが欲しがっているかどうかは問題ではないんです」
「?」
「あなたの組織が入手する可能性がある。それだけで十分なんですよ」
攻略組には現在、大きく三つの勢力が存在する。
キバオウたち。
シヴァタたち。
そして――。
本人にまったく自覚がないまま巨大化してしまった、こっこたち。
「そういえば」
こっこが突然、思い出したように手を挙げた。
「さっき人数、千人くらいって言ったけど」
全員の視線が集まる。
「ちゃんと調べたら、千五百人いたよ」
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
キバオウの眉間に青筋が浮かんだ。
「適当やな 」
「ごめん」
「五百人も誤差で増やすな!」
シヴァタも額を押さえる。
「それ、もう誤差って言わないですよ……」
シンカーが静かに補足する。
「正確には、提携組織、職人、物流担当、情報提供者まで含めて約千五百名ですね」
「ほら、僕の直属じゃないし」
「同じや!」
キバオウが即座に突っ込んだ。
ユリエールが冷静に付け加える。
「なお、現在も増加傾向です」
「増えとるやないか!!」
「僕、勧誘してないよ?」
「だから怖いんや!!」
しばらくキバオウの怒鳴り声が会議室に響いた。
だが――。
やがて再び、空気が重くなる。
シヴァタがフラッグの話へ戻した。
「……だからこそです」
全員が彼を見る。
「このアイテムをどこか一つの勢力が独占すれば、現在の均衡は崩れる」
誰も反論しなかった。
それがキバオウとシヴァタが、こっこを警戒する最大の理由だった。
こっこ本人に野心がなくても関係ない。
千五百人もの人間が関わる組織。
生産。
物流。
情報。
攻略支援。
そして戦闘要員。
そこへ強力なフラッグまで加わったなら――。
もはや二大ギルドと肩を並べるどころではない。
キバオウが腕を組んだ。
「悪いけどな、こっこ。俺はあんた個人を疑っとるわけやない」
「うん」
「けど、組織の頭が善人やったら安心、なんて話でもないんや」
シヴァタも頷く。
「力は、持っているだけで周囲を動かします」
こっこは少しだけ考え込んだ。
珍しく反論しない。
「……なるほどね」
そして、ぽつりと言った。
「僕がどう思っているかじゃなくて、周りからどう見えるかってことか」
「そういうことや」
ようやく話が通じた。
キバオウが小さく息を吐く。
しかし――。
もう一つ。
さらに厄介な問題が残っていた。
シヴァタが声を落とす。
「そして、もう一件」
机の上に一枚の資料が置かれた。
そこに記されていた二つの名前。
《ジョー》。
《モルテ》。
空気が変わった。
こっこの表情からも笑みが消える。
第五層地下。
こっこたち自身がモルテとジョーに遭遇している。
偶然と言うには、あまりにも出来すぎていた。
キバオウが険しい表情になる。
「……ジョーについては、俺も気になっとる」
「モルテは以前からキリトと接触してる」
こっこが言った。
「僕も地下で戦った。二人とも、普通の攻略プレイヤーとはちょっと違う」
リズが腕をさする。
「あれは……嫌な感じだったわ」
シリカも頷いた。
「モンスターと戦っている時とは違いました。最初から私たちを狙ってましたから……」
彼らが何を目的としているのか。
まだ誰にも断定できない。
だが――。
もし攻略組同士を争わせることが目的なら。
フラッグほど都合のいい火種はない。
キバオウとシヴァタ。
二大ギルド。
そこへ急速に成長した第三勢力。
三者が互いを警戒し始めれば――。
少し情報を流すだけでいい。
「あいつらが先にボスへ向かった」
「あいつらがフラッグを狙っている」
「あいつらが裏切った」
それだけで。
攻略組は内側から割れる。
シンカーが静かに言った。
「……これは、ボス攻略だけを考えていればいい状況ではありませんね」
「ああ」
キバオウが頷いた。
「むしろ誰がボスを倒すかより、誰かに勝手に倒させんことのほうが重要かもしれん」
こっこも頷いた。
「じゃあ決めよう」
全員を見る。
「年内は攻略しない」
シヴァタが確認する。
「全勢力、ですか?」
「うん。もう年末だしね」
ゲームの中とはいえ。
もうすぐ新しい年を迎える。
こんなデスゲームの中だからこそ、一日くらい戦わない日があってもいい。
キバオウも考えた末、頷いた。
「……ええやろ」
シヴァタも同意する。
「異論ありません」
シンカーも続く。
「こちらも了承します」
こっこが笑った。
「じゃあ決まり。次の本格攻略は――年越ししてから」
三勢力の代表者たちは互いに頷いた。
少なくとも。
この場にいる者たちは約束した。
抜け駆けはしない。
フラッグを独占するための先行攻略もしない。
次の攻略は年が明けてから。
――そのはずだった。
会議が終わる。
一人。
また一人。
プレイヤーたちが部屋を出ていく。
最後に扉が閉じた。
静寂。
そして――。
場所は変わる。
カルルインの薄暗い路地。
人通りのない建物の陰に、二つの人影があった。
「年明けから、だってさ」
くくっ。
小さな笑い声。
「仲良しだなぁ、攻略組は」
もう一人の男が壁にもたれる。
「だったら――」
口元が歪んだ。
「年が明ける前に、壊せばいい」
遠くから。
年末を祝うプレイヤーたちの声が聞こえてくる。
誰も知らない。
攻略組が束の間の休息を選んだ、その裏側で。
すでに次の一手が打たれ始めていることを。
そして。
彼らが争わないために結んだ約束そのものが――。
逆に、最大の隙を生み出そうとしていることを。
第五層攻略戦。
その本当の戦いは。
ボス部屋へ辿り着くよりも前から――
すでに始まっていた。