エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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59 秘密は守りましょう

第五層《カルルイン》。

 

攻略会議では、二大ギルドの対立、フラッグの存在、そして急速に巨大化した第三勢力《エンジニア》について議論が交わされていた。

 

しかし――。

 

その裏側で。

 

攻略組の誰も知らない計画が、静かに動き始めていた。

 

 

迷宮区から遠く離れた、人気のない地下遺跡。

 

灯りさえほとんど届かない部屋に、三人の男がいた。

 

ジョー。

 

モルテ。

 

そして――。

 

まだ攻略組の前には、その存在すらほとんど知られていない男。

 

《PoH》。

 

「面白くなってきたじゃねえか」

 

PoHが笑った。

 

その前には、攻略組の勢力関係を記した簡単な図が広げられている。

 

《DKB》。

 

《ALS》。

 

そして、そのどちらにも属さない巨大な集団。

 

《エンジニア》。

 

モルテが肩をすくめた。

 

「最初は職人連中の寄り合いかと思ってたんだけどな」

 

ジョーが吐き捨てる。

 

「気づいたら千五百人だ」

 

「しかも厄介なのは人数じゃねえ」

 

PoHが三つの名前を指差した。

 

《シンカー》

 

《ユリエール》

 

《こっこ》

 

「情報と組織をまとめるシンカー」

 

指が動く。

 

「金と物資を握るユリエール」

 

さらに動く。

 

「そして――」

 

最後の名前で止まった。

 

「現場で好き勝手やってる、こいつ」

 

モルテが笑った。

 

「好き勝手っていうか、本当に好き勝手だけどな」

 

ジョーも鼻で笑う。

 

「船造ったり、投石機造ったり、ネズミ従えたりな」

 

「だが」

 

PoHの笑みが消えた。

 

「だからこそ、こいつが一番厄介だ」

 

二人が黙る。

 

「シンカーが頭。ユリエールが財布。そして、こっこが手足だ」

 

PoHは三つの名前を指で囲った。

 

「だったら――三つとも潰せばいい」

 

静寂。

 

モルテが口元を歪めた。

 

「皆殺しか」

 

「それだけじゃつまらねえだろ?」

 

PoHは笑った。

 

「殺した犯人を――キバオウにする」

 

ジョーが一瞬だけ目を見開き、すぐに笑い出した。

 

「……なるほどな」

 

キバオウは、攻略会議でエンジニアを公然と警戒している。

 

こっことも何度となく衝突している。

 

巨大化した第三勢力を危険視していることも、多くのプレイヤーが知っている。

 

そこへ――。

 

エンジニアのトップ三人が殺される。

 

状況証拠を残す。

 

噂を流す。

 

キバオウが邪魔になったエンジニアを排除した。

 

そう思わせればいい。

 

「エンジニアは頭と財布と手足を失って混乱する」

 

モルテが続ける。

 

「キバオウは暗殺なんて汚い真似をしたって信用を失う」

 

ジョーが笑う。

 

「シヴァタは黙ってねえだろうな」

 

PoHは満足そうに頷いた。

 

「DKBとALSは潰し合う。エンジニアも割れる」

 

攻略組そのものが、崩壊する。

 

第五層の攻略など止まってしまうかもしれない。

 

だが――。

 

三人にとって、そんなことはどうでもよかった。

 

「攻略なんて遅れりゃいい」

 

PoHは静かに笑った。

 

「俺が見たいのは――人間が人間を憎むところだ」

 

 

その計画に最初に気づいたのは――。

 

意外にも、アスナだった。

 

「キリト君」

 

宿屋の一室。

 

テーブルの上に、一枚の汚れた紙が置かれていた。

 

「これ、覚えてる?」

 

キリトは紙を見つめる。

 

「……どこで拾ったんだ?」

 

「カタコルムよ」

 

アスナは眉をひそめた。

 

「あの時、細剣を落としたでしょう?」

 

「ああ……」

 

思い出したくない。

 

ラットに奪われ、巡り巡ってこっこの手元に渡り、最終的に返ってきた。

 

「探していた時に拾ったの。意味が分からなかったから、とりあえず持っていたんだけど……」

 

紙には、意味不明な数字と記号が並んでいる。

 

キリトはしばらく眺め――。

 

表情を変えた。

 

「これ……座標じゃない」

 

「え?」

 

「プレイヤー名を置き換えてる」

 

二人は暗号を解き始めた。

 

一時間。

 

二時間。

 

そして――。

 

「…………」

 

アスナの顔から血の気が引いた。

 

そこに浮かび上がった三つの名前。

 

《THINKER》

 

《YULIER》

 

《KOKKO》

 

そして、その下。

 

《KIBAOU》

 

さらに。

 

襲撃予定地点と思われる迷宮区の座標。

 

アスナが立ち上がった。

 

「キリト君!」

 

「ああ!」

 

二人は宿屋を飛び出した。

 

 

その頃。

 

「秘密のレベリングだー!」

 

「声が大きいです!」

 

ユリエールが怒鳴った。

 

「秘密になっていません!」

 

第五層迷宮区。

 

普段なら絶対に見られない珍しい組み合わせが歩いていた。

 

シンカー。

 

ユリエール。

 

そして、こっこ。

 

巨大組織《エンジニア》のトップ三人である。

 

「いやあ、二人とも最近デスクワークばっかりだから」

 

こっこが剣を肩に担ぐ。

 

「たまにはレベル上げないと」

 

シンカーが苦笑する。

 

「誰のせいで仕事が増えていると思っているんです?」

 

「…………」

 

「こっこさん?」

 

「敵だ!」

 

「話を逸らしましたね!?」

 

三人でモンスターを倒しながら奥へ進む。

 

もちろん攻略目的ではない。

 

組織の上層部三人が同時に危険な場所へ出るなど、本来ならユリエールが絶対に許可しない。

 

だからこその――秘密のレベリングだった。

 

「でも、たまにはいいですね」

 

シンカーが剣を収める。

 

「こうして三人だけというのも」

 

ユリエールも小さく笑った。

 

「そうですね。最近は会議と予算と苦情ばかりでしたから」

 

こっこが胸を張る。

 

「今日は仕事を忘れよう✨️」

 

「苦情の半分はあなたです」

 

「 」

 

その時だった。

 

こっこの防具《The Explorer》が反応した。

 

――警告。

 

視界に赤いポップアップ。

 

《WARNING》

 

こっこの表情が変わった。

 

「止まって」

 

二人が即座に足を止める。

 

「どうしました?」

 

こっこは答えない。

 

周囲を見る。

 

何もいない。

 

だが――。

 

《The Explorer》は、見えない何かの接近を警告している。

 

「……囲まれてる」

 

次の瞬間。

 

ガキィン!!

 

暗闇から飛んできた投剣を、こっこの曲刀が弾いた。

 

「伏せて!!」

 

さらに二本。

 

三本。

 

シンカーとユリエールが床へ飛び込む。

 

「チッ」

 

暗闇から声がした。

 

「やっぱり、その装備が邪魔だな」

 

モルテが現れる。

 

反対側からジョー。

 

そして――。

 

奥の柱にもたれかかる、見知らぬ男。

 

PoH。

 

こっこは曲刀を構えた。

 

「……誰?」

 

PoHが笑う。

 

「初めまして、エンジニアさん」

 

ユリエールが武器を抜く。

 

「プレイヤー……?」

 

シンカーも剣を構えた。

 

だが、三人とも理解していた。

 

これはデュエルではない。

 

圏外。

 

HPがゼロになれば――。

 

死ぬ。

 

モルテが笑った。

 

「安心しろよ」

 

「?」

 

「お前らが死んだ後は、ちゃんとキバオウのせいにしてやるからさ」

 

シンカーの表情が凍った。

 

ユリエールが息を呑む。

 

こっこだけが首を傾げる。

 

「なんでキバオウ?」

 

「そこから!?」

 

ユリエールが思わず叫んだ。

 

その一瞬。

 

ジョーが飛び込んだ。

 

「死ね!!」

 

こっこが曲刀で受ける。

 

金属音。

 

だが同時にモルテがシンカーへ迫る。

 

「シンカーさん!!」

 

ユリエールが割って入った。

 

三対三。

 

だが、戦闘経験が違いすぎる。

 

こっこはともかく。

 

シンカーとユリエールは、最前線の戦闘を専門としていない。

 

「くっ……!」

 

シンカーのHPが削られる。

 

「まず一人!」

 

モルテの武器が振り上げられた。

 

その瞬間。

 

ガギィィン!!

 

黒い剣が、その刃を弾き飛ばした。

 

「――間に合った!!」

 

「!?」

 

モルテが後退する。

 

シンカーの前に立ったのは――。

 

黒髪の剣士。

 

「キリト君!?」

 

そして。

 

「こっこさん!!」

 

猛烈な速度で飛び込んできた細剣が、ジョーをこっこから引き剥がす。

 

「アスナちゃん!?」

 

アスナは叫んだ。

 

「説明は後!! この人たち――あなたたち三人を殺すつもりよ!!」

 

「え?」

 

「だから今まさに殺されかけてたでしょうが!!」

 

ユリエールのツッコミが迷宮区に響いた。

 

キリトは剣を構える。

 

アスナも細剣を構える。

 

その横に、こっこが並んだ。

 

三人。

 

かつて秘鍵を巡って何度も騙し合い。

 

奪い合い。

 

追いかけ回し。

 

煙玉を投げ。

 

霧に巻かれ。

 

石鹸で転ばされ。

 

おばけのシーツまで被った。

 

しかし――。

 

今だけは。

 

キリトが前を見る。

 

「こっこさん」

 

「ん?」

 

「今回は敵じゃない」

 

こっこは少しだけ笑った。

 

「珍しいね」

 

アスナが怒鳴る。

 

「無駄口叩いてない!!」

 

「はい 」

 

その様子を――。

 

PoHは楽しそうに眺めていた。

 

「へえ……」

 

予定外だった。

 

黒の剣士。

 

細剣使い。

 

そして、エンジニアの現場責任者。

 

攻略組でも屈指の三人が並んでいる。

 

普通なら撤退を考える場面。

 

だが。

 

PoHは笑った。

 

「いいねえ」

 

ジョーが武器を構え直す。

 

モルテも笑う。

 

「どうする?」

 

PoHは短剣を抜いた。

 

「決まってるだろ」

 

その目は――。

 

勝敗など見ていなかった。

 

殺せるかどうかさえ、二の次だった。

 

この戦いによって。

 

誰かが誰かを疑い。

 

誰かが誰かを憎み。

 

攻略組に亀裂が入る。

 

それだけでいい。

 

「やろうぜ」

 

キリトの目が細くなる。

 

アスナが構える。

 

こっこも曲刀を握る。

 

そして後方では。

 

シンカーとユリエールが武器を構え直した。

 

第五層迷宮区。

 

攻略組の誰も知らない場所で――。

 

後に攻略組を根底から揺るがすことになる、

 

最初の《殺人計画》。

 

その戦いの火蓋が――。

 

切って落とされた・・・

 

 

 

戦いが始まった。

 

キリトには、すぐに分かった。

 

これは今までの戦いとは違う。

 

モンスターとの戦闘でもない。

 

ボス攻略でもない。

 

デュエルですらない。

 

目の前の三人は――。

 

本当に、人間を殺すつもりで武器を振っている。

 

「散れ!!」

 

キリトが叫ぶ。

 

アスナが右へ。

 

こっこが左へ。

 

シンカーとユリエールが後退する。

 

その瞬間だった。

 

「遅えよ」

 

モルテが笑った。

 

投剣が飛ぶ。

 

狙いは――。

 

こっこではない。

 

キリトでもない。

 

アスナでもない。

 

「ユリエールさん!!」

 

ザシュッ!

 

「っ……!」

 

ユリエールの肩に、小さな刃が突き刺さった。

 

ダメージは大きくない。

 

HPゲージも、ほとんど減っていない。

 

だが。

 

ユリエールの視界に、見慣れないアイコンが表示された。

 

《PARALYSIS》

 

「え……?」

 

膝が崩れる。

 

「ユリエール!!」

 

シンカーが駆け寄った。

 

それこそが――。

 

罠だった。

 

「一人が倒れたら、もう一人は助けに行く」

 

ジョーが笑った。

 

「素人ってのは、分かりやすいよな」

 

二本目の投剣。

 

ザシュッ!

 

シンカーの脚に刺さる。

 

「ぐっ……!」

 

《PARALYSIS》

 

シンカーまで、その場に倒れ込んだ。

 

「シンカーさん!」

 

「ユリエールさん!」

 

アスナが二人の元へ向かおうとする。

 

「行くな!!」

 

キリトが止めた。

 

その前へPoHが滑り込んでくる。

 

「正解」

 

短剣が閃く。

 

キリトが受ける。

 

ギィィン!!

 

「くっ!」

 

軽い。

 

なのに、怖い。

 

剣筋そのものなら。

 

キリトが今まで戦ってきた強敵の中に、もっと速い相手はいた。

 

もっと重い攻撃も知っている。

 

だが。

 

違う。

 

PoHの刃は――。

 

最初から《人間の急所》へ向かってくる。

 

喉。

 

心臓。

 

頭。

 

ゲームのアバターだと分かっている。

 

それでも。

 

本能が叫ぶ。

 

――殺される。

 

「どうした?」

 

PoHが笑った。

 

「黒の剣士さんよ」

 

キリトの剣が僅かに鈍る。

 

その横では。

 

「はああああっ!!」

 

アスナがジョーへ連続突きを放っていた。

 

速い。

 

圧倒的に速い。

 

本来なら、ジョーがまともに対応できる速度ではない。

 

だが。

 

「怖えなあ」

 

ジョーは笑っていた。

 

「そんなに怒って――俺を殺す気か?」

 

「――っ!」

 

アスナの細剣が止まった。

 

ほんの一瞬。

 

それで十分だった。

 

ジョーの蹴りがアスナの腹へ入る。

 

「きゃっ!」

 

アスナが転がった。

 

「アスナ!!」

 

キリトの視線が逸れる。

 

PoHの刃が迫る。

 

ギィン!!

 

辛うじて防ぐ。

 

「ほらほら」

 

PoHが楽しそうに笑う。

 

「頭に血が上ってるぜ?」

 

キリトは歯を食いしばった。

 

図星だった。

 

シンカーとユリエールが殺されるかもしれない。

 

アスナが殺されるかもしれない。

 

目の前の男を倒さなければならない。

 

だが。

 

倒すとは――。

 

殺すということなのか?

 

一瞬でも迷えば。

 

その迷いを、三人は見逃さない。

 

モルテが倒れているユリエールへ近づいた。

 

「まず一人減らすか」

 

「やめろ!!」

 

キリトが叫んだ。

 

その時。

 

「キリト君」

 

妙に落ち着いた声がした。

 

「……え?」

 

こっこだった。

 

曲刀を構えたまま。

 

いつもの、少し頼りないおっさんが立っている。

 

「アスナちゃんも」

 

アスナが顔を上げる。

 

「一回、落ち着こう」

 

「そんなこと言ってる場合じゃ――!」

 

「あるよ」

 

こっこの声が、少しだけ強くなった。

 

二人が黙る。

 

「二人とも、あいつらのペースに乗ってる」

 

PoHの眉が僅かに動いた。

 

「人を殺すのが怖い。当たり前だよ」

 

こっこは言った。

 

「僕だって怖い」

 

曲刀を握る手は――。

 

よく見れば震えていた。

 

「でも、今考えることはそこじゃない」

 

こっこは倒れている二人を見る。

 

「シンカーさんとユリエールさんを、生きて帰す」

 

そしてキリトを見る。

 

「キリト君も」

 

アスナを見る。

 

「アスナちゃんも」

 

最後に自分を指差した。

 

「僕も」

 

少し笑う。

 

「全員、生きて帰る」

 

キリトが目を見開いた。

 

「相手を殺すかどうかなんて、今決めなくていい」

 

「……!」

 

「殺さずに勝つ方法を考えよう」

 

アスナの呼吸が、少しずつ戻っていく。

 

キリトも剣を握り直した。

 

PoHが――。

 

初めて笑みを薄くした。

 

「……おっさん」

 

「はい?」

 

「余計なこと言うなよ」

 

「おっさんはね」

 

こっこが肩をすくめた。

 

「若い子より、ちょっとだけ人生が長いんだよ」

 

「……気に入らねえな」

 

PoHが踏み込む。

 

速い。

 

こっこの視界。

 

《The Explorer》が反応した。

 

《WARNING》

 

「そこ!」

 

こっこは剣で受けなかった。

 

左手が動く。

 

何も見ていない。

 

ウインドウを見ることすらない。

 

《ブラインドタッチ》。

 

決まった位置。

 

決まった順番。

 

指先の感覚だけでストレージを操作する。

 

取り出したのは――。

 

フライパン。

 

ガァン!!

 

PoHの短剣がフライパンに激突した。

 

「…………」

 

PoHが止まった。

 

キリトも止まった。

 

アスナも止まった。

 

「……フライパン?」

 

「防御力あるよ✨️」

 

「知らねえよ!!」

 

PoHが初めて怒鳴った。

 

こっこは下がりながら、さらに左手を動かす。

 

カチッ。

 

「ん?」

 

モルテが足元を見る。

 

ワイヤー。

 

「なっ――」

 

ガンッ!!

 

足を取られ、派手に転倒した。

 

「モルテ!?」

 

「痛ってえ!!」

 

「さっき仕掛けた」

 

こっこが答える。

 

ジョーが目を見開いた。

 

「いつだよ!?」

 

「キリト君たちが来る前」

 

《The Explorer》が警告した瞬間。

 

こっこは既に、逃走経路と地形を確認していた。

 

壁。

 

柱。

 

床の段差。

 

通路の幅。

 

そして――。

 

使えそうな場所には、戦いながら罠を仕込んでいた。

 

「こいつ……!」

 

ジョーが突っ込む。

 

こっこの左手が動く。

 

巨大なハサミ。

 

ガキン!!

 

ジョーの剣を挟み込む。

 

「は!?」

 

そのまま捻る。

 

剣が弾かれる。

 

《DISARM》

 

「なっ――!」

 

「キリト君!」

 

「ああ!!」

 

キリトが踏み込む。

 

今度の剣に迷いはなかった。

 

殺すためではない。

 

仲間を守るための剣。

 

ジョーを吹き飛ばす。

 

「ぐあっ!」

 

アスナも動く。

 

狙うのは急所ではない。

 

手首。

 

脚。

 

武器。

 

高速の連続突きで、モルテの行動を封じていく。

 

「こいつら……急に!」

 

「違う」

 

PoHが呟いた。

 

キリトとアスナが強くなったわけではない。

 

元に戻ったのだ。

 

本来のコンディションに。

 

そして――。

 

一番意味不明なのが。

 

「おっと」

 

こっこだった。

 

巨大カッターナイフ。

 

フライパン。

 

ハサミ。

 

煙玉。

 

ワイヤー。

 

曲刀。

 

次から次へと装備が変わる。

 

「なんなんだ、てめえは!!」

 

モルテが叫んだ。

 

「エンジニアです✨️」

 

「そういう意味じゃねえ!!」

 

PoHの目が細くなる。

 

読めない。

 

剣士なら剣を見る。

 

細剣使いなら間合いを見る。

 

斧使いなら振りかぶりを見る。

 

だが。

 

この男。

 

次に何を出してくるのか――。

 

本人以外、誰にも分からない。

 

《The Explorer》が攻撃を警告し。

 

《ブラインドタッチ》が道具を呼び出し。

 

《ローグ》が武器を狙い。

 

《クラフト》で作った道具と罠が戦場そのものを変えていく。

 

「……面倒くせえ」

 

PoHが呟いた。

 

それは。

 

こっこに対する、最大級の評価だった。

 

だが――。

 

まだ三人は退かない。

 

シンカーとユリエールは麻痺したまま。

 

長期戦になれば不利。

 

PoHが笑った。

 

「どうした?」

 

キリトを見る。

 

「逃げていいんだぜえ?」

 

アスナを見る。

 

「俺たちが殺すんだ」

 

そして。

 

「お前たちに罪はねえよ」

 

その言葉に。

 

キリトの顔が再び強張った。

 

PoHはそこを見逃さない。

 

人間の良心。

 

恐怖。

 

罪悪感。

 

そこへ刃を差し込む。

 

それこそが。

 

殺人を前提に戦う者の手腕だった。

 

「そうだね」

 

また。

 

こっこが答えた。

 

「僕たちに罪はない」

 

PoHが笑う。

 

「だったら――」

 

「だから逃げないよ」

 

「……あ?」

 

「この二人を置いて逃げたら」

 

こっこはシンカーとユリエールを見る。

 

「明日から仕事が全部僕に来る」

 

沈黙。

 

ユリエールが麻痺したまま叫んだ。

 

「そこですか!?」

 

シンカーも床から叫ぶ。

 

「命の話をしてください!!」

 

アスナが。

 

吹き出した。

 

「ふっ……」

 

キリトも口元を押さえる。

 

「こんな時に……」

 

張り詰めていた空気が。

 

ほんの少しだけ、緩んだ。

 

それで十分だった。

 

キリトの目から迷いが消える。

 

アスナの呼吸が完全に戻る。

 

PoHが舌打ちした。

 

「……本当に邪魔なおっさんだな」

 

「よく言われる✨️」

 

「褒めてねえよ」

 

その時。

 

迷宮区の奥から声が響いた。

 

「こっこぉぉぉぉぉ!!」

 

「!?」

 

聞き覚えのある声。

 

続いて。

 

「こっこさん!! どこですかー!!」

 

こっこの顔が明るくなる。

 

「あ」

 

キリトが振り返った。

 

「まさか――」

 

角を曲がって飛び込んできたのは。

 

巨大なメイスを担いだ少女。

 

「見つけたぁぁぁ!!」

 

リズベット。

 

そして。

 

その後ろから。

 

「ピナ!!」

 

「きゅるるるる!!」

 

シリカとピナ。

 

「なんで!?」

 

こっこが叫ぶ。

 

リズが怒鳴り返す。

 

「あんたたち三人で秘密のレベリングって何よ!!」

 

「秘密なのに!?」

 

「シンカーさんとユリエールさんまで連れ出して、嫌な予感しかしなかったのよ!!」

 

シリカが倒れている二人を見つける。

 

「麻痺してます!!」

 

すぐにアイテムを取り出す。

 

「解毒します!」

 

PoHの表情が変わった。

 

五対三。

 

しかも後方の二人が復帰する。

 

ここまで。

 

「退くぞ」

 

「PoH!?」

 

「もう十分だ」

 

PoHは笑っていた。

 

計画は失敗した。

 

だが。

 

収穫はあった。

 

黒の剣士。

 

細剣使い。

 

そして。

 

何をしてくるのか全く読めないおっさん。

 

「覚えたぜ」

 

PoHはこっこを見る。

 

「特に――あんた」

 

「僕?」

 

「ああ」

 

PoHの笑みが深くなる。

 

「次は、その玩具箱ごと潰してやるよ」

 

「工具箱です 」

 

「そこ訂正する!?」

 

リズのツッコミが飛んだ。

 

煙幕。

 

視界が塞がれる。

 

「逃がすか!」

 

キリトが飛び込もうとする。

 

「キリト君!」

 

こっこが止めた。

 

「追わない!」

 

「でも!」

 

「向こうは逃げることにも慣れてる。追ったら罠がある」

 

キリトは歯を食いしばり――。

 

剣を下ろした。

 

煙が晴れる。

 

三人の姿は。

 

もうなかった。

 

 

「…………」

 

戦いが終わった。

 

ユリエールとシンカーの麻痺も解除された。

 

誰も死ななかった。

 

それだけで。

 

十分だった。

 

シンカーが壁にもたれながら息を吐く。

 

「助かりました……」

 

ユリエールも胸を押さえる。

 

「本当に……死ぬかと思いました」

 

アスナが二人の肩を支える。

 

キリトは黙って、三人が消えた通路を見ていた。

 

怖かった。

 

今になって。

 

手が震えている。

 

そこへ。

 

ぽん。

 

肩を叩かれた。

 

こっこだった。

 

「怖かったね」

 

「……こっこさんも?」

 

「当たり前だよ」

 

こっこも手を見せる。

 

震えていた。

 

「おっさんだから怖くないわけじゃない」

 

そして笑う。

 

「怖い時に、どうするかをちょっと多く知ってるだけ」

 

キリトは。

 

小さく笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

アスナも頷いた。

 

その直後。

 

「さて」

 

ユリエールが立ち上がった。

 

「こっこさん」

 

「はい?」

 

「組織のトップ三人で、護衛もつけず、秘密のレベリング」

 

「…………」

 

「その結果、暗殺されかけました」

 

「…………」

 

「帰ったら会議です」

 

こっこの顔から血の気が引いた。

 

「え」

 

リズが腕を組む。

 

「自業自得ね」

 

シリカも頷く。

 

「今回は擁護できません」

 

「いや、でも暗殺者が悪いよね!?」

 

「それとこれとは別です」

 

「 」

 

キリトとアスナは顔を見合わせた。

 

そして。

 

同時に笑った。

 

だが。

 

この時。

 

彼らはまだ知らなかった。

 

PoHたちが残した、本当の脅威を。

 

三人を殺そうとしたことだけではない。

 

《人間を殺すための戦い方》。

 

そして。

 

プレイヤー同士の憎悪そのものを、武器にする者たちが。

 

このアインクラッドに生まれ始めていることを。

 

《ラフィン・コフィン》。

 

その名が攻略組に知られるのは――。

 

まだ、少し先のことだった。

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