エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
暗殺未遂事件から、数日後。
第五層《カルルイン》。
《Engineer》が借りた大会議室には、いつにも増して重苦しい空気が漂っていた。
集まっているのは、攻略組の主要メンバー。
《アインクラッド解放隊》を率いるキバオウ。
《ドラゴンナイツ・ブリゲード》を率いるシヴァタ。
そして《Engineer》からはシンカー、ユリエール。
キリト、アスナ、エギル。
リズベットとシリカもいる。
さらに――
部屋の中央には、ひとつの空席が用意されていた。
誰の席なのか。
こっこ以外、誰も知らない。
「ほな……始めよか」
キバオウが腕を組む。
いつもの勢いはない。
シヴァタも険しい表情で頷いた。
今回の議題は、フラッグではない。
攻略方針でもない。
もっと深刻な問題だった。
――こっこ暗殺未遂事件。
ラフィン・コフィン。
PoH。
モルテ。
ジョー。
彼らは、こっこ個人を狙っただけではなかった。
ユリエールとシンカーを麻痺させ、キリトとアスナを精神的に追い込み、攻略組そのものを混乱させようとしていた。
つまり。
狙われていたのは――
「攻略組そのものだよ」
こっこが静かに言った。
誰も反論しなかった。
シンカーが資料を閉じる。
「今回の件で、はっきりしましたね」
ユリエールも頷く。
「私たちは、組織として大きくなりすぎました。それなのに、連絡系統も指揮系統も別々です」
ALS。
DKB。
Engineer。
その他の攻略組。
それぞれが別々の判断で動いている。
それでも今までは何とかなっていた。
しかし。
そこに悪意を持って入り込み、対立を煽る者が現れた。
「ジョーとモルテは、そこを利用していた」
キリトが言った。
「ALSとDKBが互いを警戒しているから、少し情報を流すだけで疑心暗鬼になる」
アスナも続ける。
「そしてEngineerが急激に大きくなったことで、今度は二つのギルドがEngineerを警戒し始めた」
キバオウが苦々しく舌打ちした。
「……否定できへんな」
シヴァタも腕を組んだまま目を伏せる。
「こちらも同じだ。Engineerが千五百人規模だと聞けば、警戒しない方がおかしい」
「ごめんね。僕も最近知った」
「自分の組織やろが!!」
「こっこさん!!」
キバオウとユリエールの声が綺麗に重なった。
「はい……」
こっこは小さくなった。
少しだけ空気が緩んだ。
だが、すぐにこっこは真顔へ戻った。
「だから――決めた」
キバオウが眉を上げる。
シヴァタもこっこを見る。
「ALSとDKBを合併させる」
沈黙。
数秒後。
「…………は?」
キバオウが固まった。
シヴァタも珍しく目を見開いている。
「ちょ、待てや!!」
キバオウが机を叩いた。
「前の会議では“提案”やったやろ!?」
「うん」
「なんでいきなり決定事項みたいになっとんねん!!」
「暗殺されかけたから」
「理由が重すぎるわ!!」
エギルが額を押さえた。
キリトは苦笑する。
アスナは小さくため息をついた。
だが――
シンカーは笑わなかった。
「私は、賛成です」
キバオウが振り向く。
「シンカーはん!?」
「今回の事件で分かりました。別々の組織が競争する段階は、もう終わりつつあります」
ユリエールも続ける。
「もちろん、Engineerに吸収するという意味ではありません」
そこで、こっこが頷いた。
「そう。Engineerには入れない」
シヴァタが僅かに目を細めた。
「……なぜだ?」
「入れたら僕がトップになっちゃうから」
「自覚あったの!?」
リズが叫んだ。
「最近できた」
「遅いわよ!!」
シリカが苦笑する横で、こっこは続けた。
「Engineerは攻略組を支配する組織じゃない。情報、物流、生産、攻略支援――そういう後方まで含めた組織だ」
そして、キバオウとシヴァタを見る。
「前線で剣を振るう人たちには、前線の組織が必要だと思う」
シヴァタが黙る。
キバオウも口を閉じた。
「ALSの良いところも残す。DKBの良いところも残す」
平等を掲げるALS。
攻略組が先頭に立ち、人々に希望を示すべきだと考えるDKB。
思想は違う。
だからこそ。
「片方が片方を吸収するんじゃない」
こっこは言った。
「新しいギルドを作る」
キリトが僅かに目を見開いた。
それは――かつて《ギルドフラッグ》を巡って提示された、ほとんど実現不可能と思われた条件。
ALSとDKBの合併。
もし二つが一つになれば――
フラッグを巡って争う理由そのものが消える。
「フラッグも新ギルドに登録する」
こっこは続けた。
「これなら、どっちが取るかで争う必要もない」
キバオウは黙っている。
シヴァタも何も言わない。
やがて。
キバオウがぽつりと言った。
「……誰がトップや」
そこだった。
ALSがDKBに従うのか。
DKBがALSに従うのか。
どちらか一方のリーダーを選べば、結局は遺恨が残る。
こっこは笑った。
「だから、二人とも違う」
「は?」
キバオウとシヴァタが同時に声を上げる。
「新しいリーダーを立てる」
ざわっ。
会議室が揺れた。
キリトが、部屋の中央に用意された空席を見る。
「……まさか」
アスナも気づいた。
「こっこさん。その椅子って……」
「うん」
こっこは入口を見る。
「今日、そのために呼んである」
全員の視線が扉へ向いた。
しん――。
静まり返る会議室。
そして。
――ガチャ。
扉が開いた。
「待たせたな!!」
大柄な男が立っていた。
逆立つ黒髪。
鍛え上げられた身体。
拳を握りしめ、自信満々の笑みを浮かべている。
「修行を終えたぞ!!」
こっこが立ち上がった。
「違う!!」
全員がびくっとする。
こっこは頭を抱えた。
「このタイミングでサタン!! 君じゃない!!」
「なにぃ!?」
ミスター・サタンが硬直した。
リズが机に突っ伏した。
シリカは必死に笑いを堪えている。
エギルは顔を背けた。
キリトの肩が震えている。
アスナは口元を押さえていた。
キバオウが立ち上がる。
「お前、新しいリーダーにこいつ呼んだんかと思ったやないか!!」
「違うよ!!」
「タイミング完璧すぎるやろ!!」
「僕もそう思ったよ!!」
サタンが怒鳴る。
「ではなぜ俺を呼んだ!!」
「呼んでない!!」
「メッセージが来ていたぞ!」
「それ、老師じゃない!?」
「…………」
サタンがウインドウを開く。
《修行完了。戻ってよし》
「老師だった!!」
「知らないよ!!」
もはや会議ではなかった。
ユリエールが額を押さえている。
「……議事録に、どう書けばいいんでしょう」
シンカーが遠い目をした。
「『予定外の人物が入室』でいいと思います……」
「またKOR案件かしら」
「なんで!?」
その時だった。
開けっぱなしになっていた扉の向こうから――
「……あの」
声がした。
全員が止まった。
「入っても……いいかな?」
こっこの表情が固まる。
サタンが振り返る。
そして。
その人物が、ゆっくりと会議室へ入ってきた。
青を基調とした装備。
かつて攻略組の先頭に立ち。
第一層で、多くのプレイヤーをまとめ。
本来ならば――
あの日、死ぬはずだった男。
キバオウの目が見開かれる。
「…………ディアベルはん?」
シヴァタも立ち上がった。
「…………」
キリトは何も言えなかった。
第一層。
あのボス部屋。
イルファング・ザ・コボルドロード。
あの日から――
ずっと違う道を歩いていた男。
ディアベルは少し困ったように笑った。
「久しぶりだな、みんな」
誰も言葉を返せなかった。
教会を立て直し。
サーシャと結婚し。
子供たちを守るために第一層へ残った男。
その男が――
再び攻略組の前に立っている。
ディアベルは部屋の中央に置かれた空席を見る。
そして、こっこを見る。
「こっこさんから話は聞いた」
「うん」
「ALSとDKBを……ひとつにしたいんだって?」
こっこは頷いた。
「二つとも、元を辿れば――」
こっこはキバオウを見る。
そしてシヴァタを見る。
「あなたが残したものだから」
ディアベルの表情が変わった。
キバオウが俯く。
シヴァタも何も言わない。
二つに分かれてしまった攻略組。
違う思想。
違う方法。
違う理想。
それでも。
始まりは同じだった。
――このゲームを攻略する。
――みんなで生きて帰る。
ただ、それだけだった。
「だから」
こっこは空席を引いた。
「僕じゃない」
キバオウでもない。
シヴァタでもない。
「あなたに、もう一度お願いしたい」
ディアベルを見る。
「攻略組をまとめてほしい」
長い沈黙。
ディアベルは椅子を見つめた。
そして。
「……参ったな」
小さく笑う。
「ようやく教会を直したと思ったら、今度は攻略組を直せって?」
こっこも笑った。
「うん」
ディアベルはため息をついた。
「こっこさん」
「はい」
「君、人使いが荒くなったな」
「千五百人のトップになったらしいので」
「そこは把握しておこうよ!!」
ディアベルのツッコミが会議室に響いた。
一瞬の静寂。
そして――
キバオウが吹き出した。
「……ははっ」
シヴァタも僅かに笑った。
エギルも。
キリトも。
アスナも。
やがて会議室に笑い声が広がった。
第一層で途切れたはずだったものが。
第五層で――
もう一度、繋がろうとしていた。
ディアベルは、空席の背もたれに手を置く。
まだ座らない。
そして、キバオウとシヴァタを見る。
「二人に聞きたい」
二人のリーダーが顔を上げた。
「俺が戻れば、君たちのギルドはなくなる」
ディアベルの声から笑みが消える。
「ALSでもない」
「DKBでもない」
「まったく新しい攻略ギルドになる」
そして。
「それでも――俺と一緒に来てくれるか?」
キバオウは目を閉じた。
第一層。
自分たちを率いていた男。
失ったと思っていた背中。
しばらくして――
「……しゃあないな」
キバオウが笑った。
「また、あんたの下で暴れたるわ」
シヴァタも頷く。
「異論はない」
ディアベルは二人を見る。
そして――
ようやく椅子へ座った。
その瞬間。
第五層において。
本来ならば決して交わることのなかった二つの巨大ギルドが――
ひとつになった。
そして。
攻略組に再び――
《騎士》ディアベルが帰ってきた。
「ところで」
ディアベルが言う。
「新しいギルドの名前は?」
全員が止まった。
「…………」
こっこがシンカーを見る。
シンカーがユリエールを見る。
ユリエールがキバオウを見る。
キバオウがシヴァタを見る。
シヴァタがキリトを見る。
キリトがアスナを見る。
アスナがエギルを見る。
エギルが――
こっこを見る。
「…………決めてないのか?」
「うん✨️」
「そこ一番大事だろ!!」
ディアベルの絶叫が、会議室に響き渡った。
そして部屋の隅では。
サタンが一人、腕を組んでいた。
「……俺は何のために帰ってきたんだ?」
リズが答えた。
「知らないわよ」
第五層《カルルイン》。
こっこ暗殺未遂事件。
その裏で動いていたモルテとジョー。
そして、攻略組の今後を大きく左右する《ギルドフラッグ》。
様々な問題が噴き出した攻略会議だったが――。
最後に、ひとつの大きな決断が下された。
キバオウとシヴァタ。
攻略組を二分する二大ギルドを統合する。
互いに牽制し合う二つの勢力を一つにまとめ、これから先の攻略に備える。
その新たなギルドの名は――。
《The Paladin Order》
――聖騎士団。
略称、《TPO》。
会議室の中央に、新たなギルド名を示すシステムウインドウが浮かび上がった。
「《The Paladin Order》……」
シヴァタが静かにその名前を読み上げる。
「聖騎士団、か。いい名前だと思う」
キバオウも腕を組んで頷いた。
「まあ、悪ないな。これから攻略組を引っ張っていくんや。それくらい大層な名前でもええやろ」
キリトも頷く。
「二つのギルドが一つになったって感じはするな」
「ええ」
アスナも微笑んだ。
「私は好きよ」
周囲からも賛同の声が上がる。
長く続いてきた二大ギルドの対立。
その歴史に一つの区切りがつき、新たな巨大ギルドが誕生した。
皆が感慨深そうに《TPO》の三文字を見上げる。
ただ一人。
こっこだけは、別の意味でその三文字を見つめていた。
「…………TPO」
リズが嫌な予感を覚えた。
「何よ?」
こっこは首を傾げる。
「TPOをわきまえるって意味?」
…………。
会議室が静まり返った。
「…………」
リズがゆっくりと振り返る。
そして。
「おっさんバレるわよ!!」
「なんで!?」
「そこで真っ先にそれが出てくるからよ!」
「いや、TPOって言ったら『時と場所と場合』でしょ!?」
「今は《The Paladin Order》よ!」
「略したら同じじゃん!」
キリトが不思議そうな顔をする。
「時と場所と場合……?」
「ほらぁぁぁぁ!!」
リズが頭を抱えた。
「若い子に通じてないじゃない!」
「嘘だろ!?」
シリカが必死に口元を押さえている。
「ぷっ……!」
「シリカちゃん!?」
「ご、ごめんなさい……でも……」
肩が震えている。
キバオウが鼻で笑った。
「自分から年齢バラしてどないすんねん」
「違う! これは一般常識だ!」
「おっさんの一般常識やろ」
「キバオウまでぇ!?」
重苦しかった会議室に笑い声が広がった。
暗殺未遂。
ギルド間の対立。
攻略組の再編。
様々な問題を抱えながらも――。
こうして新たな巨大ギルド、
《The Paladin Order》
――《TPO》は誕生した。
◇
会議が終わり、人々が席を立ち始めた頃だった。
「こっこさん」
後ろから声をかけられる。
「ん?」
振り返ると、そこにはディアベルがいた。
第一層でサーシャと共に教会を立て直し、子供たちを守り続けてきた男。
そして今、再び上層へと足を運び始めた攻略者でもある。
「ディアベルさん、どうしたの?」
「実は……」
ディアベルが少しだけ言いにくそうな顔をした。
「あなたにお会いしたいという方がいまして」
「僕に?」
「はい」
「誰?」
ディアベルは答えず、会議室の入口を見る。
「入ってきてください」
――ズン。
重い音が響いた。
「……ん?」
――ズン。
もう一度。
――ズン。
会議室に残っていた者たちが入口へ視線を向ける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
巨大な影が現れた。
岩のような巨体。
人間を遥かに上回る太い腕。
無骨な身体。
その巨体が、入口を潜るようにして会議室へ入ってくる。
「…………」
リズの顔が引きつった。
「え?」
シリカの目が大きくなる。
「ま、まさか……」
そして。
巨大なゴーレムは――。
こっこを見た。
「…………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
明らかに空気が変わった。
ゴーレムの両眼が。
赤く光る。
「…………?」
こっこが首を傾げた。
どこかで見た気がする。
「君は、確か……」
ゴーレムがじっと見つめている。
こっこは一生懸命記憶を探った。
「…………」
そして。
「誰だっけ?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「バカ!!」
リズが叫んだ。
「なんで忘れてんのよ!!」
「え!?」
シリカが慌ててゴーレムへ頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 三層のゴーレムさんですよ!」
「三層?」
「迷宮区です!」
「迷宮区……」
「ボス部屋へ行く途中の、秘密の扉です!」
「秘密の扉……」
こっこの頭の中で。
何かが繋がった。
「あ」
第三層。
迷宮区の攻略中に発見した巨大な秘密の扉。
その扉を開くために必要だった鍵。
そして――。
鍵を持っていた巨大ゴーレム。
まともに戦えば厄介極まりない相手だった。
そこで、こっこが取った方法。
鋼線。
ワイヤー。
拘束。
ありったけの道具を使って――。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
「…………」
こっこの顔から血の気が引いていく。
「あの時の……」
ゴーレムの拳が握られた。
「とっつぁ――」
「言っちゃダメぇぇぇ!!」
リズが叫んだ。
しかし遅かった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴーレムの右腕が振り上げられる。
「待って待って待って!」
こっこが両手を前へ出した。
「久しぶりなんだから、まず話し合――」
――ドゴォォォォォン!!
「ぎゃあああああああ!!」
ゴーレムの拳がこっこに炸裂した。
もちろん、ここは圏内。
HPダメージは通らない。
しかし。
吹き飛ばされないとは誰も言っていない。
「うわあああああああ――!!」
こっこの身体が宙を舞う。
ガシャァァァン!!
椅子を巻き込みながら床を転がり、壁際で止まった。
「…………」
キリトが呆然としている。
アスナも目を丸くしている。
シンカーは何が起きているのか理解できていない。
「こ、こっこさん!?」
「大丈夫……」
こっこが、ふらふらと立ち上がった。
「ダメージはない……」
そして涙目になる。
「でも怖い 」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
ゴーレムはまだ怒っている。
「なんで!?」
こっこが叫んだ。
「鍵なら返せないけど、もう三層終わってるじゃん!」
リズが額を押さえる。
「違うわよ……」
「何が?」
「この人が怒ってるの、たぶん鍵じゃないわよ」
「え?」
ゴーレムの脳裏に。
あの日の記憶が蘇る。
鋼線で。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
身動きひとつ取れないほど縛り上げられた。
その横を。
鍵を手にした男が、意気揚々と通り過ぎていく。
そして。
振り返った。
満面の笑顔で。
手まで振って。
『ゴーレムのとっつぁん!』
ゴゴゴゴゴゴ……。
『あーばよー♪』
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
その声が。
今でも。
リフレインする。
『ゴーレムのとっつぁん、あーばよー♪』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
『とっつぁん、あーばよー♪』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
『あーばよー♪』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
ゴーレムの眼光がさらに強くなる。
「…………」
シリカが震える指でゴーレムを指差した。
「こ、こっこさん……」
「何?」
「目が……」
「え?」
こっこが見る。
赤い。
ものすごく赤い。
さらに頭上を見る。
カーソルも赤い。
いや。
先ほどより濃くなっている。
赤。
濃い赤。
そして――。
黒に近い赤。
「…………」
こっこが真顔になった。
「こんな色、あったっけ?」
ゴーレムが一歩踏み出した。
――ズン。
こっこが一歩下がる。
――ズン。
もう一歩。
――ズン。
「…………」
拳が握られた。
こっこは。
踵を返した。
「ごめんなさーい!! 」
逃走。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
追撃。
「もう三層の話でしょぉぉぉぉ!!」
――ズン!
――ズン!
――ズン!
「悪かったってぇぇぇ!!」
――ズン!
――ズン!
「とっつぁんって呼ばないからぁぁぁ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「うわぁぁぁぁぁ!! 」
会議室を逃げ回るこっこ。
その後ろをゴーレムが追いかける。
机の右へ。
「ごめん!」
左へ。
「本当にごめん!」
また右へ。
「反省してます!」
リズが腕を組んだ。
「絶対してないわね」
シリカは必死にゴーレムへ謝っている。
「本当にごめんなさい! こっこさん、悪気はなかったんです!」
少し考えて。
「……たぶん!」
「シリカちゃーん!? 」
キバオウは腹を抱えて笑っていた。
「もっとやったれ! 自業自得や!」
「助けてよぉぉぉ!!」
そんな光景を。
一人。
実に楽しそうに眺めている人物がいた。
ユリエール。
「…………」
にこにこ。
そして。
「 」
何かを思いついた。
隣にいたシンカーが、その表情に気づく。
「……ユリエール?」
「いいことを思いつきました」
「その顔で言われると嫌な予感しかしないんですが……」
ユリエールは、逃げ回るこっこと追いかけるゴーレムを見る。
そして。
にっこりと笑った。
「今度から彼に《KOR》の代わりをしてもらおうかしら」
「え?」
走っていたこっこが止まった。
《KOR》。
《こっこ・お仕置き・部屋》。
こっこの私室に溜め込まれたガラクタをユリエールが一つずつ吟味し。
「不要ですね」
ポイッ。
ポリゴン。
「ああああああ!! 」
――という恐怖のお仕置き。
それが。
もし。
ゴーレムになったら。
予算超過。
ゴゴゴゴゴゴ……。
無断で船を建造。
ゴゴゴゴゴゴ……。
勝手にカタパルト装備。
ゴゴゴゴゴゴ……。
謎の試作品を大量生産。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
そして。
――ドゴォォォン!!
「絶対いやだぁぁぁぁ!! 」
こっこが本気で叫んだ。
ユリエールは満足そうに頷く。
「効果は高そうですね」
「高すぎるよ!!」
そこへ。
ディアベルが慌てて割って入った。
「いやいやいや 」
苦笑しながらゴーレムを見る。
「彼は教会の護衛をしてもらいますから 」
「……残念です」
「残念がらないでぇ!!」
こっこの叫びが響いた。
ディアベルは改めてゴーレムを紹介する。
第三層の迷宮区。
秘密の扉を開けるための鍵を守っていたゴーレム。
その後。
巡り巡って彼は――。
第一層。
ディアベルとサーシャが立て直した教会へ。
子供たちを守る存在として迎え入れられていた。
教会の入口に立ち。
外敵から子供たちを守る。
その役目から付けられた名は――。
《Gatekeeper》。
「子供たちにも人気なんですよ」
ディアベルが笑った。
「普段はとても優しいです」
「…………」
こっこがゴーレムを見る。
ゴーレムもこっこを見る。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「……僕には?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「ごめんなさーい!! 」
再び逃走。
笑い声が会議室いっぱいに広がった。
こうして。
《The Paladin Order》――《TPO》が誕生した日。
こっこは、一人の懐かしい人物――。
いや。
一体の懐かしいゴーレムと再会した。
そして同時に。
第三層で学び損ねていた、大切な教訓をようやく知ることになる。
――人をぐるぐる巻きにして逃げる時。
余計な捨て台詞は吐いてはいけない。
特に。
「ゴーレムのとっつぁん、あーばよー♪」
などと言ってはいけない。
なぜなら。
いつか。
再会するかもしれないからである。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「だから謝ってるでしょぉぉぉぉ!! 」
もっとも。
本当に反省するまでには――。
もう少し時間が必要そうだった。