エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
最終問題。
そこまで辿り着いたこっこは、石造りの小部屋の中央で腕を組み、かれこれ一時間ほど固まっていた。
目の前には、古びた石板。
そこに刻まれているのは、これまでのクロスワードや数独、図形パズルとは明らかに毛色の違う問題だった。
「…………分からん」
こっこは頭を抱えた。
ここまで来る間、何度この言葉を口にしただろう。
しかし、そのたびに。
「いや、待てよ?」
と立ち上がり、
「あっ! そういうことか!」
と勝手に閃いて突破してきた。
ところが今回は違った。
「…………」
十分。
「………………」
三十分。
「……………………」
一時間。
「分からーーーん!! 」
絶叫が石室に響き渡った。
こっこは床に大の字になった。
発想を変えた。
逆から読んだ。
文字を数字に置き換えた。
図形として考えた。
今までの問題に答えが隠れている可能性まで疑った。
思いつく限りの方法を試した。
それでも分からない。
「くっ……ここまで来て……!」
最初の問題からここまで、全部一人で解いた。
攻略組すら寄りつかなかったパズル街を嬉々として走り回り、エンジニア達からすら、
『あの人、ちょっと怖い』
と言われながら進めてきたのだ。
このまま最後の一問だけ解けずに終わるなど、あまりにも悔しい。
「…………仕方ない」
こっこはウインドウを開いた。
こういう時は、人海戦術である。
まずリズ。
次にシリカ。
エギル。
キリト。
アスナ。
アルゴ。
シンカー。
ユリエール。
ディアベル。
キバオウ。
ついでにエンジニアの幹部連中。
思いつく限りの知り合いへ、石板の問題をそのままメッセージで送信した。
最後に一言。
『誰か分かる? 』
――これだけなら、何の問題もなかった。
問題は、その十分後だった。
◆
エンジニア本部。
「こっこさんから問題が来たぞ」
「何これ?」
「スタキオンのパズルらしい」
「えっ、あの人もう最終問題まで行ったの!?」
「一人で!?」
ざわざわ。
そこへ別のメンバーが飛び込んできた。
「おい! 聞いたか!? この問題、解いたら報酬が出るらしいぞ!」
「マジで!?」
最初の誤報が発生した。
◆
攻略組。
キバオウが石板の問題を睨んでいた。
「なんやこれ……」
隣で仲間が囁く。
「キバオウはん。聞いた話やと、これ解いた奴が宝を貰えるらしいで」
「宝!?」
第二の誤報が発生した。
◆
アルゴのところにも情報が届く。
「最終問題を解いたプレイヤーに、スタキオン最高級のレアアイテムが与えられるらしい」
「……誰が言ったんダ?」
「エンジニアの人から聞いた」
「そのエンジニアは?」
「攻略組から聞いたらしい」
「…………」
アルゴは嫌な予感しかしなかった。
◆
そして一時間後。
こっこの元へ、大量のメッセージが届き始めた。
ピコン♪
『ヒントくれ!』
ピコン♪
『今までの問題との関連性は?』
ピコン♪
『報酬の装備種は判明してる?』
ピコン♪
『正解者が複数の場合はどうなるんですか?』
ピコン♪
『パーティー単位で回答してもいいですか?』
ピコン♪
『回答権は一人何回まで?』
「…………?」
こっこは首を傾げた。
「なんでみんな、こんなに本気なの?」
さらに。
ピコン♪
キバオウからだった。
『絶対ワイが解いたるからな!』
「なんで!?」
ピコン♪
エンジニアから。
『現在、解析班を三チーム編成しました』
「仕事して!? 」
ピコン♪
シンカー。
『ギルド内で問題が拡散されています。止めたほうがいいでしょうか?』
「止めて!!」
ピコン♪
ユリエール。
『もう遅いです』
「そんなぁ!! 」
そして決定打。
アルゴから一通のメッセージ。
『コッコ。面白いことになってるゾ』
『なに?』
『“スタキオン最終問題を最初に解いた者が、伝説級の宝を手にする”って話になってる』
「…………」
こっこは硬直した。
数秒後。
「なんでそうなるの!? 」
ここまで攻略したのは自分である。
最初の問題を解いたのも自分。
途中の暗号を解いたのも自分。
街中を走り回ったのも自分。
仕掛けを解除したのも自分。
誰もついてこなかったから、一人でここまで来たのである。
なのに。
最後の一問だけ。
ちょっと。
ほんのちょっとだけ。
知恵を借りようとしただけなのに。
『正解者が宝を手にする』
という話になっている。
「ここまで攻略したの僕なのに 」
こっこは石板の前で膝を抱えた。
◆
しかし、事態はすでにこっこの手を離れていた。
攻略組ではキリトが紙代わりのウインドウに図形を書き始めていた。
「この配置……何か規則性がある」
アスナも真剣そのもの。
「単純な数列じゃないわね。文字の位置かしら」
エギルは腕を組む。
「待て。この記号、店の看板か何かじゃないか?」
リズは問題を睨みながら唸った。
「もう! なんでゲームの中まで勉強しなきゃいけないのよ!」
シリカはピナと一緒に首を傾げている。
「ピナ、分かる?」
「きゅる?」
当然分からない。
ディアベルまで教会で問題を考えていた。
キバオウは完全に意地になっていた。
「絶対解いたる! こういうんは気合いや!」
「気合いでパズル解けるんですか!?」
「知らん!」
そしてエンジニア勢。
彼らだけは方向性がおかしかった。
「規則性解析開始」
「数字列を全部洗え」
「過去の問題データ持ってこい」
「総当たりするぞ」
「あなたたち・・・ 」
ユリエールの指摘が飛んだ。
「攻略してください!! 」
「「「はい!!」」」
だが五分後。
「……これ、気になりますね。」
ユリエールまで問題を見始めた。
シンカーが苦笑する。
「ユリエールさんも参加するんですか?」
「……ちょっとだけです」
◆
紅玉宮。
巨大モニターには異様な光景が映し出されていた。
攻略組。
中堅プレイヤー。
エンジニア。
情報屋。
果ては一層にいるディアベルまで。
多くのプレイヤーが、同じ問題を考えている。
凛子は呆然と画面を見つめた。
「……何これ?」
茅場晶彦は無言だった。
「晶彦?」
「…………」
「どうしたの?」
やがて茅場は額を押さえた。
「私は……こんなイベントを設計した覚えはない」
「でしょうね」
「本来これは、一人のプレイヤーが到達して、その人物自身が答えを導き出すことを想定した最終試練だ」
「それを?」
「彼が全攻略組にばら撒いた」
凛子が吹き出した。
「ふふっ」
「笑い事ではない」
「でも、こっこさんらしいじゃない」
茅場はモニターを見る。
そこには石室の隅で膝を抱えながら、
「僕の宝……僕の宝…… 」
と呟いている四十代のおっさんが映っていた。
その一方で、アインクラッド各地では数百人規模のプレイヤーが一つのパズルに挑戦している。
茅場は長い沈黙の後、ぽつりと言った。
「……彼は一人用クエストを、なぜレイドイベントに変えるんだ?」
凛子は肩を震わせた。
「才能じゃない?」
「そんな才能は想定していない」
◆
そして。
ピコン♪
こっこの元に、一通のメッセージが届いた。
差出人――キリト。
『分かったかもしれない』
「…………え?」
こっこが跳ね起きた。
ほぼ同時に。
ピコン♪
アスナ。
『こっこさん、これって――』
ピコン♪
エギル。
『おい、もしかして答えは――』
ピコン♪
エンジニア解析班。
『解答候補を発見しました』
ピコン♪
キバオウ。
『分かったでぇぇぇぇ!!』
「待って待って待って!!」
こっこは大慌てでウインドウを閉じる。
「答え言わないで!!」
今さらである。
「やっぱり自分で解く!!」
ここまで全部、自分で解いてきたのだ。
最後だけ他人の答えを聞いて終わるなんて、それでは悔しすぎる。
こっこは再び石板の前に座った。
そして問題を睨む。
「……ヒントだけ」
ピコン♪
全員からほぼ同時に返信が来た。
『どっちだよ!!』
「 」
アインクラッド史上初。
一人用パズルクエストが、攻略組総出の早押しクイズ大会へと変貌した瞬間だった。
こっこは、石板の前で完全に途方に暮れていた。
「……全部違う 」
知り合いという知り合いに送りつけた最後の問題。
攻略組。
エンジニア達。
シンカーやユリエール。
果てはアルゴを経由して、まったく面識のないプレイヤー達からまで回答が返ってきた。
しかも――。
全員、答えが違う。
《答えは○○だと思う》
《いや、これは△△では?》
《数学的には□□》
《そもそも問題文がおかしい》
《宝を手に入れたら分け前よろしく!》
「だから宝をもらえるのは僕なの! ここまで攻略したの僕なのに 」
最後の一文にだけ律儀に返信してから、こっこは石板の前に座り込んだ。
もう何時間、この場所にいるだろう。
目の前には、最後の石板。
そして、その向こうには明らかに今までとは違う装飾を施された宝箱が置かれている。
おそらく、あれがこの一連のクエストの最終報酬。
あと一問。
たった一問なのだ。
だが――。
「……おかしい」
こっこの表情が変わった。
もう一度、問題を見る。
今までのパズルには必ずあった。
数字。
図形。
文字列。
配置。
順番。
何かしらの規則。
難しくても、必ず《答えに辿り着くための糸口》が用意されていた。
だが、この問題には――。
「……ない」
何もない。
いや。
正確には、
今までの問題と比べて、あまりにも異質なのだ。
「これ……問題じゃないんじゃない?」
こっこは立ち上がった。
もう一度、最初から石板を確認する。
意味を考えるな。
計算するな。
答えを導こうとするな。
もっと単純に見る。
文字そのもの。
空白。
配置。
そして――。
「……空いてる」
不自然な空白がある。
文章として読むから気にならなかった。
だがパズルとして見ると、妙だった。
「ここ……文字が入る?」
試しに適当な文字を入力する。
変化なし。
別の文字。
変化なし。
「キーワード……?」
こっこは呟いた。
このクエストを通して、何度も目にした言葉。
この街。
この事件。
この一連のパズル。
すべてを繋いでいる名前。
「……スタキオンの呪い」
そこで、こっこの指が止まった。
「スタキオン……?」
視線が石板と空白部分を往復する。
そして。
「まさか」
システムウインドウを開く。
文字入力。
《S》
石板の一部が淡く光った。
「……!」
こっこの目が見開かれる。
続ける。
《T》
また別の場所が光る。
《A》
「きた……!」
《K》
《I》
《O》
《N》
――《STAKION》。
最後の文字を入力した瞬間。
カチッ。
石板の内部から、何かが噛み合う音がした。
そして、それまで意味不明だった文字列が――。
並び替わった。
「…………」
こっこは無言で見る。
一文字ずつ。
ゆっくりと。
スタキオンという文字列を空白へ当てはめたことで、それまでバラバラだった記号と文字に規則性が生まれている。
今度は分かる。
読める。
「そういうことか……」
問題を解くための情報がなかったのではない。
問題の外側に、答えを導く鍵があったのだ。
ここまでこのクエストを追い続けた者なら、絶対に知っている言葉。
《STAKION》。
それ自体が最後の鍵だった。
「だから、この問題だけ単体じゃ解けなかったんだ……」
こっこは思わず笑った。
「いや、性格悪っ!」
誰もいない遺跡に声が響いた。
だが、まだ終わりではない。
浮かび上がった規則性を追う。
文字を拾う。
不要なものを消す。
残った文字を並べる。
そして――。
ひとつの単語が現れた。
《RELEASE》
こっこは、その文字をじっと見つめた。
「リリース……」
日本語なら。
「……《解放》」
その瞬間。
すべてが繋がった。
《スタキオンの呪い》。
その最後に求められていたもの。
倒すことでも。
奪うことでも。
封印することでもない。
――解放。
こっこは宝箱の前へ歩く。
宝箱には回答を入力するための小さなウインドウが浮かんでいた。
指を置く。
そして、一文字ずつ入力する。
《R》
《E》
《L》
《E》
《A》
《S》
《E》
最後の文字を押す。
一秒。
二秒。
何も起きない。
「…………」
こっこの額から汗が流れた。
「え、違うの? 」
――その直後。
ゴォォォォォン――!!
遺跡全体に巨大な鐘の音が響いた。
「うわあっ!?」
石板から光が溢れる。
床を走る光の筋。
壁。
柱。
天井。
今までこっこが解いてきた無数のパズルの紋様が、次々と青白く輝いていく。
そして――。
《QUEST COMPLETE》
こっこの目の前に、黄金の文字が浮かんだ。
《The Curse of Stakion》
《CLEAR》
「…………」
こっこは固まった。
やがて。
両腕を上げる。
「よっしゃああああああああ!!」
一人しかいない遺跡の最奥で、おっさんの歓声が盛大に反響した。
そして。
ガチャッ。
宝箱の鍵が――外れた。
「お……」
こっこの目が輝く。
「お宝ぁぁぁぁぁ✨️」
さっきまでの知的な顔はどこへやら。
完全にいつものローグへ戻っていた。
勢いよく宝箱へ飛びつく。
そのころ――。
第百層《紅玉宮》。
茅場晶彦は、無言でモニターを見つめていた。
隣にいる神代凛子が尋ねる。
「……解いたの?」
「解いた」
「一人で?」
「最後はね」
茅場は僅かに口元を緩めた。
「もっとも、途中でSAO中に問題をばら撒いたようだが」
凛子が吹き出した。
「それ、一人で解いたって言うの?」
「最終的な答えを出したのは彼だ」
茅場は画面を見る。
そこでは、こっこが宝箱に抱きついている。
「この問題の本質は、知識量ではない。問題文だけを見続けている限り、答えには辿り着けない」
「視点を変えられるか?」
「ああ。そして、ここまで辿ってきた経験そのものを《鍵》として認識できるか」
凛子は少し感心したように画面を見る。
「……あの人、そういうの得意なのよね」
「そのようだ」
茅場が答えた、その瞬間。
画面の向こうで、こっこの動きが止まった。
宝箱を開いたまま固まっている。
「…………え?」
こっこの声。
「なに……これ?」
茅場は静かに笑った。
凛子が横を見る。
「晶彦?」
「彼が欲しがっていた《宝》だよ」
「何を入れたの?」
「見ていれば分かる」
こっこは震える手で、宝箱の中からそれを取り出す。
その瞬間――。
新たなシステムメッセージが表示された。
《Unique Quest Reward》
《――――――》
こっこは目を見開いた。
「…………マジで?」
そして。
遺跡の外。
攻略組。
エンジニア達。
MMOトゥディ。
さらには問題を回された大勢のプレイヤー達が、今か今かと結果報告を待っていた。
そこへ一斉に届く。
こっこからのメッセージ。
《解けたああああああ!!!!!✨️》
数秒後。
返信が殺到した。
《宝は!?》
《何が出た!?》
《見せろ!》
《分け前!》
《俺の回答も参考になっただろ!》
こっこは震える手で返信した。
《だから!!》
《ここまで攻略したのは!!》
《僕なの!! 》
第六層スタキオン。
一人のローグが始めたパズル攻略は――。
いつの間にか、SAO中を巻き込む大騒動になっていた。
そして彼の手には。
この先の攻略すら変えかねない――
《スタキオンの呪い》を解放した者だけに与えられる、たった一つの報酬が残されていた。