エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第六層《スタキオン》。
数多のパズルと謎解きが街中に散りばめられたこの層で、攻略組のプレイヤーたちは今までとは少し違う疲労に襲われていた。
「もう数字見たくねえ……」
「さっきから壁の模様までパズルに見える……」
「腹減った……」
そんな声が聞こえ始めた頃。
街の一角に、妙に賑やかな建物が現れた。
看板には――
《ENGINEER 6th FLOOR SHOP》
そして、その下には大きな文字。
《焼きたてパン、はじめました!》
店の奥から、香ばしい匂いが漂ってくる。
「焼けたぞー!!」
厨房から飛び出してきたのは、エプロン姿のこっこだった。
その両手には、焼きたてのパンが載った大皿。
「今回はパンだ! パンの革命を起こすぞ!!」
リズが腰に手を当てる。
「また始まったわ……」
「でも、すっごくいい匂いですよ!」
シリカは目を輝かせていた。
第一層から第六層まで。
こっこたちが攻略の途中で集めてきた食材は、いつの間にか相当な種類になっている。
第一層で扱ってきた小麦や肉。
第二層の牛肉とA級蜂蜜。
第三層の森で手に入れた木の実や果実。
第四層で大量に仕入れた魚介類。
第五層の豚肉や地下遺跡周辺で入手した香草。
それらを組み合わせれば、ただのパンでは終わらない。
牛肉を細かく刻み、香草と一緒に包んだ《二層牛のミートパン》。
豚肉を甘辛く味付けした《カルルイン・ポークロール》。
魚介を細かく刻み、クリーム状のソースと合わせた《ロービア海鮮パン》。
森の木の実を練り込んだ《エルフの森のナッツブレッド》。
そして――
第二層で手に入れたA級蜂蜜をたっぷり使った《ハニーロール》。
「携帯食として使えるパンと、街で楽しむ菓子パン。両方作る!」
こっこの料理スキルが、ここへ来て火を吹いた。
だが。
今回の本命は、それらではなかった。
「そして、これが目玉商品!」
どん!
テーブル中央へ巨大な皿が置かれる。
シリカが固まった。
「…………え?」
そこに並んでいたのは、小さな水色のドラゴンを模したパン。
丸い顔。
小さな翼。
ちょこんとした角。
そして、妙に愛嬌のある表情。
商品名――
《ピナパン》
「かわいいでしょ✨️」
「ピナぁぁぁぁぁぁ!?」
シリカが本物のピナを抱きしめた。
「キュル?」
ピナ本人は首を傾げている。
「食べられませんよ、こんなのぉ!!」
「食べ物だから食べてよ 」
「無理です!」
リズがひょいっと一個取る。
「いただきまーす」
「リズさぁぁぁん!?」
ぱくっ。
「……あ、おいしい」
「感想まで言わないでください!」
中にはA級蜂蜜を使った甘いクリーム。
ふわふわの生地と相性抜群だった。
そこへキリトとアスナもやって来る。
「なんだ、このパン?」
「ピナです!」
シリカが即答する。
「いや、パンだろ」
「ピナです!!」
「……はい」
キリト、敗北。
アスナは笑いを堪えながら一個手に取った。
「かわいい……。これ、売れると思う」
「でしょ!」
こっこは胸を張った。
料理スキルとクラフト技能。
そして無駄なところに発揮される、こっこの凝り性。
それらが融合した瞬間だった。
だが、エンジニア直営店の恐ろしいところは、パン屋なのにパンだけでは終わらないことである。
店の右側には武器コーナー。
《アニールブレード》系統の強化モデル。
各層で得られた素材を使った片手剣。
細剣。
短剣。
大槌。
斧。
曲刀。
クロスボウ。
前衛向け、後衛向け、生産職の護身用まで、用途別に整理されている。
さらに壁には、
《キリトモデル》
《アスナモデル》
《エギルモデル》
《リズモデル》
《シリカモデル》
と、これまで製作してきた装備を基礎にした量産モデルまで展示されていた。
「本人とまったく同じ性能じゃないからねー! そこは素材と予算次第!」
こっこが説明する。
そして左側。
こちらは完全にエンジニアの本領だった。
工具。
ロープ。
ワイヤー。
簡易修理キット。
携帯調理器具。
照明。
煙玉。
閃光系アイテム。
探索補助具。
迷宮区で役立つ小物まで、所狭しと並んでいる。
エギルが腕を組んだ。
「……毎回思うんだが」
「うん?」
「お前の店、何屋なんだ?」
こっこは笑顔で答えた。
「ホームセンター✨️」
「パン屋じゃなかったのか!?」
そして。
店の奥には、もう一つの名物コーナーが存在していた。
衣装売り場。
「なんで今回もこれ着なきゃいけないのよ!!」
リズの怒声が響く。
フリル。
リボン。
スカート。
今回も健在。
《リズ&シリカ フリフリ接客衣装》
「かわいいから✨️」
「理由になってない!」
一方のシリカは、もう諦めていた。
「い、いらっしゃいませ……」
「シリカちゃん似合ってる!」
「ありがとうございます……」
「リズも似合ってるよ✨️」
「大槌で厨房ごと潰すわよ?」
「ごめんなさい 」
そんな店内の一角。
なぜか布で覆われたマネキンが一体だけ置かれている。
札には――
《SECRET》
シンカーが気付いた。
「これは?」
「ふっふっふ……」
こっこの顔が怪しくなる。
「今回のシークレット商品です」
ばさっ!
布が取り払われる。
ユリエールが固まった。
シンカーも固まった。
リズも固まった。
シリカも固まった。
そこにあったのは――
《ユリエール専用・大人のフリフリ衣装》
以前作ったゴージャス系衣装をベースにしながら、今回はスタキオン仕様。
落ち着いたデザインを残しつつ、袖やスカートには上品なフリル。
子供っぽくなりすぎないよう、シルエットそのものは大人向けに仕立てられている。
沈黙。
ユリエールが、ゆっくりこっこを見る。
「……こっこさん?」
「はい」
「説明していただけます?」
「かわいいかなって✨️」
「それだけ?」
「それだけです✨️」
ユリエールの笑顔が怖い。
その隣で――
シンカーの目が輝いていた。
「…………いい」
「シンカー!?」
「これはいい!」
「シンカー!?」
普段の穏やかなギルドリーダーはどこへ行った。
「こっこさん! これは試着できますか!?」
「もちろん✨️」
「勝手に話を進めないでください!!」
リズが腹を抱えて笑い始める。
「ちょっ……シンカーさん……そんな人だったの……!」
シリカまで必死に口元を押さえている。
そして数分後。
試着室のカーテンが開いた。
フリフリ衣装姿のユリエールが立っていた。
静まり返る店内。
シンカーは――
両拳を握った。
「素晴らしい!!」
「シンカー!!」
店内、大爆笑。
こっこは満足そうに頷いた。
「よし。商品化決定」
「しません!!」
こうして第六層スタキオンに誕生した《エンジニア直営店》。
武器あり。
防具あり。
工具あり。
探索用品あり。
衣装あり。
そして、焼きたてパンあり。
攻略組がパズルで疲れれば、ここへ戻ってパンを食べる。
装備が傷めば修理する。
次の探索に必要な道具を買い足す。
攻略情報を交換し、また迷宮へ向かっていく。
いつしか店は、第六層攻略の小さな拠点になっていた。
そして今日も、店頭から元気な声が響く。
「《ピナパン》焼きたてですよー!」
「ピナを売らないでくださーい!!」
「キュルルー!」
本物のピナまで鳴く。
こっこは焼きたてのピナパンを掲げた。
「さあ! スタキオンから始めよう!」
「何をよ?」
リズが嫌な予感しかしない顔で尋ねる。
こっこは満面の笑みを浮かべた。
「アインクラッド――パン革命✨️」
リズの大槌が持ち上がった。
「まずそのネーミングセンスを革命してやるわ!!」
「なんでぇぇぇぇ 」
――第六層スタキオン。
パズルの街に誕生した新名物。
《ピナパン》。
後にシリカだけが、最後まで「顔から食べるか、尻尾から食べるか」という究極の難問を解けなかったという。
第六層《スタキオン》。
街では今頃、こっこが数独だのクロスワードだのを見つけて、嬉々として走り回っている頃――。
サタンは、遥か下層。
懐かしき老師の庵へと戻ってきていた。
「師匠。今度は寝技と関節技だったな」
「うむ」
老師は腕を組み、重々しく頷いた。
「まずは儂と組んでみろ」
「望むところだ!」
二人は道場の中央へ。
サタンが構える。
老師も構える。
――数秒後。
「ぬおおおおっ!?」
ドターン!!
老師が床を転がった。
商人が無言で見つめる。
「…………」
もう一度。
「来い!」
「おう!」
ドターン!!
「…………」
三度目。
ドターン!!
老師は、むくりと起き上がった。
そして――。
「今日は、儂の友を呼ぼう」
サタンが固まった。
「待て」
「なんじゃ?」
「今の三回で何があった」
「気にするな」
「師匠」
「気にするな」
商人が額を押さえた。
「まさか老師……」
老師は目を逸らした。
「儂はな」
「うむ」
「打撃と投げには自信がある」
「うむ」
「じゃが――」
妙な間が空いた。
「寝技と関節技は、そこまで精通しておらん」
「今言うのか!?」
サタンの絶叫が庵に響いた。
商人もついに爆発する。
「だったら最初から専門家呼ぶアル!!」
「だから呼んだではないか」
「今からアル!!」
その時だった。
ギィィィ……。
庵の扉が開く。
逆光の中から、一人の老人が姿を現した。
鍛え抜かれた肉体。
老齢とは到底思えない威圧感。
そして何より――。
立っているだけなのに、隙がない。
サタンの表情が変わった。
「……強い」
老師がニヤリと笑う。
「紹介しよう。儂の古い友じゃ」
老人は静かに前へ出る。
どこかで見たような、とんでもなく強そうな老人だった。
商人の目が細くなる。
「…………」
もう一度見る。
「…………」
老師を見る。
また老人を見る。
「いやいやいやいや!!」
商人が全力で指を差した。
「またキ○肉マンから連れてきたアルか!!」
老師は首を傾げる。
「何のことじゃ?」
「どう見てもキングカメ○メ、アル!!」
「他人の空似じゃ」
「名前までほぼ同じアル!!」
老人は商人のツッコミなど意にも介さず、サタンの前へ立った。
「お前がサタンか」
「そうだ」
「老師から話は聞いている。蹴りを使い、投げを覚え、柔を学んだそうだな」
「ああ」
老人は静かに頷く。
そして――。
「だが、それだけでは足りん」
サタンの目が輝いた。
「何が足りない?」
老人は人差し指を立てた。
「技だ」
「技?」
「相手を倒すために必要なのは、力だけではない。打撃、投げ、締め、極め、崩し――それらを繋ぎ、一つの流れとする」
サタンは息を呑んだ。
今までの修行は、それぞれが独立していた。
蹴る。
受け流す。
投げる。
だが、この老人が言っているのは違う。
全てを――繋ぐ。
老人は構えた。
「私が持つ技は百」
サタンの口元が上がった。
「面白い」
「人呼んで――」
老人の目が鋭くなる。
「《百の殺人技》」
商人が飛び上がった。
「アウトな名前アルーーー!!」
老師は感心したように頷いている。
「相変わらず物騒じゃのう」
「呼んだのお前アル!!」
しかしサタンだけは違った。
完全に燃えていた。
「百個全部教えてくれ」
「よかろう」
「全部だ」
「そのつもりだ」
商人が青ざめる。
「やめるアル! その二人、相性良すぎるアル!!」
――こうして。
サタンの新たな修行が始まった。
第一の技。
相手の腕を取り、身体を回転させながら関節を極める。
「ぐっ……!」
「力で逆らうな。関節には動ける方向と、動けない方向がある」
「なるほど!」
第二の技。
足を絡め、逃げ道を消してから締め上げる。
「ぐおおおっ!?」
「参ったか?」
「まだだ!」
「なら締める」
「ぐおおおおお!!」
商人が叫ぶ。
「参った言うアル!! ゲームでも苦しいものは苦しいアル!!」
第三の技。
投げた相手をそのまま寝技へ移行させる。
ドンッ!!
サタンが床へ叩きつけられる。
しかし――。
「……なるほど」
床に転がったまま、笑っていた。
「投げて終わりじゃないのか」
老人の口元にも笑みが浮かぶ。
「気付いたか」
サタンは立ち上がる。
これまで老師から習った投げ技。
牛型モンスターの突進力すら利用した巴投げ。
そこから跳躍し、空中で叩き落とす技。
それら全てに――。
続きが生まれる。
投げる。
着地する。
腕を取る。
脚を絡める。
極める。
相手が逃げれば、その動きを利用して別の技へ。
「技から技へ繋ぐのか……!」
「そうだ」
老人は頷いた。
「百の技を百個覚えるだけでは意味がない」
サタンの目が見開かれる。
「一つ目が破られれば二つ目。二つ目が破られれば三つ目。相手の反応そのものを次の技への入口にする」
「…………!」
老師も腕を組んで頷いた。
「これぞ連続技じゃ」
商人が老師を見る。
「老師」
「なんじゃ?」
「絶対いま初めて知ったアルナ?」
「…………」
「目を逸らすなアル!!」
老人はサタンへ向き直った。
「では次だ」
「来い!」
「第四の技」
「おう!」
「第五の技」
「おう!」
「第六」
「まだまだ!」
「第七」
「来い!!」
技は続く。
締め。
関節。
崩し。
返し。
投げからの極め。
極めからの投げ。
相手が抵抗すればするほど、次の技へと繋がっていく。
そして十数個を越えたところで――。
サタンは床に大の字になっていた。
「…………」
ピクリとも動かない。
商人が棒でつついた。
「生きてるアルか?」
「……最高だ」
「怖いアル!!」
サタンがゆっくり起き上がる。
その顔は満面の笑みだった。
「まだ八十以上残ってるんだろ?」
「当然だ」
「全部やるぞ!」
老人も笑った。
「その意気だ」
二人の間に、妙な友情が芽生え始める。
商人は頭を抱えた。
「ダメアル……老師より危険な師匠が増えたアル……」
老師は満足そうに笑った。
「よかったのう、サタン」
「おう!」
「百の殺人技を身につければ、お主はさらに強くなる!」
「おう!!」
「そして百個を繋げれば――」
「おう!!!」
商人が割って入る。
「百個も繋げる前に相手死ぬアルーーー!!」
――スタキオンでは。
こっこが石板を前に首を傾げていた。
「うーん……この規則性は……」
ピコン♪
メッセージが届く。
《サタン:しばらく戻れん。百の殺人技を覚えている》
こっこは三秒ほど画面を見つめた。
そして。
《こっこ:ゲーム変わってない?》
即座に返信。
《サタン:問題ない》
《こっこ:大問題だよ 》
こうして、こっこがパズルと格闘しているその頃。
遥か下層では――。
「第十八の技!」
「ぐおおおおお!!」
「次、第十九!」
「来いいいい!!」
「もっと腰を入れろ!」
「おう!!」
「違うアル! 何もかも違うアルーーー!!」
商人の絶叫だけが、今日も山々に響き渡っていた。
そしてサタンはまだ知らない。
《百の殺人技》を習得した先に待っているものを。
百個の技を覚えることではない。
どの技からでも、別の技へ移行できること。
打撃。
柔。
投げ。
関節。
寝技。
それまで別々に鍛えてきた全てが、一つに繋がった時――。
サタンの《体術》は、いよいよ誰も想定していなかった領域へ踏み込むことになる。
商人だけが、その未来を正確に予想していた。
「絶対ろくなことにならないアル……」