エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
黄金のキューブを台座へとはめ込んだ瞬間から――。
第六層のボス戦は、それまでの攻略とはまるで違うものになっていた。
ボスのHPを削る。
ただ、それだけではない。
むしろ――。
「待って! 攻撃止めて!!」
こっこの声がボス部屋に響いた。
ディアベルが即座に剣を上げる。
「全隊、攻撃中止!」
攻略組が一斉に後退した。
直後。
――ゴゴゴゴゴゴ……!
巨大なボスの周囲を取り囲む床が回転する。
正方形だった床面が分割され、いくつものブロックへ変化。
さらに壁面に刻まれていた数字と記号が次々と発光した。
キバオウが顔をしかめる。
「なんやねん、またかいな!」
「たぶん次は……」
こっこは黄金のキューブを高速で回転させていた。
右へ九十度。
手前へ百八十度。
一面を合わせて――止める。
カチン。
黄金のキューブの一面が青く発光した。
同時に、ボスの右肩に巨大な紋章が浮かび上がる。
こっこの目が輝いた。
「右肩! 三十秒だけ防御力が落ちる!」
ディアベルが剣を振り上げる。
「全隊! 右肩へ集中攻撃!!」
「おおおおおおっ!!」
攻略組が殺到した。
キリトの剣。
アスナの細剣。
エギルの斧。
キバオウの剣。
次々とソードスキルが叩き込まれる。
ボスのHPバーが一気に減少した。
「よし!」
ディアベルが叫ぶ。
だが。
キバオウだけは何とも言えない顔をしていた。
「……なんか、あいつの言うとおりに攻略するん、いけ好かんな 」
「まあまあ 」
ディアベルが苦笑する。
「正しい指示なんだから仕方ないだろ?」
キリトも剣を構え直しながら言った。
「でも、ここは完全にこっこの独壇場だ。やるしかない」
「そうね」
アスナも頷く。
そして黄金のキューブと格闘しているこっこへ振り返った。
「お願い、こっこさん。次は?」
「はーい、アスナさん♥」
返事だけ異様に速かった。
リズの眉が吊り上がる。
「調子いいわね 」
隣でシリカがニヤッとする。
「リズさん、ちょっと妬いてます?」
「バカ 」
「顔、赤いですよ?」
「うるさいっ!」
「そこ! 漫才してないで次来るよ!」
こっこが叫んだ。
「誰のせいよ 」
その瞬間。
黄金のキューブの別の面に数字が浮かび上がった。
《3・1・4・2》
こっこの表情が変わる。
「……順番だ」
ボスの周囲に四本の柱がせり上がった。
それぞれ違う紋章が刻まれている。
エギルが叫ぶ。
「次頼んだぞ!」
「待って、考えてる!」
こっこの指がキューブの面をなぞる。
柱。
床の模様。
ボスの腕に刻まれた四つの記号。
そしてキューブ。
すべてを見比べる。
「三番!」
攻略組が三番の柱へ走る。
「次、一番!」
方向転換。
「四番!」
さらに移動。
「最後、二番!」
キバオウが走りながら叫ぶ。
「ワシら、完全に駒やないか!!」
ディアベルも走っている。
「今は我慢してくれ!!」
四本目。
――ガコン!!
全ての柱が床へ沈んだ。
ボスの胸部装甲が展開する。
内部に真紅のコア。
キリトが叫んだ。
「弱点露出!」
「総攻撃!!」
ディアベルの号令。
攻略組が一斉に飛び込んだ。
凄まじい連続攻撃。
HPバーがさらに大きく削られる。
しかし。
その戦闘を――。
ボス部屋の入口付近で、腕を組みながらじっと眺めている男がいた。
サタンである。
修行を終え、ようやく攻略組へ合流したものの。
黄金のキューブ。
数字。
記号。
回転する床。
順番。
法則。
サタンは無言だった。
「…………」
隣にいた中国風商人が横目で見る。
「行かないアルカ?」
「…………」
「戦闘始まってるアルヨ」
「分かっている」
「じゃあ行くアル」
「…………」
サタンは腕を組んだまま動かない。
心の中では――。
(分からん)
実に潔かった。
(何をやっているのか、さっぱり分からん)
老師から教わった百の殺人技。
関節。
投げ。
寝技。
打撃。
それなら分かる。
だが――。
《3・1・4・2》
知らん。
黄金の立方体を回して何が嬉しい。
もっと知らん。
だからサタンは待っていた。
じっと。
ひたすら。
ボスを睨みながら。
(儂にも分かるタイミング……)
拳を握る。
(来い!)
商人が半眼になる。
「絶対パズルから逃げてるだけアルナ」
「黙れ」
そのころ、こっこは再び黄金のキューブを操作していた。
今度はさらに複雑だった。
一面を回す。
戻す。
裏返す。
止める。
「あれ?」
回す。
「違う」
戻す。
「これがこっちだから……」
さらに回す。
キリトが不安そうに見る。
「こっこ?」
「ちょっと待って」
アスナもボスを警戒する。
「早めにお願い!」
「分かってる!」
黄金のキューブが赤く発光した。
――ブブーッ!!
「間違えた!!」
「おい!!」
攻略組全員の声が揃った。
床が傾いた。
「うわあああああ!?」
攻略組がまとめて滑り落ちる。
エギルが壁へ斧を突き立てる。
キバオウがディアベルの足を掴む。
ディアベルがキリトを掴む。
キリトがアスナを掴む。
謎の人間チェーンが完成した。
リズが叫ぶ。
「こっこぉぉぉぉぉ 」
「ごめんなさーい 」
シリカが必死に柱へしがみつく。
「独壇場ってそういう意味じゃありませんよぉぉぉ!!」
だが。
こっこは転がりながら黄金のキューブを見ていた。
そして――気づく。
「……あ」
一面だけ。
今まで使われていなかった記号。
床の傾斜によって初めて見えた、ボスの足裏。
そこに――同じ紋章。
こっこの目が見開かれた。
「そういうことか!」
キューブを回す。
一回。
二回。
三回。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
こっこの指が一段動くたび、巨大なボスルームそのものが姿を変えていく。
「青、揃った!」
床の一角が発光する。
こっこは即座に叫んだ。
「エギル! そこから離れて!」
「了解!」
エギルが大斧を引いて飛び退く。
直後――。
ズドォォォン!!
巨大な石柱が落下した。
「次、赤!」
キューブを回す。
今度はボスの左脚を覆っていた装甲が開く。
「左脚!」
ディアベルが即座に指示を飛ばした。
「全員、集中攻撃!」
「おおっ!!」
攻略組が殺到する。
キリトの片手剣。
アスナのレイピア。
キバオウの《Jagged Breaker》。
エギルの大斧。
次々と攻撃が叩き込まれ、《Guardian of Stachion》の巨体が傾いた。
「効いとる! 押せぇ!」
キバオウが叫ぶ。
だが、その直後。
ガコン!
装甲が閉じる。
全員の武器が弾かれた。
「ちっ!」
キリトが後退する。
その後方では――。
「…………」
腕を組んだサタンが、じっと戦場を見ていた。
商人が横目で見る。
「お前、いつまで見てるアル?」
「待っている」
「何を?」
サタンは答えない。
ただ、ボスを見る。
攻略組の動きを見る。
そして――黄金のキューブを操作し続ける、こっこを見る。
「…………まだだ」
商人。
「働けアル 」
◇
残りHP、一本。
そこからが長かった。
こっこがキューブを揃える。
弱点が開く。
攻略組が攻撃する。
閉じる。
また解く。
攻撃。
閉じる。
繰り返す。
そして――。
「……分かった」
こっこの手が止まった。
「何が?」
リズが尋ねる。
こっこは黄金のキューブを見る。
六面。
床に刻まれた六つの紋様。
ボスの胸に存在する六角形のコア。
これまで、揃えることばかり考えていた。
だが。
「最後は……揃えちゃいけないんだ」
キリトが目を見開く。
「逆か!」
「そう!」
こっこはキューブを操作する。
五面完成。
そして最後の一面だけ――。
わざと、一段ずらした。
カチッ。
静寂。
次の瞬間。
――ガコン!!
ボスの胸部装甲が完全に開いた。
巨大な赤いコア。
「弱点露出!!」
こっこが叫ぶ。
ディアベルが剣を掲げた。
「全員――総攻撃!!」
「おおおおおお!!」
一斉攻撃。
キリト。
アスナ。
エギル。
キバオウ。
リズ。
シリカ。
攻略組の剣が、斧が、槌が、次々と赤いコアへ突き刺さる。
HPが猛烈な勢いで減っていく。
五割。
三割。
一割――!
「いける!!」
だが。
《Guardian of Stachion》の両眼が赤く光った。
キリトの表情が変わる。
「まずい!」
ボスが、攻略組を無視した。
その視線の先。
黄金のキューブを持つ――こっこ。
「え?」
ボスが突進する。
「こっこ!!」
リズが叫ぶ。
こっこはキューブ操作中。
回避が間に合わない。
巨大な腕が振り上げられる。
その瞬間だった。
「――今だ」
ボス部屋の入口から。
一人の男が飛び出した。
「遅いアル!!」
商人のツッコミを置き去りにして、サタンが走る。
こっこの前へ。
「サタン!?」
巨大な腕が迫る。
サタンは――逃げなかった。
真正面から掴んだ。
「ぬぅぅぅぅぅぅ!!」
足元が滑る。
HPがわずかに削られる。
それでも離さない。
そして。
腰を落とす。
こっこが目を見開いた。
「その構え……!」
サタンは巨体の突進力を、そのまま利用した。
「ふんっ!!」
――巴投げ。
《Guardian of Stachion》の巨体が浮いた。
「うそぉ!?」
シリカが叫ぶ。
「ボスが飛んだ!?」
リズも絶句する。
だが。
サタンの技は――そこで終わらない。
「老師!!」
「ここにはいないアル!! 」
サタンも跳んだ。
かつて。
牛の突進力を利用して空中へ放り投げ。
そこから自ら跳躍して追いつく。
何度も失敗した。
何度も地面へ落ちた。
そしてようやく完成させた――。
投げ技から投げ技へ繋ぐ連携。
空中。
サタンがボスの胴体を掴む。
天地が反転する。
「まさか……」
エギルが呟いた。
キリトも口を開けた。
「やる気か!?」
サタンが吠える。
「百の殺人技――!!」
商人。
「SAOでやるなアルぅぅぅ!! 」
「パイル――」
落下。
「ドライバァァァァァァァァ!!」
ズッッッドォォォォォォォン!!!
迷宮全体が揺れた。
巨大な石床に亀裂のエフェクトが走る。
《Guardian of Stachion》の頭部が床へ叩きつけられ――。
その衝撃で胸部コアが大きく露出した。
HPゲージが猛烈に減る。
「いった!!」
こっこが叫ぶ。
残り――。
1%。
0.5%。
0.2%。
0.1%。
そして。
――止まった。
全員。
「…………」
サタン。
「…………」
HPゲージ。
ほんの一筋。
残っている。
キバオウが震えた。
「残っとるやないかぁぁぁぁぁ!! 」
サタン。
「…………」
商人。
「決めきれなかったアル 」
「黙れ!!」
だが笑っている場合ではなかった。
ボスが起き上がる。
そして胸部装甲が――閉じ始めた。
「まずい!」
キリトは技後硬直。
アスナも動けない。
エギルは間合いの外。
キバオウも体勢を崩している。
サタンは言うまでもない。
パイルドライバー直後。
完全硬直。
こっこが叫んだ。
「誰でもいい!!」
コアが閉じていく。
「あと一発!!」
そのとき。
一人だけ。
戦場全体を見ていた男が動いた。
「――俺が行く!」
ディアベル。
走る。
派手な技ではない。
奇抜な武器でもない。
特殊な戦法でもない。
ただ。
あと一撃を叩き込みたい!
ソードスキルが光る。
一歩。
踏み込む。
閉じていく装甲。
あと少し。
ディアベルは剣を突き出した。
「届けぇぇぇぇ!!」
剣先が――。
閉鎖寸前のコアへ触れた。
――ザシュッ!!
HPゲージ。
0。
静寂。
そして。
《CONGRATULATIONS》
巨大な文字が、ボスルームいっぱいに広がった。
「…………」
ディアベルが剣を構えたまま固まっている。
ピコン♪
目の前にウインドウ。
《LAST ATTACK BONUS》
ディアベル。
「…………俺?」
キリトが笑った。
「ああ」
アスナも微笑む。
「ディアベルさんです」
ディアベルは、自分の剣を見る。
第一層。
あの戦いで。
本来ならば届かなかったはずの場所。
そこから五つの階層を越えて。
今。
自分の剣が――ボスの最後へ届いた。
「……そうか」
ディアベルは静かに笑った。
「俺が取ったのか」
「おめでとう!」
こっこが駆け寄る。
リズも笑う。
シリカも拍手する。
エギルがディアベルの肩を叩いた。
キバオウも。
少し悔しそうにしながら。
「……まあ」
鼻を鳴らす。
「今回は文句なしや」
その後ろ。
床に寝転がったままのサタンが手を上げた。
「儂は?」
全員が振り向く。
サタン。
「今の攻撃、HPのほとんどを儂が――」
キバオウ。
「LAちゃうやろ」
「だが――」
「LAちゃうやろ」
「しかし――」
「LAちゃうやろ」
サタン。
「…………」
こっこがしゃがんで慰める。
「大丈夫。99.9%くらいサタンだったよ✨️」
「そうか」
「でもLAはディアベル」
「…………」
リズ。
「追い打ちかけるんじゃないわよ 」
ピコン♪
ディアベルの前に報酬が現れた。
《The Last Piece》
最後の一片。
腕輪型アクセサリー。
ディアベルは説明を読む。
《複数人による連携攻撃において、最終工程を成功させた際に一時的な能力補正を得る》
「最後の……一片」
ディアベルが呟いた。
キリトが黄金のキューブを見る。
完成していない。
最後の一面だけ、揃っていないキューブ。
アスナも気づいた。
「同じなんだ……」
今回の攻略。
誰か一人では勝てなかった。
こっこがパズルを解いた。
攻略組が削った。
サタンがボスを止め、弱点を叩き出した。
そして。
最後の一撃だけが残った。
そこへディアベルが入った。
最後の一片。
ディアベルは腕輪を装備した。
「だったら――」
攻略組を見渡す。
「これは俺一人が取ったLAじゃないな」
キバオウが笑う。
「せやな」
そして。
床からサタンの声。
「なら報酬は私に・・・」
「それは違う」
ディアベルが即答した。
サタン。
「…………」
キバオウ。
「そこはしっかりしとるんかい!! 」
笑い声が広がった。
その中で。
こっこは黄金のキューブを見つめる。
戦いが終わったというのに。
まだ。
淡く光っている。
「……あれ?」
こっこの表情から笑いが消えた。
リズが覗き込む。
「どうしたの?」
「……これ」
シリカも近づく。
こっこは黄金のキューブを持ち上げた。
「返してほしいって」
誰に。
なぜ。
その答えを――。
こっこたちは、もう知っていた。
《スタキオンの呪い》。
そう呼ばれ続けた者たちは。
誰かを呪いたかったのではない。
ただ。
最後まで願っていた。
――Release。
《解放》を。
こっこは黄金のキューブを大切にストレージへしまった。
「行こう」
第六層攻略は終わった。
しかし。
彼らとの約束には。
まだ――。
最後の一片が残っていた。