エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
狼を三匹ほど狩ったところで、こっこは街道から少し外れた場所に腰を下ろした。
さすがに疲労を覚えていた。
HPバーも、それなりに減少している。
回復ポーションを使えば手早く回復できるのだが――。
「……もったいない。」
序盤で入手した消耗品を、最後まで使わずに取っておく。
そんなゲーム内での妙な倹約癖が、この男には染みついていた。
こっこは周囲に敵がいないことを確認すると、道中で拾っておいた枯れ枝を地面に組み、《火打ち石》を取り出した。
カチッ。
火花が散る。
何度か繰り返すと、枯れ枝に小さな炎が灯った。
「おお、やっぱりゲームだと火熾しが楽だな♪」
パチパチと燃える焚き火の前に腰を下ろす。
街まで戻って自然回復を待つことも考えたが、せっかく狼を倒したのだ。
ストレージを開き、ドロップした《ウルフの肉》を取り出す。
「ボアの肉は焼いたら食べられたし……狼もいけるんじゃない?」
料理スキルも取得している。
ならば、試してみる価値はある。
肉をナイフに刺し、火にかざす。
ジュウ……。
やがて、焼けた肉から湯気が立ち始めた。
「おっ、見た目は悪くない✨️」
期待しながら、一口。
もぐ。
「…………」
もぐもぐ。
「…………」
こっこの眉間に、深い皺が寄った。
「臭っ!!」
思わず肉を口から離す。
「駄目だ! この狼の肉は駄目だ! 焼いても美味しくない 」
《料理》スキルがあれば、何でも美味しくなる。
そんな都合のよい話ではなかったらしい。
こっこは肩を落とし、焼いた狼肉を見つめた。
「ボアは美味しかったのになあ……。素材によって違うのか。」
また一つ、学習した。
もっとも、失敗したところで命を落とすわけではない。
こうしたことは、試行錯誤を重ねながら覚えていけばいい。
こっこは狼肉を脇へ置き、焚き火に枯れ枝を一本追加した。
パチッ――。
火の粉が舞う。
「…………ん?」
そこで、ふと手が止まった。
ストレージを開く。
《枯れ枝》。
また《枯れ枝》。
さらに《枯れ枝》。
火を熾すため、フィールドを歩きながら見つけるたびに拾っていたのだ。
「これ……結構邪魔だな。」
アイテムストレージにも容量の限界がある。
今はまだ所持品が少ないため問題ない。
しかし、この先も焚き火を使うたびに枯れ枝を大量に持ち歩くのは、どう考えても効率が悪い。
「もっと小さくて、長く燃えるもの……」
こっこは焚き火を眺めた。
燃えていた枝の一本が崩れ、黒くなった部分が露出した。
「…………炭?」
こっこは黒くなった枝を拾い上げた。
「そうだ。炭を作れないかな?」
現実には、燃料として使われる木炭がある。
同じことが、この世界でもできるのではないか。
しかし――どうやって作る?
こっこはウインドウを呼び出し、スキル一覧を開いた。
指で項目を送りながら、それらしいものを探していく。
「木工……? いや、少し違うな。鍛冶……これはもっと違う。」
そして。
一つの項目で指が止まった。
《クラフト》
「……クラフト?」
詳細を開く。
そこには、素材の加工や簡易的な製作に関する説明が表示されていた。
さらに熟練度を上げ、製作を重ねることで、より専門的な生産分野へ発展していくこともできるらしい。
「へえ……」
こっこの目が輝く。
「ここから分岐して、専門職のようになっていくのか。」
通常であれば。
デスゲームとなったこの世界で、生き残ることを最優先にするなら。
戦闘に直接役立つスキルを選ぶべきなのかもしれない。
攻撃。
防御。
索敵。
隠密。
より効率的な選択肢はいくらでもあるだろう。
だが、こっこが見ているのは――。
焚き火の横に積まれた大量の枯れ枝だった。
「…………邪魔なんだよなあ。」
理由は、それだけだった。
攻略における最適解でもない。
強くなるためでもない。
ただ――。
目の前に不便なものがある。
ならば、改善したい。
「よし!」
迷いは短かった。
《クラフト》を選択。
スキルスロットへ登録する。
――《クラフト》習得。
「これで炭が作れるか、試してみよう✨️」
こっこはさっそく枯れ枝を何本か集めた。
そして焚き火へ投入する。
しばらく待つ。
燃える。
さらに待つ。
燃える。
やがて――。
サラサラ……。
枝は灰になった。
「…………」
こっこは無言で灰をつまんだ。
「……炭じゃない。」
当然である。
普通に燃やしただけなのだから。
「むむむ……」
腕を組む。
もう一度、焚き火を見る。
燃えるということは、酸素と反応している。
ならば完全に燃やさず、途中で空気を遮断すれば――。
「そうか。蒸し焼きのようにすればいいのかな?」
こっこは立ち上がった。
石を集める。
土を掘る。
枯れ枝を並べる。
火を入れる。
そして、空気が入りすぎないように土を被せてみる。
失敗。
もう一度。
今度は火が消えた。
「違うか……」
もう一度。
「これなら……?」
失敗。
「うーん。」
また試す。
失敗。
「もう少しかな?」
また試す。
いつの間にか。
HPを自然回復させるために休憩していたはずの男は、地面にしゃがみ込み、夢中になって炭焼きの実験を始めていた。
なぜ自分がこんなことをしているのか。
本人にも、よく分かっていない。
ただ一つだけ確かなのは――。
不便だったから。
もっと便利にできると思ったから。
だから試した。
それだけだった。
《料理》を取得したのも、同じ理由だった。
食事で回復できれば便利だと思った。
《クラフト》を取得したのも、同じ理由だった。
枯れ枝を大量に持ち歩くより、炭にできれば便利だと思った。
戦闘とは直接関係ない。
攻略の最短ルートでもない。
それでも――。
この小さな選択が。
やがて数多くの職人を生み。
武器を作り。
防具を作り。
店を作り。
クロスボウを作り。
船すら造り。
千人ものプレイヤーを抱える巨大な《Engineer》へと繋がっていくことを――。
このときのこっこは、まだ知らない。
「おっ!」
土をどけたこっこの顔が明るくなる。
中から出てきたのは、真っ黒になった一本の枝。
灰にはなっていない。
指で触れてみる。
「これ……炭じゃない!?」
システムウインドウを開いて確認する。
《粗悪な木炭》
「…………」
品質表示を見つめる。
粗悪。
「まあ……最初だからね 」
それでも。
こっこは嬉しそうに、その一本をストレージへ収納した。
《クラフト》熟練度が、ほんの少しだけ上昇する。
「よし! もっと作ってみよう✨️」
――始まりは、たった一本の炭だった。
薪を使い、まずは《炭》の製作を試みる。
火を熾し、その中へ薪を入れて、しばらく待つ。
こっこ「そろそろかな?」
火ばさみ代わりの枝で、黒くなった薪を取り出してみる。
こっこ「おっ! それっぽい!」
期待しながら手に取った瞬間――。
《薪の燃えカス》
パサッ……。
こっこ「あっ」
黒い塊は手の中で崩れ、細かな粒子となって飛散した。
こっこ「……炭じゃない 」
???「にゃはははは♪ 面白いことをしているナ」
こっこ「だれ!?」
反射的に立ち上がり、左手を剣の柄へ伸ばす。
街道脇の茂みがガサガサと揺れ、そこから小柄な人影が姿を現した。
深く被ったフードのせいで顔はよく見えない。
声から判断すると、女性――いや、少女だろうか。
???「初日からレベル4で《クラフト》スキルを迷わず取得するなんて、随分と変わった奴だナ。本当にβテスターではないのカ?」
こっこ「βテスターではないよ」
???「…………マジ?」
少女の動きが止まった。
???「このタイミングでこの辺りにいる奴なんて、βテスターくらいなものダ。……それとも自殺志願――」
少女は焚き火へ視線を向けた。
その横には焼いた狼肉。
集められた薪。
そして、炭にしようとして失敗した燃えカス。
???「……ではないナ。肉を焼いて、炭まで作ろうとしているからナ 」
こっこ「夜になったから休憩しているんだよ。ポーションももったいないし」
???「…………」
こっこ「なに?」
???「いや。自殺志願ではないのは分かったけど、別の意味で変わった奴だナと思って」
こっこ「失礼な! 」
少女は焚き火のそばまで近づくと、地面に散った《薪の燃えカス》を覗き込んだ。
???「それで? 何を作ろうとしていたんダ?」
こっこ「炭」
???「炭?」
こっこ「うん。枯れ枝や薪をそのままストレージに入れて持ち歩くと邪魔だろ? だったら加工して、もっと効率のいい燃料にできないかなって。《クラフト》を取得したら作れるかと思ったんだけど……」
こっこは《薪の燃えカス》を指差した。
こっこ「こうなった 」
???「にゃははははは!」
こっこ「笑うなよ! 」
???「いやいや、悪かったナ。でも面白いナ。普通、初日に《クラフト》を取得したら、何が作れるかメニューを確認するだろ?」
こっこ「見たよ。でも炭がなかった」
???「だから薪を焼いたのカ?」
こっこ「うん」
???「…………」
少女が再び黙り込んだ。
こっこ「だから、なに?」
???「やっぱり変な奴だナ」
こっこ「二回言った! 」
???「でも――」
少女はしゃがみ込み、燃えカスを指先でつついた。
???「考え方自体は、悪くないかもしれないナ」
こっこ「!」
???「このゲームは、《スキルを取得した=すべて作れる》というわけではない。条件を満たしたり、作業を繰り返したり、レシピを見つけたりして、初めて作成可能になるものもある」
こっこ「……つまり、炭も作れる可能性がある?」
???「さあナ?」
こっこ「知らないの!?」
???「にゃはは♪ そこから先は――」
少女が親指と人差し指で輪を作った。
???「情報料だナ」
こっこ「お金取るの!?」
???「当然。オレっちは情報屋だからナ」
こっこ「情報屋……?」
少女は立ち上がると、フードの奥からニッと笑った。
アルゴ「《鼠のアルゴ》。よろしくナ、炭焼きの兄ちゃん」
こっこ「誰が炭焼きの兄ちゃんだ! 」
アルゴに《焼いたボア肉》を渡すと、代わりにいくつかの情報を教えてもらった。
アルゴ「初日にボアの肉を上手に焼けるなんて、あんたには才能があるよ ️」
こっこ「そうかなあ✨️」
アルゴ「もちろん褒めてる。で、肉のお礼だ。ホルンカに行くなら、街道をそのまま進むのはやめておきな。」
こっこ「えっ? 道なりに進めばいいんじゃないの?」
アルゴ「道は分かりやすいけど、そのぶんモンスターにも遭遇しやすいんだ。少し道を外れて、岩肌沿いに進む。それが基本だな。」
こっこ「なるほど……ありがとう!」
アルゴ「まあ、それでもボアや狼くらいは出るけどな。」
こっこ「出るんだ 」
アルゴ「にゃははは♪ 死ぬなよー。」
そう言い残すと、アルゴは暗闇の向こうへ軽やかに消えていった。
こっこ(あの子、いい子だなあ✨️)
教えてもらったとおり、街道を外れて岩肌沿いに進む。
もちろん、安全というわけではない。
ガサッ!
こっこ「また狼!?」
《Dire Wolf》
こっこ「来るなら来い! さっきの戦いで少し分かったぞ!」
ストレージから《石》を実体化させる。
突進してくる狼の顔面へ投げつける。
ガッ!
狼「キャウッ!」
怯んだ隙に、左手の剣を振る。
《スラント》!
しかし、狼のHPを削り切ることはできない。
こっこ「まだか!」
すぐさま右手に《松明》を持ち替え、狼の鼻先へ突き出す。
狼「ギャン!」
こっこ「火を怖がるのか! よし!」
剣だけで戦う必要はない。
拾った石も、松明も使える。
相手の動きを止めてから、確実にソードスキルを当てる。
その戦法を繰り返した。
途中でボアにも遭遇した。
こっこ「君にはもう慣れた!」
《石》!
ボア「ブギッ!?」
《スラント》!
パァン――!
こっこ「よし!」
そして、肉を回収する。
こっこ「これは大事✨️」
戦利品の基準が少しずつおかしくなっていることに、本人はまだ気づいていない。
どれほど歩いただろう。
岩肌の向こうに、小さな明かりが見えた。
こっこ「……あれ?」
近づくにつれて、それが家々から漏れる灯りだと分かってくる。
そして、視界に地名が表示された。
《Horunka Village》
こっこ「……着いたぁぁぁ…… 」
ようやくたどり着いた《ホルンカの村》。
始まりの街を出たときは、本当に怖かった。
道も知らない。
モンスターの種類も知らない。
戦い方だって、まだ覚えたばかりだった。
それでも。
拾った石を投げ。
松明で狼を怯ませ。
剣を振り。
肉を焼き。
炭を作ろうとして失敗し。
妙な情報屋の女の子と知り合って――。
なんとか、生きてここまで来た。
こっこ「……ゲームって、本当はこういうのが楽しいんだよな。」
そして、ふと思い出す。
ここではもう、死んだら終わりなのだ。
こっこ「…………。」
村の灯りを見つめる。
こっこ「よし。今日はここを拠点にしよう。」
こうして、デスゲーム初日の夜。
《料理》と《クラフト》という、攻略組としては妙なスキルを抱えたプレイヤー・こっこは――
ようやく《ホルンカの村》へとたどり着いた。