エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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70 昔話って、時代と共に解釈がかわるよね。

――黄金のキューブ、その役目を終えて

 

第六層《スタキオン》。

 

フロアボスが倒され、攻略組の面々はすでに次なる階層――第七層へ向けて動き始めていた。

 

「じゃあ、先に行ってるわよ!」

 

リズが転移門の前から手を振る。

 

「こっこさん、本当に一人で大丈夫ですか?」

 

シリカが心配そうに覗き込んでくる。

 

「大丈夫、大丈夫。返してくるだけだから」

 

こっこはそう言って、アイテムストレージを開いた。

 

そこに収められているのは――

 

《Golden Cube》。

 

スタキオンの地下深く。

 

幾重ものパズルを突破し、《スタキオンの呪い》と呼ばれていた謎を解き明かした先で手に入れたもの。

 

そして今回のボス攻略において、決定的な役割を果たしたアイテムだった。

 

キリトが腕を組む。

 

「……それ、持っていかないのか?」

 

「うん」

 

こっこは即答した。

 

「借り物だからね」

 

「……そういうところだけ妙に律儀なのよね」

 

アスナが苦笑する。

 

「そういうところだけって何 」

 

「じゃあ、七層でな」

 

エギルが手を上げる。

 

ディアベルたちも次々と転移門へ向かっていく。

 

最後まで残っていたシリカも、

 

「絶対来てくださいね!」

 

「はーい」

 

「寄り道しちゃダメですよ!」

 

「子供じゃないよ 」

 

「信用ありません!」

 

そして――。

 

転移門の光が消えた。

 

一人になったこっこは、静かになったスタキオンの街を振り返る。

 

「……さて」

 

黄金のキューブを取り出す。

 

「返しに行きますか」

 

     ◆

 

再び地下へ。

 

もう解き終えたパズルに敵はいない。

 

一度攻略した道を辿りながら、こっこは地下深くへ降りていった。

 

そして――。

 

あの場所へ辿り着く。

 

《スタキオンの呪い》。

 

そう呼ばれていた最後の謎。

 

その答えは――

 

《Release》

 

――解放。

 

その言葉を入力したことで開いた、最奥の部屋。

 

中央には、黄金のキューブが収められていた宝箱が静かに残っている。

 

こっこはその前にしゃがんだ。

 

「……ただいま」

 

誰もいない。

 

NPCすらいない。

 

返事などあるはずもない。

 

それでも、こっこは黄金のキューブを両手で持った。

 

「ありがとう」

 

小さく呟く。

 

「君がいなかったら……たぶん、あのボスはもっと大変だったよ」

 

キューブを眺める。

 

ボス戦で何度も回転させた。

 

面を合わせ。

 

構造を読み。

 

ギミックを解除し。

 

攻略組に攻撃のタイミングを伝えた。

 

キバオウには、

 

『なんか、あいつの言うとおりに攻略するんはいけ好かんな 』

 

とまで言われた。

 

思い出して、こっこは少し笑った。

 

「まあ……僕もそう思うよ」

 

あのキューブがなければ。

 

攻略できなかったわけではないのかもしれない。

 

けれど、もっと時間がかかった。

 

もっと被害が出た。

 

何度も撤退することになったかもしれない。

 

「十分働いてくれたよ」

 

こっこは宝箱の中へ、そっとGolden Cubeを戻した。

 

カチン――。

 

小さな音。

 

「……?」

 

次の瞬間。

 

――ゴゴゴゴゴゴ……。

 

「え?」

 

床が震えた。

 

「ちょっ、待って」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ――!

 

「返しただけだよ!? 」

 

慌てて後退する。

 

宝箱の奥。

 

今までただの壁だと思っていた石壁が左右へゆっくりと開いていった。

 

その向こう側から――

 

小さな台座がせり出してくる。

 

その上には。

 

もう一つ。

 

古びた宝箱。

 

「…………」

 

こっこは黙った。

 

そして数秒後。

 

「おったっから♪」

 

誰も止める者はいなかった。

 

     ◆

 

罠を警戒する。

 

《The Explorer》の警戒表示は――なし。

 

周囲を見る。

 

床を見る。

 

天井を見る。

 

宝箱の蝶番を見る。

 

「……大丈夫そう」

 

慎重に手を伸ばし――。

 

開けた。

 

キィ……。

 

「……?」

 

中にあったものを見て、こっこは首を傾げた。

 

剣ではない。

 

防具でもない。

 

アクセサリーでもない。

 

小さな透明の結晶。

 

内部に、淡い光が漂っている。

 

「なんだ、これ?」

 

アイテム名を見る。

 

《Record Crystal》

 

記録結晶。

 

「記録……結晶?」

 

聞いたことがない。

 

少なくとも、これまでのアインクラッド攻略で見たことのないアイテムだった。

 

こっこは摘み上げる。

 

くるっ。

 

「……」

 

くるくる。

 

「録音機?」

 

横を見る。

 

「カメラ?」

 

裏返す。

 

「USBメモリ……ではないな」

 

当然である。

 

「どうやって使うんだ?」

 

指で表面をなぞる。

 

何も起きない。

 

軽く振る。

 

何も起きない。

 

「音声入力?」

 

結晶に向かって話しかける。

 

「もしもーし」

 

…………。

 

「聞こえますかー?」

 

…………。

 

「壊れてる?」

 

壊れていない。

 

使い方を知らないだけである。

 

「ここ押すのかな?」

 

側面を触る。

 

反応なし。

 

「こっち?」

 

底を押す。

 

反応なし。

 

「んー……」

 

親指。

 

人差し指。

 

中指。

 

あちこち触っているうちに――

 

頂点にある、ごく小さな突起へ指が触れた。

 

カチッ。

 

「……あ」

 

――ピィィィン。

 

結晶が光った。

 

「え?」

 

こっこは固まる。

 

透明だった結晶内部に、青白い光が満ちていく。

 

そして――。

 

空中へ光が投射された。

 

ザッ――。

 

「うわっ!?」

 

こっこは尻もちをついた。

 

目の前に突然、半透明の映像が浮かび上がったのだ。

 

ノイズ。

 

乱れた映像。

 

音声も途切れている。

 

『――……記録……開始……』

 

「…………」

 

こっこの顔から、ふざけた表情が消える。

 

そこに映っていたのは――

 

スタキオンだった。

 

だが。

 

こっこの知るスタキオンではない。

 

まだ朽ちていない建物。

 

灯りのともった街。

 

行き交う人影。

 

そして――。

 

パズルを作っている者たち。

 

黄金のキューブを運ぶ者たち。

 

石板へ文字を刻む者たち。

 

こっこはゆっくり立ち上がった。

 

「……これ……」

 

映像の中で、一人の人物がこちらを向いた。

 

『もし、この記録を見ている者がいるのなら――』

 

音声が一瞬乱れる。

 

『我々の願いは、届いたのだろう』

 

こっこは息を呑む。

 

映像の人物は、静かに続ける。

 

『黄金の立方体をここへ戻した者だけが、この記録を見ることができる』

 

「……返却が、条件だったのか」

 

つまり。

 

持ち逃げしていれば――。

 

この宝箱は永遠に現れなかった。

 

こっこは無意識に、元の宝箱を見る。

 

そこにはGolden Cubeが静かに収まっている。

 

そして映像の人物は告げる。

 

『我々は、これを“呪い”として残したのではない』

 

こっこの目が見開かれた。

 

『これは――願いである』

 

そして。

 

映像の背景に、一枚の巨大な図面が映し出される。

 

そこには――

 

エルフ。

 

見知らぬ小柄な種族。

 

そして。

 

いくつもの鍵。

 

こっこは無言で見つめる。

 

「……まさか」

 

ストレージの中にある。

 

《The Ancient Elven Tome》

 

――エルフの古文書。

 

そこに記されていたものと。

 

目の前の記録が――

 

繋がろうとしていた。

 

『我々が果たせなかったことを――』

 

映像が乱れる。

 

ザザッ――。

 

『いつの日か――』

 

ノイズ。

 

『――解放してほしい』

 

最後の言葉とともに。

 

映像が消えた。

 

静寂。

 

「…………」

 

こっこは、しばらく動かなかった。

 

やがて。

 

手の中の《Record Crystal》を見る。

 

黄金のキューブ。

 

エルフの古文書。

 

秘鍵。

 

そして――《Release》。

 

今まで別々に見えていたものが。

 

一本の線になり始めている。

 

「……これ」

 

こっこは呟いた。

 

「ランスロットさんとギズメルさんに見せないとダメなやつだ」

 

そして数秒。

 

「…………」

 

さらに数秒。

 

こっこは記録結晶の頂点を押した。

 

カチッ。

 

最初から再生される。

 

「もう一回見よう」

 

――十五分後。

 

「もう一回」

 

――さらに十五分後。

 

「もう一回だけ」

 

誰も止める者はいない。

 

そのころ第七層では。

 

リズが腕を組んでいた。

 

「……遅い」

 

シリカが心配そうに転移門を見る。

 

「こっこさん……何してるんでしょう」

 

キリトがぽつりと言った。

 

「たぶん、何か見つけたんじゃないか?」

 

アスナがため息をつく。

 

「宝箱?」

 

エギルが腕を組む。

 

「宝箱だろうな」

 

リズの額に青筋が浮かぶ。

 

「……あのお宝おじさん 」

 

一方、そのお宝おじさん。

 

第六層最奥。

 

四回目の再生中。

 

「なるほど……ここか」

 

映像を一時停止しようとして――。

 

カチッ。

 

映像が最初に戻った。

 

「………… 」

 

《Record Crystal》。

 

アインクラッドで初めて発見された記録媒体。

 

その歴史的発見者は――。

 

まだ。

 

停止ボタンすら分かっていなかった。

 

 

 

 

黄金のキューブを元の宝箱へ返したことで現れた、もう一つの宝箱。

 

その中に収められていた、小さな透明の結晶。

 

こっこが偶然その頂点を押した瞬間――。

 

《SYSTEM》

 

――再生。

 

「うわっ!?」

 

こっこは慌てて手を離した。

 

だが、結晶は宙へ浮かび上がる。

 

淡い光が暗い部屋を照らし、その中央に何人もの人影が映し出された。

 

古びた衣服。

 

疲れ切った顔。

 

人間だった。

 

一人ではない。

 

十人……二十人……。

 

その中の一人が、ゆっくりとこちらを見た。

 

まるで――。

 

いつか、この映像を見る者が現れることを知っていたかのように。

 

『――我々は、大地を切断した者たちの末裔である』

 

こっこの表情から、笑みが消えた。

 

『我々の祖先は過ちを犯した』

 

『大地を分かち、人々を分かち――』

 

『そしてエルフたちから、魔法を奪った』

 

映像が切り替わる。

 

そこには古い書物を読み解く人間たちの姿があった。

 

壁一面に書かれた文字。

 

無数の図面。

 

魔法陣。

 

秘鍵。

 

そして――。

 

こっこが持っているものと同じ意匠が刻まれた古文書。

 

「……エルフの古文書」

 

思わず、こっこは呟いた。

 

『我々は探した』

 

『大地を切断する以前の記録を』

 

『エルフの古文書を解析し、失われた術式を復元し――』

 

『ようやく辿り着いた』

 

映像の男の顔に、一瞬だけ笑みが浮かぶ。

 

『魔法を、彼らに返す方法へ』

 

こっこの目が大きく開いた。

 

やはり。

 

あの古文書は――。

 

単なる歴史書ではなかった。

 

しかし。

 

映像の男の表情は、すぐに暗くなる。

 

『だが――遅すぎた』

 

映像が変わった。

 

森のエルフ。

 

闇のエルフ。

 

互いに武器を向ける者たち。

 

秘鍵を奪い合う姿。

 

そして、その争いを遠巻きに見つめるドワーフたち。

 

『エルフたちは分かれてしまった』

 

『互いに、自らこそが魔法を受け継ぐ正統な者であると主張した』

 

『秘鍵は希望ではなく――』

 

『争いの種になった』

 

こっこは黙って映像を見続けた。

 

これまで自分たちが目にしてきたもの、そのものだった。

 

森エルフ。

 

闇エルフ。

 

ランスロット。

 

ギズメル。

 

長老。

 

女王。

 

そして――秘鍵。

 

さらに映像が変わる。

 

地下深くへと去っていく、小柄で屈強な人影。

 

『ドワーフたちは、その争いに嫌気が差した』

 

『彼らは言った』

 

『――誰か一つの種族のために、我らの技を使うつもりはない』

 

『そして彼らは去った』

 

『誰の目にも届かぬ場所へ』

 

「……ドワーフ」

 

こっこは呟く。

 

まだ誰も見つけていない。

 

だが――。

 

いる。

 

この世界のどこかに。

 

映像の中の人々は、それでも研究を続けていた。

 

秘鍵。

 

魔法陣。

 

ドワーフの技術。

 

エルフの術式。

 

そして人間の知識。

 

三つを繋ぎ合わせようとしていた。

 

だが――。

 

やがて映像の人数が減っていく。

 

二十人。

 

十五人。

 

十人。

 

そして――数人。

 

『我々の行いは理解されなかった』

 

『なぜエルフに力を返す』

 

『なぜドワーフに頭を下げる』

 

『なぜ人間が罪を背負う必要がある』

 

男は、一度目を閉じた。

 

『我々は――裏切り者と呼ばれた』

 

映像が乱れる。

 

壊された研究室。

 

焼かれる資料。

 

石を投げつけられる仲間。

 

逃げる者。

 

捕らえられる者。

 

そして――。

 

誰もいなくなった部屋。

 

最後に残った数人だけが、記録結晶の前に座っていた。

 

『我々は失敗した』

 

その声には、怒りすらなかった。

 

ただ――。

 

疲れていた。

 

『エルフへ魔法を返すことも』

 

『ドワーフを呼び戻すことも』

 

『三つの種族を再び繋ぐことも』

 

『我々には、できなかった』

 

長い沈黙。

 

そして男が、顔を上げる。

 

真っ直ぐ。

 

記録結晶の向こう側を見た。

 

何百年後か。

 

何千年後か。

 

いつ現れるかも分からない――誰かを。

 

『もし、この記録を見ている者がいるのなら』

 

こっこの肩が、僅かに動いた。

 

『お願いがある』

 

男の後ろにいた者たちも立ち上がる。

 

『我々が果たせなかった夢を――』

 

『どうか』

 

そして全員が頭を下げた。

 

『叶えてほしい』

 

こっこは何も言えなかった。

 

『秘鍵を集めよ』

 

『古きエルフの術式を読み解け』

 

『姿を消したドワーフを探せ』

 

『そして――』

 

結晶の光が強くなる。

 

最後の言葉が響いた。

 

『呪いを、解放してほしい』

 

――Release.

 

こっこの目が見開かれた。

 

あの最後の問題。

 

あの宝箱。

 

あの答え。

 

《Release》

 

解放。

 

「……そういうことだったのか」

 

スタキオンの呪い。

 

ずっと、何かを封じ込めるためのものだと思っていた。

 

違う。

 

彼らは――。

 

「解放したかったんだ……」

 

こっこの声が震える。

 

魔法を。

 

エルフを。

 

ドワーフを。

 

そして――。

 

過去の罪に縛られた、自分たち自身を。

 

映像の男が最後に微笑んだ。

 

『いつの日か――』

 

『森の者も』

 

『闇の者も』

 

『大地の下へ去った者も』

 

『再び同じ場所で笑える日が来ることを――』

 

映像が少しずつ薄れていく。

 

『我々は願っている』

 

最後に。

 

たった一言。

 

『頼んだ』

 

――プツン。

 

記録は終わった。

 

静寂。

 

こっこは、その場に立ち尽くしていた。

 

誰もいない。

 

仲間たちはもう、第七層へ向かっている。

 

ここにいるのは、自分一人。

 

だからこそ。

 

誰にも聞かれない、小さな声で言った。

 

「……分かった」

 

結晶を両手で包む。

 

「僕がやる」

 

いつもの軽い調子ではなかった。

 

冗談もない。

 

笑いもない。

 

「ランスロットさんも」

 

「ギズメルも」

 

「まだ会ったことのないドワーフたちも」

 

そして。

 

古文書を取り出す。

 

自分には読めない文字。

 

だが今は、その一文字一文字に誰かの願いが刻まれているように見えた。

 

「あなたたちが、ここまで繋いだんだ」

 

ならば。

 

次は――自分たちの番だ。

 

「魔法を返すよ」

 

こっこは記録結晶を見つめる。

 

「森エルフだけじゃない」

 

「闇エルフだけでもない」

 

「どっちかが勝って、どっちかが負けるやり方でもない」

 

そして少し考え――。

 

まだ見ぬ者たちのことも口にする。

 

「ドワーフにも」

 

三種族。

 

誰か一人のためではない。

 

誰か一つの勢力のためでもない。

 

「みんなに返そう」

 

それは攻略でもなかった。

 

報酬のためでもない。

 

ラストアタックボーナスも。

 

レアアイテムも。

 

そんなものは、どうでもよかった。

 

かつて失敗した者たちから。

 

今を生きる者たちへ。

 

託されたもの。

 

こっこは記録結晶をストレージへしまう。

 

そして出口へ向かって歩き出した。

 

その背後。

 

誰もいなくなった部屋で――。

 

黄金のキューブを収めた宝箱が、淡い光を放った。

 

《QUEST UPDATE》

 

《The Curse of Stakion》

 

表示されていたクエスト名が、一瞬だけ揺らぐ。

 

そして――。

 

《The Liberation of Stakion》

 

――スタキオンの解放。

 

その文字を。

 

こっこは見ていなかった。

 

もう前を向いていたから。

 

目指すは第七層。

 

そして、その先。

 

第八層。

 

第九層。

 

まだ見ぬドワーフたちが待つ場所へ。

 

かつて誰かが果たせなかった夢を――。

 

今度こそ、終わらせるために。

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