エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第7層――主街区《ヴォルプータ》
第六層《スタキオン》を突破した攻略組は、転移門を抜け――ついにアインクラッド第七層へと足を踏み入れた。
転移した先は、第七層の主街区。
《ヴォルプータ》――。
「…………おお」
こっこが思わず声を漏らした。
これまでの街とは、明らかに空気が違う。
煌びやかな照明。
通りを飾る派手な看板。
NPCたちの威勢のいい呼び込み。
そして何より目につくのは、街のあちこちに並ぶ――カジノ。
カード。
ダイス。
ルーレット。
様々なゲームを象徴する装飾が軒先を彩り、店の中からは絶え間なくチップの音と歓声が聞こえてくる。
シリカが目を丸くした。
「すごいです……! 街全体がお祭りみたいですね!」
「浮かれちゃ駄目よ」
アスナはそう言いながらも、興味深そうに周囲を見回している。
キリトは逆だった。
「……こういう層ほど嫌な仕掛けがありそうなんだよな」
「同感だ」
エギルが頷く。
ディアベルは早速、第七層の地図を呼び出した。
「まず《ヴォルプータ》で情報収集だ。迷宮区へのルート、周辺クエスト、フィールド情報。それから――」
ピコン♪
「む?」
サタンが止まった。
商人も止まった。
「…………」
二人同時に嫌な顔をする。
サタンがメッセージウィンドウを開いた。
差出人――老師。
«《合気と闘気を教える。帰ってこい!》
《今回で最後となろう……》»
サタンの表情が変わった。
「ついに……最後か」
商人は別の意味で感動していた。
「やっと最後アルか…… 」
「では皆、儂は行く!」
「第七層に来たばっかりでしょうが!! 」
リズの怒声も虚しく、サタンと商人は再び転移門へ。
サタンは老師のもとへ。
残った攻略組は《ヴォルプータ》の探索へ――
「よし」
キリトが剣の位置を直す。
「俺はクエスト情報を集めてくる」
「私は宿屋と商店を見てくるわ」
アスナ。
「俺は武器屋と素材相場だな」
エギル。
「じゃ、あたしとシリカは生産関係を――」
そこでリズが気づいた。
「…………あれ?」
一人足りない。
振り返る。
こっこはいた。
ただし――
カジノの巨大な看板の真下に。
「…………」
目が輝いている。
✨️ ✨️
「こっこ?」
「カジノ……」
「うん」
「経営……」
「……うん?」
こっこが勢いよく振り返った。
「カジノ経営! 気になる!!✨️」
その声は、攻略会議でボスの弱点を発見したときよりも弾んでいた。
リズの眉が跳ね上がった。
「待って」
「僕、ちょっとアルバイト募集してないか聞いてくるね✨️」
「待ちなさい」
「カジノの運営補助、ディーラー、チップ整理、呼び込み……何でもやります!」
「職種を具体的にするな!」
「経験不問って書いてある店から順番に当たってみるね!」
「看板のどこにそんな求人情報が出てるのよ!?」
こっこはすでに、看板、店先、掲示板、さらには通りすがりのNPCの胸元にある名札まで確認し始めていた。
「すみません! こちら、従業員募集は――」
「こっこ、NPCにいきなり面接を申し込むな!」
「履歴書、今から書けるよ! 志望動機は『カジノが好きだから』でいいかな!?」
「それは志望動機じゃなくて、ただの感想!」
「じゃあ『街全体を盛り上げる経営者になりたい』!」
「急に社長志望になるな!!」
こっこは聞いているのか聞いていないのか、次の店へ向かって駆け出した。
「行ってきまーす! まずは三軒、いや十軒くらい面接を――」
ダッ!!
「待てぇぇぇぇ!! 」
リズが慌てて追いかける。
こっこは振り返りながら、さらに声を張り上げた。
「採用されたら、みんなに社員割引で遊ばせてあげるねー!!」
「遊ぶ前提で就職活動するなぁぁぁ!!」
《ヴォルプータ》の雑踏へ消えていくこっこ。
キリト
アスナ
シリカ
ディアベル
エギル
リズ
第七層攻略開始から――数分。
サタン、修行のため離脱。
こっこ、カジノへの情熱と就職活動のため離脱。
エギルが静かに呟いた。
「……ディアベル」
「なんだい?」
「俺たち、本当に攻略組だよな?」
「…………たぶん」
「しかも、あいつは攻略より先に就職を決める気らしいぞ」
「……攻略組の定義を、少し考え直したほうがいいかもしれない」
こうして主街区《ヴォルプータ》から始まった第七層攻略。
誰も予想していなかった。
この直後、こっこがカジノの裏側へ入り込み、面接と称して経営会議に乱入し、第七層そのものを動かす騒動に首を突っ込むことになるとは――。
第七層《ラーヴェルグ》。
巨大なカジノが街の中心にそびえるこの層で、攻略組がそれぞれ情報収集へ散っていった、その日のことだった。
こっこは一人、満面の笑みでカジノの従業員用入口に立っていた。
「アルバイト募集してませんか✨」
そして――。
数日後。
「おい、そこの樽を倉庫まで運んでくれ」
「はーい!」
最初の仕事は、本当にただの雑用だった。
床掃除。
テーブル拭き。
酒樽運び。
倉庫整理。
壊れた椅子の撤去。
カジノチップの補充。
客が散らかしたゴミの片付け。
華やかなディーラーでもなければ、ゲームを仕切るスタッフですらない。
完全なる裏方。
それでも本人は妙に楽しそうだった。
「へえー、NPCってこうやってシフト組まれてるんだ……」
掃除をしながら厨房を覗き。
荷物を運びながら倉庫の在庫を確認し。
天井を見上げて照明設備を観察する。
そして、ある日。
こっこが何気なく言った。
「ここに、照明がもう一個あった方がいいんじゃない?」
NPCスタッフが振り返る。
「照明?」
「うん。ここのテーブルだけ暗いから、カードの絵柄が見えにくいよ」
しばらくして、本当に照明が追加された。
客の滞在時間が伸びた。
「……?」
スタッフたちは首を傾げた。
翌日。
「交換商品、もっと色々あった方がいいよね?」
「しかし、仕入先が……」
「業者さん? 紹介するよ✨」
数時間後。
エンジニアギルドから大量の商品が搬入された。
装飾品。
便利道具。
ちょっとした防具。
珍しい素材。
カジノ限定カラーに加工された小物まで並び始める。
NPCスタッフたちがざわついた。
さらに翌日。
こっこは厨房で腕を組んでいた。
「ごはん、もうちょっと充実させようよ」
「食材の安定供給が難しく――」
「業者さん? 紹介するよ✨」
また来た。
今度は料理スキル持ちのエンジニアたちだった。
肉料理。
魚料理。
パン。
菓子。
飲み物。
軽食。
それまで「ゲームの合間に最低限腹を満たす場所」だった飲食スペースが、数日のうちに立派なレストランへ変貌した。
さらに――。
「支配人! 飼育区画のモンスターが暴れています!」
「モンスター?」
こっこが振り返る。
「あ、それならいい人知ってます」
呼び出されたシリカは、事情を聞いて絶句した。
「……私、攻略してたんですけど?」
「お願い♥」
「もう……」
ピナが、
「きゅるる♪」
と鳴きながらモンスターへ近づく。
シリカのテイム知識によって飼育方法まで改善された。
さらに数日後。
「ショー用モンスターの武器が破損しました!」
「武器?」
こっこがまた振り返る。
「いい人知ってますよ✨」
嫌な予感しかしなかった。
そして――。
「なんで私がカジノのモンスターの武器を直してんのよ 」
リズだった。
「だって鍛冶屋さんだから」
「私はあんたの便利屋じゃないわよ!」
カンッ!!
怒りながらも完璧に修理する。
しかもリズは気づいてしまった。
「……これ、重心悪くない?」
改良が始まった。
エンジニアたちも寄ってきた。
「軸受け変えよう」
「いや、耐久値なら素材変更だろ」
「交換式にした方が保守しやすい」
「予備品管理も必要ですね」
気づけば、カジノの裏側に小さな整備工房まで誕生していた。
照明設備改善。
商品流通改善。
飲食部門拡張。
モンスター管理改善。
装備保守体制構築。
そして何より恐ろしいのは――。
こっこ本人は、まだ自分を、
《カジノのアルバイト》
だと思っていたことである。
◇
一方その頃。
攻略情報を探していたキリトは、カジノの入口で足を止めた。
「……あれ?」
見覚えのある男たちが、次々と従業員用入口へ入っていく。
工具箱。
資材。
食材。
交換商品。
「このカジノ、プレイヤーが結構出入りしてる」
アスナが一人を見て目を細める。
「……エンジニアの人よ」
「え?」
さらに三人。
さらに五人。
奥では台車を押すプレイヤーまでいる。
そこへエギルが走ってきた。
「おい!」
珍しく慌てている。
「すごい勢いでカジノが成長しているぞ!」
「成長?」
「昨日までなかった交換所が増えてる! 飯も明らかに良くなってる! 休憩スペースまでできてるぞ!」
アスナの眉がぴくっと動いた。
「……まさか」
三人は顔を見合わせた。
その時だった。
「失礼します!」
NPCスタッフが廊下を走っていく。
「支配人! こちらお願いします!」
「…………支配人?」
キリトたちは、そのNPCの向かった先を見る。
そこには――。
書類を抱え。
従業員に指示を出し。
エンジニアと設備配置について話し。
シリカにモンスター飼育区画の相談をし。
リズに修理品を渡している男がいた。
ちょうど視察に来ていたディアベルも、その姿を見つけた。
「…………」
二度見。
三度見。
そして指を差した。
「あれが支配人って――」
声が裏返った。
「こっこさん!?」
「ん?」
こっこが振り返る。
キリト。
アスナ。
エギル。
ディアベル。
全員いる。
「…………」
こっこは手に持っていた書類を、そっと背中に隠した。
「あっ」
一秒。
「ヤベ 」
二秒。
「バレちゃった♥」
「何やってんだよ!! 」
キリトの声がカジノ中に響いた。
「アルバイト」
「どこがだよ!!」
「最初は床掃除だったんだよ!?」
「今なんでNPCから支配人って呼ばれてんだよ!」
「なんかね、困ってること聞いてたらこうなった」
エギルが頭を抱える。
「普通はならねえんだよ……」
アスナは周囲を見渡した。
確かにカジノは以前より遥かに活気づいている。
プレイヤーが食事を楽しみ。
交換所には人が並び。
整備された施設ではNPCが効率よく働いている。
「でも……」
アスナが困ったように笑う。
「本当に良くなってるのが腹立つわね」
リズが即答した。
「そうなのよ 」
シリカも苦笑する。
「私たちまで巻き込まれてますけどね……」
その光景を――。
遥か彼方。
システムログ越しに見ていた男がいた。
◇
紅玉宮。
茅場晶彦は無言だった。
表示されているログには、
《NPC施設利用率上昇》
《プレイヤー滞在時間増加》
《商品流通量増加》
《NPC業務効率変動》
《外部プレイヤーによる施設補助》
次々と想定外の数字が並んでいた。
茅場は額を押さえる。
「…………」
第六層では、黄金のキューブを使ってボス攻略機構そのものを利用した。
その前には船を造った。
クロスボウを量産した。
露店を拡張した。
組織を作った。
そして今度は――。
カジノへアルバイトに入ったと思ったら、NPC施設の経営改善を始めている。
「…………あいつ」
同じ頃。
カジノではキリトが叫んでいた。
「何やってんだよ 」
紅玉宮でも茅場が呟いた。
「何をやっているんだ 」
奇しくも。
攻略者とゲームマスターの意見が、完全に一致した瞬間だった。
そして当の本人は――。
「でもさ✨」
新しい企画書を取り出した。
「次、宿泊施設併設したらもっと滞在時間伸びると思うんだよね」
「やめろおおおおお!!」
第七層。
攻略開始から、まだそれほど日数は経っていない。
なのに攻略組とはまったく別方向で――。
カジノ経営攻略が、猛烈な勢いで進行していた。