エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
《第7層・ヴォルプタ》
第7層攻略が始まって、しばらく経った頃。
《エンジニア》の会議室では、攻略とはまったく別の問題が持ち上がっていた。
机の上には、ユリエールがまとめた各ギルドの収支資料。
シンカーはグラフを眺めながら、首を傾げる。
「最近、エンジニアの一人当たりの売り上げ率は、ほぼ横ばいだったんだよね」
「はい」
ユリエールが資料をめくる。
「人数そのものは増えていますから、組織全体の売り上げは伸びています。ただ、一人当たりで見ると非常に安定していました」
武器。
防具。
工具。
料理。
素材加工。
クロスボウ。
簡易休憩施設。
攻略組への補給。
第一層から少しずつ事業を広げてきた結果、エンジニアは巨大組織となった。
とはいえ、攻略組の人数には限界がある。
当然、武器や防具を買う人数にも限界がある。
だからこそ、最近は成長率も緩やかになっていた。
――ところが。
ユリエールが、第7層到達を示す縦線の先を指差した。
グラフが、
ギュンッ!!
と跳ね上がっている。
「第7層に到達した途端――」
ユリエールが淡々と言った。
「売り上げが爆増しています」
「なんで!?」
シンカーが椅子から立ち上がった。
「攻略組のメンバーが急に増えたわけじゃないでしょ!? 」
「はい。むしろ、そこはほとんど変化していません」
「じゃあ誰が買ってるの!?」
ユリエールは、別の資料を取り出した。
「……NPCです」
「…………え?」
シンカーの動きが止まった。
「正確には、第7層のカジノ関連施設ですね」
ユリエールが説明を続ける。
最初は、こっこ一人のアルバイトだった。
照明の交換。
設備の修繕。
清掃。
備品管理。
ところが。
『ここに照明が欲しい? 業者さん紹介するよ✨️』
そこからエンジニアの設備担当が入り。
『交換商品、もっと種類あった方がいいよね?』
商人との物流網が接続され。
『ご飯も充実させよう✨️』
料理担当が入り。
『モンスターが暴れる? いい人知ってます』
戦闘要員が入り。
『武器が壊れる? 鍛冶屋さん知ってます✨️』
リズが巻き込まれ。
衣装や接客要員まで必要になり、シリカまで巻き込まれた。
結果。
プレイヤー向けだった《エンジニア》の商圏が――
NPC運営施設へ拡大した。
シンカーは頭を抱えた。
「……待って」
「はい」
「NPCって、プレイヤーより圧倒的に多いよね?」
「そこが問題です」
ユリエールが頷いた。
「しかもカジノは継続的に物資を消費します。食料、景品、消耗品、設備部品、武器、防具、衣装……」
「…………」
「さらに修理、清掃、警備、設備保守などのサービス契約まで発生しています」
「…………」
シンカーの顔が青くなる。
つまり。
今までのエンジニアは、
プレイヤーからコルを稼ぐ組織だった。
ところが第7層からは、
ゲーム世界そのものからコルを吸い上げ始めている。
「それで……」
シンカーは恐る恐る尋ねた。
「市場に流れるコルが増えてる?」
「はい」
ユリエールは眼鏡を押し上げる。
「食材や鉱石など、一部の素材価格が上昇しています。エンジニア側が大量購入している影響ですね」
「インフレじゃん!! 」
「由々しき事態ですね」
ユリエールは冷静だった。
しかし、その手元には――
《緊急・アインクラッド経済対策》
と書かれた資料が置かれていた。
「こっこさん、何してるの!?」
「本人は……」
ユリエールが別の報告書を見る。
「カジノで働いています」
「知ってるよ!! 」
◇ ◇ ◇
そして。
その異変を、さらに高い場所から眺めている男がいた。
現実世界。
モニターに映し出されたアインクラッド経済の統計。
NPCからプレイヤーへのコル流出量。
アイテム価格。
NPC商店への納入量。
プレイヤー間取引。
その数字を見つめる茅場晶彦の眉間には、深い皺が刻まれていた。
「…………」
グラフが跳ねる。
「…………」
さらに跳ねる。
システムが価格調整を行う。
別の市場が動く。
カーディナルが再調整する。
すると、また別の市場が動く。
ピコン。
《Automatic Economic Adjustment》
ピコン。
《NPC Supply Recalculation》
ピコン。
《Currency Flow Correction》
ピコン。
《――再計算》
茅場のこめかみが、ピクリと動いた。
「……アインクラッドの経済をかき回すな 」
隣で神代凛子がコーヒーを飲んでいる。
「あら」
「カーディナルが混乱しているぞ 」
「あらあら、大変ね✨️」
「君は他人事だと思っているだろう」
「だって私、カジノ経営してないもの」
正論だった。
茅場はモニターを睨む。
そこには問題となっている取引経路が表示されていた。
《Casino》
↓
《Engineer》
↓
《Craft》
《Food》
《Maintenance》
《Security》
《Logistics》
《Equipment》
↓
《Player Market》
茅場は目を細めた。
「……どうしてこうなった」
凛子がログを確認する。
「最初はアルバイトみたいよ?」
「知っている」
「照明を直して」
「知っている」
「業者を紹介して」
「知っている」
「料理を改善して」
「知っている 」
「設備保守を始めて」
「…………」
「気がついたら支配人になってたみたい✨️」
「そこが一番わからない!!」
茅場の声が部屋に響いた。
その頃――。
第7層《ヴォルプタ》。
「支配人! 景品交換所から追加発注です!」
「はーい✨️」
「支配人! 厨房から調理器具の修理依頼です!」
「エンジニアに回してー!」
「支配人! 警備用モンスターの装備が破損しました!」
「リズー!」
「支配人! 新制服の試作品が届いています!」
「シリカー!」
遠くから怒鳴り声が飛んできた。
「なんで私たちまで働いてるのよぉぉぉ!! 」
こっこは満足そうに頷いた。
「うん」
そして、カジノフロアを見渡す。
照明よし。
料理よし。
景品よし。
設備よし。
警備よし。
客入り――絶好調。
「いいお店になってきた✨️」
本人だけは知らなかった。
その頃、アインクラッド上空では――
カーディナルが必死になって経済バランスを再計算していた。
そして現実世界では。
茅場が頭を抱えていた。
「私はデスゲームを作ったんだ……」
凛子がコーヒーを一口。
「ええ」
「経営シミュレーションゲームを作った覚えはない」
「あらあら✨️」
第7層。
攻略とはまったく関係のないところで――
アインクラッド史上初の経済危機が、静かに始まろうとしていた。
第七層《ラーヴェルグ》。
カジノ街の夜は、今日も眩しい。
色とりどりの照明。
回り続けるルーレット。
鳴り響くコインの音。
NPCディーラーの威勢のいい声。
そして、その中心にある巨大カジノは――以前とは比べものにならないほど繁盛していた。
原因は、もちろん。
「支配人! 飲食区画、今日も満席です!」
「交換所の新商品、補充お願いします!」
「モンスターショーの武器がまた壊れました!」
「リズさん呼んで!」
「厨房の人手が足りません!」
「エンジニアから五人回す!」
リズが頭を抱えた。
「なんで普通に指示出してんのよ 」
こっこは胸を張る。
「支配人ですから✨️」
「最初、雑用のアルバイトだったでしょうが!」
そんな騒がしいカジノに、その日だけは異様な緊張が漂っていた。
NPCスタッフたちが、朝から何度も制服を確認している。
床は磨き直され、テーブルの位置まで数センチ単位で修正されていた。
シリカが小声で尋ねる。
「今日、何かあるんですか?」
NPCスタッフが青ざめた顔で答えた。
「……オーナー一族の《ヴァルディア家》がお見えになります」
「オーナー?」
こっこが振り向いた。
この巨大カジノを所有し、ラーヴェルグの娯楽産業を牛耳っているNPC一族。
彼らは単なる金持ちではない。
カジノ、宿泊施設、劇場、闘技場、物流倉庫。
街の主要施設の多くに関与している名家だった。
やがて――。
正面玄関の扉が開く。
護衛を伴い、ヴァルディア一家が姿を現した。
老齢の当主、グレゴール・ヴァルディア。
その息子夫婦、アルベルトとマリアンヌ。
そして数人の側近。
こっこは支配人として彼らを案内する。
厨房。
交換所。
整備区画。
モンスターショー。
新設された休憩施設。
当主は終始無表情だった。
しかし視察が終わる頃には、わずかに口元を緩めた。
「見事だ」
「✨️」
こっこの目が輝く。
「従業員の動線改善。飲食による滞在時間の延長。交換商品の多様化。そして設備保守の内製化……。短期間で、よくここまで変えた」
「ありがとうございます!」
「売上も大幅に伸びている」
「ありがとうございます✨️」
リズが後ろでぼそっと呟く。
「アインクラッドの経済まで壊しかけてるけどね」
ところが。
グレゴールの視線が急に鋭くなった。
「ただし――」
空気が変わった。
「支配人。君は少々、施設の構造について質問しすぎる」
「……?」
「地下搬入口の先には何があるのか」
「旧倉庫がなぜ封鎖されているのか」
「帳簿に存在しない保守区画は何なのか」
「地下三階の配管が、図面と一致しない理由は何か」
一つ一つ。
全部、こっこが聞いた質問だった。
リズの顔が引きつる。
「……あんた、そんなことまで聞いてたの?」
「だって気になるじゃん」
グレゴールは笑わなかった。
「支配人として必要な範囲だけを知ればよい」
そして、静かに告げた。
「――余計な詮索は無用だ」
ヴァルディア一家は去っていった。
沈黙。
十秒。
こっこの目が――細くなる。
「…………」
シリカが嫌な予感を覚える。
リズも同時に察した。
「まさか……」
こっこ。
「これは何かある 」
「やめなさい 」
その日の深夜。
カジノ従業員用の裏口に、三つの影があった。
黒装束のこっこ。
黒装束のシリカ。
そして――。
「なんで私までこんな格好してんのよ 」
黒装束のリズ。
こっこが人差し指を立てる。
「今夜より我々は――」
「言わなくていい」
「《キャッツルパン》です✨️」
「混ぜるな 」
シリカはちょっと楽しそうだった。
「私はキャッツ側ですか?」
「シリカは三女✨️」
「じゃあリズは?」
「次女」
「ぶっ飛ばすわよ 」
作戦開始。
最初に向かったのは地下搬入口だった。
だが、そこには人間が通れる隙間がない。
壁の下に、わずかな通気孔があるだけ。
こっこはしゃがみ込む。
「そこで――助っ人を呼びました」
チュウ。
チュチュウ。
チュチュチュチュ……。
暗闇の奥から。
大量の赤いカーソル――ではなく、黄色いカーソルが現れた。
第五層でこっこの傘下となった、
《ラット軍団》。
リズが絶句する。
「連れてきたの!?」
「彼らなら通れる✨️」
ラットたちは次々と通気孔へ侵入。
数分後。
紙片。
小さな鍵。
破れた伝票。
金属製のタグ。
人間では絶対に回収できない場所から、次々と物品を持ち帰ってくる。
「よしよし、偉いぞ✨️」
チュウ✨️
シリカが呆れる。
「完全に使いこなしてますね……」
その中に、一つだけ妙なものがあった。
《B-17》
そう刻印された鍵。
三人は地下へ進む。
そして。
《関係者以外立入禁止》
その奥。
《AUTHORIZED PERSONNEL ONLY》
さらに奥。
最後には――。
《ENTRY PROHIBITED》
リズが指差した。
「はい、帰るわよ」
「ここまで禁止されると逆に入りたくなるよね✨️」
「ならないわよ 」
鍵穴を確認。
こっこの《鍵開け》スキルが起動する。
カチ。
カチッ。
……ガチャ。
シリカが目を丸くする。
「早っ」
リズは半眼になる。
「あんた、本職、産業スパイなんじゃないの 」
「失礼な」
こっこは胸を張った。
「エンジニアの技能と探究心の賜物です✨️」
「余計に怖いわ!」
部屋の中には大量の書類があった。
営業記録。
賞金支払記録。
VIP顧客記録。
モンスター搬入記録。
しかし――。
一冊だけ。
数字の羅列しか書かれていない帳簿があった。
シリカが首を傾げる。
「暗号……?」
こっこはページをめくる。
一ページ。
二ページ。
三ページ。
「……違う」
「分かるの?」
「これは文章じゃない」
こっこは別の帳簿と並べる。
日付。
ルーレット番号。
賭け金。
交換所の景品番号。
モンスターショーの開催時刻。
それらを重ね合わせる。
「数字そのものに意味があるんじゃない」
紙に線を引く。
「営業記録を鍵にしてる」
さらに並べ替える。
「この列は日付」
もう一つ。
「これはテーブル番号」
そして――。
「最後が座標」
文字列が浮かび上がった。
《UNDERGROUND VAULT》
地下金庫。
リズがこっこの横顔を見る。
「……ねえ」
「ん?」
「あんた本当にエンジニアよね?」
「うん」
シリカが真顔で言った。
「手口が鮮やかすぎます」
さらに奥へ。
通常のカジノ施設図には存在しない階段を下る。
地下四階。
地下五階。
やがて三人は巨大な扉の前に出た。
そこだけ――明らかに雰囲気が違った。
豪華な装飾もない。
照明もない。
ただ古い石造りの壁。
そして中央には。
奇妙な紋章。
こっこの表情から笑みが消えた。
「……これ」
シリカも気づいた。
カジノのマークではない。
第七層の各地で見つかっていた古い紋章。
攻略途中で何度も目にしていた――この層そのものに関係する印。
扉を開ける。
そこにあったのは――。
金貨ではなかった。
大量の《記録》。
何十年分ものカジノ運営記録。
そして。
壁一面に並んだ巨大な機械装置。
ルーレット。
スロット。
モンスターショー。
景品交換所。
カジノ内のあらゆる設備から、地下へ細いラインが伸びている。
中央には巨大な装置。
その上で。
数字が変動していた。
《HOUSE BALANCE》
リズが呟く。
「……何、これ」
こっこは装置を見る。
そして理解した。
「このカジノ……」
単なる娯楽施設ではない。
プレイヤーが賭ける。
勝つ。
負ける。
景品を交換する。
NPCへ商品を納入する。
モンスターを倒す。
その全てが――。
この地下装置へ情報として集約されている。
そして。
一定以上の利益がカジノ側へ蓄積すると。
別の場所へ送られている。
シリカがその送り先を見る。
「これ……街じゃありません」
リズ。
「じゃあ、どこ?」
こっこは座標を読む。
そして顔を上げた。
「迷宮区だ」
二人が息を呑む。
さらに記録を調べる。
そこには、信じられない記述があった。
このカジノで循環するコル。
景品。
モンスター素材。
NPCの商品。
その一部が――。
第七層迷宮区の特定エリアへ供給されている。
つまり。
《カジノの経済活動そのものが、迷宮区の状態を変化させている》。
「……だからか」
こっこが呟いた。
第七層に入ってから。
エンジニアたちがカジノへ大量の商品を供給した。
飲食を充実させた。
装備を修理した。
サービスを改善した。
結果――。
カジノの取引量が、想定を遥かに超えて膨れ上がった。
本来ならゆっくり進むはずだったイベントが。
こっこの経営改革によって――。
異常な速度で進行している。
シリカが青ざめる。
「こっこさん……」
「はい」
「もしかして……」
リズが額を押さえる。
「攻略イベントまで経営改善でぶっ壊したの……?」
「…………」
その瞬間。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
地下全体が揺れた。
三人の前にシステムメッセージが現れる。
《SECRET QUEST UPDATED》
《The House Always Wins》
――胴元は必ず勝つ。
そして。
迷宮区の座標が一つ表示された。
同時に警報。
――ビーッ!
――ビーッ!
――ビーッ!
「侵入者を確認」
「地下第五区画封鎖」
「警備NPCを投入します」
リズが叫ぶ。
「バレたぁぁぁぁ!! 」
シリカがピナを抱える。
「逃げましょう!!」
こっこは書類をストレージへ突っ込みながら叫んだ。
「キャッツルパン撤収!!✨️」
「楽しそうに言うなぁぁぁ 」
三人が走り出す。
その後ろから大量の警備NPC。
前方の通路も閉鎖され始める。
だが。
こっこが指を鳴らした。
「ラット隊!」
チュチュチュチュチュ!!
壁の穴からラット軍団が飛び出し、警備NPCの足元を駆け回る。
「今だ!」
三人は横道へ滑り込む。
シリカ。
「右、来ます!」
リズ。
「壁壊すわよ!」
「施設壊しちゃダメ!僕、支配人だから!」
「今さら経営者ヅラすんな 」
そして――。
誰にも知られないはずだった第七層最大の秘密を抱えて。
三人の怪盗は地下迷宮から逃走を開始した。
その頃。
カジノ最上階。
ヴァルディア家当主、グレゴールは、静かに目を開いた。
側近が報告する。
「侵入されました」
「誰だ」
「……支配人です」
沈黙。
グレゴールは額に手を当てた。
「だから余計な詮索はするなと警告したのだ……」
一方。
遠く離れた紅玉宮。
茅場晶彦の前にも。
一つのシステムログが表示されていた。
《Hidden Event Sequence:Forced Progression》
茅場。
「…………」
さらに詳細を開く。
原因。
《Casino Economic Activity:312%》
茅場の眉間に皺が寄る。
「またお前か 」
隣で凛子が画面を覗き込む。
「あら。支配人になったの?」
「そこじゃない 」