エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
カジノからの脱出後――。
こっこ、リズ、シリカの三人は、しばらくカジノに近づくことすら避けていた。
いや。
正確には。
「もう一回だけ――」
「ダメ」
「でも支配人として引き継ぎを――」
「ダメ」
「スタッフのみんなに挨拶くらい――」
「絶対ダメ 」
リズによって完全に阻止されていた。
そもそも、あのカジノを経営するNPC一家から、
《施設への過度な詮索は無用》
と警告された直後に、侵入禁止区域へ潜入したのである。
もう一度顔を出して、
『経済政策について相談があります✨️』
などと言おうものなら、どうなるか。
「……出禁かな?」
「その程度で済めばいいわね 」
シリカも苦笑した。
「しばらく近づかないほうがいいと思います……」
「なんで 」
そんな三人が《エンジニア》本部へ戻ると――。
別の問題が待っていた。
会議室。
シンカー。
ユリエール。
エギル。
ディアベル。
そして各部門の責任者たち。
テーブルの上には大量の帳簿。
こっこは席に座った瞬間、嫌な予感がした。
「……怒ってる?」
シンカーは答えなかった。
ユリエールが一枚の資料を置く。
「第七層到達後のエンジニアの売上です」
「おお✨️」
「喜ばないでください」
「はい」
グラフは明らかに異常だった。
それまで階層が進むにつれて緩やかに増えていた売上が、第七層だけ跳ね上がっている。
理由は明白だった。
カジノ。
こっこがアルバイトとして入り込み、
『ここに照明が欲しい』
『料理を充実させよう』
『景品も増やそう』
『壊れるなら修理すればいい』
『業者さん? 紹介しますよ✨️』
とやった結果。
料理。
武器。
修理。
裁縫。
家具。
装飾。
設備。
素材。
輸送。
サービス。
次々とエンジニア所属の職人たちがカジノ経済へ入り込んだ。
最初は小さな取引だった。
しかし、いつの間にか巨大な商流になっていた。
シンカーが頭を抱える。
「カジノを改善してくれなんて、誰が頼んだんですか……」
「NPC」
「そういう意味じゃありません!」
エギルが帳簿をめくりながら唸った。
「しかし、これは洒落にならんな」
ディアベルも数字を見つめる。
「攻略組の人数が急増したわけじゃない。それなのに生産量も取引量も一気に増えている」
ユリエールが頷いた。
「NPC経済との取引が原因です」
プレイヤーがカジノへコルを落とす。
カジノがその資金を使って物資やサービスを調達する。
その発注先にエンジニアが大量に入り込んだ。
そしてエンジニアには千人を大きく超える人員がいる。
NPC経済とプレイヤー経済を隔てていた壁に――。
巨大な穴が開いた。
原因。
こっこ。
「…………」
全員の視線が集まる。
「なんで 」
リズが机を叩いた。
「あんたが開けた穴でしょうが 」
だが――。
ここで問題が一つあった。
シンカーが腕を組む。
「カジノそのものには、もう介入できません」
部屋が静かになる。
「あそこはNPCが運営する施設です。俺たちが景品を変えたり、価格を操作したり、経営方針を変更したりする権限はない」
ましてや――。
こっこ達は、あの一家の秘密にまで踏み込んだ。
再び支配人として乗り込んで経営改革など、できるはずがない。
「じゃあ」
こっこが手を挙げた。
「取引全部やめよう✨️」
ユリエールが即答した。
「それもダメです」
「なんで!?」
「急に止めれば別の混乱を起こします」
カジノ側は、すでにエンジニアからの供給を前提として動いている。
料理。
修理。
消耗品。
設備部品。
景品。
そこから突然エンジニアが撤退すれば、供給不足が発生する。
そしてエンジニア側にも、カジノ関連の仕事を担当する職人たちがいる。
巨大な取引を一夜で消せば――。
今度は逆方向のショックが起こる。
エギルが腕を組んだ。
「増やしすぎてもダメ。急に減らしてもダメ、か」
「はい」
シンカーが立ち上がった。
そして黒板に大きく書く。
《カジノには触らない》
その下へ。
《自分たちを変える》
「これが基本方針です」
第一段階。
《カジノ依存率の段階的引き下げ》
新規のカジノ関連事業への参入を停止。
既存契約は維持する。
ただし、契約更新時に供給量を少しずつ減らす。
同時に、エンジニアが担っている仕事を外部の生産職へ紹介していく。
こっこが首を傾げる。
「他の人に仕事を渡すの?」
「そうです」
「儲からなくなるよ?」
「それが目的です」
「ええっ!?」
ユリエールはため息をついた。
「エンジニアだけが儲かりすぎている状態を直すんです!」
そして第二段階。
《カジノ利益の市場還流》
ここまでカジノから得たコルを、エンジニア内部に貯め込まない。
攻略組が持ち帰った素材を適正価格で買う。
小規模な鍛冶屋から部品を買う。
料理人から食材や加工品を仕入れる。
裁縫職へ衣装を発注する。
情報屋へ調査を依頼する。
運搬専門のプレイヤーへ輸送を任せる。
そして――。
攻略に必要な消耗品の備蓄。
安全地帯への補給拠点。
ボス攻略前の休憩施設。
迷宮区へ向かうプレイヤーへの装備修理。
そうした、これまでエンジニアが自前でやっていた仕事にも、外部の人間を積極的に参加させる。
ディアベルが気付いた。
「つまり、カジノから入った金を攻略経済へ戻すのか」
「そうです」
ユリエールが頷く。
「カジノから流れ込んだコルを、エンジニアの金庫で止めない」
エギルがニヤリとした。
「金は血液みてえなもんだからな。溜め込むより流したほうがいい」
そして第三段階。
《新規生産職育成枠》
ここで、こっこが口を開いた。
「だったらさ」
全員が見る。
「僕たちから買うんじゃなくて、僕たちが買う側になればいいんじゃない?」
ユリエールが眉を上げた。
「と言いますと?」
「エンジニアって、もう大きすぎるでしょ?」
料理。
クラフト。
鍛冶。
裁縫。
設備。
運搬。
情報。
そして、かつてのMMOトゥディも合併し、現在では情報部門までエンジニアの中に存在している。
気が付けば、ほとんどの仕事を自前で完結できる組織になっていた。
「今から生産職を始める人が、僕らと競争するのって無理じゃない?」
部屋が静かになる。
「だから――」
こっこは黒板へ書いた。
《買い取り》
「初心者が作った物でも、使えるならエンジニアが買う」
料理でもいい。
ポーションでもいい。
革製品でもいい。
矢でもいい。
衣服でもいい。
「最初は下手でもいい。売れる場所があれば続けられる。その人が上手になったら、いつか僕らから仕事を奪うくらいになればいい」
リズが少し驚いた顔をする。
「……あんた、自分の店のライバル育てるつもり?」
「うん✨️」
「即答!?」
シンカーはしばらく考えていた。
そして。
「採用しましょう」
ユリエールも頷く。
「カジノから得た利益の使い道としては合理的です」
第四段階。
《攻略への再投資》
カジノ関連へ集中していた人員を、段階的に本来の仕事へ戻す。
武器開発。
防具。
クロスボウ。
料理。
迷宮区補給。
地図。
情報収集。
安全設備。
そして次の階層へ向けた研究。
シンカーは言った。
「俺たちはカジノ会社じゃありません」
「そうだった!」
「忘れてたんですか!?」
会議室に総ツッコミが響いた。
こうして――。
《第七層経済安定化計画》
が始まった。
カジノは触らない。
NPCの経営にも干渉しない。
既存取引も突然切らない。
しかし新規投資は止め、少しずつ依存度を下げる。
そして得てしまった巨大な利益を、素材購入、外部発注、新人生産職育成、攻略支援へと流していく。
数日後。
効果が現れ始めた。
「素材買います!」
「矢、一束納品できます!」
「料理スキル上げてるんですけど!」
「買います✨️」
「革細工できます!」
「買います✨️」
「情報あります!」
「情報部へどうぞ✨️」
「家具作りました!」
「買います✨️」
リズが青ざめた。
「ちょっと待って」
「ん?」
「買いすぎじゃない?」
ユリエールが走ってきた。
「こっこさん 」
「はい」
「《買い取り予算》という言葉を知っていますか?」
「……知らない✨️」
「覚えてください!!」
再び修正が入った。
買い取り上限。
品質基準。
月間予算。
在庫管理。
需要予測。
そして――。
《こっこの単独発注禁止》
「最後の項目だけおかしくない!?」
「一番重要です」
「なんで 」
だが。
少しずつ。
本当に少しずつ。
アインクラッドの経済は落ち着き始めた。
カジノから流れ込んだ富は、一つの巨大組織へ集中するのではなく――。
採集者へ。
職人へ。
商人へ。
攻略組へ。
情報屋へ。
新人生産職へ。
再び流れていった。
その頃――。
紅玉宮。
茅場晶彦は無言でモニターを見ていた。
第七層到達直後から乱れていた経済指標。
NPC・プレイヤー間取引量。
地域別物価。
生産職所得。
コル流通量。
その数値が――。
ゆっくり正常域へ戻り始めている。
「…………」
神代凛子が横から覗き込んだ。
「あら」
「…………」
「直ってきたわね✨️」
「……そうだな」
茅場は腕を組む。
カーディナルによる強制修正は行っていない。
NPCカジノの設定変更もしていない。
プレイヤー側が自分たちの行動を変えることで、経済が自律的に調整され始めていた。
それ自体は――。
非常に興味深い。
「人間が世界の仕組みを理解し、自分たちで均衡を取り戻す……」
茅場は僅かに笑った。
「私が見たかったものの一つではある」
凛子も微笑む。
「じゃあ良かったじゃない」
「ただし」
画面が切り替わる。
そこには――。
《エンジニア 第七層新規事業企画》
嫌な文字が表示されていた。
茅場の表情が止まる。
『カジノ依存率を下げるため、新規事業を募集します✨️』
その下。
『温泉事業』
『移動販売』
『宿泊施設』
『観光』
『テーマレストラン』
『ピナ関連商品』
『――』
「待て」
凛子が笑いを堪える。
「経済を分散させるんでしょう?」
「そういう意味ではない」
画面の向こうでは、こっこが嬉しそうに話していた。
『カジノ一個に集中したのがダメだったんだよ!』
シンカー。
『嫌な予感がする』
ユリエール。
『私もです』
こっこは満面の笑みで言った。
『アインクラッド全体で商売すればいいんだ✨️』
茅場が立ち上がった。
「違う 」
凛子がついに吹き出した。
「今度はアインクラッド全体よ✨️」
「経済を修正しろと言ったのであって、事業を多角化しろとは言っていない!!」
その頃。
何も知らないこっこは――。
次なる企画書を書いていた。
《第八層新規事業計画》
カーディナル。
――警戒度、上昇。
茅場。
「だから経済をかき回すな 」
こっこ。
「なんで 」