エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
カジノを中心に発生していた、第七層の異常な経済膨張。
大量のコルが市場を駆け巡り、NPC商店の価格まで揺さぶった騒動は、エンジニアによる供給調整とカジノ側の運営修正によって、ようやく収束へ向かっていた。
そして――。
長らく不安定だった迷宮区周辺にも、ようやく平穏が戻り始める。
カーディナルは経済のバランスも計算にいれるので、NPCへ大量に渡ったコルはモンスターの持つコルへと変換された。
それ故に迷宮区のモンスターが大量に配備され、プレイヤーに循環されてしまう。
それが解消された今、攻略組は再び動き出した。
しかし。
キリト、アスナ、こっこ、リズ、シリカ。
彼らには迷宮攻略とは別に、もう一つ進めなければならない重要なクエストが残されていた。
《秘鍵》。
第三層から続く、森エルフと闇エルフの争奪戦。
ただし――今までとは事情が違う。
六層で《エルフの古文書》の内容が明らかになったことで、ランスロットとギズメルは密かに協力関係を結んでいた。
最終目的は、森エルフでも闇エルフでもない。
第九層に存在すると推測される儀式の地で、双方の秘鍵を揃え、エルフたちへ平等に魔法を取り戻すこと。
そのためには。
今はまだ――。
森エルフと闇エルフが敵対しているように見せなければならない。
◆
クエスト開始前。
森エルフ側の野営地。
ランスロットの少し後ろで、こっこは何食わぬ顔をして立っていた。
視界の端にメッセージウィンドウが開く。
【Kirito:今回の秘鍵、どうする?】
こっこは指だけを動かす。
【こっこ:どっちが取っても最終的には同じだけどね】
少し離れた場所では、ギズメルが腕を組んでこちらを睨んでいる。
その隣にキリトとアスナ。
もちろん、エルフたちにはプレイヤー同士のメッセージは見えない。
【Asuna:でも簡単に譲ったら不自然よ】
【Liz:前回ランスロットさんがギズメルさんに渡してるから、今回は特にね】
【Silica:周りのエルフさんたちも見ていますし……】
キリトから返信。
【Kirito:じゃあ普通に争奪戦をやる】
こっこ。
【こっこ:普通に?】
嫌な予感がしたのか。
リズが、横からこっこの顔を見た。
「……何よ、その顔」
「え?」
「今、目が光ったわよ」
「気のせい✨️」
【Kirito:結論。本気で奪い合おう】
――ピコン。
こっこの目が。
キラッ✨️
と輝いた。
リズの顔が引きつる。
「待って」
シリカも気づいた。
「あ……」
「待ちなさい」
こっこは嬉しそうにメッセージを返した。
【こっこ:了解✨️】
リズがこっこの肩を掴んだ。
「キリトォォォォ!! 言い方ぁぁぁぁ!!」
遠くでキリトが首を傾げる。
「え?」
アスナが額を押さえた。
「……たぶん、私も今わかった」
「何が?」
「あの人に《本気で奪い合おう》って言っちゃダメだったのよ」
◆
そして――秘鍵が出現する。
古代遺跡の祭壇。
石柱の中央に光が集まり、小さな鍵が実体化した。
ランスロットが叫ぶ。
「秘鍵だ!」
ギズメルも剣を抜く。
「渡すものか!」
周囲の森エルフ、闇エルフたちが一斉に武器を構えた。
ここまでは予定通りだった。
キリトも剣を抜く。
アスナが細剣を構える。
リズがメイスを肩に担ぐ。
シリカの肩からピナが飛び立つ。
そして。
こっこが――。
ニヤリ。
「それでは皆さん」
アイテムストレージを開いた。
リズ。
「……何を出す気?」
「世紀の大争奪戦、開始です✨️」
「その言い方やめなさい!!」
戦闘開始。
最初に秘鍵へ飛び込んだのはキリトだった。
《ソニック・リープ》。
青い軌跡を残して祭壇へ突進する。
だが。
ガシャン!!
「!?」
キリトの目の前に、巨大な金属製の網が落ちた。
「なんだこれ!?」
「漁網✨️」
「なんで持ってるんだよ!!」
「第四層の船で使ってたやつ!」
「物持ち良すぎるだろ!!」
その横をアスナが抜ける。
「もらった!」
だが――。
ツルッ。
「きゃっ!?」
アスナの足が滑った。
地面を見る。
泡。
大量の泡。
アスナがゆっくり顔を上げる。
ピナが口から、
ぷくぷくぷく。
シリカが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご、ごめんなさいアスナさん!」
「シリカちゃん!?」
「本気で奪い合うって……」
「そこまで本気にしなくていいのよ!?」
こっこが走る。
「秘鍵いただきー!」
しかし。
その前へギズメルが飛び出した。
「行かせん!」
剣閃。
こっこは曲刀で受け流す。
ギィン!
「おおっ、ギズメルさん本気!」
「当然だ!」
「いいねえ✨️」
「なぜ嬉しそうなのだ!?」
次の瞬間。
こっこは剣を引いた。
そして。
アイテムストレージ。
ピッ。
巨大フライパン。
ガァン!!
ギズメルの剣を受ける。
「…………」
ギズメルの動きが止まった。
「待て」
「はい?」
「なぜ調理器具を盾にしている」
「丈夫だから✨️」
「そういう問題ではない!」
そこへランスロット。
「今だ! 私が取る!」
「させるか!」
ギズメルが方向転換。
二人のエルフが秘鍵へ走る。
――しかし。
カチッ。
ランスロットの足元から音。
「……ん?」
バサァッ!!
地面から網。
「なっ!?」
ランスロット捕獲。
「こっこ殿!?」
「本気の争奪戦なので✨️」
「私は味方だぞ!?」
「秘鍵の前では全員ライバルです!」
「話が違う!!」
ギズメルが思わず叫ぶ。
「ランスロット!?」
「助けろ!」
「敵である私が助けられるか!」
「今だけいいだろう!」
「周囲を見ろ!!」
森エルフと闇エルフが見ている。
二人とも動けない。
こっこ。
「完璧な演技ですね✨️」
二人。
「誰のせいだ!!」
◆
そこからは――。
秘鍵が、人から人へ渡り始めた。
キリトが取る。
「取った!」
シュッ!
こっこの投石。
カン!
「痛っ!」
秘鍵を落とす。
アスナが拾う。
「私が――」
ピナ。
「きゅる!」
《霧のブレス》。
「またこれ!?」
視界ゼロ。
霧が晴れる。
秘鍵がない。
「誰!?」
シリカ。
「私です!」
「シリカちゃん!?」
シリカが逃げる。
だが。
「悪い、シリカ!」
キリトが先回り。
「きゃっ!」
シリカが方向転換。
そこへリズ。
「シリカ、こっち!」
秘鍵がリズへ。
「よし!」
アスナ。
「リズ!」
「来なさい!」
メイスと細剣が激突。
ガキィン!!
そして。
リズがこっこへ投げる。
「こっこ!」
「ナイス!」
秘鍵キャッチ。
だが。
ギズメル。
「もらった!」
「うおっ!?」
こっこの手から奪取。
「取ったぞ!」
闇エルフ側から歓声。
ギズメルが勝ち誇る。
――三秒後。
「あれ?」
手を見る。
秘鍵がない。
代わりに。
小さなパン。
《ピナパン》。
「…………」
ギズメルが固まった。
「なぜだ」
離れた場所。
こっこの手の中に秘鍵。
ローグ技能――《スティール》。
こっこ。
「いただきました✨️」
「いつ入れ替えた!?」
「企業秘密です!」
「返せ!!」
ギズメルが追う。
ランスロットも網から脱出。
「待て、こっこ殿!」
キリトも追う。
「こっこ!」
アスナ。
「止まりなさい!」
リズ。
「あいつ完全に目的変わってるわよ!!」
シリカ。
「こっこさーん!」
ピナ。
「きゅーーー!」
森エルフ。
「追え!!」
闇エルフ。
「秘鍵を奪え!!」
総勢数十人。
全員がこっこ一人を追いかける。
こっこは振り返った。
満面の笑み。
「楽しくなってきたーーー!!✨️」
「楽しむなぁぁぁぁぁ!!」
◆
その後。
秘鍵は、
こっこ。
キリト。
ギズメル。
リズ。
アスナ。
ランスロット。
シリカ。
そしてまたこっこ。
目まぐるしく所有者を変えた。
奪う。
奪われる。
盗む。
投げる。
隠す。
取り返す。
囮を使う。
霧が出る。
泡が飛ぶ。
網が飛ぶ。
フライパンが鳴る。
途中からランスロットとギズメル自身も、何が芝居で何が本気なのかわからなくなっていた。
ギズメルがキリトへ叫ぶ。
「キリト!」
「なんだ!?」
「これは本当に予定通りなのか!?」
「最初の五分くらいまでは!!」
「今は!?」
「俺にもわからない!!」
一方。
ランスロット。
「リズ殿!」
「何!?」
「こっこ殿を止めてくれ!」
「できたら苦労してないわよ!!」
「仲間ではないのか!?」
「だから困ってるの!!」
シリカだけは楽しそうだった。
「ピナ! もう一回!」
「きゅるるる!」
ぶわぁっ!!
再び霧。
全員。
「うわああああ!!」
◆
そして最後。
霧が晴れる。
長い――あまりにも長い争奪戦だった。
秘鍵は何度、持ち主を変えただろう。
キリトが奪い。
アスナが奪い。
リズが叩き落とし。
シリカがピナの霧に紛れて回収し。
ランスロットとギズメルが剣を交え。
そして、その混乱の中心には常に――。
「よしっ! 取ったぁぁぁ!!✨️」
こっこがいた。
その手には《秘鍵》。
「逃がすか!」
キリトが追う。
「甘い!」
こっこは振り向きざま、アイテムストレージを高速操作。
ガシャン!
「またそれかよ!」
巨大なフライパン。
キリトの剣を受け流し、そのまま身体を反転。
「じゃあね、キリトくん✨️」
「待て!」
しかし。
その先にはアスナ。
「今度こそ逃がさない!」
細剣が閃く。
こっこは曲刀で受ける。
一撃。
二撃。
三撃。
「速っ!?」
「こっこさん!」
「アスナさんに追いかけてもらえるなんて幸せ♥」
「真面目にやって!」
「大真面目です✨️」
「余計に腹立つ!」
その横からランスロット。
「こっこ殿、こちらへ!」
「了解!」
こっこが方向転換。
森エルフ側へ走る。
このまま秘鍵をランスロットへ渡せば――。
森エルフ側の勝利。
これまでと同じ。
また森側が秘鍵を確保する。
だが。
「――させん!」
鋭い声。
ギズメルだった。
「来た!」
こっこの目が輝く。
ギズメルが剣を振るう。
こっこは曲刀で受け――。
ギィィン!!
その勢いを利用して横へ飛ぶ。
「残念!」
そのままランスロットへ。
あと数歩。
「ランスロットさん!」
「投げろ!」
「はい!」
秘鍵を投げる。
小さな鍵が宙を舞った。
ランスロットが手を伸ばす。
「もらった!」
――その瞬間。
ギズメルが地面を蹴った。
「っ!!」
キリトが目を見開く。
速い。
こっこを追うのではない。
秘鍵そのものの軌道を読んでいた。
ランスロットの指先へ届く――その直前。
ギズメルの身体が二人の間へ滑り込む。
パシッ!!
「なっ!?」
ランスロットの手が空を掴んだ。
ギズメルが着地する。
そして。
ゆっくり立ち上がった。
その手には――。
《秘鍵》。
一瞬。
静寂。
次の瞬間。
「ギズメル様が取ったぞ!!」
闇エルフたちから大歓声が上がった。
「秘鍵を確保した!」
「撤退するぞ!」
ギズメルは秘鍵を握りしめる。
そして森エルフ側を見る。
「今回は――我々の勝ちだ」
ランスロットは悔しそうに剣を下ろした。
「……見事だ、ギズメル」
二人の視線が、一瞬だけ交わる。
ほんの一瞬。
誰にも悟られない程度に。
それで十分だった。
――これでいい。
これまで森エルフ側が先行してきた。
だからこそ、ここで闇エルフ側が秘鍵を奪取することには何の不自然さもない。
むしろ、両陣営の争いが本物であることを強く印象づけられる。
計画としては。
完璧だった。
キリトが剣を収める。
「……よし」
アスナも小さく息を吐く。
「これなら怪しまれないわね」
シリカも笑った。
「ギズメルさん、すごかったですね!」
リズ。
「まあ、予定としては大成功ね」
そして。
全員が気づく。
一人だけ。
静かな男がいる。
こっこだった。
「…………」
俯いている。
拳が震えている。
リズが嫌な予感を覚える。
「……ちょっと」
「…………」
「こっこ?」
顔を上げる。
ものすごく悔しそうだった。
「…………負けた 」
「いや、いいのよ!?」
「取られたぁぁぁぁぁぁ!! 」
「だからいいのよ!!」
こっこは頭を抱えた。
「あとちょっとだったのに!!」
「目的忘れてるでしょ!」
「忘れてない!」
「じゃあ何でそんなに悔しいのよ!」
「計画と勝負は別!!」
「面倒くさいわね!!」
キリトが苦笑する。
「でも今回は完全にギズメルの勝ちだな」
ピクッ。
こっこの肩が動いた。
「……キリトくん」
「ん?」
「もう一回やろう」
「やらないよ」
即答。
「次は取れる」
「やらないって!」
「今度は投げるふりして――」
アスナ。
「反省会を始めないで!」
シリカは笑いを堪えている。
「こっこさん、本当に悔しいんですね」
「悔しいよ 」
「でもギズメルさん、格好よかったですよ」
「…………」
こっこは遠ざかっていくギズメルを見る。
闇エルフたちに囲まれ、その中心を歩く女騎士。
そして小さく呟く。
「……次は絶対取る」
リズ。
「だから次も奪う前提で考えるな 」
◆
少し離れた場所。
撤退する闇エルフたちの中で。
ギズメルは秘鍵を握っていた。
その表情は、闇エルフの騎士としての誇らしげなもの。
しかし。
周囲から見えない角度で、小さなメッセージウィンドウが開く。
【Kirito:お見事】
ギズメルは返信できない。
NPCである彼女には、プレイヤーのようにメッセージを送ることはできない。
だからキリトから届く文字を見て、小さく笑った。
さらに。
【こっこ:悔しい 】
ギズメルの眉が動く。
続けて。
【こっこ:本当に悔しい 】
さらに。
【こっこ:あれ取れたと思ったのに 】
ギズメル。
「…………」
ランスロットが遠くから、その様子を見る。
そして小さく肩をすくめた。
ギズメルも思わず苦笑する。
今回の秘鍵は――闇エルフ側。
これでいい。
これは最終的な目的へ向けた、大切な一歩なのだから。
だが同時に。
ギズメルは理解してしまった。
次の争奪戦。
あの男は――。
今回以上に本気で来る。
「……面倒な男を本気にさせてしまったな」
ギズメルの呟きは、誰にも聞こえなかった。
そして第七層。
秘鍵争奪戦――決着。
《闇エルフ側・ギズメル》
秘鍵獲得。
その裏で。
こっこの脳内ではすでに――。
《次回の奪取方法》
の検討が始まっていた。