エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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74 出来レースをそれらしくするのは難しい

カジノを中心に発生していた、第七層の異常な経済膨張。

 

大量のコルが市場を駆け巡り、NPC商店の価格まで揺さぶった騒動は、エンジニアによる供給調整とカジノ側の運営修正によって、ようやく収束へ向かっていた。

 

そして――。

 

長らく不安定だった迷宮区周辺にも、ようやく平穏が戻り始める。

カーディナルは経済のバランスも計算にいれるので、NPCへ大量に渡ったコルはモンスターの持つコルへと変換された。

それ故に迷宮区のモンスターが大量に配備され、プレイヤーに循環されてしまう。

 

それが解消された今、攻略組は再び動き出した。

 

しかし。

 

キリト、アスナ、こっこ、リズ、シリカ。

 

彼らには迷宮攻略とは別に、もう一つ進めなければならない重要なクエストが残されていた。

 

《秘鍵》。

 

第三層から続く、森エルフと闇エルフの争奪戦。

 

ただし――今までとは事情が違う。

 

六層で《エルフの古文書》の内容が明らかになったことで、ランスロットとギズメルは密かに協力関係を結んでいた。

 

最終目的は、森エルフでも闇エルフでもない。

 

第九層に存在すると推測される儀式の地で、双方の秘鍵を揃え、エルフたちへ平等に魔法を取り戻すこと。

 

そのためには。

 

今はまだ――。

 

森エルフと闇エルフが敵対しているように見せなければならない。

 

 

クエスト開始前。

 

森エルフ側の野営地。

 

ランスロットの少し後ろで、こっこは何食わぬ顔をして立っていた。

 

視界の端にメッセージウィンドウが開く。

 

【Kirito:今回の秘鍵、どうする?】

 

こっこは指だけを動かす。

 

【こっこ:どっちが取っても最終的には同じだけどね】

 

少し離れた場所では、ギズメルが腕を組んでこちらを睨んでいる。

 

その隣にキリトとアスナ。

 

もちろん、エルフたちにはプレイヤー同士のメッセージは見えない。

 

【Asuna:でも簡単に譲ったら不自然よ】

 

【Liz:前回ランスロットさんがギズメルさんに渡してるから、今回は特にね】

 

【Silica:周りのエルフさんたちも見ていますし……】

 

キリトから返信。

 

【Kirito:じゃあ普通に争奪戦をやる】

 

こっこ。

 

【こっこ:普通に?】

 

嫌な予感がしたのか。

 

リズが、横からこっこの顔を見た。

 

「……何よ、その顔」

 

「え?」

 

「今、目が光ったわよ」

 

「気のせい✨️」

 

【Kirito:結論。本気で奪い合おう】

 

――ピコン。

 

こっこの目が。

 

キラッ✨️

 

と輝いた。

 

リズの顔が引きつる。

 

「待って」

 

シリカも気づいた。

 

「あ……」

 

「待ちなさい」

 

こっこは嬉しそうにメッセージを返した。

 

【こっこ:了解✨️】

 

リズがこっこの肩を掴んだ。

 

「キリトォォォォ!! 言い方ぁぁぁぁ!!」

 

遠くでキリトが首を傾げる。

 

「え?」

 

アスナが額を押さえた。

 

「……たぶん、私も今わかった」

 

「何が?」

 

「あの人に《本気で奪い合おう》って言っちゃダメだったのよ」

 

 

そして――秘鍵が出現する。

 

古代遺跡の祭壇。

 

石柱の中央に光が集まり、小さな鍵が実体化した。

 

ランスロットが叫ぶ。

 

「秘鍵だ!」

 

ギズメルも剣を抜く。

 

「渡すものか!」

 

周囲の森エルフ、闇エルフたちが一斉に武器を構えた。

 

ここまでは予定通りだった。

 

キリトも剣を抜く。

 

アスナが細剣を構える。

 

リズがメイスを肩に担ぐ。

 

シリカの肩からピナが飛び立つ。

 

そして。

 

こっこが――。

 

ニヤリ。

 

「それでは皆さん」

 

アイテムストレージを開いた。

 

リズ。

 

「……何を出す気?」

 

「世紀の大争奪戦、開始です✨️」

 

「その言い方やめなさい!!」

 

戦闘開始。

 

最初に秘鍵へ飛び込んだのはキリトだった。

 

《ソニック・リープ》。

 

青い軌跡を残して祭壇へ突進する。

 

だが。

 

ガシャン!!

 

「!?」

 

キリトの目の前に、巨大な金属製の網が落ちた。

 

「なんだこれ!?」

 

「漁網✨️」

 

「なんで持ってるんだよ!!」

 

「第四層の船で使ってたやつ!」

 

「物持ち良すぎるだろ!!」

 

その横をアスナが抜ける。

 

「もらった!」

 

だが――。

 

ツルッ。

 

「きゃっ!?」

 

アスナの足が滑った。

 

地面を見る。

 

泡。

 

大量の泡。

 

アスナがゆっくり顔を上げる。

 

ピナが口から、

 

ぷくぷくぷく。

 

シリカが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさいアスナさん!」

 

「シリカちゃん!?」

 

「本気で奪い合うって……」

 

「そこまで本気にしなくていいのよ!?」

 

こっこが走る。

 

「秘鍵いただきー!」

 

しかし。

 

その前へギズメルが飛び出した。

 

「行かせん!」

 

剣閃。

 

こっこは曲刀で受け流す。

 

ギィン!

 

「おおっ、ギズメルさん本気!」

 

「当然だ!」

 

「いいねえ✨️」

 

「なぜ嬉しそうなのだ!?」

 

次の瞬間。

 

こっこは剣を引いた。

 

そして。

 

アイテムストレージ。

 

ピッ。

 

巨大フライパン。

 

ガァン!!

 

ギズメルの剣を受ける。

 

「…………」

 

ギズメルの動きが止まった。

 

「待て」

 

「はい?」

 

「なぜ調理器具を盾にしている」

 

「丈夫だから✨️」

 

「そういう問題ではない!」

 

そこへランスロット。

 

「今だ! 私が取る!」

 

「させるか!」

 

ギズメルが方向転換。

 

二人のエルフが秘鍵へ走る。

 

――しかし。

 

カチッ。

 

ランスロットの足元から音。

 

「……ん?」

 

バサァッ!!

 

地面から網。

 

「なっ!?」

 

ランスロット捕獲。

 

「こっこ殿!?」

 

「本気の争奪戦なので✨️」

 

「私は味方だぞ!?」

 

「秘鍵の前では全員ライバルです!」

 

「話が違う!!」

 

ギズメルが思わず叫ぶ。

 

「ランスロット!?」

 

「助けろ!」

 

「敵である私が助けられるか!」

 

「今だけいいだろう!」

 

「周囲を見ろ!!」

 

森エルフと闇エルフが見ている。

 

二人とも動けない。

 

こっこ。

 

「完璧な演技ですね✨️」

 

二人。

 

「誰のせいだ!!」

 

 

そこからは――。

 

秘鍵が、人から人へ渡り始めた。

 

キリトが取る。

 

「取った!」

 

シュッ!

 

こっこの投石。

 

カン!

 

「痛っ!」

 

秘鍵を落とす。

 

アスナが拾う。

 

「私が――」

 

ピナ。

 

「きゅる!」

 

《霧のブレス》。

 

「またこれ!?」

 

視界ゼロ。

 

霧が晴れる。

 

秘鍵がない。

 

「誰!?」

 

シリカ。

 

「私です!」

 

「シリカちゃん!?」

 

シリカが逃げる。

 

だが。

 

「悪い、シリカ!」

 

キリトが先回り。

 

「きゃっ!」

 

シリカが方向転換。

 

そこへリズ。

 

「シリカ、こっち!」

 

秘鍵がリズへ。

 

「よし!」

 

アスナ。

 

「リズ!」

 

「来なさい!」

 

メイスと細剣が激突。

 

ガキィン!!

 

そして。

 

リズがこっこへ投げる。

 

「こっこ!」

 

「ナイス!」

 

秘鍵キャッチ。

 

だが。

 

ギズメル。

 

「もらった!」

 

「うおっ!?」

 

こっこの手から奪取。

 

「取ったぞ!」

 

闇エルフ側から歓声。

 

ギズメルが勝ち誇る。

 

――三秒後。

 

「あれ?」

 

手を見る。

 

秘鍵がない。

 

代わりに。

 

小さなパン。

 

《ピナパン》。

 

「…………」

 

ギズメルが固まった。

 

「なぜだ」

 

離れた場所。

 

こっこの手の中に秘鍵。

 

ローグ技能――《スティール》。

 

こっこ。

 

「いただきました✨️」

 

「いつ入れ替えた!?」

 

「企業秘密です!」

 

「返せ!!」

 

ギズメルが追う。

 

ランスロットも網から脱出。

 

「待て、こっこ殿!」

 

キリトも追う。

 

「こっこ!」

 

アスナ。

 

「止まりなさい!」

 

リズ。

 

「あいつ完全に目的変わってるわよ!!」

 

シリカ。

 

「こっこさーん!」

 

ピナ。

 

「きゅーーー!」

 

森エルフ。

 

「追え!!」

 

闇エルフ。

 

「秘鍵を奪え!!」

 

総勢数十人。

 

全員がこっこ一人を追いかける。

 

こっこは振り返った。

 

満面の笑み。

 

「楽しくなってきたーーー!!✨️」

 

「楽しむなぁぁぁぁぁ!!」

 

 

その後。

 

秘鍵は、

 

こっこ。

 

キリト。

 

ギズメル。

 

リズ。

 

アスナ。

 

ランスロット。

 

シリカ。

 

そしてまたこっこ。

 

目まぐるしく所有者を変えた。

 

奪う。

 

奪われる。

 

盗む。

 

投げる。

 

隠す。

 

取り返す。

 

囮を使う。

 

霧が出る。

 

泡が飛ぶ。

 

網が飛ぶ。

 

フライパンが鳴る。

 

途中からランスロットとギズメル自身も、何が芝居で何が本気なのかわからなくなっていた。

 

ギズメルがキリトへ叫ぶ。

 

「キリト!」

 

「なんだ!?」

 

「これは本当に予定通りなのか!?」

 

「最初の五分くらいまでは!!」

 

「今は!?」

 

「俺にもわからない!!」

 

一方。

 

ランスロット。

 

「リズ殿!」

 

「何!?」

 

「こっこ殿を止めてくれ!」

 

「できたら苦労してないわよ!!」

 

「仲間ではないのか!?」

 

「だから困ってるの!!」

 

シリカだけは楽しそうだった。

 

「ピナ! もう一回!」

 

「きゅるるる!」

 

ぶわぁっ!!

 

再び霧。

 

全員。

 

「うわああああ!!」

 

 

そして最後。

 

霧が晴れる。

 

長い――あまりにも長い争奪戦だった。

 

秘鍵は何度、持ち主を変えただろう。

 

キリトが奪い。

 

アスナが奪い。

 

リズが叩き落とし。

 

シリカがピナの霧に紛れて回収し。

 

ランスロットとギズメルが剣を交え。

 

そして、その混乱の中心には常に――。

 

「よしっ! 取ったぁぁぁ!!✨️」

 

こっこがいた。

 

その手には《秘鍵》。

 

「逃がすか!」

 

キリトが追う。

 

「甘い!」

 

こっこは振り向きざま、アイテムストレージを高速操作。

 

ガシャン!

 

「またそれかよ!」

 

巨大なフライパン。

 

キリトの剣を受け流し、そのまま身体を反転。

 

「じゃあね、キリトくん✨️」

 

「待て!」

 

しかし。

 

その先にはアスナ。

 

「今度こそ逃がさない!」

 

細剣が閃く。

 

こっこは曲刀で受ける。

 

一撃。

 

二撃。

 

三撃。

 

「速っ!?」

 

「こっこさん!」

 

「アスナさんに追いかけてもらえるなんて幸せ♥」

 

「真面目にやって!」

 

「大真面目です✨️」

 

「余計に腹立つ!」

 

その横からランスロット。

 

「こっこ殿、こちらへ!」

 

「了解!」

 

こっこが方向転換。

 

森エルフ側へ走る。

 

このまま秘鍵をランスロットへ渡せば――。

 

森エルフ側の勝利。

 

これまでと同じ。

 

また森側が秘鍵を確保する。

 

だが。

 

「――させん!」

 

鋭い声。

 

ギズメルだった。

 

「来た!」

 

こっこの目が輝く。

 

ギズメルが剣を振るう。

 

こっこは曲刀で受け――。

 

ギィィン!!

 

その勢いを利用して横へ飛ぶ。

 

「残念!」

 

そのままランスロットへ。

 

あと数歩。

 

「ランスロットさん!」

 

「投げろ!」

 

「はい!」

 

秘鍵を投げる。

 

小さな鍵が宙を舞った。

 

ランスロットが手を伸ばす。

 

「もらった!」

 

――その瞬間。

 

ギズメルが地面を蹴った。

 

「っ!!」

 

キリトが目を見開く。

 

速い。

 

こっこを追うのではない。

 

秘鍵そのものの軌道を読んでいた。

 

ランスロットの指先へ届く――その直前。

 

ギズメルの身体が二人の間へ滑り込む。

 

パシッ!!

 

「なっ!?」

 

ランスロットの手が空を掴んだ。

 

ギズメルが着地する。

 

そして。

 

ゆっくり立ち上がった。

 

その手には――。

 

《秘鍵》。

 

一瞬。

 

静寂。

 

次の瞬間。

 

「ギズメル様が取ったぞ!!」

 

闇エルフたちから大歓声が上がった。

 

「秘鍵を確保した!」

 

「撤退するぞ!」

 

ギズメルは秘鍵を握りしめる。

 

そして森エルフ側を見る。

 

「今回は――我々の勝ちだ」

 

ランスロットは悔しそうに剣を下ろした。

 

「……見事だ、ギズメル」

 

二人の視線が、一瞬だけ交わる。

 

ほんの一瞬。

 

誰にも悟られない程度に。

 

それで十分だった。

 

――これでいい。

 

これまで森エルフ側が先行してきた。

 

だからこそ、ここで闇エルフ側が秘鍵を奪取することには何の不自然さもない。

 

むしろ、両陣営の争いが本物であることを強く印象づけられる。

 

計画としては。

 

完璧だった。

 

キリトが剣を収める。

 

「……よし」

 

アスナも小さく息を吐く。

 

「これなら怪しまれないわね」

 

シリカも笑った。

 

「ギズメルさん、すごかったですね!」

 

リズ。

 

「まあ、予定としては大成功ね」

 

そして。

 

全員が気づく。

 

一人だけ。

 

静かな男がいる。

 

こっこだった。

 

「…………」

 

俯いている。

 

拳が震えている。

 

リズが嫌な予感を覚える。

 

「……ちょっと」

 

「…………」

 

「こっこ?」

 

顔を上げる。

 

ものすごく悔しそうだった。

 

「…………負けた 」

 

「いや、いいのよ!?」

 

「取られたぁぁぁぁぁぁ!! 」

 

「だからいいのよ!!」

 

こっこは頭を抱えた。

 

「あとちょっとだったのに!!」

 

「目的忘れてるでしょ!」

 

「忘れてない!」

 

「じゃあ何でそんなに悔しいのよ!」

 

「計画と勝負は別!!」

 

「面倒くさいわね!!」

 

キリトが苦笑する。

 

「でも今回は完全にギズメルの勝ちだな」

 

ピクッ。

 

こっこの肩が動いた。

 

「……キリトくん」

 

「ん?」

 

「もう一回やろう」

 

「やらないよ」

 

即答。

 

「次は取れる」

 

「やらないって!」

 

「今度は投げるふりして――」

 

アスナ。

 

「反省会を始めないで!」

 

シリカは笑いを堪えている。

 

「こっこさん、本当に悔しいんですね」

 

「悔しいよ 」

 

「でもギズメルさん、格好よかったですよ」

 

「…………」

 

こっこは遠ざかっていくギズメルを見る。

 

闇エルフたちに囲まれ、その中心を歩く女騎士。

 

そして小さく呟く。

 

「……次は絶対取る」

 

リズ。

 

「だから次も奪う前提で考えるな 」

 

 

少し離れた場所。

 

撤退する闇エルフたちの中で。

 

ギズメルは秘鍵を握っていた。

 

その表情は、闇エルフの騎士としての誇らしげなもの。

 

しかし。

 

周囲から見えない角度で、小さなメッセージウィンドウが開く。

 

【Kirito:お見事】

 

ギズメルは返信できない。

 

NPCである彼女には、プレイヤーのようにメッセージを送ることはできない。

 

だからキリトから届く文字を見て、小さく笑った。

 

さらに。

 

【こっこ:悔しい 】

 

ギズメルの眉が動く。

 

続けて。

 

【こっこ:本当に悔しい 】

 

さらに。

 

【こっこ:あれ取れたと思ったのに 】

 

ギズメル。

 

「…………」

 

ランスロットが遠くから、その様子を見る。

 

そして小さく肩をすくめた。

 

ギズメルも思わず苦笑する。

 

今回の秘鍵は――闇エルフ側。

 

これでいい。

 

これは最終的な目的へ向けた、大切な一歩なのだから。

 

だが同時に。

 

ギズメルは理解してしまった。

 

次の争奪戦。

 

あの男は――。

 

今回以上に本気で来る。

 

「……面倒な男を本気にさせてしまったな」

 

ギズメルの呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

そして第七層。

 

秘鍵争奪戦――決着。

 

《闇エルフ側・ギズメル》

 

秘鍵獲得。

 

その裏で。

 

こっこの脳内ではすでに――。

 

《次回の奪取方法》

 

の検討が始まっていた。

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