エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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75 最後の修行って胸熱だよね

カジノを巡る騒動が終わり、第七層の経済もようやく落ち着きを取り戻した――そして秘鍵の奪い合いという演技。

 

それから数日後。

 

街から遠く離れた、人目につかない岩場。

 

そこに集まった者たちがいた。

 

森エルフの騎士、ランスロット。

 

闇エルフの騎士、ギズメル。

 

そして――

 

キリト、アスナ。

 

こっこ、リズ、シリカ。

 

本来ならば敵対する陣営に属する者たちが、一つの小さな焚き火を囲んでいた。

 

もちろん、これは正式な会談ではない。

 

森エルフにも、闇エルフにも知られてはならない。

 

完全な――密会だった。

 

「……こちらから話そう」

 

最初に口を開いたのはランスロットだった。

 

「森では、やはり長老補佐が動いている」

 

その言葉に、こっこたちの表情が引き締まる。

 

ランスロットが語ったのは、ここ数日で掴んだ森エルフ内部の動きだった。

 

秘鍵を集める目的。

 

失われた魔法を取り戻すこと。

 

そこまでは、彼らが知っていたものと変わらない。

 

問題は――その先だった。

 

「彼らは、魔法を森エルフだけのものにしようとしている」

 

「……やっぱりか」

 

キリトが低く呟いた。

 

ランスロットは頷く。

 

「それだけではない。魔法を取り戻した後、闇エルフを完全に屈服させるつもりだ。そして……」

 

そこで一度、言葉を切った。

 

「我々と行動する異邦人――君たちプレイヤーも、いずれ排除すべき存在だと考えている」

 

リズが眉をひそめる。

 

「恩を仇で返す気?」

 

「全ての森エルフがそう考えているわけではない」

 

ランスロットは即座に否定した。

 

「むしろ、ほとんどの者は知らない。長老補佐と、その周辺だけで進められている計画だ」

 

今度はギズメルが口を開いた。

 

「こちらも同じだ」

 

アスナがギズメルを見る。

 

「女王が?」

 

「……ああ」

 

ギズメルの表情は苦かった。

 

忠誠を誓ってきた存在について語るのだ。

 

簡単なことではない。

 

「女王陛下もまた、全ての秘鍵を手中に収めることを望んでいる。そして魔法が復活すれば、森を滅ぼし……この浮遊城における闇エルフの覇権を確立するつもりだ」

 

「それだけじゃないんだね?」

 

こっこが尋ねる。

 

ギズメルはしばらく黙っていた。

 

そして、静かに頷いた。

 

「異邦人たちについても調べ始めている」

 

キリトの目が細くなる。

 

「俺たちを?」

 

「君たちが秘鍵を巡る争いに深く関わりすぎた。利用できる間は利用する。しかし魔法を取り戻した後は……」

 

「邪魔になる前に排除する」

 

アスナが続きを言った。

 

ギズメルは答えなかった。

 

その沈黙だけで十分だった。

 

焚き火が、ぱちりと爆ぜた。

 

しかし――

 

ギズメルもランスロットも知っていた。

 

それは、おそらく成功しない。

 

「……彼らは知らないのだ」

 

ランスロットが呟く。

 

「君たちが、どれほど異常な速さで強くなっているのかを」

 

キリトが少し困ったような顔をする。

 

「異常って……」

 

「事実だ」

 

ギズメルが即答した。

 

「最初に会った頃と比べてみろ。剣技も、防具も、能力も、全てがまるで違う」

 

「まあ……それはそうだけど」

 

アスナも否定できなかった。

 

ランスロットは続ける。

 

「我々にとって数十年、数百年をかけて積み重ねるものを、君たちは数か月で身につけてしまう」

 

そしてちらりと、こっこを見る。

 

「特に、この男は別の意味で成長が読めない」

 

「えっ、僕?」

 

「褒めてないわよ」

 

リズが即座に言った。

 

「なんで 」

 

シリカが苦笑する。

 

「こっこさんの場合、レベルじゃなくて持ち物が増えていきますからね……」

 

「この前なんてカジノの支配人になってたじゃない 」

 

「それ戦闘力と関係ないよ!?」

 

「関係あるわよ! あんたの場合、何が戦闘力になるか分かんないのよ!」

 

キリトが深く頷いた。

 

「それは同意する」

 

「キリト君まで 」

 

一瞬だけ、空気が緩んだ。

 

だが、ランスロットは再び表情を引き締めた。

 

「だからこそ、止めなければならない」

 

ギズメルも頷く。

 

「戦えば、エルフが勝つことはないだろう」

 

その言葉には、悲しさがあった。

 

「たとえ魔法を取り戻したとしてもだ。最初は優位に立てるかもしれない。しかし君たちは成長する。より強い武器を手に入れ、より高い階層へ進み……やがて我々では届かない場所へ行く」

 

アスナが静かに聞いた。

 

「じゃあ……戦争になったら」

 

「多くの同胞が死ぬ」

 

ギズメルははっきり答えた。

 

「森も、闇も関係なくな」

 

ランスロットが拳を握る。

 

「魔法を取り戻すために始まったはずの争いが、エルフそのものを滅ぼす争いになってしまう」

 

長い沈黙。

 

そして――

 

こっこがストレージを開いた。

 

「だったら……これを見てもらおうかな」

 

「何だ?」

 

「第六層で見つけたもの」

 

取り出したのは、小さな結晶。

 

《記録結晶》。

 

キリトもアスナも、それを見るのは初めてだった。

 

「記録……結晶?」

 

「僕も最初、使い方分からなかったんだけどね」

 

「触りまくって偶然ボタン押しただけでしょ」

 

「リズさん、余計なこと言わないで 」

 

こっこは結晶を操作した。

 

淡い光が灯る。

 

そして――

 

声が流れ始めた。

 

遥か昔。

 

大地が切断された時代。

 

自分たち人間にも責任があると考えた者たちがいた。

 

魔法を失ったエルフを救おうとした人間たち。

 

古代エルフの文献を集め。

 

ドワーフを探し。

 

秘鍵の意味を調べ。

 

いつの日かエルフに魔法を返すことを夢見た者たち。

 

しかし彼らは理解されなかった。

 

人間からは裏切り者と呼ばれ。

 

エルフ同士の争いにも巻き込まれ。

 

ドワーフはその争いに嫌気が差して姿を消した。

 

それでも彼らは研究を続けた。

 

そして最後に――

 

未来へ託した。

 

自分たちには果たせなかった願いを。

 

いつか、この記録を見る者へ。

 

失われたものを、本来あるべき者たちへ返してほしい。

 

森にも。

 

闇にも。

 

そして、争いから離れていったドワーフにも。

 

誰か一人ではなく。

 

誰か一族でもなく。

 

皆へ――。

 

記録が終わった。

 

誰も喋らなかった。

 

こっこがギズメルを見る。

 

俯いている。

 

「……ギズメルさん?」

 

返事がない。

 

だが――

 

ぽたり。

 

地面に、小さな雫が落ちた。

 

ギズメルが泣いていた。

 

その隣で、ランスロットも顔を伏せていた。

 

拳を強く握っている。

 

「……いたのか」

 

掠れた声だった。

 

「人間にも……我々の苦しみを知ろうとしてくれた者たちが……」

 

ランスロットが震える声で続ける。

 

「我々自身ですら……忘れていたというのに」

 

こっこがストレージから、もう一つ取り出した。

 

第六層で見つけた――

 

《The Ancient Elven Tome》。

 

エルフの古文書。

 

「これも、その人たちが残してくれた道を辿って見つけた」

 

ランスロットが震える手で受け取る。

 

ギズメルも隣から覗き込んだ。

 

二人には読める。

 

プレイヤーには意味を成さなかった古代文字。

 

だが二人は、一行読むごとに言葉を失っていった。

 

森エルフだけの歴史ではない。

 

闇エルフだけの歴史でもない。

 

分裂する以前の――

 

ただ《エルフ》と呼ばれていた時代の記録。

 

やがてランスロットが本を閉じた。

 

目元を拭う。

 

「……決めた」

 

ギズメルも頷いた。

 

「ああ」

 

二人は向かい合った。

 

かつてならば剣を抜いていた二人。

 

森と闇。

 

敵同士。

 

だが今は違う。

 

「最後の秘鍵を手に入れる」

 

ランスロットが言う。

 

「だが――どちらにも渡さない」

 

ギズメルが続けた。

 

「女王にも」

 

「長老補佐にも」

 

二人の声が重なる。

 

「――エルフの未来のために」

 

キリトが立ち上がった。

 

アスナも続く。

 

シリカがピナを肩に乗せる。

 

リズは腰に手を当てた。

 

そしてこっこは――

 

ニヤリ。

 

「じゃあ、第八層でも……」

 

リズが嫌な予感に顔を引きつらせる。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「本気で奪い合う演技を――」

 

「もう本気は禁止ぃぃぃぃぃっ!! 」

 

「なんでぇぇぇぇ 」

 

ギズメルが、思わず笑った。

 

ランスロットも吹き出した。

 

キリトは頭を抱え。

 

アスナはくすくす笑い。

 

シリカもピナを抱きながら笑っていた。

 

だが――

 

誰も忘れてはいなかった。

 

秘鍵は、あと一本。

 

そして全ての秘鍵が揃った先。

 

第九層には――

 

かつてドワーフたちが築いたという《儀式の地》が待っている。

 

そこにはまだ、彼らの知らない問題が残されていた。

 

姿を消したドワーフたち。

 

そして――魔法を復活させるために必要となる、最後の条件。

 

森と闇。

 

人間とエルフ。

 

そして、未だ姿を見せぬドワーフ。

 

長く続いた《秘鍵》を巡る物語は――

 

いよいよ大詰めを迎えようとしていた。

 

 

 

――第2層・サタンの修行

 

老師のもとで始まった修行。

 

これまでサタンが学んできたものは、ある意味ではすべて『技』だった。

 

打撃。

蹴り。

投げ。

関節。

寝技。

 

そして、相手の力を受け流し、その力さえ利用する《柔拳》。

 

どれほど難しい技であろうと、そこには型があった。

 

繰り返し、繰り返し。

身体に覚え込ませれば、いつかは形になる。

 

だが――。

 

今回、老師がサタンに教えようとしているものは違った。

 

「まず《合気》じゃ」

 

老師は静かに告げた。

 

「相手の力を利用するだけなら柔拳でもできる。じゃが合気は、その先にある」

 

サタンは腕を組む。

 

「その先?」

 

「相手の力を利用し――」

 

老師が自らの足元を指差す。

 

「相手の重心を読む」

 

次にサタンの肩、腰、膝へと順番に指を向けた。

 

「人間は立っているだけでも、常にどこかで身体を支えておる。右足か、左足か。前か、後ろか。攻撃するときにはなおさらじゃ」

 

老師が手招きした。

 

「来い」

 

「……いいのか?」

 

「殴ってみよ」

 

サタンの目が細くなる。

 

いくらNPCとはいえ、目の前にいるのは老人である。

 

しかも――。

 

以前より、明らかに痩せていた。

 

「遠慮はいらん」

 

老師が笑う。

 

「儂を誰だと思っておる」

 

その言葉に。

 

サタンは構えた。

 

「……なら行くぞ!」

 

床を蹴る。

 

今まで積み重ねてきた修行によって、サタンの踏み込みは以前とは比較にならないほど速い。

 

拳が老師の顔面へ伸びる。

 

――その瞬間。

 

老師の頭が、ほんのわずかに動いた。

 

紙一重。

 

サタンの拳が頬をかすめる。

 

柔拳。

 

そのまま老師の手がサタンの手首に触れた。

 

掴まれた――。

 

そう認識した瞬間だった。

 

トン。

 

老師の足先が、サタンの足首を軽く蹴った。

 

「な――」

 

天地がひっくり返った。

 

ドンッ!!

 

「ぐおっ!?」

 

サタンの巨体が床に転がる。

 

何をされたのか分からない。

 

投げられてすらいない。

 

力も感じなかった。

 

ただ――。

 

拳を振り抜こうとした、その瞬間。

 

体重の大半が乗っていた足を、ほんのわずかにずらされた。

 

それだけだった。

 

老師は倒れたサタンを見下ろした。

 

「今、お主の重心は完全に右足へ移っておった」

 

「……」

 

「そこを消した」

 

サタンがゆっくり起き上がる。

 

老師は続ける。

 

「力などいらん」

 

そしてサタンの手首を取る。

 

「相手が倒れる場所を――」

 

身体を軽くひねる。

 

サタンの肘が伸びる。

 

「ぐっ!?」

 

そのまま肩を押さえられる。

 

気がつけばサタンは再び床へ伏せていた。

 

腕は完全に極められている。

 

「作ればよい」

 

「……なるほど」

 

サタンの口元が上がる。

 

「面白え……!」

 

老師も笑った。

 

「そう言うと思ったわい」

 

だが。

 

老師は腕を離すと、ゆっくり立ち上がった。

 

そして――。

 

構えた。

 

その瞬間だった。

 

サタンの笑みが消えた。

 

「……!」

 

何かが違う。

 

老師は何もしていない。

 

ただ拳を握っただけだ。

 

なのに。

 

空気が変わった。

 

サタンの全身を、本能的な悪寒が走る。

 

老師の拳を中心に――。

 

淡い光のようなものが集まり始めた。

 

いや。

 

光ではない。

 

揺らめいている。

 

まるで炎。

 

しかし炎とも違う。

 

老師の身体から溢れ出した何かが、拳へ集中していく。

 

それが何なのか。

 

サタンには理解できない。

 

だが。

 

理解できないからこそ――。

 

身体だけが先に答えを出した。

 

――避けろ。

 

――あれは食らうな。

 

老師が踏み込んだ。

 

速い。

 

いや。

 

先ほどとは比較にならない。

 

拳が迫る。

 

サタンは動けなかった。

 

(――死ぬ)

 

SAOの世界で何度も死線を越えてきた。

 

ボスとも戦った。

 

巨大な牛の突進さえ正面から受けた。

 

それでも。

 

初めてだった。

 

ただの拳を見ただけで。

 

(食らったら――死ぬ……!)

 

そう直感したのは。

 

拳がサタンの顔面へ迫る。

 

――ピタッ。

 

鼻先。

 

数センチ。

 

拳は完全に停止した。

 

「…………」

 

サタンの額から汗が流れ落ちる。

 

老師の拳を覆っていた揺らめきが、ゆっくり消えていった。

 

静寂。

 

やがて老師が口を開く。

 

「これが――」

 

一度息を吐く。

 

「《闘気》じゃ」

 

サタンはしばらく言葉を失っていた。

 

そしてようやく。

 

「……すげえ」

 

拳を見る。

 

「半端ねえ……」

 

老師は静かに腕を下ろした。

 

「身体を鍛えるだけでは届かん」

 

「……」

 

「技を覚えるだけでも届かん」

 

老師は自分の胸へ手を当てた。

 

「身体、技、そして心。そのすべてを一つにして初めて、闘気は生まれる」

 

「じゃあ、それを俺が?」

 

「うむ」

 

老師は笑った。

 

「覚えよ」

 

サタンの口元が引きつる。

 

「簡単に言うなよ……」

 

「安心せい」

 

「?」

 

「儂も簡単だとは思っておらん」

 

老師の表情が変わった。

 

「おそらく――これまでで最大の難関となる」

 

サタンも真顔になる。

 

「今までより時間を要するじゃろう」

 

「……」

 

「気合を入れよ」

 

「おう」

 

そこでサタンは気づいた。

 

老師の呼吸がおかしい。

 

肩が小さく上下している。

 

顔色も悪い。

 

「……老師?」

 

「なんじゃ」

 

「顔色悪いぞ」

 

老師は答えない。

 

「大丈夫か?」

 

少しの沈黙。

 

そして老師は、いつものように笑った。

 

「年寄りの冷水じゃ」

 

「……」

 

「今の一発で少々無理をした」

 

老師は近くの椅子へ腰を下ろす。

 

以前なら考えられない。

 

サタンは何も言えなかった。

 

老師は自分の手を見る。

 

その手は――わずかに震えていた。

 

「もう……見本は見せられん」

 

「老師……」

 

「勘違いするな」

 

老師の声が鋭くなる。

 

「修行をやめるとは言っておらん」

 

サタンを見る。

 

その目だけは。

 

初めて会った日と何一つ変わっていなかった。

 

「ここから先は、お主自身が掴め」

 

「……!」

 

「儂が教えられるものは教える。じゃが最後の一歩だけは、誰にも教えられん」

 

老師は杖を取った。

 

そして立ち上がる。

 

「サタン」

 

「……おう」

 

「心して掛かれ」

 

老師は静かに告げた。

 

「これが――最後の修行じゃ」

 

サタンは老師を見つめた。

 

いつものように。

 

豪快に笑って返そうと思った。

 

だが――できなかった。

 

代わりに。

 

深く頭を下げた。

 

「……分かった」

 

老師が少しだけ目を見開く。

 

「必ず覚える」

 

サタンは顔を上げた。

 

「合気も」

 

拳を握る。

 

「闘気も」

 

そして――。

 

「全部あんたから受け取る」

 

老師は何も答えなかった。

 

ただ。

 

ほんの少しだけ笑った。

 

          ◆

 

翌日。

 

「では修行を始める」

 

「おう!」

 

老師が指差した先には――。

 

大量の木人。

 

サタンの顔が固まる。

 

「…………」

 

「まず合気じゃ」

 

「待て」

 

「なんじゃ」

 

「嫌な予感しかしねえ」

 

老師は満面の笑みを浮かべた。

 

「安心せい」

 

「その言葉を聞いて安心できたことが一度もねえんだよ!」

 

そして――。

 

最後にして。

 

おそらく最長となる修行が始まった。

 

百体の木人。

 

それぞれ攻撃速度も、体格も、重心も違う。

 

倒してはならない。

 

殴り壊してもならない。

 

力で投げてもならない。

 

ただ相手の動きを読み。

 

力を受け。

 

重心を見抜き。

 

最小限の動作で崩す。

 

それだけ。

 

――なのだが。

 

ドゴォォン!!

 

「ぐおおおおおっ!!」

 

サタンが吹き飛んだ。

 

老師が叫ぶ。

 

「力で受けるな!!」

 

「分かってる!!」

 

ドゴン!!

 

「ぐあっ!!」

 

「見ろ!」

 

ドン!!

 

「ぐおっ!!」

 

「考えるな!」

 

バキィ!!

 

「どっちだよ!!」

 

老師は杖を振り上げた。

 

「感じろ!!」

 

「無茶苦茶言うなあああ!!」

 

サタンの絶叫が山に響き渡る。

 

それでも。

 

サタンは立ち上がった。

 

一度。

 

十度。

 

百度。

 

何度吹き飛ばされても。

 

再び構える。

 

老師はその姿を黙って見ていた。

 

やがて誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

 

「そうじゃ……」

 

その表情には。

 

師としての厳しさと――。

 

ほんの少しの寂しさがあった。

 

「儂を越えてゆけ」

 

まだサタンは知らない。

 

《合気》を修めた先に待っている《闘気》が。

 

今まで経験したどの修行よりも――。

 

遥かに長く。

 

遥かに苦しく。

 

そして。

 

老師がサタンへ遺そうとしている、

 

最後にして最大の教えになることを――。

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