エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
吸血鬼の胸を、最後の剣閃が貫いた。
残されたHPバーが一気に削られていく。
一ドット。
そして――ゼロ。
キリトは剣を振り抜いた姿勢のまま動かなかった。
巨大な吸血鬼もまた、両腕を広げたまま静止している。
やがて、その胸元から青白い亀裂が走った。
「我の……夜を……」
赤い瞳が、キリトを見下ろす。
「退ける……か……」
キリトは答えない。
ただ、真っ直ぐに見返した。
つい先ほどまで。
自分も――その赤い瞳をしていた。
「ならば……覚えておけ……」
吸血鬼の口元が歪む。
「夜は……消えぬ……」
――バァァァァン!!
巨体が無数のポリゴン片となって爆散した。
赤と青の光が入り混じり、夜を模したボス部屋いっぱいに舞い上がる。
そして。
《CONGRATULATIONS!!》
巨大なシステムメッセージが出現した。
第七層フロアボス――撃破。
「……終わった」
アスナが静かにレイピアを下ろした。
エギルも大斧を肩から下ろす。
「やれやれ……とんでもねえボスだったな」
ディアベルはすぐに周囲を確認した。
「総員、HPを確認! 状態異常が残っていないかもチェックしてくれ!」
「おう!」
「了解!」
攻略組がそれぞれステータスウインドウを開いていく。
その中で。
「…………」
一人だけ、妙な顔をして固まっている少年がいた。
キリトだった。
「キリト君?」
アスナが近づく。
返事がない。
キリトは目の前に浮かんだ小さなウインドウを凝視していた。
「どうしたの?」
「……俺だ」
「え?」
「俺……だよな?」
「何が?」
キリトがゆっくりと指を上げる。
そこには――。
《LAST ATTACK BONUS》
アスナの目が大きくなる。
「あ……!」
キリトは何度も表示を確認した。
「……取った」
「うん」
「俺……ラストアタック取った」
その声は小さかった。
だが。
聞き逃すはずのない男が一人いた。
「ええええええええっ!?」
ボス部屋いっぱいに、こっこの声が響き渡った。
「うるさっ!?」
キリトが飛び上がる。
「キリトくん、ラストアタック!?」
「そうみたいだけど!」
「初めて!?」
「…………」
キリトが黙った。
こっこの目が輝く。
「初LAだああああ!!」
「大声で言うな!!」
「おめでとうキリトくん 」
「なんで泣きそうなんだよ!」
「だって一層からずっと最前線で頑張ってたのに!」
「それ今言う必要ある!?」
攻略組から笑いが起こった。
エギルも思い返すように顎を撫でる。
「そういやキリト、ボス戦じゃ毎回かなり働いてるのに、LAだけは妙に縁がなかったな」
「エギルまで……」
キバオウもニヤリとする。
「ようやっと取れたんか。毎回ええところまで行っとったのになぁ」
「狙って取れるもんじゃないだろ」
「せやから面白いんやないか」
キバオウは笑いながらも、最後には拳を差し出した。
「まあ――おめでとさん」
「……ありがと」
キリトも拳を合わせた。
そこへディアベルがやってくる。
彼自身、第六層で初めてラストアタックを獲得し、《The LAST PIECE》を手にしている。
「おめでとう、キリト君」
「ああ。ありがとう」
「これで僕の気持ちも分かるだろう?」
「何が?」
「初めてLA表示が出た時、本当に自分なのか二回くらい確認する」
キリトが吹き出した。
「俺、三回見た」
「負けたな」
二人が笑う。
アスナも嬉しそうにキリトを見る。
「よかったね」
「……ああ」
ようやく実感が湧いてきたのか。
キリトも少しだけ嬉しそうに笑った。
そして。
報酬欄を開く。
「……ん?」
通常のラストアタック報酬とは、表示が少し違っていた。
《LAST ATTACK BONUS》
その下に、もう一つ。
《CHAIN BONUS》
「チェーン……?」
さらにその下。
アイテム名が表示される。
《Crimson Darkness》
キリトが読み上げた。
「クリムゾン・ダークネス……?」
「チェーン!?」
こっこが反応した。
キリトは即座にウインドウを閉じた。
「なんで閉じるの!?」
「お前の目が変わったからだ!」
「だってチェーン報酬だよ!? 普通のLAじゃないよ!」
「近い近い!」
「何が繋がったの!? 眷属化!? 復帰!? LA!? 特殊条件が三段階くらい――」
「落ち着け!」
「見せて!」
「嫌だ!」
リズが後ろからこっこのエプロンを掴んだ。
「はい、そこまで」
「リズ! これは調査する価値が!」
「まず本人に確認させなさい!」
「ぐえっ」
シリカがピナを抱きながら苦笑する。
「こっこさん、こういう時だけ回復が早いですね……」
「好奇心だけでHP全快するんじゃねえか?」
エギルが呆れる。
キリトは念のためこっこから距離を取り――。
《Crimson Darkness》を実体化した。
赤黒い光が右手へ集まっていく。
粒子が収束し。
一本の剣となった。
「……!」
周囲の空気が変わった。
片手用直剣。
刀身は黒。
だが、完全な漆黒ではない。
深い闇の底に、暗い紅色が沈んでいる。
剣をわずかに傾けるたび、刀身内部を血のような赤い光が走る。
鍔から柄にかけても黒を基調としており、細い紅色の装飾が絡みついていた。
美しい。
しかし――禍々しい。
まるで先ほどまで戦っていた吸血鬼の夜そのものを、一振りの剣に封じ込めたようだった。
「……すごい」
シリカが思わず呟く。
アスナは少し複雑な顔をした。
「キリト君が持つと……余計に黒く見えるわね」
「俺のせいか?」
「服も髪も黒いもの」
「そこはどうしようもないだろ……」
リズが近づく。
目つきが変わった。
鍛冶屋の顔だ。
「キリト。性能、見せて」
「見るだけだぞ」
「誰かさんと一緒にしないで」
「僕!?」
「あなた以外に誰がいるのよ」
「 」
キリトがアイテム情報を公開する。
リズの目が細くなる。
「……強い」
「どれくらい?」
「七層時点なら間違いなく一級品。攻撃力も高いし、耐久値もかなりある」
さらに項目を追う。
「切断属性補正……状態異常の蓄積値にも補正。それから人型エネミーに対する攻撃補正……」
エギルが眉を寄せた。
「徹底的に攻撃寄りだな」
ディアベルも頷く。
「吸血鬼の性質をそのまま剣に落とし込んだような性能だね」
「……物騒な剣だな」
キリトが苦笑しながら握り直す。
だが。
「あれ?」
リズの指が止まった。
「どうした?」
「キリト」
リズが要求ステータスを指差した。
「これ……装備条件を満たしてない」
「は?」
キリトが固まる。
要求STR。
現在値。
――わずかに足りない。
沈黙。
キバオウが横を向いた。
肩が震えている。
「……笑ってるだろ」
「笑っとらん」
「こっち向け」
「今は無理や」
「笑ってるじゃないか!」
シリカも困ったように笑う。
「初めてのLAなのに装備できないのは……ちょっと悲しいですね」
「シリカまで……」
だが。
こっこだけは笑っていなかった。
「……おかしい」
キリトが見る。
「何が?」
「これ、チェーン報酬なんだよね?」
「ああ」
「だったら、何か意味があるはず」
こっこは《Crimson Darkness》とキリトを交互に見る。
「装備できない物をわざわざチェーン報酬として出すかな?」
ディアベルも表情を変えた。
「確かに」
アスナが何かに気づく。
「あ……」
「どうした?」
「キリト」
アスナが言った。
「眷属だった時のステータス」
空気が変わった。
キリトの表情から笑みが消える。
戦闘中。
吸血鬼の眷属にされたキリトには、いくつもの特殊補正が発生していた。
STR。
AGI。
暗所での視認能力。
そして、その他の特殊効果。
ボスを倒したことで、その大半は解除された。
しかし――。
「……一つ残ってる」
キリトが呟く。
《夜の民》
詳細を開く。
夜間限定。
一部ステータス上昇。
その中に――。
STR。
「……まさか」
キリトが《Crimson Darkness》を装備操作する。
ここは吸血鬼の城。
天井に広がるのは、ボスが作り出した偽りの夜。
条件成立。
《夜の民》――発動。
STR上昇。
要求値――到達。
カチン。
《Crimson Darkness》がキリトの装備スロットに収まった。
誰も言葉を発しなかった。
黒い服。
黒い髪。
その手に握られた、赤黒い剣。
あまりにも自然に馴染んでいる。
「……そういうことか」
キリトが呟く。
チェーン。
眷属化。
そこから自我を取り戻し。
そして最後にボスを倒した。
その一連の出来事すべてが――。
この剣へ繋がっている。
キリトは《Crimson Darkness》を見る。
つい先ほど。
自分は仲間に剣を向けた。
感情を削ぎ落とされ。
命令に従い。
相手の癖を読み。
本気で仲間たちを追い詰めた。
決して、思い出したい経験ではない。
「キリト君」
アスナが静かに呼ぶ。
「……大丈夫?」
しばらく答えなかった。
やがて。
「大丈夫だ」
キリトは剣を持ち上げた。
赤黒い刀身に、自分の顔が映る。
瞳はもう赤くない。
いつもの自分だ。
「この力で俺が仲間を傷つけかけたのは事実だ」
誰も口を挟まない。
「でも――」
キリトは《Crimson Darkness》を握り直した。
「戻ってきたのも俺だ」
アスナの表情が柔らかくなる。
「うん」
「最後にあいつを倒したのも俺だ」
キリトは剣を見る。
もう、その刀身に恐怖はなかった。
「だったら――」
口元に、小さな笑みが浮かぶ。
「こいつは俺が使う」
ディアベルが頷いた。
「いいと思う」
エギルも笑う。
「似合ってるぜ」
「それ、褒めてる?」
「半分くらいはな」
「半分かよ」
ようやく空気が緩む。
そして。
横から――。
そーっと。
手が伸びてきた。
「ちょっとだけ貸して✨️」
パシッ!!
キリトが即座に叩き落とした。
「嫌だ!」
「まだ何も言ってないよ!?」
「今『貸して』って言っただろ!」
「重量バランスを見るだけ!」
「本当に?」
「あと材質」
「……本当にそれだけ?」
「あと耐久試験」
「嫌だ!」
「じゃあ分解せずに内部構造だけ――」
「分解する気あっただろ!!」
ゴンッ!!
リズの拳が、こっこの頭に落ちた。
「人の初LA報酬で遊ぶな!」
「痛い 」
シリカが吹き出した。
ピナまで、
「きゅるるっ♪」
と楽しそうに鳴く。
ディアベルが笑い。
エギルが肩を揺らし。
アスナも口元を押さえる。
そして。
キリトも笑った。
第七層。
一度は夜の眷属へ堕とされ。
仲間へ剣を向けながら。
それでも、自分自身を取り戻した少年。
その手が最後に掴んだものは――。
初めてのラストアタック。
そして。
《Crimson Darkness》。
紅き闇を宿す、一振りの剣。
夜の力によって初めて真価を発揮するその剣を、
キリトは静かに鞘へ収めた。
第七層攻略――完了。
新たな剣を腰に。
攻略組は、さらに上へと進んでいく。