エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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79 森エルフの首都へ

第八層――森エルフの王都

 

第八層。

 

新たなフロアへ足を踏み入れて間もなく、こっこたちはNPCから興味深い情報を耳にした。

 

――この層には、森エルフの首都が存在する。

 

これまで訪れてきた森エルフの村や集落とは、規模そのものが違うという。

 

その話を聞いた瞬間、こっこは迷わなかった。

 

「行こう!」

 

「即決ね……」

 

リズが呆れたように肩をすくめる。

 

「でも、ランスロットさんもいるかもしれませんよ!」

 

シリカも期待に目を輝かせた。

 

三人が王都を目指す理由は、単なる観光ではない。

 

最後の《秘鍵》。

 

そして、もう一つ。

 

第七層でキリトに起きた《眷属化》。

 

失われた魔法に深く関わるエルフたちならば、それを治療する手段について何か知っているかもしれない。

 

何より、森エルフ側の事情を知るには、ランスロットに会うのが一番だった。

 

そうして街道を進んだ三人は――やがて森の向こうに現れた光景に、揃って足を止めた。

 

「……うわ」

 

リズが、ぽかんと口を開ける。

 

巨大な樹木が幾重にも連なる森。

 

その木々を避けるのではなく、まるで共に生きるように街が造られていた。

 

巨木の幹を取り囲むように石造りの建物が並び、枝から枝へと吊り橋が渡されている。

 

地上には整然とした石畳。

 

水路には澄んだ水が流れ、その上を小さな橋がいくつも跨いでいる。

 

奥には巨大な樹木と一体化するように築かれた城がそびえ、その尖塔には森エルフの旗が風になびいていた。

 

商人。

 

職人。

 

兵士。

 

旅装のエルフ。

 

これまで見たどの森エルフの集落よりも、多くのNPCが行き交っている。

 

「本当に国なんですね……」

 

シリカが感嘆の声を漏らした。

 

「すごいな……」

 

こっこも珍しく素直に見上げる。

 

そして、ふと首を傾げた。

 

「でも王族って、今まで出てこなかったよね?」

 

「そういえばそうね」

 

リズも気付いた。

 

「ずっと長老さんが一番偉いのかと思ってたわ」

 

「ランスロットさんなら知ってるかもしれませんね」

 

「よし。まずランスロットさんを探そう!」

 

そう言って三人が城下を歩き始めて――しばらくした頃だった。

 

「……こっこ殿?」

 

聞き覚えのある声。

 

三人が振り向く。

 

そこに立っていたのは、見慣れた森エルフの騎士だった。

 

「ランスロットさん!」

 

「お久しぶりです!」

 

シリカが嬉しそうに手を振り、リズも笑顔を見せる。

 

ランスロットも一瞬、懐かしそうに表情を緩めた。

 

だが――。

 

「…………」

 

こっこは気付いた。

 

ほんの一瞬だった。

 

ランスロットの視線が周囲を確認したのだ。

 

誰かに見られていないかを警戒するように。

 

「……何かあった?」

 

こっこが声を落とす。

 

ランスロットの表情から笑みが消えた。

 

「ここでは話せません」

 

そして小さく告げる。

 

「場所を変えましょう」

 

三人が案内されたのは、王都の外れにある小さな詰所だった。

 

城の喧騒から離れ、人の出入りも少ない。

 

扉が閉じられる。

 

ランスロットは窓の外を一度確認すると、ようやく口を開いた。

 

「まず、この国について説明しておいた方がよいでしょう」

 

「国?」

 

「はい」

 

ランスロットは頷いた。

 

「森エルフには王族が存在します」

 

「やっぱり王様がいるんだ」

 

「おります。しかし――王がすべてを決定できるわけではありません」

 

「え?」

 

こっこが首を傾げる。

 

森エルフには、王族とは別に古くから存在する権力があった。

 

――《長老》。

 

軍事。

 

外交。

 

領地の統治。

 

そうした現実的な政務を担うのが王族。

 

一方、長老は伝統や祭祀、そして古代から受け継がれてきた知識を守る存在だった。

 

そして長老には――王命に対する拒否権がある。

 

「へえ……」

 

リズが感心する。

 

「ちゃんと権力が分かれてるんだ」

 

「一方が暴走しないための仕組みなんですね」

 

シリカも納得したように頷いた。

 

こっこは腕を組んだ。

 

「なるほどねぇ……」

 

そしてランスロットを見る。

 

「だから今、話がややこしくなってるんだ」

 

ランスロットの目がわずかに細くなった。

 

「……その通りです」

 

問題は――《秘鍵》。

 

失われたエルフの魔法を復活させるため、各地に散逸した秘鍵を集める。

 

そこまでは王族も長老も同意している。

 

だが。

 

その先が違った。

 

「長老は――復活した魔法を森エルフだけが独占することに反対されています」

 

「じゃあ……!」

 

シリカが身を乗り出す。

 

ランスロットは頷いた。

 

「以前、あなた方から聞いた考え。森エルフと闇エルフ、その双方に魔法を復活させる。それに近いお考えをお持ちです」

 

「おおっ!」

 

こっこの顔が一気に明るくなる。

 

「じゃあ長老さん味方じゃん!」

 

「――問題は」

 

ランスロットの声が低くなった。

 

「長老のお側にいる者です」

 

空気が変わった。

 

「……誰?」

 

リズが尋ねる。

 

わずかな沈黙。

 

そして。

 

「――《サーベント》」

 

その名を口にした瞬間。

 

ランスロットの表情が、ほんの少しだけ険しくなった。

 

「サーベント?」

 

「知り合いですか?」

 

シリカの問いに、ランスロットはしばらく答えなかった。

 

やがて――小さく息を吐く。

 

「……同期です」

 

「同期?」

 

「若い頃、同じ時期に王都へ入りました」

 

二人は同じ時代に、森エルフの中枢へと足を踏み入れた。

 

ランスロットは剣を選んだ。

 

武官として国を守る道。

 

だが、その歩みは決して華々しいものではなかった。

 

訓練では何度も敗れた。

 

昇進も早くはない。

 

剣の才能だけならば、ランスロットより優れた者はいくらでもいた。

 

それでも彼は諦めなかった。

 

ひたすら剣を振り続け、実戦経験を積み、少しずつ周囲から信頼を得て現在の地位まで上がってきた。

 

一方――サーベントは違った。

 

彼は早々に剣の道を捨てた。

 

「才能がなかったの?」

 

リズが尋ねる。

 

「本人は、そう判断したのでしょう」

 

だが、それは単なる挫折ではなかった。

 

サーベントは知っていた。

 

自分の本当の武器が何なのかを。

 

知識。

 

弁舌。

 

交渉。

 

そして――人の意思を読み取る力。

 

文官へ転じたサーベントは、瞬く間に頭角を現した。

 

上官が何を求めているのか。

 

相手が何を恐れているのか。

 

どこまで譲れば交渉が成立するのか。

 

それを見抜く能力に長けていた。

 

そして現在。

 

若くして長老の補佐官。

 

さらには王族と長老院、その双方に顔が利く官僚へと出世している。

 

「……ランスロットさんより偉いの?」

 

リズが恐る恐る聞いた。

 

「…………」

 

ランスロットが黙った。

 

「……役職だけを比べるのでしたら」

 

なんともいえない空気が流れる。

 

こっこが口を開いた。

 

「同期に出世でぶっちぎられたんだ……」

 

「こっこ殿」

 

「はい」

 

「そこは今、重要ではありません」

 

「すみません」

 

「こっこさん 」

 

シリカが困った顔で袖を引っ張った。

 

「話を戻します」

 

ランスロットが咳払いする。

 

問題なのは、サーベントの地位ではない。

 

彼は長老の補佐官でありながら――。

 

長老とは、思想が違う。

 

「サーベントは、王族の意向に近いのです」

 

魔法は森エルフのもの。

 

長きにわたって失われていた力を取り戻せるのであれば、それを他種族へ分け与える理由などない。

 

ましてや――長年敵対してきた闇エルフなどに。

 

「彼はすべての秘鍵を集め――魔法を森エルフだけに復活させようとしています」

 

「でも」

 

シリカが不思議そうに尋ねる。

 

「長老さんは反対なんですよね?」

 

「だからこそ、厄介なのです」

 

ランスロットの声が低くなる。

 

サーベントは、表立って長老に逆らわない。

 

むしろ――忠実な補佐官として振る舞っている。

 

秘鍵を集める。

 

古文書を調べる。

 

失われた儀式について調査する。

 

儀式を行う場所を探す。

 

そこまでは。

 

長老とサーベントの目的は、完全に一致している。

 

違うのは――最後だけ。

 

すべての条件が揃った瞬間。

 

森エルフだけで儀式を行う。

 

それがサーベントの狙いだった。

 

「……なるほど」

 

こっこの顔から、笑みが消えた。

 

しばらく考え込む。

 

「途中までは同じ道を歩いてるんだ」

 

「はい」

 

「だから――今の段階じゃ止める理由がない」

 

「その通りです」

 

「うわ……」

 

リズが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「嫌な相手ね」

 

「頭いいなぁ」

 

「感心するな 」

 

「いや」

 

こっこは珍しく真面目な顔で答えた。

 

「敵を甘く見る方が危ないでしょ」

 

「……まあ、それはそうだけど」

 

リズも、それ以上は言えなかった。

 

その時だった。

 

「もう一つ」

 

ランスロットが三人を見る。

 

「気を付けていただきたいことがあります」

 

「なに?」

 

「サーベントは――私のことをよく知っています」

 

「…………」

 

同期だった。

 

共に若い時代を過ごした。

 

性格も。

 

戦い方も。

 

考え方も。

 

そして――。

 

「私が、嘘をつくのが得意ではないことも」

 

「…………」

 

こっこ。

 

リズ。

 

シリカ。

 

三人が沈黙する。

 

そして。

 

ほぼ同時に同じことへ思い至った。

 

「……まずくない?」

 

リズが呟いた。

 

まずい。

 

非常にまずい。

 

これまで森エルフと闇エルフは、《秘鍵》を巡って何度も争ってきた。

 

表向きは。

 

だが、その裏では――。

 

ランスロット。

 

ギズメル。

 

そしてプレイヤーたち。

 

彼らは密かに手を結んでいる。

 

最終的な目的は、森エルフと闇エルフの双方から秘鍵を持ち出し、どちらにも魔法を復活させること。

 

もし。

 

サーベントがランスロットの行動を疑い始めれば。

 

この計画そのものが露見する可能性がある。

 

「王都では」

 

ランスロットが静かに告げる。

 

「これまで以上に慎重に行動してください」

 

「了解」

 

こっこが頷いた。

 

そして――。

 

「…………」

 

何かを考える。

 

やがて。

 

ニヤァ……。

 

その顔に、とても嫌な笑みが浮かんだ。

 

リズの眉が跳ねる。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「つまりさ」

 

「待ちなさいって言ってるでしょ」

 

「サーベントさんには――」

 

こっこはランスロットを指差した。

 

「僕たちとランスロットさんが、仲悪そうに見えればいいんだよね✨」

 

「…………」

 

ランスロットが固まる。

 

リズも固まる。

 

シリカも固まる。

 

数秒。

 

沈黙。

 

「……こっこ殿」

 

「はい?」

 

ランスロットの脳裏を、これまでの《秘鍵争奪戦》が駆け巡った。

 

煙玉。

 

罠。

 

盗み。

 

陽動。

 

変装。

 

奇襲。

 

ピナ。

 

そして――。

 

演技のはずなのに本人が途中から本気になり、味方まで巻き込んで大騒動へ発展した数々の惨状。

 

「…………」

 

ランスロットは両目を閉じた。

 

なぜだろう。

 

先ほどまでサーベントのことを警戒していたはずなのに。

 

今は別の人物の方が怖い。

 

「こっこ殿」

 

「はい✨」

 

「くれぐれも」

 

ランスロットは一語一語、念を押すように言った。

 

「やりすぎないように」

 

こっこは胸を張った。

 

「任せてください✨」

 

「その返事が一番信用できないのよ 」

 

「こっこさん、ほどほどにしましょうね 」

 

「大丈夫、大丈夫!」

 

シリカは心配そうにランスロットを見た。

 

「ランスロットさん……頑張ってください」

 

「…………」

 

ランスロットが遠い目をする。

 

「なぜ私が励まされているのでしょう……」

 

こうして――。

 

第八層。

 

最後の《秘鍵》を巡る戦いは、もはや単純な森エルフと闇エルフの争奪戦ではなくなった。

 

森エルフ王族。

 

長老。

 

サーベント。

 

ランスロット。

 

そして密かに手を結んだギズメルとプレイヤーたち。

 

同じ森エルフの中でさえ。

 

それぞれが、それぞれの未来を望んでいる。

 

その中心に存在するのは――最後の《秘鍵》。

 

一つ間違えば。

 

森エルフと闇エルフの争いそのものを激化させかねない。

 

これまでとは違う戦いが始まろうとしていた。

 

――のだが。

 

「そうだ、ランスロットさん」

 

深刻な話が一段落したところで、こっこが突然手を挙げた。

 

「……なんでしょう」

 

「馬、持ってません?」

 

「馬?」

 

「はい」

 

あまりにも唐突な質問に、ランスロットが目を瞬く。

 

「王都ですので、軍馬ならおりますが……なぜです?」

 

「よかった!」

 

こっこの顔が輝く。

 

「馬車作りたいんですよ✨」

 

「……馬車?」

 

「はい!」

 

ランスロットは嫌な予感がした。

 

「何を運ぶための馬車でしょうか」

 

「キリトくん」

 

「…………」

 

「正確には――」

 

こっこは満面の笑顔で答えた。

 

「キリトくんが入った棺桶を載せる馬車です✨」

 

「…………」

 

ランスロットの思考が停止した。

 

「……棺桶?」

 

「はい!」

 

「キリト殿は……亡くなられたのですか?」

 

「生きてますよ?」

 

「…………」

 

ランスロットがシリカを見る。

 

シリカは苦笑いしながら首を横に振った。

 

次にリズを見る。

 

リズは額を押さえていた。

 

「説明すると長いわよ……」

 

「そうですか……」

 

王族。

 

長老。

 

秘鍵。

 

失われた魔法。

 

森エルフ内部の権力争い。

 

サーベントの陰謀。

 

ランスロットは今日、それらすべてについて警戒しなければならないと考えていた。

 

だが。

 

どうやらもう一つ。

 

まったく想定していなかった問題が増えたらしい。

 

ランスロットは深々と息を吐いた。

 

「……まず」

 

「はい?」

 

「なぜキリト殿が棺桶に入っているのか――そこから説明していただけますか」

 

「長くなりますよ✨」

 

「でしょうね……」

 

第八層の王都に到着して早々。

 

ランスロットの理解が追いつかない話が――また一つ、始まろうとしていた。

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