エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第九層《フリーベン》――エンジニア、土地を買う
第九層《フリーベン》。
森エルフの首都から主街区へ戻って数日。
こっこは、珍しく黙っていた。
机に向かい、何枚もの羊皮紙を広げ、地図を睨み、数字を書いては消している。
腕を組む。
地図を見る。
計算する。
また腕を組む。
その横顔には、いつもの――
「面白そうだからやってみよう✨️」
という軽さが、一切ない。
リズは少し離れた場所から、その姿をじっと見ていた。
「……シリカ」
「なんですか?」
「あの、こっこの顔……。真剣すぎない?」
シリカも恐る恐る覗き込む。
そして顔を引きつらせた。
「あ ……なんか嫌なこと考えてそうな雰囲気です」
「でしょ?」
過去の経験上。
こっこが思いつきで暴走している時は、まだ止められる。
問題は――妙に静かな時だ。
そして。
こっこの手が止まった。
「…………」
リズとシリカが身構える。
こっこは地図の一点を指で叩いた。
「よし 」
「「 」」
嫌な予感が確信に変わった。
こっこは勢いよく立ち上がる。
「ここに、ぼくらのホームを作ろう!」
「「はああああああ!? 」」
---
数分後。
エンジニアの管理部門。
「頼もーーー!!」
――バァン!!
扉が勢いよく開いた。
中ではシンカーとユリエールが大量の帳簿と格闘していた。
シンカーがびくっと肩を震わせる。
「なんですか、藪から棒に!?」
「シンカーさん! ユリエールさん!」
ドンッ!!
机の上に、大量の資料が積み上げられた。
「これを見てください✨️」
「……また何か作る気ですか?」
ユリエールが嫌そうな顔で、一番上の資料を手に取る。
そして。
「…………」
ページをめくる。
「…………?」
もう一枚。
さらにもう一枚。
ユリエールの表情が変わった。
「これは……!」
シンカーが横から覗き込む。
「何です?」
「ホーム建設資料です!」
「ホーム?」
こっこは地図を広げた。
「このフリーベン、すごく条件がいいんです」
指を滑らせる。
「まず、湖がある。そして対岸には森エルフの首都がある」
別の資料を置く。
「つまり将来的には船を使った交易ができる」
さらに一枚。
「周辺には森林があるけど、ちゃんと管理されてる。木材資源を確保しながら植林すれば継続利用できる」
さらに。
「水源もある。農業用地も確保できる。家畜を飼う土地も十分。しかも――」
土地取得に関する資料を示した。
「土地の購入条件が、かなりいい」
シンカーは腕を組んだ。
「なるほど……。しかし、こっこさん」
「はい」
「いつものような資料では――」
「完璧です」
ユリエールが遮った。
「え?」
シンカーが振り向く。
ユリエールは信じられないものを見る顔で資料をめくっている。
「土地取得費」
ぺらっ。
「初期建設費」
ぺらっ。
「資材調達計画」
ぺらっ。
「必要人員」
ぺらっ。
「建設工程」
ぺらっ。
「家畜の繁殖計画」
ぺらっ。
「農地開墾後の収穫見込み」
ぺらっ。
「宿泊施設と食事処から得られる収益予測……」
そして最後のページ。
「維持費まで計算してある……」
ユリエールが、ゆっくり顔を上げた。
「……本当にこっこさんの資料ですか!? 」
「ひどい 」
シンカーも資料を奪うように読む。
「ええええ!? あのこっこさんが!?」
「もっとひどい 」
後ろでは。
リズとシリカが妙に納得していた。
「なんか、みんな同じ反応してる」
「逆に怖くなってきました 」
「失礼な! 僕はやる時はやるよ!」
ユリエールはもう一度、資料を見る。
確かに問題がない。
むしろ今まで攻略の各層に臨時店舗を作っては撤収し、資材や人員を移動させてきたエンジニアにとって、恒久的な生産拠点を持つメリットは大きい。
攻略組が上層へ進んでも、ここを後方拠点として残せる。
農業。
畜産。
林業。
加工。
宿泊。
飲食。
そしてエルフとの交易。
単なる「家」ではない。
小さな町を作ろうとしているのだ。
シンカーが唸った。
「……これなら、反対する理由がないですね」
ユリエールも頷く。
「予算を出します」
こっこの目が輝いた。
「やったーーー!!✨️」
リズが呟いた。
「……通っちゃった」
シリカも青ざめる。
「誰か止めなくていいんでしょうか……」
---
そして――。
エンジニア史上最大規模の建設事業が始まった。
今までの層で入手し、飼育してきた家畜。
牛。
豚。
鶏。
その他、食材や素材を産出する家畜たちを用途別に分け、繁殖用の区画を整備する。
「ここは食肉用!」
こっこが杭を打つ。
「こっちは乳製品!」
また杭を打つ。
「こっちは繁殖用!」
さらに杭。
「分ける必要あるの?」
リズが聞く。
「ある! 適当に増やしたら管理できなくなるから!」
「……まともなこと言ってる」
「今日のこっこさん、怖いです 」
畑も開墾された。
小麦などの穀物。
野菜。
果樹。
将来的に栽培可能な素材アイテムまで見越して区画を分ける。
森林も無秩序には伐採しない。
伐採区域。
植林区域。
生育待ち区域。
それぞれを決め、資源が枯渇しないよう管理する。
職人たちの工房。
倉庫。
家畜小屋。
加工場。
宿泊施設。
食事処。
湖岸には、小規模ながら船着き場まで作られ始めた。
対岸の森エルフの首都との交易が始まれば、ここが人間側の窓口になる。
いつしか建設予定地には、大勢のエンジニアが行き交っていた。
トンカン、トンカン――。
木を切る音。
石を積む音。
家畜の鳴き声。
畑を耕す音。
今まで攻略のたびに作ってきた臨時店舗とは違う。
ここは――帰ってくる場所になる。
こっこは建設途中の高台から、その光景を眺めた。
「……いいね」
珍しく、静かな声だった。
SAOに閉じ込められてから、ずっと攻略を続けてきた。
店を作った。
船も作った。
武器も道具も作った。
組織も大きくなった。
だが。
《自分たちの土地》。
《自分たちの家》。
それは初めてだった。
「ここなら、攻略から戻ってきたみんなが休める」
リズが少し笑った。
「……まあ、それなら悪くないんじゃない?」
シリカも頷く。
「ピナが遊べる場所も作ってくださいね」
「もちろん✨️」
ピナが嬉しそうに飛び回る。
「キュルルー♪」
いい場所になる。
誰もが、そう思い始めていた。
――ただし。
二人は知らなかった。
いや。
ユリエールも知らなかった。
こっこの建設計画書。
その正式提出版とは別に――。
もう一枚。
個人的に書き込まれた地図が存在していた。
夜。
こっこは誰もいない建設予定地の隅で、一人地図を広げる。
「湖がある」
指を置く。
「地形的にも悪くない」
別の場所を確認する。
そして。
地面を見た。
「……この辺かな」
ニヤリ。
こっこの目が光った。
「温泉……」
キラーン✨️
「掘れるんじゃない? ✨️」
翌日。
リズが、こっこが大量の掘削道具を運んでいるところを発見した。
「…………」
「…………」
目が合った。
こっこは笑顔になる。
「おはよう✨️」
「何それ」
「道具」
「何の」
「穴掘る道具」
「何の穴」
「…………」
「…………」
こっこは目を逸らした。
リズの目が細くなる。
「やっぱり嫌な予感がする 」
そこへシリカもやって来た。
「どうしたんですか?」
「こいつ、何か隠してる」
「えっ」
こっこは胸を張った。
「大丈夫! 成功すれば絶対にユリエールさんも喜ぶから!」
シリカの顔から血の気が引いた。
「その言い方、一番ダメなやつです 」
「大丈夫だって✨️」
こっこは地面を指差した。
「温泉が出たら――」
二人を見る。
「露天風呂作ろう!!♨️✨️」
リズとシリカが固まった。
そして同時に、ある人物の顔を思い浮かべる。
――予算管理担当。
――ユリエール。
リズが額を押さえた。
「……その掘削費」
「うん?」
「予算に入ってる?」
「…………」
沈黙。
シリカが泣きそうな顔になる。
「ユリエールさん、怒らなかったらいいですけど 」
こっこは爽やかに笑った。
「温泉が出れば問題ない✨️」
「出なかったら!?」
「…………」
「こっこ?」
「…………追加予算?」
「「やっぱりいつものこっこだーーー!! 」」
フリーベンの湖畔に――。
後にエンジニア最大級の生活・生産拠点となるホームの建設が始まった。
農場。
牧場。
工房。
倉庫。
宿泊施設。
食事処。
交易港。
そして――。
計画書には存在しない、謎の掘削地点。
その場所に立つ看板には、こっこの字でこう書かれていた。
《温泉予定地♨️》
その下には、小さく追記されている。
《※出るまで掘れば出る》
リズ「その理屈で予算使うなーーー!! 」
こっこ「ぎゃーす!! 」
シリカ「ユリエールさーーーん!! 」
紅玉宮――。
巨大なディスプレイの前で、一人の男が固まっていた。
茅場「…………」
その目は、画面の一点に釘付けになっている。
茅場「 !」
凛子「……どうしたの?」
返事がない。
凛子「晶彦?」
茅場「…………」
凛子「そんなにディスプレイとにらめっこして 何かバグでも見つけた?」
茅場「……こっこが……」
凛子「こっこさん?」
茅場「一大リゾート&ファームを作ろうとしている!」
凛子「…………」
茅場「…………」
凛子「それが?」
茅場「なぜ君はそんなに平然としているんだ!?」
思わず茅場が振り返った。
ディスプレイには、第八層《フリーベン》周辺の地形データが映し出されている。
湖。
森林。
平原。
そして、その一帯を覆うように大量の計画線が引かれていた。
《TPO・エンジニア共同ホーム建設予定地》
その下には――。
宿泊施設。
農場。
牧場。
工房。
倉庫。
商業区。
船着き場。
道路。
上下水路。
湖畔リゾート。
エルフ交易所。
さらに――。
《将来的な拡張予定地》
茅場「普通のギルドはな!」
ばんっ!
茅場が机を叩く。
茅場「ギルドホームを購入するくらいなんだ!」
凛子「そうなの?」
茅場「そうなのだ!」
茅場は画面を指差した。
茅場「土地を買って、既存の建物を改装して、共有ストレージを置く! せいぜい工房や会議室を増設する! それが普通だ!」
凛子「ふむふむ」
茅場「……あやつは違う」
凛子「うん?」
茅場「地形から変えるつもりだ!」
凛子「ぶっ!」
茅場「森林を伐採して道路を通し、湖岸を整備して港を作り、農地を造成し、給水設備を引き、物流網まで構築しようとしている!」
画面をスクロールする。
そこには――。
《第1期インフラ整備計画》
の文字。
茅場「なぜギルドホームの建設に『第1期』があるんだ! 」
凛子「あっはっはっはっは! 」
茅場「笑い事ではない!」
凛子は腹を抱えた。
凛子「晶彦、甘いわよ」
茅場「何?」
凛子「あの人、メディキュボイドを安定させるために、施設側を説得して専用の単独電源を引かせた人よ?」
茅場「…………は?」
凛子「電源品質が怪しいからって」
茅場「装置担当者が施設インフラに口を出したのか!?」
凛子「うん」
茅場「医療機器の保守担当者だろう!?」
凛子「そうよ」
茅場「それくらいする、みたいな顔で言うな! 施設の電源にチャチャを入れる装置担当者なんて聞いたことがないぞ!」
凛子「でも結果的に安定したわよ?」
茅場「結果の話をしているのではない!」
凛子は笑いながらディスプレイを見る。
凛子「だって、あの人、思いついたら周りなんて見ないもの」
茅場「…………」
凛子「『普通は』とか『マニュアルでは』とか、その程度じゃ止まらないわよ」
茅場「知っている……」
凛子「あら?」
茅場「この八層まで嫌というほど思い知らされている……」
クロスボウを作った。
船を作った。
浮き袋を作った。
店を作った。
物流を作った。
組織を作った。
挙げ句の果てにはカジノ経済に介入し、アインクラッドのコル流通にまで手を突っ込んだ。
そして今――。
ついに土地そのものを開発し始めた。
茅場「どこまで私の世界を作り変えるつもりなんだ…… 」
凛子「いいじゃない。楽しそうで」
茅場「よくない!」
そして茅場は、ふと思い出したように別のウィンドウを開いた。
茅場「それに……」
凛子「それに?」
茅場「今回の投資額を見ろ」
凛子「投資額?」
数字が表示される。
凛子「…………」
茅場「…………」
凛子「……え?」
もう一度見る。
《総投資予定額:600,000,000 Cor》
凛子「…………6億?」
茅場「600Mコルだ」
凛子「そんなに持ってたの!?」
茅場「私もそこに驚いている!」
凛子「まだ八層よね!?」
茅場「まだ八層だ!」
二人そろって画面を見る。
どうやら個人資産だけではない。
エンジニアの工房群。
直営店舗。
素材取引。
装備販売。
修理。
食品。
船舶。
輸送。
NPCとの商取引。
そして各層で積み上げてきた商人ネットワーク。
それらの利益が巨大な資本となり、一気にフリーベンへ投入されようとしている。
茅場「攻略ギルドだと思っていた……」
凛子「うん」
茅場「途中から商人ギルドになった」
凛子「うん」
茅場「そのうち総合商社みたいになった」
凛子「うん」
茅場「今度はデベロッパーだ!」
凛子「あっはっはっはっは! 」
茅場「笑うな!」
さらに画面へ新しい通知が表示された。
――ピコン♪
《フリーベン土地追加購入申請》
茅場「…………」
凛子「…………」
《湖岸東部・追加取得》
茅場「まだ買うのか?」
――ピコン♪
《農業用水路建設申請》
茅場「…………」
――ピコン♪
《エルフ交易用船着き場建設申請》
茅場「…………」
――ピコン♪
《牧場予定地拡張申請》
茅場「…………」
凛子「晶彦」
茅場「なんだ」
凛子「顔、怖いわよ」
茅場「私は今、ゲームマスターとして極めて重大な問題に直面している」
凛子「何?」
茅場は真顔で言った。
茅場「この男を放置すると――」
ディスプレイいっぱいに広がるフリーベン開発計画。
茅場「第75層へ到達する頃には、アインクラッドのGDPの何割を握っているんだ?」
凛子「ぶっ!! 」
茅場「笑い事ではないぞ!」
その頃――フリーベン。
こっこ「よーし✨ ここに温泉掘ろう!」
リズ「待ちなさい!! 」
シリカ「また計画が増えましたー! 」
ユリエール「予算追加は認めませんからね!! 」
シンカー「600M使った直後ですよ!? 」
こっこ「大丈夫、大丈夫✨」
四人「何が!? 」
――ピコン♪
紅玉宮。
《温泉掘削候補地・地質調査開始》
茅場「…………」
凛子「…………」
茅場は静かに椅子から立ち上がった。
茅場「凛子」
凛子「なに?」
茅場「私は世界を作った」
凛子「そうね」
茅場「なのに最近――」
画面の中では、こっこが満面の笑顔で測量用の杭を打ち込んでいる。
茅場「私よりあいつの方が、この世界を作っている気がする…… 」
凛子「気づくの遅いわよ 」