エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
「ランスロットよ」
王都の一角を歩いていたランスロットは、不意に背後から呼び止められた。
「長老」
「ちょっと小耳にはさんだんじゃがな。対岸にある人の街、フリーベン。その郊外に広い土地があったじゃろう?」
「はい。湖岸に面した草原ですね」
「そこを人が買ったらしい」
「人が?」
「それだけなら珍しくもないんじゃが……凄まじい速さで建築が始まっておるそうじゃ」
ランスロットはさほど驚かなかった。
「人の動きは速いですからね」
プレイヤーたちと行動を共にしてきた彼なら知っている。
彼らはとにかく速い。
エルフならば何度も会議を重ね、季節をまたいで進めるようなことを、彼らは数日で決めて動き出す。
「まあ、見てみい。ちょっと来てもらおうかの」
「はい?」
長老が向かったのは、王都中央にそびえる巨大樹だった。
その頂上近くにある展望台へ向かう。
外周の梯子を登る。
登る。
まだ登る。
足場を越えて――また登る。
「長老……」
「なんじゃ?」
「これを毎日……?」
「健康に良いぞ」
「そういう問題では……」
武官であるランスロットですら嫌になってきた頃、ようやく巨大樹の頂上近くへ到着した。
長老は備え付けられていた望遠鏡を差し出した。
「ほれ。対岸じゃ」
「対岸……」
ランスロットが望遠鏡を覗く。
「…………」
一度外した。
肉眼で確認した。
そしてもう一度覗いた。
「なんと!」
昨日まで、ただの草原だったはずの土地。
そこが――変貌していた。
巨大な建築物。
何棟もの宿泊施設。
牧柵。
家畜を飼育するための施設。
倉庫。
整備されていく道路。
そして湖岸では、大勢の人間が船着場を建設している。
「これは……街を造っているのですか?」
「わしにも、そう見える」
「この短期間で……?」
「人というものは、せっかちじゃのう」
ランスロットは呆然とその光景を眺めた。
「ほれ。あの大きな宿泊施設らしい建物のてっぺんを見てみい」
「てっぺん……?」
望遠鏡を動かす。
そこでランスロットは、一枚の旗を見つけた。
工具。
そして新聞。
二つが重なった紋章。
「……まさか」
見覚えがあった。
あの男の胸にも、同じ意匠がある。
「こっこさん!?」
「知っておったか」
「あれは《エンジニア》の紋章です。こっこさんたちが……この土地を?」
「おそらくな」
ランスロットは改めて建設現場を見渡した。
そう思って見ると、納得できてしまう。
宿泊施設。
牧場。
農地。
倉庫。
工房らしき建物。
そして――船着場。
「……あれは、我々にも影響があるのでしょうか?」
長老は答えなかった。
代わりに、一つだけ指示した。
「ランスロット。船着場をよく見てみろ」
「船着場?」
「舟を泊めるだけなら、あんなものはいらん」
「……?」
ランスロットは望遠鏡を向けた。
そして、注意深く観察する。
「……桟橋が複数ある」
「うむ」
「それに……妙ですね」
ランスロットの表情が変わる。
湖岸から陸へ向かって、幅の広い道が造られている。
その道の先には、大型の倉庫。
さらにその向こうには、まだ何も建っていない広い区画が確保されていた。
「荷車が……通れる?」
「おそらくな」
「船から荷を下ろして、そのまま倉庫へ運べるようになっている……」
「その倉庫の反対側を見てみい」
「……道があります」
「どこへ続いておる?」
ランスロットが望遠鏡を動かす。
「フリーベンへ……!」
船着場。
荷揚げ場。
倉庫。
広場。
そしてフリーベンへ続く街道。
それらが一本の線として繋がっている。
「これは……」
「港ではない」
長老が静かに言った。
「交易拠点じゃ」
ランスロットは息を呑んだ。
「ですが、誰と……」
そこまで言って――気づいた。
ゆっくりと望遠鏡を下ろす。
目の前にある湖。
そして。
その船着場が向いている方向。
「…………こちらだ」
「そうじゃ」
長老は笑った。
「あの桟橋は、我らの王都がある岸を向いておる」
「……!」
「フリーベンの住民が湖遊びをするだけなら、あれほどの荷揚げ場も倉庫も必要ない。まして、あの規模の街道もな」
長老は望遠鏡を受け取り、自ら対岸を眺めた。
「農地で作った物を売るだけでもない」
「では……」
「向こうから物を運び込むことまで考えておる」
ランスロットは森エルフの王都を振り返った。
この森には、人間たちの土地にはないものがある。
特殊な木材。
薬草。
果実。
織物。
森でしか採れない素材。
そして、エルフの職人たちが作る品々。
逆に人間たちは――。
「人の食料……金属製品……工具……」
「薬もある。衣服もある。あの者たちの料理もあるのう」
長老が少し楽しそうに言う。
「そして何より、あやつらは物を作るのが速い」
「……」
「森で採れた物を船に載せる。対岸で荷を下ろす。倉庫に入り、フリーベンへ運ばれる」
長老は指を逆方向へ動かした。
「人の街で作られた物が同じ道を通り、船へ積まれ――こちらへ来る」
ランスロットの脳裏に、その光景が浮かんだ。
湖を行き交う船。
エルフの荷物を運ぶ人間。
人間の品物を受け取るエルフ。
対岸の広場には露店が並び、森エルフの商人が人間と値段を交渉する。
今まで存在しなかった光景。
「しかし……」
ランスロットは戸惑った。
「我々は、まだ何も決めておりません」
「うむ」
「交易について正式な協議すらしていない」
「そうじゃな」
「なのに、こっこさんは……」
長老が笑った。
「先に造ってしまった」
「……はい」
「相変わらずじゃのう」
呆れているようで、その声は楽しそうだった。
「ですが、それでは我々が交易を拒否すれば――」
「使わなければよい」
「え?」
「こっこは橋を架けてこちらへ押しかけてきたわけではない。使者を送り、交易を要求したわけでもない。条件すら提示しておらん」
長老は、対岸に造られていく船着場を見る。
「ただ自分の土地に、船を迎えられる場所を造っただけじゃ」
「…………」
「来るか来ないかは、我らが決める」
風が吹く。
巨大樹の葉がざわめいた。
「いつでも門戸は開いておる」
長老は静かに呟いた。
「そういうことなんじゃろう」
ランスロットは、もう一度望遠鏡を覗いた。
今度は建物ではない。
船着場を見る。
まだ一隻の交易船も来ていない。
エルフの商人など一人もいない。
交易協定すら存在しない。
なのに。
そこにはすでに――。
エルフの船が来る場所が用意されていた。
「……こっこさんは」
ランスロットが呟く。
「我々が来ると思っているのでしょうか」
「さあな」
長老は梯子へ向かいながら答えた。
「案外、来たら面白そうだから造っただけかもしれんぞ?」
「……否定できませんね」
二人は少し笑った。
だが長老は梯子へ足をかける直前、一度だけ振り返った。
「ランスロット」
「はい」
「人は、もう湖の向こう側におるだけの隣人ではないのかもしれんな」
「……」
「物が行き交えば、人も行き交う」
長老の目が細くなる。
「人が行き交えば、考えも行き交う」
「考えも……」
「交易とは、物を交換するだけではないからの」
ランスロットは答えなかった。
「新しい風が吹いておる」
長老は今度こそ梯子を降りていった。
「エルフも変わらねばならん時なのかもしれん」
ランスロットだけが、その場に残った。
望遠鏡を覗く。
建物ではない。
牧場でもない。
旗でもない。
彼が見ていたのは――船着場だった。
今はまだ空っぽの桟橋。
だがランスロットには、なぜか見えるような気がした。
エルフの紋章を掲げた船が湖を渡る。
森の木材や薬草、果実を積んで。
帰りには人間の工具や食料、工芸品を積んで。
やがて何隻もの船が湖を行き交い、人とエルフの商人たちが笑いながら言葉を交わす。
――そんな未来が。
「……交易、か」
ランスロットは小さく呟いた。
そして、工具と新聞が重なった旗を見る。
「こっこさん……」
苦笑する。
「あなたは、まだ何も話し合っていないというのに……」
もう一度、空っぽの船着場を見る。
「先に、未来の置き場所まで造ってしまったのですね」
湖から吹いた風が、森へと入ってくる。
その風はまだ小さい。
けれど――。
やがて人とエルフの間を、無数の船が行き交う。
その最初の一隻を迎える場所だけは。
すでに、対岸に造られ始めていた。
建設は、本当に早かった。
いや――早いなどという言葉では足りなかった。
NPC職人と、エンジニアの技能集団。
最初こそ互いに勝手が違い、戸惑う場面もあった。
しかし一度噛み合ってしまえば、その相性は驚くほど良かった。
「梁材、追加で二十本!」
「了解! ストレージから出します!」
プレイヤーの職人には、《アイテムストレージ》という、この世界ならではの強みがある。
本来なら荷車で何往復もしなければならない大量の資材も、重量制限の許す範囲なら一人で運び込める。
一方、NPC職人たちはプレイヤーがまだ入手できない工具を持ち、プレイヤーが知らない加工法を知っていた。
「なんだ、この鉋……刃の角度が違う」
「こう使うのだ。木目に沿わせるのではない。少し斜めに引く」
「なるほど……だったら、ここに補助ハンドル付けたらもっと力を掛けやすくない?」
「……ほう?」
そこから始まる、職人同士の交流。
NPCの工具をプレイヤーが改良する。
プレイヤーの発想をNPCが製作技術で形にする。
さらにストレージを前提にした資材運搬方法が整理され、荷揚げ用の滑車、簡易クレーン、台車などにも改良が加えられていった。
建築するために集まったはずなのに――。
気がつけば、建築そのものが新しい《技術》を生み始めていた。
そして。
キリトやディアベルたち攻略組がフィールドボスを撃破し、迷宮区探索が終盤へ差しかかった頃。
ついに――。
第一期工事が完成した。
◇ ◇ ◇
夜。
「……疲れた」
キリトが、死んだ魚のような目で呟いた。
「同感だよ……」
隣を歩くディアベルも、珍しく肩を落としている。
迷宮区探索は順調だった。
順調だったからこそ、疲労が溜まっている。
罠を調べ、モンスターを倒し、マッピングを進め、帰還する。
今日もそれを一日中繰り返していた。
「今日はもう、宿に戻って寝よう……」
「ああ……」
そんな二人の前に――。
明かりが見えた。
「……ん?」
キリトが顔を上げる。
街灯。
一つではない。
湖畔へ続く道の左右に等間隔で明かりが灯り、その向こうにはいくつもの建物が並んでいる。
宿。
食堂。
工房。
商店。
厩舎。
さらに奥には牧場らしき柵まで見える。
「…………」
キリトの口が開いた。
「…………」
ディアベルも止まった。
アスナが目を丸くする。
「え……?」
エギルが額に手を当てる。
「おいおい……」
キバオウが叫んだ。
「なんやこれぇ!?」
数日前まで、ここはほとんど何もない草原だった。
それが今では――。
完全に一つの《村》になっている。
そして入口には、巨大な木製看板。
《ほっこり休憩村》
「…………」
キリトはしばらく看板を見上げ――。
「俺たちが迷宮区にいる間に……」
震える指で村を指した。
「村が生えてる……」
「生えたんじゃないよ、キリト君」
声がした。
一同が見る。
そこには――。
妙に立派な温泉宿の主人風衣装を着た、こっこ。
その左右には、給仕役の衣装に身を包んだリズとシリカ。
三人が満面の笑顔で並んでいた。
こっこは両手を大きく広げる。
「攻略組の皆様! お疲れさまでーす!」
リズも営業スマイル全開。
「いらっしゃいませー♥」
シリカも続く。
「お食事、お宿は《ほっこり休憩村》へどうぞー♥」
「…………」
攻略組、呆然。
こっこは構わず営業を続ける。
「本日は第一期完成記念! 攻略組の皆様は――」
びしっ!
「宿泊、入浴、お食事――半額ですよー!」
「商売するんかい!」
キバオウのツッコミが夜空に響いた。
「もちろん✨️」
「そこは無料ちゃうんか!」
「建設費六億コルなんですよ!?」
「知らんわ!」
さらに、こっこは村の一角を指差した。
「そしてさらに!」
そこには新築の食堂。
入口には真新しい暖簾が掛かっている。
《こっこ亭》
「僕のお店もオープンしました! こっこ亭にも来てね✨️」
「自分の店まで作っとるやないか!」
そんなやり取りを横目に、アスナは村を見回していた。
「す、凄い……」
建物だけではない。
道は整地され、街灯が並び、宿泊施設の裏には浴場らしき建物まである。
「ほんの数日空けていただけなのに……こんな大規模な施設が……」
「アスナさん」
「はい?」
こっこが、ニヤリと笑った。
「温泉……」
一拍。
「掘り当てましたよ✨️」
アスナの目が輝いた。
「温泉♥」
「源泉掛け流しです✨️」
「こっこさん✨️」
「頑張りました ️」
がしっ!
固い握手。
「女湯には露天風呂もあります!」
「素晴らしいです✨️」
「サウナも計画中です!」
「絶対作ってください✨️」
その横でキリトがぼそっと呟く。
「アスナの攻略意欲より温泉への食いつきの方が凄い……」
「何か言った?」
「何も言ってません」
◇ ◇ ◇
そして。
「おい!」
こっこ亭の前で、キバオウが固まった。
「なんです?」
「このメニュー……」
ぷるぷる震える指が、一つの文字を指す。
《豚骨ラーメン》
「ラーメンがあるやんけ!!」
「何!?」
エギルが飛んできた。
「マジか!」
「はい✨️」
こっこは胸を張る。
「ただ、まだ醤油の再現に成功してないので、今のところ豚骨味だけですが 」
キバオウは即答した。
「行く!」
「はい?」
「こっこ! すぐ準備せえ!」
「まいどありー♪」
「俺もだ!」
「エギルさん一名追加ー!」
「私も食べてみたいです」
「アスナさん追加ー!」
攻略組が、次々とこっこ亭へ吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇
その頃。
紅玉宮
「!!!!!!」
茅場晶彦が突然モニターへ身を乗り出した。
隣にいた凛子がびくっとする。
「な、何よ!?」
「ラーメン……」
「え?」
「ラーメンだと!?」
「また興奮して……」
「作ったのか!?」
茅場がモニターを凝視する。
「この世界で……再現できたのか!」
拳を握る。
「ラーメンを!!」
「晶彦、ちょっと落ち着いて 」
「いや、凛子! これは重要だ! 食文化の進化だぞ!」
「攻略状況より興奮してない?」
「ラーメンだぞ!?」
「知らないわよ!」
◇ ◇ ◇
こうして《ほっこり休憩村》の初日は大盛況となった。
温泉は満員。
宿泊施設も満室。
こっこ亭では豚骨ラーメンが飛ぶように売れ――。
「お待たせしましたー!」
どん!
キリトとディアベルの前にも、大きな丼が置かれた。
白濁した豚骨スープ。
麺。
チャーシュー。
刻みネギ。
そして――。
山盛りのニンニク。
「疲労回復にはこれですよ✨️」
「おお……」
「美味しそうだね」
二人は箸を取った。
ずるるっ!
次の瞬間。
「ぶほっ!!」
二人同時に噴いた。
「え?」
こっこが目を丸くする。
キリトとディアベルの顔が引きつっていた。
「ニ……」
「ニ?」
「ニンニクを入れるなああああああああ!! 」
「ええっ!?」
二人の頭上にダメージエフェクトじみた演出が見えるほどの勢いだった。
「あ」
こっこは手を叩いた。
「吸血鬼はニンニク駄目だったね 」
「忘れてたのか!!」
「疲れてると思って、いっぱい入れちゃった」
こっこは自分の頭をコツンと叩く。
「テヘペロ♪」
「…………」
キリトが立ち上がった。
ディアベルも立ち上がった。
「キリト君」
「ああ」
「僕は左肩を担当する」
「じゃあ俺は右肩だ」
こっこの顔が引きつる。
「……え?」
ディアベルの口元から、ちらりと牙が覗いた。
「逃がさないよ」
キリトも牙を見せる。
「噛んでやる!」
「ちょっ!? 待って! ここ圏内! 話し合おう!?」
「問答無用!」
「行くよ、キリト君!」
「おう!」
「ぎゃああああああああす!! 」
夜の《ほっこり休憩村》に、主人の悲鳴が響き渡った。
リズはそれを眺めながらラーメンを啜る。
「自業自得ね」
「ですね 」
シリカも頷く。
ずるずる。
「……でも、このラーメン美味しいですね」
「でしょ?」
「替え玉ありますか?」
「あるわよ」
「ください♥」
「はーい♥」
「助けてええええ!! 」
――《ほっこり休憩村》。
攻略に疲れた者たちを癒やすために作られた、新たな拠点。
温泉があり。
食事があり。
柔らかなベッドがあり。
職人たちが集い、NPCとプレイヤーが技術を交換する。
そして時々、宿の主人が吸血鬼二人に襲われる。
そんな少々騒がしい村が――。
フリーベン郊外に、誕生した。