エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
ほっこり休憩村が完成してから、しばらく経った。
当初、この場所は攻略組の休養施設として作られたものだった。
宿泊施設。
食堂。
大浴場。
工房。
倉庫。
牧場。
畑。
そして、湖畔に作られた船着場。
攻略組が迷宮区から帰還した際、装備を修理し、食事を取り、風呂に入り、そのまま眠れる。
ただ、それだけの目的だった。
――少なくとも、こっこはそのつもりだった。
しかし。
人が集まれば、仕事が生まれる。
仕事が生まれれば、さらに人が集まる。
その循環は、こっこの想像を遥かに超える速度で回り始めていた。
「鍛冶を勉強したいんです!」
「エンジニアの人達なら、生産職でも食べていけるって聞いて!」
「下層より給料がいいって本当ですか?」
「牧場の求人ってまだあります?」
「宿屋で働きたいんですけど!」
下層から、次々とプレイヤーが上がってくる。
攻略を目的としているわけではない。
彼らが求めているのは――。
技術。
仕事。
そして、安全な生活だった。
エンジニア集団が持つ高度なクラフト技術。
NPC職人との共同開発。
物流網。
農業。
牧畜。
飲食。
宿泊。
装備修理。
プレイヤー達の口コミによって、《ほっこり休憩村》の名前は瞬く間に広がっていった。
そして――。
シンカー「…………二千?」
ユリエール「二千です。」
シンカーは帳簿から顔を上げた。
シンカー「エンジニアの所属人数が?」
ユリエール「二千人を超えました。」
シンカー「…………。」
ユリエール「…………。」
二人は、窓の外を見る。
そこには、以前までただの草原だったとは思えない光景が広がっていた。
荷車が行き交い。
牧場では家畜が鳴き。
工房からは金属を叩く音が響く。
湖には小舟が浮かび、船着場では荷物の積み降ろしが行われている。
さらに――。
シンカー「……僕たち、攻略組を支援する組織だったよね?」
ユリエール「そのはずです。」
シンカー「なんで町を運営してるの?」
ユリエール「知りません。」
即答だった。
ユリエールは頭を抱える。
ユリエール「600Mコルを承認した時点で、ある程度は覚悟していましたけど……。」
シンカー「ある程度の範囲を完全に超えてるよね?」
ユリエール「超えてます。」
だが、異変はそれだけではなかった。
ある日のこと。
シリカが食堂の前を歩いていると――。
NPC「いらっしゃいませー!」
シリカ「…………?」
立ち止まった。
見覚えのない少女だった。
エプロン姿で、料理を運んでいる。
シリカ「リズさん。」
リズ「ん?」
シリカ「あの人……プレイヤーじゃないですよね?」
リズがカーソルを確認する。
リズ「……NPCね。」
シリカ「ですよね。」
二人は顔を見合わせた。
NPC「こちら、ステーキセットになります!」
プレイヤー「ありがとう。」
NPC「ごゆっくりどうぞ!」
ごく自然に働いている。
さらに宿泊施設にもNPCの従業員。
牧場にもNPC。
畑にもNPC。
船着場にもNPC。
そして村の外れでは――。
トンッ。
トンッ。
トンッ。
NPC職人達が、新しい住宅を建築していた。
リズ「…………。」
シリカ「…………。」
リズ「ちょっと待って。」
シリカ「はい。」
リズ「なんでNPCの家まで建ってんの?」
シリカ「……住むんじゃないですか?」
リズ「誰が許可したのよ!?」
その頃。
こっこは牧場の柵を確認しながら歩いていた。
こっこ「ここの柵、もうちょっと補強したほうがいいかなぁ。」
ふと顔を上げる。
NPCの子供達が走っている。
NPC「待てー!」
NPC「きゃははは!」
こっこ「 」
今度は反対側。
NPCの女性が洗濯物を干している。
こっこ「 」
さらに向こう。
NPC商人が露店を出している。
こっこ「…………。」
首を傾げた。
こっこ「なんか……色んな人が増えてる。」
その瞬間だった。
――ピコン♪
こっこの目の前に、青いシステムウインドーが出現する。
こっこ「ん?」
そこには――。
見たこともないメッセージが表示されていた。
《地域人口・居住施設・生産施設・交易施設が規定値に到達しました》
《フリーベン郊外に新規居住区域を確認》
《地域名称を住民呼称より自動取得》
《フリーベン郊外――》
《ほっこり休憩村を認定しました》
こっこ「…………。」
数秒。
こっこ「…………マジ!?」
リズ「こっこぉぉぉぉ!!」
遠くから全力疾走してくる。
こっこ「な、なに!?」
リズ「大変よ!」
その後ろからシリカも走ってくる。
リズ「NPCがここを《ほっこり休憩村》って認識してる!」
こっこ「うん。」
リズ「え?」
こっこ「今、ウインドー出てきた。」
リズ「は?」
こっこはシステムウインドーを指差す。
こっこ「ここ……フリーベンの郊外区じゃなくて、正式に《ほっこり休憩村》としてシステムに認識されたみたい 」
リズ「システムにそんな機能あるの!?」
シリカ「プレイヤーが町を作れるゲームでしたっけ!?」
そこへ。
アルゴ「にしししっ♪」
いつの間にか情報屋が立っていた。
リズ「あ、アルゴ!」
アルゴはウインドーを興味深そうに眺める。
アルゴ「こりゃ面白いことになったナ。」
こっこ「アルゴ、これ知ってた?」
アルゴ「知らないヨ。」
こっこ「え?」
アルゴ「ベータテストでも、こんなことやった奴はいないからネ。」
リズ「……じゃあ何で起きたのよ。」
アルゴ「たぶん――」
アルゴは周囲を見る。
宿。
食堂。
工房。
牧場。
畑。
倉庫。
船着場。
住宅。
そして、その中で生活するプレイヤーとNPC達。
アルゴ「条件を満たしちまったんだろうナ。」
こっこ「条件?」
アルゴ「人口、生産、物流、居住施設……そういうデータをカーディナルが見て――」
ニヤッ。
アルゴ「『ここ、もう村じゃネ?』って判断したんじゃないカ?」
こっこ「そんな適当な 」
リズ「いや、どう見ても村でしょ。」
シリカ「村ですね。」
こっこ「休憩所だよ!?」
リズ「NPC住んでるじゃない。」
こっこ「…………。」
シリカ「家もあります。」
こっこ「…………。」
アルゴ「牧場もあるナ。」
こっこ「…………。」
リズ「畑。」
シリカ「宿屋。」
アルゴ「船着場。」
リズ「商店。」
シリカ「工房。」
三人「…………。」
こっこ「……村だね。」
リズ「今気付いたの!?」
そして――現実世界。
茅場晶彦は、モニターを凝視していた。
茅場「…………。」
画面には。
《NEW AREA REGISTRATION》
《HOKKORI REST VILLAGE》
茅場「…………。」
隣で凛子がコーヒーを飲んでいる。
凛子「どうしたの?」
茅場「作ってない。」
凛子「何を?」
茅場「こんな村は作ってない。」
凛子「……また、こっこさん?」
茅場「また、こっこだ 」
茅場はログを高速で確認する。
不正アクセス――なし。
GM権限使用――なし。
マップ改竄――なし。
外部コード――なし。
カーディナルのエラー――。
茅場「…………ない。」
凛子「じゃあ正常動作じゃない。」
茅場「正常ではない 」
凛子「エラーじゃないんでしょ?」
茅場「エラーではない! だが想定もしていない!」
凛子「じゃあ仕様ね。」
茅場「仕様ではない 」
凛子「正常動作なんでしょ?」
茅場「正常動作だ!」
凛子「じゃあ仕様じゃない。」
茅場「ぐぬぬぬぬ…… 」
画面では、カーディナルが淡々と処理を続けていた。
NPC人口増加。
NPC職業割当。
交易ルート再計算。
周辺NPCの行動パターン更新。
フリーベンから《ほっこり休憩村》へのNPC移住判定。
さらに――。
《定期交易ルート候補を検出》
《対岸地域との水上交易経路を計算中》
茅場「…………。」
凛子「晶彦?」
茅場の頬が引きつる。
茅場「待て。」
凛子「なに?」
茅場「村だけではない。」
茅場は湖の対岸を見る。
そこには――森エルフの首都。
そして、ほっこり休憩村には既に船着場が存在する。
茅場「カーディナルが……交易圏まで作ろうとしている。」
凛子「あら✨️」
茅場「『あら✨️』じゃない!」
ログがさらに流れる。
《NPC経済圏再計算》
《新規交易需要を検出》
《船舶需要上昇》
《物流職NPC需要上昇》
《宿泊需要上昇》
茅場「やめろ!」
もちろん、カーディナルは止まらない。
茅場「作ってない 」
ログが流れる。
茅場「想定してない 」
さらに流れる。
茅場「勝手に発展するな 」
そして画面の中では――。
こっこ「おおっ!船着場にNPCの商人が来てる!✨️」
リズ「ちょっと!また何か始める気!?」
こっこ「対岸のエルフさん達と交易できないかな? ✨️」
茅場「やるなぁぁぁぁぁ!! 」
凛子「無理よ。」
茅場「何がだ!」
凛子は笑いながらコーヒーを口にする。
凛子「もうあの人が作ってるんじゃないもの。」
茅場「……何?」
凛子は画面の中で暮らすNPC達を指差した。
凛子「住民が、自分達で村を作り始めてる。」
茅場「…………。」
その言葉に、茅場は黙った。
プレイヤーが施設を作った。
そこにNPCが働きに来た。
NPCが住み始めた。
住民が増えたから、さらに仕事が生まれた。
商人が来た。
物流が生まれた。
そしてカーディナルは、それらすべてを一つの社会として認識した。
もはや――。
一人のプレイヤーが作った施設ではない。
そこには確かに、小さな《町》が生まれようとしていた。
茅場「…………。」
ほんの一瞬。
ゲームデザイナーとしての興味が、怒りを上回る。
茅場「……どこまで発展するんだ、これは。」
凛子「見てればいいじゃない。」
茅場「…………。」
そして。
画面の中。
こっこ「よーし!せっかく正式な村になったんだから――」
リズ「待て。」
こっこ「まだ何も言ってないよ!?」
リズ「その顔は絶対ろくでもないこと考えてる!」
シリカ「私もそう思います 」
こっこ「ひどい 」
アルゴ「で、村長サン。次は何するんダ?」
こっこ「村長!?」
――ピコン♪
四人の前に、新しいウインドーが開いた。
《ほっこり休憩村》
《代表管理者候補――こっこ》
こっこ「…………。」
リズ「…………。」
シリカ「…………。」
アルゴ「…………にししっ♪」
こっこ「ちょっと待ってぇぇぇぇ!? 」
そして紅玉宮では・・・
茅場「やめろぉぉぉぉぉ!! 」
噂というものは、攻略情報よりも速く広がることがある。
第8層だけではない。
転移門を通じて、第7層、第6層――さらにはもっと下の層にまで、その話は伝わっていた。
「聞いたか? エンジニア代表のこっこ、とうとう村まで作ってシステムに認識されたそうだぜ」
「おいおい、マジかよ。ここは《シム◯ティ》じゃないぜ」
「しかも建設費、600Mコルだってよ」
「六億!?」
「そんなに金あるならゲーム攻略しろよ! まだ8層だぞ!」
「いや、でもまだ8層だろ? この先どれだけかかるか分からないんだ。ぼちぼちやるためにも娯楽は必要じゃないか?」
「俺は賛成だな。飯もまともだし、風呂もあるし、宿も安い。下の層から移住してきた奴もいるらしいぜ」
「エンジニア連中、儲けすぎじゃね?」
「でも装備修理とか素材加工とか、世話になってる奴も多いだろ」
「攻略組だけがSAOやってるわけじゃないしな」
「でも六億だぞ、六億!」
「だから何回言うんだよ」
そんな賛否が、アインクラッド中を飛び交っていた。
そして――。
その話題の中心人物はというと。
フリーベン郊外。
システムから正式に《ほっこり休憩村》として認定された村の管理棟で、収支報告のウインドウを眺めていた。
宿泊施設。
食堂。
農場。
牧場。
鍛冶・裁縫・修繕。
NPC職人との共同工房。
プレイヤー向けの長期滞在施設。
そして、湖畔の船着場。
まだ稼働していない施設も多い。
それでも、利用者数は予想を大きく上回っていた。
こっこ「うひょー! 600Mコル使ったけど、このペースだったらすぐに元取れるよ✨️」
椅子をくるっと回転させながら、こっこは満面の笑みを浮かべた。
リズ「ちゃんと還元しなさいよ 」
こっこ「 」
机の反対側から、リズがじろりと睨んでいた。
シリカも珍しく真面目な顔で頷く。
シリカ「そうですよ。中層ゾーンの支援も頑張らないと、私たち単なる成り金ですよ」
ピナ「きゅるー♪」
こっこの膝の上にいたピナまで同意するように鳴いた。
こっこ「ピナまで!? 」
リズ「そもそも、六億コル突っ込んで村を作るプレイヤーなんて普通いないのよ」
こっこ「でもさ」
こっこは窓の外を見る。
夜の《ほっこり休憩村》。
街灯が道を照らし、食堂からは暖かな光が漏れている。
仕事を終えたエンジニアたちが食事を取り、攻略帰りのプレイヤーが風呂へ向かう。
牧場ではNPCが最後の見回りをしている。
遠くからは笑い声さえ聞こえてきた。
ここだけ見れば――。
命を賭けたデスゲームの中だということを、一瞬だけ忘れてしまいそうだった。
こっこ「殺伐としたゲームより、こういうスローライフもいいでしょ」
リズ「……まあね」
リズも窓の外を見る。
否定はしなかった。
シリカ「私、この村好きですよ」
こっこ「でしょ✨️」
シリカ「でも」
にっこり。
シリカ「攻略もしてくださいね?」
こっこ「はい 」
リズ「村が大きくなればなるほど、反感を持つ人だって出てくるんだからね。『そんな金があるなら攻略に使え』って言う人も絶対いるわよ」
こっこ「うん」
今度は、少しだけ真面目に答えた。
こっこ自身、それは分かっていた。
エンジニアは2000人を超えた。
巨大な資金を動かし、NPCとの取引まで始まり、この世界の中で無視できない存在になりつつある。
だからこそ――。
自分たちだけが豊かになるわけにはいかない。
こっこ「中層支援も続けるよ。修理拠点とか、安い宿泊所とか……下の層でも必要な物はあるだろうし」
シリカ「はい!」
リズ「それならいいわ」
こっこ「それに攻略も――」
大きく伸びをする。
こっこ「明日からは、またちゃんと攻略に……」
リズ「うん」
シリカ「頑張りましょう!」
こっこ「……ぐーっ 」
リズ「…………」
シリカ「…………」
返事がない。
二人が振り返る。
こっこはソファーに横になっていた。
いつの間に移動したのかすら分からない。
しかも――。
ピナを両腕で抱きしめたまま。
こっこ「……むにゃ……船着場……交易……牧場もう一個……」
リズ「寝ながら事業拡大するな 」
ピナ「きゅる…… 」
シリカ「あ、ピナまで寝ちゃいました」
リズ「まったく……」
呆れながら近づいたリズだったが、ふと足を止めた。
昼間は思いついたら即行動。
六億コルを動かし、2000人を超える組織を引っ張り、NPC相手にまで交渉する。
放っておけば何を始めるか分からない男。
なのに。
眠っている顔だけを見ると――。
リズ「……この人、寝てるときは妙に幼い顔してるわね」
シリカも覗き込む。
シリカ「……ほんとですね」
少し笑った。
シリカ「ちょっと、可愛く見えました」
リズ「起きてるときとの差がひどいのよ」
こっこ「ぐー…… 」
ピナ「きゅぅ…… 」
シリカは収納からシーツを取り出した。
二人と一匹を起こさないよう、そっと掛ける。
リズは照明の設定ウインドウを開いた。
部屋の明かりがゆっくりと落ちていく。
退出する直前。
シリカがもう一度振り返った。
村を作った男と。
その腕の中で丸くなって眠る、小さなフェザーリドラ。
窓の向こうには、二人が作ったわけでも、システムが最初から用意したわけでもない――。
プレイヤーとNPCが一緒になって作り上げた村の灯りが広がっている。
シリカ「おやすみなさい、こっこさん」
リズ「明日は本当に攻略するのよ」
扉が静かに閉まった。
――翌朝。
こっこ「よく寝たー!✨️ よし、今日は攻略だ!」
ピナ「きゅるー♪」
こっこ「その前に牧場の拡張案だけシンカーに――」
バンッ!!
扉が開いた。
リズ「攻略するって言ったでしょうがあああ!! 」
こっこ「ぎゃーす!! 」
シリカ「やっぱりこうなりましたね…… 」
《ほっこり休憩村》。
今日も平和である。
たぶん。