エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
「来るぞ!」
ボスが剣を引く。
ギズメルの瞳が、その動きを追った。
「右腕を引いた後、正面ではない! 左後方への薙ぎ払いだ!」
「全員、右へ退避!」
ディアベルが即座に号令を飛ばす。
「タンク隊、三秒だけ受けろ!」
「おおおおおっ!!」
シヴァタを中心とした盾持ちが前へ出る。
轟音。
巨大な剣が盾列を薙いだ。
何人ものHPが一気に削られる。
だが――崩れない。
「今だ!」
キリトとアスナが左右から飛び出した。
「はあああっ!」
アスナの細剣が閃く。
キリトの剣が、その反対側からボスの脚を斬りつける。
その間にも、取り巻きのエルフが弓を構えた。
「させるかい!」
こっこがクロスボウを構える。
矢が飛び、エルフの射撃を妨害した。
「シリカちゃん! 残り二体!」
「はい! ピナ!」
「きゅるるるるっ!」
ピナが大きく羽ばたく。
白い霧が戦場を包んだ。
視界を奪われ、エルフの弓があらぬ方向へ放たれる。
その霧の中から――。
「もらったぁっ!」
リズベットが飛び出した。
メイスがエルフの胴体へ直撃する。
ガァァン!!
一体がポリゴン片へ砕け散った。
「最後の一体や!」
キバオウが飛び込む。
「おらぁぁぁっ!!」
《Jagged Breaker》が振り抜かれた。
最後のエルフが吹き飛び、床へ叩きつけられる。
そこへエギルの大斧。
「終わりだ!」
轟音とともに、最後の取り巻きも消滅した。
残ったのは――。
フロアボス、一体。
「よし!」
ディアベルが剣を掲げる。
「総攻撃だ! 第8層を終わらせるぞ!」
「おおおおおおおっ!!」
攻略組が一斉に駆け出した。
◇
ボスのHPゲージ。
最後の一本。
その色が、ついに黄色から赤へ変わった。
――瞬間。
「グォォォォォォォォッ!!」
咆哮。
「来るぞ!」
ギズメルが叫ぶ。
ボスの身体から赤黒いエフェクトが噴き上がった。
発狂状態。
攻撃速度が跳ね上がる。
剣。
爪。
麻痺ブレス。
それまでとは比較にならない猛攻が攻略組を襲った。
「ぐっ!」
ランスロットが弾き飛ばされる。
「ランスロット!」
ギズメルが庇う。
そのギズメルにも剣が迫る。
「危ない!」
アスナが割り込んだ。
細剣で軌道を逸らす。
だが衝撃までは殺せない。
「きゃっ!」
アスナまで吹き飛ばされた。
「アスナ!」
キリトが走る。
その瞬間。
ボスが再び息を吸った。
「まずい、麻痺ブレスだ!」
こっこが叫ぶ。
紫色の瘴気が戦場を覆った。
ペンダントの加護があるとはいえ、完全に防げるわけではない。
攻略組の動きが、一斉に鈍った。
「くそっ……!」
クラインも刀を床へ突き立てる。
まだだ。
まだ動けない。
目の前では、キリトたちが必死にボスを押さえている。
(これが……攻略組かよ)
クラインは歯を食いしばった。
今日、初めて参加した。
今まで話には聞いていた。
最前線。
ボス攻略。
攻略組。
だが――実際に立ってみれば、想像とはまるで違った。
誰か一人が強いから勝てるわけではない。
盾役が攻撃を受け。
情報を持つ者が敵を見抜き。
誰かが回復し。
誰かが敵を止め。
そして、その数秒を使って別の誰かが攻撃する。
全員が、次の一人のために道を作っている。
「クライン!!」
突然、自分の名前が響いた。
「へ!?」
ディアベルだった。
「前へ!」
クラインは目を見開く。
「俺ぇ!?」
「君だ!」
「いやいやいや! 俺、今日初参加だぞ!?」
「関係ない!」
ディアベルが笑った。
「今ここにいるなら――君も攻略組だ!」
「……!」
クラインの手に力が戻る。
そのとき。
「クライン!」
キリトが叫んだ。
「来い!!」
「……ったく!」
クラインは刀を構えた。
「あとで文句言うからな、キリトォ!!」
走る。
そこへ、こっこの声まで飛んできた。
「行けえええっ!! ラーメン食っただろ!!」
「関係あるかあああああっ!!」
それでも走る。
ボスがクラインへ気づいた。
巨大な剣が持ち上がる。
振り下ろされる。
「クライン、止まるな!!」
ガギィィィン!!
横から飛び込んだキリトが、その剣を弾いた。
完全には防げない。
だが――。
軌道が逸れた。
「今だ!」
アスナが走る。
「はああああっ!!」
閃光のような連撃。
ギズメルが反対側から斬り込む。
「ここだ!」
さらにランスロット。
「これで――!」
三方向からの攻撃。
ボスの巨体が、わずかに仰け反った。
HPが減る。
赤いゲージ。
あと少し。
だが――まだ残っている。
クラインの刀が光った。
ソードスキルのライトエフェクト。
「う……」
足が止まりかける。
これを外したら。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。
その背中に――。
「行け、クライン!」
キリトの声。
「決めてください!」
アスナ。
「行ったれや!!」
キバオウ。
「クライン!」
ディアベル。
そして――。
「いっけええええええ!!」
こっこ。
「うるせええええええええ!!」
クラインが床を蹴った。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
刀のソードスキル。
一直線。
クラインはボスの懐へ飛び込んだ。
刀が――。
振り抜かれる。
ズバァァァァァン!!
巨大な身体を、赤い閃光が駆け抜けた。
「…………」
一瞬。
何も起こらない。
クラインは刀を振り抜いた姿勢のまま、固まった。
「……え?」
ボスの身体に。
一本。
青い亀裂が走った。
それが二本。
三本。
無数に増えていく。
そして――。
パァァァァァァァァン!!
巨大な身体が、青いポリゴン片となって爆散した。
静寂。
その中央に、クラインだけが立っている。
やがて。
空中に巨大な文字が浮かんだ。
《CONGRATULATIONS》
「…………」
クラインは刀を持ったまま振り返った。
「……俺?」
誰も答えない。
「俺が……倒した?」
キリトが笑った。
「ああ」
ディアベルも剣を下ろす。
「第8層攻略、おめでとう――クライン」
「…………マジ?」
ぽんっ。
クラインの前にウインドウが開いた。
《LAST ATTACK BONUS》
「…………」
クラインの目が見開かれる。
「マジかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「初参加でLA取ったあああああ!? 」
こっこも叫ぶ。
「なんでや!!」
キバオウが床を叩いた。
「ワイ今日めっちゃ殴ったやろ!!」
「ははははは!」
エギルの豪快な笑い声が響いた。
アスナも口元を押さえて笑う。
「おめでとうございます、クラインさん」
「いや、待て待て待て! 攻略組って毎回こんなんなのか!?」
「違う」
キリトが即答した。
「え?」
「毎回こんなんじゃない」
「でもラーメンは毎回あります✨」
「そこを基準に攻略組へ勧誘するな!」
「うるせえぞ、こっこ!」
戦いが終わったボス部屋に、笑い声が広がっていった。
◇
そして。
クラインはLA報酬を確認する。
《Forest Kagura》
森を思わせる深緑の鞘。
エルフの意匠を思わせる装飾が施された片刃刀。
突出した攻撃力を持つ武器ではない。
しかし――状態異常への耐性補正を持っていた。
「おおお……」
クラインの目が輝く。
装備する。
刀を抜く。
軽く振る。
「どうよ、キリト!」
「うん。似合ってるよ」
「だろぉ!?」
クラインは満面の笑みを浮かべた。
そこへ。
こっこが近寄ってくる。
「ちょっと貸して」
「ん?」
「分解して構造見たい✨」
「絶対嫌だよ!!」
クラインは刀を抱えて後ずさった。
「初対面の人間がLA武器分解しようとすんな!!」
「壊さないよぉ」
「信用できるか!」
リズが呆れた顔をする。
「クライン。正解よ」
シリカもうんうんと頷く。
「こっこさんに渡しちゃダメです」
「お前、仲間からどういう扱いされてんだよ!?」
クラインは思った。
なるほど。
この男が――。
噂に聞いていた《こっこ》なのか。
◇
戦闘後の回復を終え、一行はボス部屋の奥に開いた通路へ向かった。
ここから先は第9層。
フロアボスを倒した者たちが、自分たちの足で次の層へ踏み込む。
「よーし! 第9層行くぞ!」
クラインが先ほど手に入れたばかりの刀を腰に差し、上機嫌で声を上げた。
「初参加でLA取った奴が一番元気だな」
キリトが苦笑する。
「当たり前だろ! 今日は俺の攻略組デビュー記念日だぜ!」
「ラーメン代、まだもらってないよ✨」
「金取るのかよ!?」
「商売ですから」
「そこだけ急に現実的だな、お前!」
笑い声が響く。
そのまま皆が奥の通路へ進もうとしたとき――。
「ギズメルさん、ランスロットさんも行こう」
こっこが二人を振り返った。
だが。
ギズメルとランスロットは、その場から動かなかった。
「……どうしたの?」
シリカが首を傾げる。
ギズメルは、ボス部屋の奥へ続く通路を見つめた。
「我々は、そこを通ることができない」
「え?」
こっこが振り返る。
「なんで?」
「そこは人のために開かれた道だ」
ランスロットが静かに説明する。
「我々エルフには、通行を許されていません」
「そんな……」
シリカが残念そうな顔をする。
「じゃあ、ここでお別れですか?」
「いや」
ギズメルが答えた。
「目的地が違うわけではない」
そう言うと――。
彼女は腰のポーチへ手を入れた。
「……ん?」
キリトの目が止まった。
ギズメルが取り出した物。
それは。
青く透き通った、小さな結晶だった。
「…………え?」
キリトの表情が固まる。
ランスロットも同じ物を取り出した。
こっこが覗き込む。
「綺麗な石だね」
「石じゃない!」
キリトが食いついた。
「それ……転移結晶じゃないか!?」
「知っているのか?」
ギズメルが聞く。
「知ってるも何も……!」
キリトは結晶を凝視する。
「転移結晶は、もっと上の層まで行かないとまともに手に入らないアイテムだぞ!」
「え?」
アスナも驚いて結晶を見る。
「じゃあ、今の私たちには……」
「ああ。まだ入手できないはずだ」
「マジ!?」
クラインまで覗き込んだ。
「さすがエルフ、俺たちよりも先に行ってるなあ。」
「ふふっ、直にあなた方も手に入れるだろう。」
ギズメルがクラインに微笑む。
「本当ですか?これがあったら緊急脱出ができますね!」
ランスロットが苦笑する。
「我々にとっては、それほど珍しい物ではありません」
「珍しくない!?」
今度はキリトが声を裏返した。
「ちょっと待って。それ、どこで手に入れたんだ!?」
「古くから伝わる物だ」
ギズメルは当然のように答える。
「我々の民が作った物もある」
「作った!?」
キリトの声がさらに大きくなる。
「エルフは転移結晶を作れるのか!?」
だが――。
ギズメルの表情が少し曇った。
「……今は違う」
「え?」
「魔法を失ってから、新たに作ることはできなくなった。残っている物を大切に使っているだけだ」
その言葉に。
こっこが反応した。
「…………」
古い転移結晶。
失われた魔法。
今は作れない。
ならば――。
もし魔法が復活したら?
「なるほどねぇ……」
こっこが小さく呟いた。
「こっこさん?」
シリカが見る。
「ううん。なんでもないよ」
ニコニコしている。
リズは嫌な予感がした。
「……あんた、今また何か考えたでしょ」
「なんにも✨」
「その顔の時は絶対なんかあるのよ」
ギズメルが結晶を掲げる。
「では、我々は別の道で向かう」
ランスロットも結晶を握った。
「皆さん。今日は共に戦えたことを誇りに思います」
ディアベルが微笑む。
「こちらこそ。二人がいなければ、被害はもっと大きかった」
「また会おう、ギズメル」
キリトが言った。
ギズメルも小さく笑う。
「ああ。またな、キリト」
ランスロットは、こっこたちへ一礼した。
「次にお会いするときには、秘鍵についても話を進めましょう」
「うん!」
こっこが手を振る。
「じゃあ、またね!」
二人は結晶を高く掲げた。
そして――。
「転移!」
パァァァァ……。
青い光が二人を包む。
「…………!」
クラインが口を開けたまま見ている。
光の粒子となって。
ギズメルとランスロットは――。
攻略組の目の前から消えた。
静寂。
「……すげえ」
クラインが呟いた。
だが。
一人だけ反応が違った。
「…………」
キリトは二人が消えた場所を凝視している。
「どうしたの、キリト君?」
「いや……」
キリトは頭を掻いた。
「本当に転移結晶だった……」
「だからそう言ってたじゃん」
「そういう意味じゃない!」
キリトはこっこへ振り返る。
「あれ、本当にもっと上層のアイテムなんだぞ!? それを8層のNPCが普通に持ってて、しかも昔は作れたって……」
こっこはニッコリ笑う。
「面白くなってきたね✨」
「お前、その顔やめろ」
「なんで?」
「絶対ろくでもないこと考えてるから」
「失礼な!」
リズが即座に答えた。
「キリトの言う通りよ」
「ぎゃーす 」
「ははははは!」
再び笑い声が上がった。
「さあ!」
ディアベルが奥の通路を指す。
「僕たちは僕たちの道で第9層へ行こう!」
「おおおおお!!」
攻略組は歩き始める。
転移するのではない。
自分たちが切り開いた道を。
自分たちの足で。
一歩ずつ。
第9層へ――。
◇
長い階段を抜け。
光が見えた。
先頭を歩いていたクラインが駆け出す。
「おおおおおお!!」
視界が開ける。
新しい空。
新しい大地。
そして――。
第9層。
「着いたああああ!!」
攻略組から歓声が上がった。
「第9層だ!」
「やったぞ!」
「攻略成功や!」
「初参加でここまで来ちまったぜ!」
クラインが両手を広げる。
「最高じゃねえか、攻略組!」
「だから毎回こうじゃないって」
キリトが苦笑した。
「クライン」
「ん?」
キリトが笑う。
「ようこそ、最前線へ」
クラインは一瞬だけ黙った。
そして。
ニッと笑う。
「おう!」
ピナがシリカの肩から飛び上がる。
「きゅるるるー♪」
「よーし! 祝勝会だ!」
「さっきラーメン食ったやろ!」
「ボス戦で腹減ったんだよ!」
「肉焼くよー✨」
「おお! こっこ、今日は俺のおごりだ!」
「LA取ったからって調子乗っとるんちゃうぞ!」
「キバオウ、僻むなって!」
「誰が僻んどるんや!!」
「わははははは!」
ワイワイ。
ガヤガヤ。
新しい層へ到達した喜び。
初参加でLAを取ったクラインを囲み。
皆が笑いながら歩いていく。
第9層。
新しい冒険の始まりだった。
◇
――その頃。
第8層迷宮区。
「うおおおおおおおおおお!!」
一人の男が走っていた。
サタンである。
「待ってろおおおお!!」
モンスターを蹴り飛ばす。
「邪魔だあああ!!」
一体倒す。
また湧く。
「またかよ!!」
倒す。
走る。
また倒す。
「ぜぇ……ぜぇ……!」
ようやく。
遠くに巨大な扉が見えた。
ボス部屋。
「見えた!!」
サタンの顔が輝いた。
「みんな!!」
最後の力を振り絞る。
走る。
走る。
走る。
「またせたなああああああ!!」
バァン!!
勢いよく扉を開いた。
「…………」
ヒュウゥゥゥ……。
誰もいない。
「…………」
サタンは右を見る。
誰もいない。
左を見る。
誰もいない。
「…………あれ?」
ボスもいない。
取り巻きもいない。
ポリゴン片すら残っていない。
静か。
ものすごく静か。
「…………」
サタンは視界の端を見る。
《第8層――攻略済》
「…………」
目を擦る。
もう一度見る。
《第8層――攻略済》
「…………うそだろ?」
返事はない。
サタンの膝から力が抜けた。
ガクッ。
「…………」
そして。
「遅かったああああああああああああああ!! 」
誰もいないボス部屋に。
男の絶叫だけが響き渡った。
◇
一方。
第9層。
「かんぱーい!!」
「攻略お疲れさーん!」
「クライン、LAおめでとう!」
「おう!!」
「肉焼けたよー!」
「こっちにもくれ!」
「ピナちゃんの分もありますよ!」
「きゅるー♪」
「わははははは!!」
第8層。
「みんなあああああああ!! 」
第9層。
「クライン、もう一杯いけるか!?」
「おうよ!!」
「わははははは!!」
第8層。
「置いてくなあああああ!! 」
――こうして。
第8層攻略は、無事終了した。
なお一名。
攻略終了に間に合わなかった。