エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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89 待ち合わせ場所の確認をしておきましょう

第九層――《ヒマラズ》。

 

転移門を抜けた瞬間、吹きつけてきたのは冷たい風だった。

 

「寒いっ!!」

 

リズが両腕を抱えて、ぶるっと身体を震わせる。

 

「前の層では、あんなに穏やかな木々の街だったのに……」

 

シリカも首をすくめながら周囲を見渡した。

 

第八層とは、何もかもが違う。

 

見上げれば、空を突き刺すような灰色の山々。

街の周囲には背の高い木などほとんどなく、岩肌と短い草が目立つ。

 

空気は冷たい。

それなのに――日差しだけは妙に強かった。

 

「おいおいおい……寂しい街だな」

 

新たに攻略組へ加わったクラインが、ぽかんと口を開ける。

 

建物は石造りが中心。

屋根は低く、強風を避けるためなのか、道も建物の間を縫うように造られている。

 

こっこは、その光景をじっと眺めた。

 

「ここが……エルフイベントの最後の街か……」

 

六層から続いてきた長いエルフたちとの物語。

 

そして、この第九層のどこかに――。

 

失われた魔法に関係する《祭壇》が存在する。

 

その手掛かりを求めて、ついにここまで来たのだ。

 

……ただし。

 

そんな壮大な話をぶち壊す物体が、街の入口に二つ並んでいた。

 

棺桶である。

 

しかも、やたら出来がいい。

 

こっこは片方の棺桶を、

 

コンコン。

 

と軽く叩いた。

 

「キリトくーん」

 

「…………」

 

「ディアベルさーん」

 

「…………」

 

もう一度。

 

コンコン。

 

「ここ、木がほとんどないし標高も高いから寒いけど、太陽光がすごく強いんだよ。だから昼間は絶対に出ちゃ駄目だよ」

 

棺桶の中から、ほぼ同時に声が返ってきた。

 

「わかってるよ 」

 

「わかっています 」

 

現在、二人は吸血鬼の眷属。

 

日光は洒落にならない。

 

そのため昼間の移動では、こっこ謹製の遮光棺桶が必需品となっていた。

 

「じゃあ私はキリト君を引っ張っていくから……」

 

アスナがキリト入りの棺桶に取りつけられたロープを掴む。

 

ズルズルズルズル……。

 

石畳の上を、黒い棺桶が引きずられていく。

 

「…………」

 

リズが、その光景をなんともいえない表情で見送った。

 

「……なんか不憫ね、あの子」

 

「リズさん……」

 

シリカも否定できない。

 

攻略組でも屈指の実力者。

 

黒髪の剣士。

 

数々の強敵と渡り合ってきたトッププレイヤー。

 

現在――彼女に棺桶ごと引きずられている。

 

「アスナさーん」

 

こっこが呼び止める。

 

「なに?」

 

「ここ、斜面が多いからさ。キリト君と一緒に探索するなら、夜になってからの方がいいよ」

 

アスナは周囲の急な坂道を見る。

 

それから自分が引っ張っている棺桶を見る。

 

「……そうね」

 

ズルズル……。

 

「じゃあ先に、お買い物してくるわ」

 

「はーい」

 

ズルズルズルズル……。

 

アスナと棺桶が街の中へ消えていく。

 

その後ろ姿を見ながら、こっこがぽつり。

 

「……なんか、いいなあ。キリト君」

 

「どこが!?」

 

リズが即座に突っ込んだ。

 

「だってアスナさんにずっと引っ張ってもらえるんだよ?」

 

「棺桶でね!?」

 

「愛を感じる✨️」

 

「罰ゲームよ!!」

 

その横では――。

 

「ほな行くで、ディアベル!」

 

「キバオウさん、もう少し丁寧にお願いします!」

 

ズルズルズルズル――!!

 

「揺れています! すごく揺れていますから!!」

 

「棺桶なんやから頑丈やろ!」

 

「中身は私です!!」

 

もう一つの棺桶が、キバオウによって豪快に運ばれていく。

 

クラインはしばらくその光景を見つめていた。

 

「……なあ」

 

「なに?」

 

「攻略組って、いつもこんなんなのか?」

 

こっこは胸を張った。

 

「だいたいこんな感じ✨️」

 

「嘘つけ 」

 

リズのツッコミが飛んだ。

 

シリカは苦笑しながら、ピナを抱き上げる。

 

「でも、まずは目的を果たさないとですね」

 

「きゅるっ♪」

 

こっこも表情を切り替えた。

 

「うん」

 

この第九層には、祭壇がある。

 

そして壊れてしまった最後の秘鍵を修復するためには、ドワーフの力が必要になる可能性が高い。

 

だが――。

 

これまで登ってきた7つの層で、ドワーフについての明確な情報はほとんど得られなかった。

 

頼れるのは、エルフ側から得たわずかな情報だけ。

 

ならば。

 

まず会うべき人物は決まっている。

 

「よし!」

 

こっこは拳を上げた。

 

「早速、ランスロットさんに会いに行こう!」

 

「おー!」

 

「おー!」

 

リズとシリカも拳を上げる。

 

「きゅるー!」

 

ピナまで翼を上げた。

 

こうして三人と一匹は、ヒマラズの街を出発した。

 

目的は――。

 

長きにわたったエルフイベント、その最後の謎。

 

《失われた魔法》。

 

そして。

 

まだ姿すら見せていない――《ドワーフ》。

 

物語はいよいよ、その核心へと向かい始める。

 

――その、一時間後。

 

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 

ヒマラズの街へ続く8層ボス部屋の先

 

そこを、とんでもない勢いで駆け上がってくる巨漢がいた。

 

「待ってくれぇぇぇぇ!!」

 

サタンである。

 

老師との長い修行を終え。

 

鬼との死闘を越え。

 

新たな力を身につけ。

 

ようやく仲間たちの後を追って第八層のボス部屋に到着したと思ったら――。

 

誰もいなかった、ボス討伐の後で間に合わなかった。

 

そして、全力で追いかけてきたのである。

 

ついにヒマラズが見てた。

 

「着いた……!」

 

サタンの顔が輝く。

 

「今度こそ追いついたぞ!!」

 

街へ飛び込む。

 

左右を見る。

 

「こっこ!」

 

返事なし。

 

「リズ!」

 

返事なし。

 

「シリカ!」

 

返事なし。

 

「キリトォォォ!!」

 

返事なし。

 

近くにいたプレイヤーが振り返った。

 

「ああ、あの人たちなら――」

 

サタンの顔が明るくなる。

 

「どこだ!?」

 

「一時間くらい前に出ていったぞ」

 

「…………」

 

風が吹いた。

 

ヒュウウウウウ――。

 

高山地帯の冷たい風が、サタンの頬を撫でていく。

 

「…………」

 

がくり。

 

巨体が、その場に膝をついた。

 

「また……」

 

両拳を石畳につく。

 

「また遅かったぁぁぁぁぁぁ!! 」

 

ヒマラズの山々に、男の絶叫が響き渡った。

 

しかしサタンは知らない。

 

こっこ達が向かった先もまた――険しい山道であることを。

 

そして数分後。

 

「こっこぉぉぉぉぉ!! 」

 

第九層の山道を、泣きながら全力疾走する男の姿があった。

 

「待ってくれぇぇぇぇぇ!! 」

 

その頃。

 

遥か前方。

 

こっこが、ふと振り返った。

 

「……ん?」

 

リズが首を傾げる。

 

「どうしたの?」

 

「いや……」

 

こっこは耳を澄ませた。

 

遠くから何か聞こえたような気がする。

 

「……気のせいかな?」

 

「早く行くわよ」

 

「はーい✨️」

 

三人は再び歩き出した。

 

その遥か後方から――。

 

「気のせいじゃねぇぇぇぇぇぇ!! 」

 

サタンの叫びだけが、雪山に虚しくこだましていた。

 

 

 

ランスロットとギズメルが、それに気づいたのは――二人が第九層へ転移して、しばらく経ってからだった。

 

「…………」

 

「…………」

 

二人は同時に顔を上げた。

 

「「しまった!」」

 

ランスロットが青ざめる。

 

「第九層の注意事項を伝えるのを忘れていた!」

 

ギズメルも目を見開いた。

 

「高地では、人間たちはまともに動けぬというのに……!」

 

二人は慌ててヒマラズへと向かった。

 

◇ ◇ ◇

 

その頃――。

 

昼間でも行動に支障のないこっこ、リズ、シリカの三人は、キリトとアスナより一足先にヒマラズを出立していた。

 

目指すのは東。

 

森エルフの野営地である。

 

標高の高い山岳地帯。

 

木々はまばらで、視界を遮るものはほとんどない。

 

空は抜けるように青く、陽射しは思った以上に強い。

 

「寒いのに日差しは強いって、変な感じね」

 

リズが目を細める。

 

「山って、こういうものなんでしょうか?」

 

シリカの肩では、ピナが「きゅる」と鳴いた。

 

こっこは周囲を見回しながら歩いていたが――。

 

ピコン。

 

突然、視界の端に見慣れないアイコンが表示された。

 

山のような形をした、小さなステータスアイコン。

 

「ん?」

 

三人が足を止める。

 

リズがウインドウを開いた。

 

「なにこれ?」

 

「さあ?」

 

シリカも首を傾げる。

 

こっこは自分のステータスを確認する。

 

「デバフ……かな? その割には、何も変化がないけど……」

 

HPに異常なし。

 

能力値にも、目立った低下はない。

 

「まあ、何かあったら――」

 

ゴゴゴゴゴ……。

 

こっこが言い終えるより先に、地面が震えた。

 

三人が振り向く。

 

岩だらけの斜面。

 

その一つが――動いた。

 

ゴゴ……ゴゴゴ……!

 

巨大な岩石がゆっくりと持ち上がり、太い腕と脚を形成していく。

 

頭部らしき岩の奥で、二つの光が灯った。

 

カーソルが表示される。

 

《Stone Anima》

 

通称――《岩魂》。

 

「出た!」

 

リズがメイスを構える。

 

こっこは相手の全身を見て、即座に判断した。

 

「固そう! リズ主体で行こう!」

 

「まかせて!」

 

リズが地面を蹴る。

 

王家の墓で手に入れた《Leaper》の跳躍補正が発動。

 

「せぇぇぇ――のっ!!」

 

通常では届かない高さまで一気に跳び上がる。

 

そのまま巨大なメイスを振りかぶった。

 

「《アースシェイカー》!!」

 

ズガァァァァン!!

 

Stone Animaの頭部にメイスが直撃。

 

岩石の身体に亀裂が走る。

 

次の瞬間――。

 

バギィィン!!

 

巨体が粉々に砕け散った。

 

「やりぃ!」

 

着地したリズがガッツポーズを取る。

 

「リズさん、すご――」

 

シリカの表情が固まった。

 

「……まだです!」

 

「え?」

 

「いっぱいいますっ!!」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 

周囲の岩場が一斉に動き始めていた。

 

一体。

 

二体。

 

三体。

 

いや――。

 

「多っ!?」

 

斜面のあちこちからStone Animaが姿を現す。

 

それだけではない。

 

身体を丸めたStone Animaが――。

 

ゴロゴロゴロゴロ!!

 

斜面を転がりながらこちらへ向かってきた。

 

こっこの顔色が変わる。

 

「まずい! 一匹叩いたら周囲の同種がまとめてヘイトを受けるタイプだ!」

 

「先に言ってよ!」

 

「今わかったんだよ!」

 

「来ます!」

 

リズが再び前へ出る。

 

「おりゃあああ!!」

 

ドガン!

 

一体。

 

「まだぁ!」

 

バギン!

 

二体。

 

「これで――!」

 

ズガァァン!!

 

三体目を粉砕する。

 

だが――。

 

「はぁ……はぁ……」

 

リズの呼吸が明らかに荒くなっていた。

 

「リズ?」

 

「なに……これ……」

 

リズの視界に警告が表示される。

 

先ほどまで意味のわからなかった山型のアイコンが点滅していた。

 

「身体……重っ……」

 

ふらり。

 

「リズ!」

 

こっこが咄嗟に駆け寄り、倒れかけたリズを抱き留める。

 

「シリカ! ピナのブレス!」

 

「はい! ピナ!」

 

シリカが肩を見る。

 

「ヒーリングブレスを――」

 

そこで言葉が止まった。

 

「……ピナ?」

 

「きゅ……る……」

 

いつもなら元気よく飛び上がるはずのピナが、翼を数回動かしただけで力なくシリカの肩へ落ちてきた。

 

「ピナ!?」

 

シリカが慌てて抱き留める。

 

「どうしたの!? ピナ!」

 

「きゅぅ……」

 

ピナも明らかに消耗している。

 

こっこは周囲を見た。

 

ゴロゴロゴロゴロ――!

 

Stone Animaが次々と集まってくる。

 

「まずい……」

 

敵が強いんじゃない。

 

こっちが、まともに戦えなくなっている。

 

「一時退却する!」

 

「でも……!」

 

シリカが周囲を見回した。

 

正面。

 

右。

 

後方。

 

岩魂たちが包囲を狭めている。

 

こっこは素早く敵の配置を見る。

 

「シリカ! そっちがまだ包囲が甘い! 走って!」

 

「はい!」

 

シリカがピナを抱えて走り出す。

 

こっこもリズを支えながら続く。

 

ゴロゴロゴロゴロ!!

 

背後からStone Animaが迫る。

 

「速っ!」

 

転がる岩の速度は、走るプレイヤーより速い。

 

しかも、こちらは徐々に身体が重くなっている。

 

こっこの視界にも警告が表示された。

 

「くっ……!」

 

呼吸が苦しい。

 

脚が上がらない。

 

だが、足を止めるわけにはいかない。

 

「何か……何か……!」

 

こっこは走りながらストレージを開く。

 

指だけは止まらない。

 

長年の癖で染みついたブラインドタッチでアイテム一覧を流していく。

 

武器じゃない。

 

爆発物でもない。

 

足止めできればいい。

 

「――これ!」

 

実体化したのは、大きな瓶。

 

リズが息を切らしながら目を向けた。

 

「なに……それ……」

 

「粘着液!」

 

「なんでそんな物持ってるのよ……!」

 

「こういう時のため!」

 

「こういう時っていつよ!」

 

「今!」

 

封を開ける。

 

「そぉい!!」

 

バシャアアッ!!

 

こっこは背後へ大量の粘着液を散布した。

 

そこへStone Animaが突っ込んでくる。

 

ゴロゴロゴロ――。

 

ゴロ……ゴロ……。

 

ゴ……。

 

岩の身体に粘着液がまとわりつき、回転速度が目に見えて落ちた。

 

Stone Animaが立ち上がろうとするが、脚にも粘着液が絡みつく。

 

「効いた!」

 

「もう一発!」

 

二本目を実体化。

 

今度は逃走経路の狭い場所へ大量に撒く。

 

「走って!」

 

三人は必死に駆けた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

シリカにもデバフが入る。

 

「こっこ……さん……足が……!」

 

「止まらないで!」

 

こっこ自身も同じだった。

 

心臓が激しく脈打つ。

 

呼吸している。

 

なのに――息が足りない。

 

脚に力が入らない。

 

それでも三人は走った。

 

やがて――。

 

Stone Animaの姿が見えなくなった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

安全圏まで逃げ込んだところで、三人はその場に崩れ落ちた。

 

「はっ……はっ……はっ……!」

 

こっこは地面に手をつく。

 

「息が……」

 

肺いっぱいに空気を吸い込んでも、苦しさが消えない。

 

そこでようやく、視界に表示され続ける山型のアイコンを見る。

 

「……これが……高山ステータスか……」

 

シリカもピナを抱えたまま座り込んだ。

 

「そう……みたい、ですね……。はぁ……はぁ……。ピナまで影響を受けてます……」

 

「きゅぅ……」

 

リズは大の字になって空を見上げていた。

 

「敵より……こっちの方が……厄介じゃない……」

 

「完全に初見殺しだよ……」

 

「どうします?」

 

しばらく誰も答えなかった。

 

やがてリズが身体を起こす。

 

「……一度、街に戻りましょう」

 

「うん」

 

「たぶん、私たちだけじゃないわ。同じ目に遭ったプレイヤーがいるはずよ。街で情報を集めれば、何か対策がわかるかも」

 

こっこも頷いた。

 

「賛成……。これは対策なしで進んじゃ駄目なやつだ」

 

こうして――。

 

第九層攻略開始早々。

 

三人は高山地帯の洗礼をたっぷりと浴び、苦い撤退を余儀なくされたのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

そして――。

 

その頃。

 

ヒマラズ南部。

 

さらに標高の高い雪山地帯では。

 

ヒュオオオオオオオ――!!

 

吹雪の中。

 

一人の男が歩いていた。

 

「おーーーい!!」

 

返事はない。

 

「こっこーーー!!」

 

ヒュオオオオオ――!

 

「キリトーーー!!」

 

ヒュオオオオオ――!

 

「アスナーーー!!」

 

ヒュオオオオオ――!

 

「リズーーー!! シリカーーー!!」

 

雪山は無情にも、彼の声を飲み込んでいく。

 

「みんなぁぁぁ!! どこだぁぁぁぁ!! 」

 

サタンは知らなかった。

 

みんなが向かったのは――東。

 

彼が進んでいるのは――南。

 

そして何より。

 

第九層には、高山地帯特有のバッドステータスが存在することを。

 

ピコン。

 

サタンの視界に山型のアイコンが表示された。

 

「ん?」

 

サタンはそれを眺める。

 

「なんだ、これ?」

 

数秒考えて――。

 

「まあいいか!」

 

よくなかった。

 

ヒュオオオオオオオ――!!

 

「おーーーい!!」

 

雪原に、サタンの悲痛な声だけが響き渡る。

 

「みんなぁぁぁ!!」

 

返事はない。

 

「待ってくれぇぇぇぇぇ!! 」

 

――第九層。

 

サタン。

 

攻略組との合流以前に――。

 

遭難中。

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