エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
トールバーナの広場には、第一層の攻略を目指して集まったプレイヤーたちが集結していた。
デスゲームの開始から、約一ヶ月。
多くの犠牲を払いながらも前進を続けてきた者たちが、ついに第一層迷宮区の最上階――フロアボスの部屋を発見したのである。
広場の中央に立った青髪の青年、ディアベルは、集まったプレイヤーたちを見渡した。
「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!」
よく通る声だった。
自らを《騎士》と称するディアベルは、翌日に予定されているボス攻略について説明を始めた。
こっこは少し後方に座り、黙ってその話に耳を傾けていた。
普段なら、これほど多くの人が集まっているのを見れば、
――露店を出したら儲かるのではないか?
などという余計な考えが頭をよぎるところだ。
実際、今日もアルゴに注意されるまで、似たようなことを考えていた。
しかし、今だけは違う。
明日は、この世界で初めてのフロアボス攻略戦である。
失敗すれば――人が死ぬ。
こっこはディアベルの説明を聞きながら、自分なりに情報を整理していた。
敵の数。
役割分担。
交代のタイミング。
取り巻きへの対処。
集団で戦う以上、一人が勝手に動けば、それだけ周囲を危険にさらすことになる。
(なるほど……適切に指揮を執る人が必要なんだな)
仕事でも、大人数で行う装置の搬入や据え付けでは、役割や手順を曖昧にすると事故につながる。
そういう意味では、ディアベルの説明は理解しやすかった。
(若いのに、しっかりしているなあ)
感心していた――その時。
「ちょい待ってんか!」
広場の空気を切り裂くような声が響いた。
一人の男が立ち上がる。
《キバオウ》。
彼はディアベルの前まで進み出ると、集まったプレイヤーたちを睨みつけた。
話題は――元βテスター。
彼らが正式サービス開始直後から情報や効率のよい狩場を独占し、その結果として初心者たちが危険にさらされたのではないか、というものだった。
キバオウの言葉に、広場がざわつき始める。
こっこは何も言わなかった。
自分はβテスターではない。
そのため、当時の事情を知っているわけでもない。
ただ――。
この一ヶ月で、多くの人間が命を落とした。
その現実だけは知っている。
(誰かを責めたくなる気持ちも……理解できなくはないけど)
それで翌日の攻略が安全になるわけではない。
こっこが黙って成り行きを見守っていると、今度は大柄な黒人プレイヤーが立ち上がった。
エギルだった。
彼は配布されていた攻略情報を示しながら、βテスターが得た知識の多くは、すでに他のプレイヤーにも共有されていることを説明する。
感情に流されることなく、事実を一つずつ積み上げていく。
やがて、キバオウも矛を収めた。
広場を覆っていた緊張感のある空気が、少しずつ和らいでいった。
「ふう……」
こっこも小さく息を吐いた。
騒ぎにならなくてよかった。
ディアベルも気を取り直したように、攻略会議を再開した。
そして。
「それじゃあ次だ。攻略はパーティー単位で行動する! みんな、近くの人とパーティーを組んでくれ!」
「…………え?」
こっこの顔が固まった。
周囲のプレイヤーたちは、まるでその言葉を待っていたかのように、一斉に動き始めた。
「俺たち一緒に組もうぜ!」
「こっち、あと一人!」
「盾持ちはいる?」
「前衛二人、後衛――」
次々とパーティーが結成されていく。
こっこは座ったまま、右を見る。
すでにパーティーが成立している。
左を見る。
そちらも成立している。
後ろを見る。
知り合い同士で集まっている。
「えっ」
もう一度、右を見る。
「えっ!? 」
ここに来て、こっこは重大な事実に気がついた。
この一ヶ月。
自分は何をしていた?
肉を焼いた。
炭を作った。
クリームを求めて牛と戦った。
武器を修理した。
裁縫道具や金物を売った。
露店まで始めた。
攻略会議の直前まで肉を焼いていた。
その結果――。
「戦闘パーティーを組める知り合いが、まったくいない!! 」
致命的だった。
アルゴは情報屋として別行動を取っている。
広場に残った職人たちとも交流してきたが、その多くは前線で攻略に参加する者たちではない。
慌てて立ち上がった頃には、周囲のグループ分けはほとんど終わっていた。
「ちょ、ちょっと待って! 僕も! 僕も入れて――」
声をかけようとして、こっこは言葉を失った。
どのパーティーも、すでに人数が揃っている。
(まずい! 明日のボス戦、一人!?)
背筋が寒くなった。
そんなこっこの視界の端に――。
一人。
まだ誰とも組まず、堂々と腕を組んでいる男がいた。
筋骨隆々の体格。
自信に満ちあふれた表情。
そして、見覚えのある顔。
「…………」
男もこちらを見る。
「…………」
目が合った。
「おお! 貴様ではないか!」
「サタンさん……」
《ミスター・サタン》。
ゲーム開始初日、武器を使えとNPC商人に怒鳴られながら、ボアに素手で挑んでいた男である。インパクトがあったので後々アルゴに頼んで情報を手に入れた。
アルゴ「ただでもいいくらいだけど、沽券に触るからな!といってたった10コルで手に入れた・・・。」
こっこは周囲を見た。
もう一度、サタンを見る。
周囲を見る。
サタンを見る。
選択肢を探す。
ない。
「…………」
こっこの目に涙が浮かんだ。
「サタンさん……パーティー、組もう 」
「はーっはっはっはっ!! いいだろう! このサタン様と組めることを光栄に思うがいい!」
「お願いしますぅぅぅ 」
こっこは泣きながらパーティー申請を送った。
承認。
視界に《SATAN》のHPバーが追加される。
「…………」
嬉しい。
仲間ができた。
しかし、非常に不安だった。
「サタンさん」
「なんだ?」
「明日のボス戦では、武器を使う?」
「無論!」
「おおっ✨️」
「この肉体こそが最強の武器だ!!」
「そっちかぁぁぁ!! 」
こっこは頭を抱えた。
その騒ぎに、少し離れた場所にいた黒髪の少年がちらりとこちらを見た。
その隣には、深くフードを被った細身のプレイヤーがいる。
二人とも、まだパーティーを組んでいない。
こっこは気づいた。
「!」
黒髪の少年も気づいた。
「……!」
目が合う。
ほんの数秒。
沈黙。
こっこの頭の中で計算が始まった。
二人より四人。
四人なら、生存率はきっと上がる。
たぶん。
きっと。
「君たち!」
「え?」
こっこは二人のところへ駆け寄った。
「まだパーティーを組んでいないよね!? 一緒に組もう!」
「いや、俺は――」
「大丈夫! 僕は片手剣が使える!」
「……そうなのか」
「料理もできる!」
「…………」
「修理もできる!」
「…………」
「炭もある!」
「ボス戦で炭をどう使うんだよ」
「それはこれから考える!」
黒髪の少年――キリトの顔が引きつった。
フードの奥から、小さな声が漏れる。
「……ふっ」
「あっ、今笑った?」
「笑ってないわ」
少女の声だった。
こっこは構わず、二人にパーティー申請を送った。
「ほら! 四人なら心強いから!」
「ちょっと待て。なんで俺まで確定なんだよ」
「二人より四人の方が安全!」
「最大六人だぞ」
「じゃあ、あと二人探そう✨️」
「話がどんどん進んでる……」
キリトは周囲を見渡した。
すでに他の攻略組は、ほぼパーティーを固めている。
隣のフード姿の少女を見る。
少女も、わずかに肩をすくめた。
「……私は構わないわ」
「えっ」
「やったー!✨️」
「なんであんたが喜ぶのよ」
こうして、なし崩し的にパーティーが成立した。
こっこ。
サタン。
キリト。
そして――まだ名前すらまともに知らない、フード姿の少女。
四本のHPバーが視界に並ぶ。
こっこはそれを見て、感動したように頷いた。
「おお……僕にも戦闘パーティーができた✨️」
キリトが半眼になる。
「……あんた、本当にボス攻略に来たんだよな?」
「もちろん!」
こっこは胸を張った。
「ついさっきまで広場で商売をしようとしていたけど!」
「帰った方がいいんじゃないか?」
「ひどい 」
「心配する必要などない!」
サタンが割り込んだ。
「このサタン様がいる以上、ボスなど恐れるに足らん!」
キリトがサタンを見る。
「……この人、何使いなんだ?」
こっこは遠い目をした。
「僕も知りたい」
「はーっはっはっはっ!!」
再び、フードの奥から笑い声が漏れた。
今度はこっこも聞き逃さない。
「あっ! やっぱり笑った!」
「笑ってない」
「笑ったよね!?」
「笑ってないわ」
少女はぷいっと顔を逸らした。
まだ、この時の四人は知らなかった。
翌日に控えた第一層ボス攻略戦。
《イルファング・ザ・コボルドロード》との戦いで、この奇妙な即席パーティーが本当に同じ戦場に立つことを。
黒の片手剣使い、キリト。
フードをまとった細剣使い、アスナ。
料理とクラフトに寄り道し続け、妙に頑丈なアニールブレードを携えたこっこ。
そして――。
「明日は儂の必殺技を見せてやろう!」
素手のサタン。
「お願いだから普通に戦ってぇぇぇ!! 」
第一層攻略戦を前に。
後に《G班》となる、あまりにも統一感のない四人組が誕生したのだった。
攻略会議が終了し、広場にはなお熱気が残っていた。
ディアベルによって編成された攻略隊。その中で、半ば成り行きによって結成された四人組がある。
キリト。
フードを深く被った細剣使いの少女。
こっこ。
そして――ミスター・サタン。
あまりにも統一感のない四人だった。
「……」
キリトは改めて、自分の周囲にいる三人を見回した。
少女は無言。
こっこは何やら自分の装備品を確認している。
サタンは腕を組み、意味もなく堂々としている。
「はーっはっはっは! 安心せい! このミスター・サタンがいる以上、ボスなど恐るるに足らん!」
「……」
不安だ。
非常に不安である。
キリトはβテスターだ。
第一層ボス攻略において重要なのは、個人の強さだけではない。
パーティーメンバー同士の連携。
特に――《スイッチ》。
SAOの戦闘における、基本中の基本ともいえる技術だ。
さすがにボス戦へ突入する前に、そこだけは確認しておいたほうがいい。
そう判断したキリトは、三人へ声をかけた。
「ねえ」
三人が振り向く。
「君達、《スイッチ》の意味はわかる?」
「知らないわ」
少女が即答した。
「……え?」
キリトの表情が固まった。
いや。
まあ、いい。
彼女は見るからに初心者だ。
知らないこと自体はおかしくない。
教えれば済む話である。
キリトは気を取り直し、こっこを見る。
「こっこは?」
「スイッチ?」
こっこは少し考え――
「ああ、ゲーム?」
「……ゲーム?」
「うん。ゲーム機の名前とか?」
「違う」
キリトは即答した。
なぜSAOの中で、別のゲーム機の話をしなければならないのだ。
「じゃあ……電源スイッチ?」
「もっと違う!」
「ええっ!? じゃあ何!?」
「戦闘の話だよ!」
「戦闘でスイッチって言われても……」
こっこは首を傾げる。
キリトの額に、じわりと汗が浮かんだ。
二人目も駄目だった。
ならば――。
キリトは最後の希望を見る。
ミスター・サタン。
曲がりなりにも彼は、ここまで生き残ってきた攻略プレイヤーである。
さらに第一層では珍しく、自らの肉体を主体とした戦闘方法まで模索している。
もしかしたら、戦闘用語にも詳しいのではないか。
「サタンは?」
「スイッチか?」
サタンは顎に手を当てた。
そして自信満々に答えた。
「スイッチバックか?」
「…………」
キリトの目から光が消えた。
「違う……」
「では、鉄道の折り返し運転か?」
「なんでだよ!!」
キリトは頭を抱えた。
――まずい。
このパーティーは、想像以上にまずい。
細剣使いの少女は、スイッチそのものを知らない。
こっこはゲーム機か電源だと思っている。
サタンに至っては鉄道用語である。
「……大丈夫なの、このパーティー」
少女が冷静につぶやいた。
「俺が一番聞きたいよ……」
キリトは遠い目になった。
だが、このままボス戦へ連れていくわけにはいかない。
キリトは地面へ一本の線を描くように足を動かした。
「いい? 《スイッチ》っていうのは、前衛同士が交代しながら攻撃する連携なんだ」
三人がキリトを見る。
「例えば、俺が敵へソードスキルを使う」
キリトは剣を構えた。
「ソードスキルを撃った直後には、硬直時間がある。その隙を敵に狙われると危険だ。だから――」
一歩後ろへ下がる。
「俺が『スイッチ!』って言ったら、別の人が前へ出る」
そして再び剣を振る動作を見せた。
「敵の注意を引き継いで、そのまま攻撃する。前にいた人間は後ろへ下がって態勢を整える。それを繰り返せば、一人で戦い続けるより安全になる」
「なるほど!」
こっこの顔が輝いた。
キリトは少し安心する。
「わかった?」
「交代勤務だね!」
「なんで仕事に例えるんだよ!」
「だって同じじゃない? 一人でずっと対応していたら疲れるから、次の人に引き継いで――」
「理屈は合ってるけど!」
妙な理解の仕方ではある。
だが、理解しているなら問題ない。
キリトは次に少女を見る。
「あなたが攻撃したあと、私が前に出るのね」
「そう。それで合ってる」
「わかったわ」
早い。
キリトは感動すら覚えた。
普通だ。
話を聞いて、普通に理解してくれる人がいる。
「じゃあ最後に……サタン」
「うむ!」
「俺が攻撃する」
「うむ!」
「『スイッチ!』って言う」
「うむ!」
「そうしたら前に出て攻撃する」
「完璧に理解したぞ!」
キリトは胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「つまり儂が敵の注意を引きつけ――」
「うん」
「貴様が下がり――」
「うん」
「儂の必殺――」
嫌な予感がした。
サタンは拳を握りしめる。
「ダイナマイトキィィィック!!」
「剣を使えぇぇぇっ!!」
広場にキリトの絶叫が響き渡った。
周囲の攻略プレイヤーたちが、何事かと振り返る。
「なぜじゃ!?」
「なんで当然みたいな顔をしてるんだよ! ボス戦なんだぞ!」
「儂に武器など不要!」
「必要だよ!」
「この鍛え抜かれた肉体こそが最強の武器――」
「システム的な意味で武器を装備してくれ!!」
少女が無言で二人から少し距離を取った。
その隣で、こっこはうんうんと頷いている。
「でも、キリトの説明はよくわかったよ」
「本当?」
ようやく救いが現れた。
「僕はちゃんと剣を使うから安心して」
「……よかった」
キリトの肩から力が抜ける。
「左手で剣を使って、右手が空いているから、状況によって石を投げたり松明を使ったり――」
「ちょっと待って」
「ん?」
「なんで石が出てくるの?」
「便利だよ?」
「そういう問題じゃない!」
「狼にも効いたし」
「ボス戦で石を投げるつもりなの!?」
こっこは不思議そうな顔をした。
「効くなら使えばいいじゃないか」
「……」
キリトは反論しようとして――やめた。
理屈だけなら間違っていない。
間違っていないのが、かえって困る。
サタンが豪快に笑う。
「はーっはっはっは! 心配性な少年だ! 安心せい! 儂とこっこがおれば、どのような敵であろうと――」
「それが一番心配なんだよ!!」
「……私、このパーティーを抜けてもいい?」
少女がぽつりと言った。
「待って!」
キリトは反射的に彼女の方を向いた。
「お願いだから待って!」
「どうして?」
「君まで抜けたら――」
キリトは、こっことサタンを見る。
石を取り出して状態を確認している男。
その横では、ミスター・サタンがシャドーボクシングを始めている。
「俺一人でこの二人を見ることになるだろ!!」
「……」
少女も二人を見る。
そして――。
「……大変ね」
「他人事みたいに言うなよ!?」
こうして第一層ボス攻略戦を前にして、キリトは知った。
《スイッチ》を知らない初心者へ戦い方を教えることよりも。
すでに独自の戦い方を完成させつつある人間へ、標準的な戦い方を教えるほうが、はるかに難しいということを。
そして後に第一層攻略戦で、この四人は実際にスイッチを行うことになる。
もっとも――。
「スイッチ!」
キリトがそう叫んだ瞬間。
細剣が走るのか。
石が飛んでくるのか。
あるいはミスター・サタンが蹴り込んでくるのか。
現時点のキリトには――
まったく予想できなかった。