エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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94 ドワーフの下へ

救急天幕の中では、小さな火鉢が赤々と燃えていた。

 

厚い毛布にくるまれたサタンは簡易寝台に横たわり、まだ震えの残る両手を胸元に置いている。

 

こっこは鍋から湯気の立つスープを木椀によそい、匙ですくった。

 

「ほら、サタン。ゆっくり飲んで」

 

「……すまん」

 

いつもの豪快さはどこへやら。

サタンは差し出されたスープを一口ずつ飲み込んでいく。

 

肉と野菜を煮込んだ温かいスープが身体の中へ入るたび、青白かった顔に少しずつ血色が戻っていった。

 

シリカも心配そうに寝台の横から覗き込んでいる。

 

「よかった……。顔色、戻ってきましたね」

 

「きゅぅ……」

 

シリカの腕の中では、ピナも毛布に包まれて眠っていた。

この高山地帯はフェアリーリドラにも相当厳しいらしい。

 

やがて落ち着いたサタンは、老師との修行を終えた後、第八層へ向かったこと。

攻略に間に合わず、そのまま第九層へ上がってきたこと。

そして商人の話もろくに聞かず、こっこ達を探して山へ入ったことを話した。

 

当然――《酸素の葉》など持っていなかった。

 

吹雪の中では動かず、雪洞を掘って体力を回復する。

 

敵が現れれば、最小限の動きで迎撃。

 

攻撃される、その瞬間だけ《闘気》を爆発させる。

 

倒したモンスターから肉が出れば、それを焼いて食べる。

 

そしてまた吹雪が収まるまで待つ。

 

その繰り返しで、サタンはここまで山脈を越えてきたのだ。

 

話を聞き終えたランスロットは、しばらく言葉を失っていた。

 

「……酸素の葉なしで、それほどの戦いを……」

 

森エルフの騎士は、素直に脱帽していた。

 

「我々ですら、この地では酸素の葉を欠かすことはありません。それを使わず、戦闘を繰り返しながらここまで……」

 

サタンは毛布の中で首を振る。

 

「老師に言われたことをやっただけだ。力に抗わず、身を任せ、最小の力で最大の結果を出す……」

 

こっこは感心したように頷いた。

 

「すごいじゃないか、サタン」

 

「……だが死にかけた」

 

「最後で全部台無しじゃん」

 

「うるさい!」

 

少しだけ、いつものサタンが戻ってきた。

 

すると今度はサタンが尋ねた。

 

「そういうお前達は……なんでこんな場所にいるんだ?」

 

「ああ、それがね……」

 

こっこはこれまでの経緯を説明した。

 

エルフの秘鍵。

 

古文書に記されていた、失われた魔法。

 

そして――その復活に必要な存在。

 

「というわけで、俺達はドワーフを探しているんだ」

 

「ドワーフ……」

 

サタンの眉が、わずかに動いた。

 

こっこは気づかず話を続ける。

 

「でも、情報がまったくない。南の山脈まで調べたけど何も見つからなかった。下層まで戻って情報を集め直すか、もう一度別ルートで山に入るか……正直、手詰まりなんだ」

 

「ドワーフ……」

 

サタンは天幕の天井を見ながら呟いた。

 

何かが引っ掛かっている。

 

どこかで聞いた。

 

最近ではない。

 

もっと前だ。

 

老師と過ごした、あの山奥で――。

 

だが遭難直後の身体では頭がうまく回らない。

 

「ドワーフ……どこだったか……」

 

その横でリズが、ふと別のものに目を留めた。

 

「ねえ、サタン」

 

「……ん?」

 

「あんた、いい手甲してるわね」

 

サタンの両腕には、老師から餞別として渡された重厚な手甲が装備されている。

 

《鉄王の手甲》。

 

「ちょっと見せてよ」

 

「ああ……」

 

サタンはまだ考え込んでいる。

 

「ドワーフ……」

 

リズは手甲を受け取ると、職人用の鑑定ウインドウを開いた。

 

素材。

 

重量。

 

耐久値。

 

補正値。

 

製作者情報――。

 

「…………」

 

リズの目が止まった。

 

こっこはそんなことに気づかず、サタンの肩まで毛布を掛け直していた。

 

「サタン、まだ身体が弱ってるんだよ。今日はゆっくり休んで――」

 

「こっこ!!」

 

「はい!?」

 

あまりの声に、こっこが飛び上がった。

 

リズが血相を変えている。

 

「リズさん……!」

 

シリカが慌てて口元に指を立てた。

 

「ピナ、眠ってるんですから……!」

 

「ご、ごめん! でもこれ!!」

 

リズは手甲を指差した。

 

「この《鉄王の手甲》――」

 

全員がリズを見る。

 

「製作者情報が残ってる!」

 

リズの指が震えていた。

 

そして。

 

「これ――ドワーフ王が作ったものよ!!」

 

「なんだって!?」

 

こっことランスロットの声が重なった。

 

サタンだけが、

 

「ドワーフ……」

 

まだぼーっとしている。

 

ランスロットが寝台へ詰め寄った。

 

「サタン殿!」

 

「うおっ!?」

 

「この手甲はどこで手に入れられたのです!?」

 

「どこって……師匠から……」

 

「老師殿から!?」

 

その瞬間だった。

 

サタンの目が見開かれる。

 

「…………あ」

 

何かが――つながった。

 

「そうだ」

 

サタンがゆっくり身体を起こした。

 

「サタン?」

 

「この手甲を師匠からもらった時だ」

 

あの時。

 

別れ際。

 

老師は確かに言っていた。

 

――もし九層へ行くことがあれば。

 

――南の果てに、底なしと呼ばれる洞窟がある。

 

――そこには、わしの古い友人がいる。

 

「九層の南端……」

 

サタンが呟く。

 

全員が息を呑んだ。

 

「《底なしの洞窟》に、師匠の古い友人がいると言っていた」

 

沈黙。

 

ほんの一瞬だけだった。

 

こっこが立ち上がる。

 

「それだ!!」

 

リズも。

 

シリカも。

 

そしてランスロットも。

 

同じ答えへ辿り着く。

 

「その古い友人が――」

 

「「「ドワーフ王!?」」」

 

救急天幕が揺れるほどの大声だった。

 

「きゅい!?」

 

ピナが飛び起きた。

 

「わっ!? ピナ、ごめんね!」

 

シリカが慌てて抱きしめる。

 

だが、こっこにはもう何も見えていなかった。

 

「サターーーン!!」

 

「な、なんだ!?」

 

「お前は最高だよぉぉぉ!!」

 

感極まったこっこが、毛布ごとサタンへ抱きついた。

 

「サターン ♥」

 

「お、おい!」

 

遭難して冷え切った身体。

 

暖を取らなければならない。

 

確かにそう言われていた。

 

だが――。

 

サタンの顔が引きつった。

 

「こっこ……」

 

「サターン♥ 」

 

「なんだ! 温めるってそういう意味か!!」

 

「サターーーン♥」

 

「俺にそんな趣味はない!!」

 

「命の恩人だよぉぉぉ 」

 

「俺は何もしてない! 手甲と師匠だ!!」

 

「はなさないよぉぉぉ♥」

 

「くっ……はなせーーー!!」

 

「サターーーン!!」

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

救急天幕の外。

 

森エルフの兵士達が、何事かと顔を見合わせていた。

 

一人の兵士が、ランスロットに尋ねる。

 

「隊長……救助した人間は、大丈夫なのでしょうか?」

 

ランスロットは天幕の中を一度振り返った。

 

毛布にくるまったまま逃げようとするサタン。

 

泣きながらしがみつくこっこ。

 

それを引き剥がそうとするリズ。

 

寝起きで状況が分からず首を傾げるピナ。

 

そして顔を真っ赤にして謝り続けるシリカ。

 

「…………」

 

ランスロットは静かに天幕の幕を閉じた。

 

「身体の方は、もう大丈夫そうだ」

 

少なくとも――。

 

第九層攻略最大の手掛かりは、こうして見つかった。

 

南の果て。

 

《底なしの洞窟》。

 

そこに待つ、老師の古い友人。

 

失われた魔法を復活させるための最後の種族――。

 

ドワーフへの道が、ついに開いたのであった。

 

 

 

 

救急天幕の中。

 

暖房用の火鉢から、柔らかな熱が広がっていた。

 

厚手の毛布に包まれ、こっこ特製の温かいスープを何杯か飲み干した頃には、サタンの顔にもようやく血色が戻ってきていた。

 

サタン「……ふう。」

 

こっこ「どう? 頭、はっきりしてきた?」

 

サタン「ああ。だいぶな。」

 

リズ「本当に心配したんだからね。酸素の葉も持たずに、あんな山奥まで行くなんて。」

 

サタン「そんな物が必要だとは知らなかったんだ。」

 

シリカ「知らなかったで済ませられる場所じゃないですよぉ……。」

 

ピナ「きゅるぅ……。」

 

シリカの膝の上では、ピナまで呆れたように鳴いている。

 

ランスロットも腕を組み、改めて目の前の男を眺めていた。

 

《酸素の葉》なし。

 

十分な防寒装備もなし。

 

それで何日もの間、この第九層南方の高山地帯を生き延びていたのだ。

 

ランスロット「……改めて考えても信じ難い話だ。」

 

サタン「俺も途中から何が現実だったのか、よく覚えていない。」

 

こっこ「ん?」

 

サタンが、ふと眉を寄せた。

 

何かを思い出そうとしている。

 

サタン「そういえば……。」

 

こっこ「何かあった?」

 

サタン「洞窟を見た気がする。」

 

その一言で、こっこの表情が変わった。

 

ランスロット「洞窟?」

 

サタン「ああ。」

 

サタンはゆっくりと記憶を辿る。

 

サタン「吹雪が止んだ後だったと思う。山を越えて……さらに南へ行った。」

 

断片的な記憶。

 

白い山。

 

凍てつく風。

 

視界を遮る雪。

 

そして――。

 

サタン「馬鹿みたいにでかい穴が、山に開いていた。」

 

リズ「穴?」

 

サタン「洞窟だと思う。かなり大きかった。」

 

こっこ「どれくらい?」

 

サタン「分からん。」

 

こっこ「……。」

 

サタン「その頃には寒さと疲労で頭がまともに働いていなかった。夢だったかもしれん。」

 

ランスロット「……。」

 

サタン「現実だったのか、幻だったのか……俺にも自信がない。」

 

その言葉に、全員が黙り込む。

 

だが。

 

こっこ「いや。」

 

こっこはすぐにウインドーを開いた。

 

サタン「?」

 

こっこ「ここは現実じゃない。」

 

リズ「何言ってるの?」

 

こっこ「違う違う、そういう意味じゃなくて。」

 

こっこの指が高速でメニューを操作する。

 

こっこ「サタン。マップ開いて。」

 

サタン「マップ?」

 

こっこ「そう。」

 

サタンも言われるまま、自分のマップウインドーを開いた。

 

SAOでは、プレイヤーが実際に歩いた場所はマップデータとして記録される。

 

たとえ本人の記憶が曖昧でも――。

 

歩いたという事実までは消えない。

 

こっこ「これだ!」

 

サタンのマップには、不自然なほど南へ伸びた探索済み領域が残されていた。

 

リズ「うわ……。」

 

シリカ「こんなところまで行ってたんですか!?」

 

ランスロット「これは……我々の地図にも記録がない地域だ。」

 

こっこは自分のマップとサタンのマップを重ね合わせる。

 

さらにサタンの記憶を一つずつ確認していった。

 

こっこ「吹雪が止んだのは?」

 

サタン「たぶん……夕方だ。」

 

こっこ「その前にモンスターと戦った?」

 

サタン「ああ。肉を落とす奴を倒した。」

 

こっこ「その肉を焼いたのは?」

 

サタン「かまくらだ。」

 

こっこ「そこから洞窟を見るまで、どれくらい歩いた?」

 

サタン「……分からん。」

 

リズ「そこは分からないのね。」

 

こっこ「いや、十分。」

 

サタンの探索ルート。

 

戦闘した地点。

 

休息したと思われる場所。

 

そして時間帯による移動距離。

 

それらを一つずつ照合していく。

 

やがて――。

 

こっこ「……この辺だ。」

 

一点が浮かび上がった。

 

第九層南方。

 

これまで自分たちが探索した地域より、さらに奥。

 

山脈に挟まれた場所だった。

 

ランスロット「確証は?」

 

こっこ「ない。」

 

即答だった。

 

リズ「ないんかい!」

 

こっこ「でも、サタンが洞窟を見たという時間帯と移動ルートを考えると、この周辺の可能性が一番高い。」

 

サタン「……。」

 

こっこはサタンを見る。

 

こっこ「行ってみよう。」

 

サタン「俺も行く。」

 

リズ「身体は?」

 

サタン「もう動ける。」

 

ランスロット「私も同行しよう。」

 

こっこ「お願いします。」

 

ただし――。

 

前回と同じ失敗を繰り返すつもりはなかった。

 

こっこ「今回は装備を変える。」

 

◇

 

数時間後。

 

森エルフの野営地には、奇妙な道具が並んでいた。

 

保温性の高い布。

 

金属板。

 

炭。

 

携帯用の火床。

 

さらに、エンジニア達が組み上げた簡易暖房器具。

 

リズ「……また変な物作ってる。」

 

こっこ「変じゃないよ。命綱だよ。」

 

前回の探索で分かった。

 

問題は高山デバフだけではない。

 

長時間の探索では、寒さによる凍傷デバフが致命的になる。

 

ならば――。

 

こっこ「酸素の葉だけじゃ駄目。定期的に身体を温める場所を作りながら進む。」

 

携帯できる簡易暖房器具。

 

折り畳み式の防風布。

 

地面からの冷気を遮断する断熱材。

 

短時間で設営できる簡易天幕。

 

ランスロット「……野営地そのものを持ち運ぶつもりか。」

 

こっこ「それくらいやらないと無理です、この山。」

 

リズ「今回は珍しく慎重ね。」

 

こっこ「一回痛い目みたからね 」

 

シリカ「怒ってる……。」

 

さらに《酸素の葉》も十分な量を用意した。

 

そして――。

 

こっこ。

 

リズ。

 

シリカ。

 

ピナ。

 

ランスロット。

 

そしてサタン。

 

六人は、再び南方山岳地帯へと足を踏み入れた。

 

◇

 

探索は前回とは比較にならないほど安定していた。

 

高山デバフが出る前に《酸素の葉》を使用。

 

一定時間ごとに簡易天幕を設営。

 

暖房器具で身体を温め、凍傷デバフの蓄積を防ぐ。

 

サタンのマップデータを頼りに、一行はひたすら南へ進んでいった。

 

ランスロット「右だ。」

 

こっこ「了解。」

 

サタン「いや……。」

 

全員が振り返る。

 

サタンは周囲を見渡していた。

 

サタン「こっちだ。」

 

ランスロット「分かるのか?」

 

サタン「この岩……見覚えがある。」

 

雪の中から突き出した、奇妙にねじれた巨大な岩。

 

サタン「ここを通った。」

 

こっこ「よし。」

 

マップ上の推定ルートを微調整する。

 

そこからさらに数時間。

 

山を一つ越えた。

 

そして――。

 

シリカ「あ……。」

 

最初に気付いたのはシリカだった。

 

シリカ「こっこさん……!」

 

こっこ「ん?」

 

シリカが指差す。

 

吹雪の向こう。

 

巨大な岩壁がそびえている。

 

その中央に――。

 

黒い穴が開いていた。

 

こっこ「……。」

 

リズ「……でか。」

 

それは、洞窟などという言葉では足りないほど巨大だった。

 

山そのものが口を開けている。

 

そう錯覚するほどの大開口。

 

高さも幅も、これまで見てきた自然洞窟とは桁が違う。

 

その奥には光が届かない。

 

ただ――。

 

底知れぬ闇だけが続いている。

 

サタン「……ここだ。」

 

全員がサタンを見る。

 

サタン自身も、しばらく呆然としていた。

 

サタン「やっぱり……夢じゃなかったのか。」

 

ランスロットは洞窟を見上げる。

 

そして、小さく息を呑んだ。

 

ランスロット「南の果て……。」

 

こっこ「え?」

 

ランスロット「老師殿がサタン殿に伝えた言葉だ。」

 

サタンの表情が変わる。

 

――南の果てには、底なしの洞窟がある。

 

こっこはゆっくりと洞窟へ視線を戻した。

 

風が、巨大な開口部へ吸い込まれていく。

 

ゴォォォォォ……。

 

まるで地の底から何かが呼吸しているような、不気味な音。

 

そして――。

 

サタンの腕に装備された《鉄王の手甲》が。

 

ほんの僅かに。

 

――震えた。

 

サタン「……!」

 

こっこ「サタン?」

 

サタンは手甲を見つめる。

 

サタン「こいつが……反応している。」

 

ランスロット「ならば……。」

 

こっこも洞窟を見つめた。

 

ようやく。

 

本当にようやく。

 

何の手掛かりもなかったドワーフ探索に――。

 

一本の道が現れた。

 

こっこ「……見つけた。」

 

リズ「まだドワーフがいるって決まったわけじゃないわよ。」

 

こっこ「うん。」

 

シリカ「でも……。」

 

シリカは巨大な洞窟を見上げる。

 

シリカ「ここまで来て、何もないってことはないですよね。」

 

ピナ「きゅるっ!」

 

サタンが拳を握る。

 

《鉄王の手甲》が、再び微かに震えた。

 

その反応だけが――。

 

洞窟の奥に何かが存在することを、静かに告げていた。

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