エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
救急天幕の中では、小さな火鉢が赤々と燃えていた。
厚い毛布にくるまれたサタンは簡易寝台に横たわり、まだ震えの残る両手を胸元に置いている。
こっこは鍋から湯気の立つスープを木椀によそい、匙ですくった。
「ほら、サタン。ゆっくり飲んで」
「……すまん」
いつもの豪快さはどこへやら。
サタンは差し出されたスープを一口ずつ飲み込んでいく。
肉と野菜を煮込んだ温かいスープが身体の中へ入るたび、青白かった顔に少しずつ血色が戻っていった。
シリカも心配そうに寝台の横から覗き込んでいる。
「よかった……。顔色、戻ってきましたね」
「きゅぅ……」
シリカの腕の中では、ピナも毛布に包まれて眠っていた。
この高山地帯はフェアリーリドラにも相当厳しいらしい。
やがて落ち着いたサタンは、老師との修行を終えた後、第八層へ向かったこと。
攻略に間に合わず、そのまま第九層へ上がってきたこと。
そして商人の話もろくに聞かず、こっこ達を探して山へ入ったことを話した。
当然――《酸素の葉》など持っていなかった。
吹雪の中では動かず、雪洞を掘って体力を回復する。
敵が現れれば、最小限の動きで迎撃。
攻撃される、その瞬間だけ《闘気》を爆発させる。
倒したモンスターから肉が出れば、それを焼いて食べる。
そしてまた吹雪が収まるまで待つ。
その繰り返しで、サタンはここまで山脈を越えてきたのだ。
話を聞き終えたランスロットは、しばらく言葉を失っていた。
「……酸素の葉なしで、それほどの戦いを……」
森エルフの騎士は、素直に脱帽していた。
「我々ですら、この地では酸素の葉を欠かすことはありません。それを使わず、戦闘を繰り返しながらここまで……」
サタンは毛布の中で首を振る。
「老師に言われたことをやっただけだ。力に抗わず、身を任せ、最小の力で最大の結果を出す……」
こっこは感心したように頷いた。
「すごいじゃないか、サタン」
「……だが死にかけた」
「最後で全部台無しじゃん」
「うるさい!」
少しだけ、いつものサタンが戻ってきた。
すると今度はサタンが尋ねた。
「そういうお前達は……なんでこんな場所にいるんだ?」
「ああ、それがね……」
こっこはこれまでの経緯を説明した。
エルフの秘鍵。
古文書に記されていた、失われた魔法。
そして――その復活に必要な存在。
「というわけで、俺達はドワーフを探しているんだ」
「ドワーフ……」
サタンの眉が、わずかに動いた。
こっこは気づかず話を続ける。
「でも、情報がまったくない。南の山脈まで調べたけど何も見つからなかった。下層まで戻って情報を集め直すか、もう一度別ルートで山に入るか……正直、手詰まりなんだ」
「ドワーフ……」
サタンは天幕の天井を見ながら呟いた。
何かが引っ掛かっている。
どこかで聞いた。
最近ではない。
もっと前だ。
老師と過ごした、あの山奥で――。
だが遭難直後の身体では頭がうまく回らない。
「ドワーフ……どこだったか……」
その横でリズが、ふと別のものに目を留めた。
「ねえ、サタン」
「……ん?」
「あんた、いい手甲してるわね」
サタンの両腕には、老師から餞別として渡された重厚な手甲が装備されている。
《鉄王の手甲》。
「ちょっと見せてよ」
「ああ……」
サタンはまだ考え込んでいる。
「ドワーフ……」
リズは手甲を受け取ると、職人用の鑑定ウインドウを開いた。
素材。
重量。
耐久値。
補正値。
製作者情報――。
「…………」
リズの目が止まった。
こっこはそんなことに気づかず、サタンの肩まで毛布を掛け直していた。
「サタン、まだ身体が弱ってるんだよ。今日はゆっくり休んで――」
「こっこ!!」
「はい!?」
あまりの声に、こっこが飛び上がった。
リズが血相を変えている。
「リズさん……!」
シリカが慌てて口元に指を立てた。
「ピナ、眠ってるんですから……!」
「ご、ごめん! でもこれ!!」
リズは手甲を指差した。
「この《鉄王の手甲》――」
全員がリズを見る。
「製作者情報が残ってる!」
リズの指が震えていた。
そして。
「これ――ドワーフ王が作ったものよ!!」
「なんだって!?」
こっことランスロットの声が重なった。
サタンだけが、
「ドワーフ……」
まだぼーっとしている。
ランスロットが寝台へ詰め寄った。
「サタン殿!」
「うおっ!?」
「この手甲はどこで手に入れられたのです!?」
「どこって……師匠から……」
「老師殿から!?」
その瞬間だった。
サタンの目が見開かれる。
「…………あ」
何かが――つながった。
「そうだ」
サタンがゆっくり身体を起こした。
「サタン?」
「この手甲を師匠からもらった時だ」
あの時。
別れ際。
老師は確かに言っていた。
――もし九層へ行くことがあれば。
――南の果てに、底なしと呼ばれる洞窟がある。
――そこには、わしの古い友人がいる。
「九層の南端……」
サタンが呟く。
全員が息を呑んだ。
「《底なしの洞窟》に、師匠の古い友人がいると言っていた」
沈黙。
ほんの一瞬だけだった。
こっこが立ち上がる。
「それだ!!」
リズも。
シリカも。
そしてランスロットも。
同じ答えへ辿り着く。
「その古い友人が――」
「「「ドワーフ王!?」」」
救急天幕が揺れるほどの大声だった。
「きゅい!?」
ピナが飛び起きた。
「わっ!? ピナ、ごめんね!」
シリカが慌てて抱きしめる。
だが、こっこにはもう何も見えていなかった。
「サターーーン!!」
「な、なんだ!?」
「お前は最高だよぉぉぉ!!」
感極まったこっこが、毛布ごとサタンへ抱きついた。
「サターン ♥」
「お、おい!」
遭難して冷え切った身体。
暖を取らなければならない。
確かにそう言われていた。
だが――。
サタンの顔が引きつった。
「こっこ……」
「サターン♥ 」
「なんだ! 温めるってそういう意味か!!」
「サターーーン♥」
「俺にそんな趣味はない!!」
「命の恩人だよぉぉぉ 」
「俺は何もしてない! 手甲と師匠だ!!」
「はなさないよぉぉぉ♥」
「くっ……はなせーーー!!」
「サターーーン!!」
「やめろぉぉぉ!!」
救急天幕の外。
森エルフの兵士達が、何事かと顔を見合わせていた。
一人の兵士が、ランスロットに尋ねる。
「隊長……救助した人間は、大丈夫なのでしょうか?」
ランスロットは天幕の中を一度振り返った。
毛布にくるまったまま逃げようとするサタン。
泣きながらしがみつくこっこ。
それを引き剥がそうとするリズ。
寝起きで状況が分からず首を傾げるピナ。
そして顔を真っ赤にして謝り続けるシリカ。
「…………」
ランスロットは静かに天幕の幕を閉じた。
「身体の方は、もう大丈夫そうだ」
少なくとも――。
第九層攻略最大の手掛かりは、こうして見つかった。
南の果て。
《底なしの洞窟》。
そこに待つ、老師の古い友人。
失われた魔法を復活させるための最後の種族――。
ドワーフへの道が、ついに開いたのであった。
救急天幕の中。
暖房用の火鉢から、柔らかな熱が広がっていた。
厚手の毛布に包まれ、こっこ特製の温かいスープを何杯か飲み干した頃には、サタンの顔にもようやく血色が戻ってきていた。
サタン「……ふう。」
こっこ「どう? 頭、はっきりしてきた?」
サタン「ああ。だいぶな。」
リズ「本当に心配したんだからね。酸素の葉も持たずに、あんな山奥まで行くなんて。」
サタン「そんな物が必要だとは知らなかったんだ。」
シリカ「知らなかったで済ませられる場所じゃないですよぉ……。」
ピナ「きゅるぅ……。」
シリカの膝の上では、ピナまで呆れたように鳴いている。
ランスロットも腕を組み、改めて目の前の男を眺めていた。
《酸素の葉》なし。
十分な防寒装備もなし。
それで何日もの間、この第九層南方の高山地帯を生き延びていたのだ。
ランスロット「……改めて考えても信じ難い話だ。」
サタン「俺も途中から何が現実だったのか、よく覚えていない。」
こっこ「ん?」
サタンが、ふと眉を寄せた。
何かを思い出そうとしている。
サタン「そういえば……。」
こっこ「何かあった?」
サタン「洞窟を見た気がする。」
その一言で、こっこの表情が変わった。
ランスロット「洞窟?」
サタン「ああ。」
サタンはゆっくりと記憶を辿る。
サタン「吹雪が止んだ後だったと思う。山を越えて……さらに南へ行った。」
断片的な記憶。
白い山。
凍てつく風。
視界を遮る雪。
そして――。
サタン「馬鹿みたいにでかい穴が、山に開いていた。」
リズ「穴?」
サタン「洞窟だと思う。かなり大きかった。」
こっこ「どれくらい?」
サタン「分からん。」
こっこ「……。」
サタン「その頃には寒さと疲労で頭がまともに働いていなかった。夢だったかもしれん。」
ランスロット「……。」
サタン「現実だったのか、幻だったのか……俺にも自信がない。」
その言葉に、全員が黙り込む。
だが。
こっこ「いや。」
こっこはすぐにウインドーを開いた。
サタン「?」
こっこ「ここは現実じゃない。」
リズ「何言ってるの?」
こっこ「違う違う、そういう意味じゃなくて。」
こっこの指が高速でメニューを操作する。
こっこ「サタン。マップ開いて。」
サタン「マップ?」
こっこ「そう。」
サタンも言われるまま、自分のマップウインドーを開いた。
SAOでは、プレイヤーが実際に歩いた場所はマップデータとして記録される。
たとえ本人の記憶が曖昧でも――。
歩いたという事実までは消えない。
こっこ「これだ!」
サタンのマップには、不自然なほど南へ伸びた探索済み領域が残されていた。
リズ「うわ……。」
シリカ「こんなところまで行ってたんですか!?」
ランスロット「これは……我々の地図にも記録がない地域だ。」
こっこは自分のマップとサタンのマップを重ね合わせる。
さらにサタンの記憶を一つずつ確認していった。
こっこ「吹雪が止んだのは?」
サタン「たぶん……夕方だ。」
こっこ「その前にモンスターと戦った?」
サタン「ああ。肉を落とす奴を倒した。」
こっこ「その肉を焼いたのは?」
サタン「かまくらだ。」
こっこ「そこから洞窟を見るまで、どれくらい歩いた?」
サタン「……分からん。」
リズ「そこは分からないのね。」
こっこ「いや、十分。」
サタンの探索ルート。
戦闘した地点。
休息したと思われる場所。
そして時間帯による移動距離。
それらを一つずつ照合していく。
やがて――。
こっこ「……この辺だ。」
一点が浮かび上がった。
第九層南方。
これまで自分たちが探索した地域より、さらに奥。
山脈に挟まれた場所だった。
ランスロット「確証は?」
こっこ「ない。」
即答だった。
リズ「ないんかい!」
こっこ「でも、サタンが洞窟を見たという時間帯と移動ルートを考えると、この周辺の可能性が一番高い。」
サタン「……。」
こっこはサタンを見る。
こっこ「行ってみよう。」
サタン「俺も行く。」
リズ「身体は?」
サタン「もう動ける。」
ランスロット「私も同行しよう。」
こっこ「お願いします。」
ただし――。
前回と同じ失敗を繰り返すつもりはなかった。
こっこ「今回は装備を変える。」
◇
数時間後。
森エルフの野営地には、奇妙な道具が並んでいた。
保温性の高い布。
金属板。
炭。
携帯用の火床。
さらに、エンジニア達が組み上げた簡易暖房器具。
リズ「……また変な物作ってる。」
こっこ「変じゃないよ。命綱だよ。」
前回の探索で分かった。
問題は高山デバフだけではない。
長時間の探索では、寒さによる凍傷デバフが致命的になる。
ならば――。
こっこ「酸素の葉だけじゃ駄目。定期的に身体を温める場所を作りながら進む。」
携帯できる簡易暖房器具。
折り畳み式の防風布。
地面からの冷気を遮断する断熱材。
短時間で設営できる簡易天幕。
ランスロット「……野営地そのものを持ち運ぶつもりか。」
こっこ「それくらいやらないと無理です、この山。」
リズ「今回は珍しく慎重ね。」
こっこ「一回痛い目みたからね 」
シリカ「怒ってる……。」
さらに《酸素の葉》も十分な量を用意した。
そして――。
こっこ。
リズ。
シリカ。
ピナ。
ランスロット。
そしてサタン。
六人は、再び南方山岳地帯へと足を踏み入れた。
◇
探索は前回とは比較にならないほど安定していた。
高山デバフが出る前に《酸素の葉》を使用。
一定時間ごとに簡易天幕を設営。
暖房器具で身体を温め、凍傷デバフの蓄積を防ぐ。
サタンのマップデータを頼りに、一行はひたすら南へ進んでいった。
ランスロット「右だ。」
こっこ「了解。」
サタン「いや……。」
全員が振り返る。
サタンは周囲を見渡していた。
サタン「こっちだ。」
ランスロット「分かるのか?」
サタン「この岩……見覚えがある。」
雪の中から突き出した、奇妙にねじれた巨大な岩。
サタン「ここを通った。」
こっこ「よし。」
マップ上の推定ルートを微調整する。
そこからさらに数時間。
山を一つ越えた。
そして――。
シリカ「あ……。」
最初に気付いたのはシリカだった。
シリカ「こっこさん……!」
こっこ「ん?」
シリカが指差す。
吹雪の向こう。
巨大な岩壁がそびえている。
その中央に――。
黒い穴が開いていた。
こっこ「……。」
リズ「……でか。」
それは、洞窟などという言葉では足りないほど巨大だった。
山そのものが口を開けている。
そう錯覚するほどの大開口。
高さも幅も、これまで見てきた自然洞窟とは桁が違う。
その奥には光が届かない。
ただ――。
底知れぬ闇だけが続いている。
サタン「……ここだ。」
全員がサタンを見る。
サタン自身も、しばらく呆然としていた。
サタン「やっぱり……夢じゃなかったのか。」
ランスロットは洞窟を見上げる。
そして、小さく息を呑んだ。
ランスロット「南の果て……。」
こっこ「え?」
ランスロット「老師殿がサタン殿に伝えた言葉だ。」
サタンの表情が変わる。
――南の果てには、底なしの洞窟がある。
こっこはゆっくりと洞窟へ視線を戻した。
風が、巨大な開口部へ吸い込まれていく。
ゴォォォォォ……。
まるで地の底から何かが呼吸しているような、不気味な音。
そして――。
サタンの腕に装備された《鉄王の手甲》が。
ほんの僅かに。
――震えた。
サタン「……!」
こっこ「サタン?」
サタンは手甲を見つめる。
サタン「こいつが……反応している。」
ランスロット「ならば……。」
こっこも洞窟を見つめた。
ようやく。
本当にようやく。
何の手掛かりもなかったドワーフ探索に――。
一本の道が現れた。
こっこ「……見つけた。」
リズ「まだドワーフがいるって決まったわけじゃないわよ。」
こっこ「うん。」
シリカ「でも……。」
シリカは巨大な洞窟を見上げる。
シリカ「ここまで来て、何もないってことはないですよね。」
ピナ「きゅるっ!」
サタンが拳を握る。
《鉄王の手甲》が、再び微かに震えた。
その反応だけが――。
洞窟の奥に何かが存在することを、静かに告げていた。