エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
ドワーフ王は、壊れた秘鍵を太い指でなぞった。
亀裂の入った金属。
欠け落ちた紋様。
長い年月を経ても、その構造自体は失われていない。
「直せる」
その一言に、ランスロットの表情が明るくなった。
「本当ですか!」
「ああ。鍛え直すだけなら難しいものではない」
ドワーフ王は秘鍵を持ち上げる。
だが、その表情は険しかった。
「問題は、その後だ」
「……その後?」
「この鍵は、我らドワーフだけが作ったものではない」
王は秘鍵に刻まれた紋様を指差した。
「我らが器を鍛え――エルフが魔法を込めた」
ランスロットが息を呑む。
「つまり……」
「金属を直すだけでは、ただの鍵の形をした鉄屑だ」
ドワーフ王は静かに告げた。
「秘鍵として蘇らせるには、魔法が必要になる」
沈黙が落ちた。
それができるのなら。
そもそも、彼らはこんな場所まで来ていない。
ランスロットが俯く。
「……魔法は、もうありません」
「ああ」
ドワーフ王も、それを知っていた。
かつて大地が切り離され。
エルフたちが失った力。
それを取り戻すために秘鍵を集めているというのに、その秘鍵を修復するために魔法が必要だという。
あまりにも皮肉な話だった。
リズが唇を噛む。
「じゃあ……結局、直せないの?」
「いや」
ドワーフ王が首を振った。
「方法はある」
全員が顔を上げた。
「魔法そのものでなくともよい」
「……え?」
「古い時代の品には、魔法を依代として残している物がある」
こっこの表情が変わった。
「魔法が……残っているアイテム?」
「そうだ」
ドワーフ王は頷く。
「その魔力を抜き取り、秘鍵へ移せばいい」
「じゃあ!」
シリカの顔が明るくなる。
しかし。
ドワーフ王は続けた。
「ただし――」
その声が低くなった。
「依代となった品は壊れる」
「…………」
「魔力だけを抜き取ることはできん。秘鍵へ魔力を移す過程で、その品に宿った力も、形も、すべて失われる」
こっこが尋ねた。
「修復は……?」
「できん」
王は即答した。
「粉々になる」
再び、沈黙。
魔力を宿した古い品。
そんなものを今から探すのか。
この広大なアインクラッドのどこにあるかも分からない物を――。
その時だった。
「あります」
ランスロットが言った。
こっこが振り返る。
「ランスロットさん?」
彼は胸元へ手を伸ばした。
そして。
いつも身につけていた、小さなペンダントを取り出した。
こっこの目が見開かれる。
「それ……」
「母の形見です」
森エルフの長老から聞いていた。
古い時代から伝わる品。
ランスロットの母が遺し。
そして彼が、ずっと肌身離さず持っていたもの。
ドワーフ王が受け取らずに目を凝らす。
「……確かに」
王の目には、それが何なのか分かるらしい。
「古いエルフの魔法が残っている」
ランスロットの顔に笑みが浮かんだ。
「ならば、これをお使いください」
あまりにも。
迷いのない言葉だった。
「ランスロットさん……」
シリカが心配そうに見つめる。
だが、ランスロットは笑っていた。
「構いません」
ペンダントを握る。
「母が遺してくれた物です」
だからこそ。
「これで我らエルフの未来を取り戻せるのであれば、母もきっと喜んでくれるでしょう」
こっこは何も言えなかった。
ランスロットはペンダントを外した。
そして――こっこの掌へ置いた。
「お願いします」
「…………」
重くない。
小さなアクセサリーだ。
ゲーム内の重量値など、ほとんど存在しないに等しい。
なのに。
重かった。
どうしようもなく。
重かった。
こっこは、壊れた秘鍵をストレージから取り出した。
右手に秘鍵。
左手にペンダント。
そして。
ドワーフ王の前へ歩く。
「…………」
手が震えていた。
ランスロットは笑っている。
覚悟を決めている。
これは彼自身が選んだことだ。
自分が止める理由などない。
分かっている。
分かっているのに。
「……お願いします」
こっこは二つを差し出した。
ドワーフ王が受け取る。
「よかろう」
炉へ火が入った。
ゴオオオオオ――。
巨大な炉から炎が噴き上がる。
ドワーフ王が秘鍵を作業台へ固定する。
そして。
その隣へ。
ランスロットのペンダントを置いた。
工具が並ぶ。
修復が始まる。
ドワーフ王の手が――。
ペンダントへ伸びた。
「――待って!!」
こっこの声が響いた。
ドワーフ王の手が止まる。
「……何だ」
「待ってください」
「始めれば止められん。だから確認したはずだ」
「分かっています」
「本人も承諾している」
「分かってます!」
ランスロットが立ち上がる。
「こっこ殿?」
こっこは作業台へ駆け寄った。
ペンダントを見る。
これを壊せば。
秘鍵は直る。
魔法復活へ、一歩進める。
クエスト攻略として考えれば。
正解だ。
きっと。
これが用意された攻略法なのだろう。
それでも――。
「駄目だ」
こっこは首を振った。
「これは駄目です」
ランスロットが困惑する。
「しかし、私は構いません。母もきっと――」
「それは分からない!」
ランスロットが黙った。
こっこは拳を握る。
「お母さんが何を思ってこれを残したのか、俺には分からない」
ランスロットを見る。
「でも……」
声が震えた。
「これをランスロットさんに残したってことは……」
こっこはペンダントを指差した。
「あなたに持っていてほしかったんじゃないんですか」
「…………」
「エルフの未来も大切です」
こっこは言った。
「魔法を取り戻すことも大切です」
それでも。
「そのために、お母さんがあなたへ遺したものをなくしちゃ駄目だ!」
ランスロットの瞳が揺れた。
「お母さんの意思を……なくしちゃ駄目だ!」
広間が静まり返った。
リズも。
シリカも。
サタンも。
誰も何も言わなかった。
ランスロットは胸元を見る。
いつもそこにあったもの。
母から受け継いだ、小さな形見。
「ですが……」
「別の方法を探します」
「こっこ殿」
「探します!」
こっこはドワーフ王を見る。
「ここまで来る方法だって、本当は分からなかった!」
酸素の葉。
高山。
吹雪。
底なしの洞窟。
そして。
死にかけていたサタン。
「こんなの、偶然ばっかりだった!」
サタンが眉をひそめる。
「おい」
「サタンなんか遭難してたし!」
「今それ言う必要あるか 」
だが、こっこは止まらない。
「それでも辿り着いたんです!」
ドワーフ王を真っ直ぐ見る。
「だったら、これを壊さない方法だって探します!」
「…………」
ドワーフ王は黙っていた。
長い。
長い沈黙だった。
やがて。
「……ふ」
小さな音が漏れた。
ドワーフ王が笑っていた。
「……そうか」
王は作業台からペンダントを取り上げた。
そして。
ランスロットへ差し出す。
「持っておけ」
「しかし――」
「持っておけと言っている」
ランスロットは戸惑いながら、それを受け取った。
ドワーフ王はこっこを見る。
先ほどまでの冷たい目ではなかった。
「昔もいた」
「え?」
「大義を口にする者は、いくらでもいた」
王は壊れた秘鍵を見つめる。
「民のため」
「国のため」
「未来のため」
「そう言って、目の前にある大切なものを次々と捨てていった」
ランスロットが息を呑む。
「そして最後には――何のために争っていたのかすら忘れた」
それは。
森と闇。
二つに分かれてしまったエルフたちへの言葉でもあった。
ドワーフ王は、こっこを見る。
「お前は妙な男だ」
「よく言われます」
「褒めておらん」
「ですよね」
リズが小さく吹き出した。
だが。
次の瞬間。
ドワーフ王は力強く言った。
「だが――気に入った」
こっこが目を丸くする。
「……へ?」
「未来を取り戻すために、過去を踏み潰してよいなどという道理はない」
王は壊れた秘鍵を握った。
「その程度のことも分からぬ者に、我らの技を貸すつもりはなかった」
ランスロットが顔を上げる。
「では……!」
「勘違いするな」
ドワーフ王は鼻を鳴らした。
「まだ秘鍵は直っておらん」
そして。
広間のさらに奥。
巨大な石扉へ視線を向けた。
「だが――」
王は立ち上がった。
「別の方法を探すというのであれば」
ゆっくりと。
王の口元が笑った。
「我らドワーフも付き合ってやろう」
こっこの目が見開かれる。
サタンが笑う。
リズとシリカの顔が明るくなる。
そしてランスロットは――。
胸元へ戻した母の形見を。
そっと握りしめていた。
「……母上」
小さく。
誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「もう少しだけ……私に持たせてください」
その瞬間。
――ピコン。
小さなシステム音が響いた。
《Quest Updated》
しかし。
こっこはウインドーを見なかった。
今は。
そんなものより。
ランスロットの胸元に戻った小さなペンダントの方が――。
ずっと大切なものに思えた。
ドワーフ王は、しばらく黙ったままこっこを見つめていた。
その隣では、ランスロットが母の形見であるペンダントを胸元へ戻している。
壊れた秘鍵を修復するには、魔法を依代とした品が必要になる。
そして修復に使われた品は、その魔力をすべて失い――粉々に砕け散る。
だからこっこは、ランスロットの母の形見を使うことを止めた。
「お母さんの意思をなくしちゃ駄目だ!」
そう叫んで。
ドワーフ王は腕を組み、しばらく何かを考えていた。
やがて――。
「……ならば、これを使うとしよう」
王はゆっくりと両手を上げた。
そして、その頭上に戴いていた冠を外す。
「王よ……?」
周囲のドワーフたちがざわめいた。
それは金銀や宝石だけで作られた豪華な冠ではなかった。
黒鉄を基調とした無骨な造り。
長い年月を経た傷や煤が残り、ところどころに細かな文様が刻まれている。
しかし、その文様を見た瞬間――。
ランスロットの目が大きく見開かれた。
「これは……エルフの術式……?」
「ほう。分かるか」
ドワーフ王は笑った。
そして冠を掌の上へ載せる。
「これは代々、ドワーフの王を名乗る者へ受け継がれてきた冠だ」
王の太い指が、そこに刻まれた古い文様をなぞる。
「遥か昔――まだ我らとエルフが共に酒を酌み交わしていた時代。友好の証として、エルフより賜った物だ」
こっこは息を呑んだ。
エルフとドワーフ。
今では互いに交流すら失ってしまった二つの種族。
だが、この冠は――。
その両者がかつて友であったことを、今までずっと証明し続けていたのだ。
「この中には、古きエルフの《まじない》が封じられている」
ドワーフ王は壊れた秘鍵を見た。
そして――ニッと笑った。
「これからエルフとドワーフの関係を修復しようというのなら――秘鍵を直すには、これ以上ぴったりな物もあるまい」
「…………」
ランスロットは言葉を失った。
こっこも一瞬、何も言えなかった。
だが――。
意味を理解した瞬間。
「それも駄目だ!」
洞窟いっぱいに、こっこの声が響いた。
ドワーフたちが一斉にこちらを見る。
リズが額を押さえた。
「……やっぱり言った」
シリカも苦笑する。
「こっこさんですから……」
こっこは王の前まで歩み寄った。
「それ、王様の大事な物でしょ!」
「そうだな」
「そうだな、じゃないよ! 代々受け継いできた物なんでしょう!?」
「ああ」
「じゃあ駄目だって!」
こっこは壊れた秘鍵を指差した。
「別を探す!」
「…………」
「魔法が残っている物なら何でもいいんでしょう? だったら探せばいい! 8層でも、森エルフのところでも、闇エルフのところでも! アルゴにも聞いてみる! だから――」
そこで。
「がっはっはっはっはっ!!」
突然、ドワーフ王が腹を抱えて笑い出した。
「え?」
「がっはっは! そうか、そうか!」
豪快な笑い声が地下都市に響き渡る。
そして周囲のドワーフたちまで、次々と笑い始めた。
「何がおかしいの……?」
こっこだけが完全に置いていかれている。
ドワーフ王は目尻に浮かんだ涙を拭った。
「いや――気持ちのいい御仁だ」
「はい?」
「気に入った!」
ドンッ!
巨大な手がこっこの肩を叩いた。
「痛っ!」
HPがほんの少し減った。
リズが吹き出す。
「王様、圏内じゃなかったらダメージ入ってるわよ、それ」
「がっはっは!」
王は構わず笑う。
そして――冠を握りしめた。
「これは儂の我儘だ。勝手にさせろ」
先ほどまでの豪快な笑みから、ほんの少しだけ穏やかな表情になる。
「王冠というものはな、頭に載せているから価値があるのではない」
こっこは黙って王を見る。
「それが何を意味していたか――後の者が覚えていることに意味がある」
王はランスロットを見る。
「エルフとの友好の証として贈られた冠が、再びエルフとドワーフを結ぶために失われる」
そして壊れた秘鍵を見る。
「これほど良い最期があるか」
「……でも」
「まだ言うか」
王はニヤリと笑った。
「ならば一つ、条件をつけよう」
「条件?」
「ああ」
王は太い指を一本立てた。
「美味い酒を奢れ」
「…………酒?」
「そうだ!」
ドワーフ王は胸を張った。
「儂が酔っ払って立てなくなるくらい、美味い酒をたらふく飲ませろ!」
一瞬の静寂。
そして――。
「うおおおおおおおおおっ!!」
ドワーフの民が一斉に沸き立った。
「王に酒だぁ!!」
「人間! 約束したぞ!」
「うちの王は底なしだぞ!」
「樽で持ってこい!!」
「十樽だ!」
「いや二十樽だ!!」
こっこは青ざめた。
「ちょ、ちょっと待って! そんな飲むの!?」
リズが肩をすくめる。
「良かったじゃない。お酒なら作れるでしょ?」
「量の問題だよ!」
シリカが笑う。
「頑張ってください、こっこさん!」
「ピナまでそんな目で見ないで!」
「きゅるるー♪」
ドワーフ王は再び豪快に笑った。
「決まりだ!」
そして王は、冠と壊れた秘鍵を職人たちへ託した。
「三日だ」
「え?」
「秘鍵を完全に修復するには三日かかる。その間、我らが責任を持って預かろう」
こっこは壊れた秘鍵を見る。
長かった。
第3層から始まった、エルフたちとの旅。
森エルフと闇エルフ。
奪い、奪われ。
戦い、騙し。
それでも少しずつ積み重ねてきたものが――ようやくここまで辿り着いた。
だが。
まだ終わってはいない。
むしろ――ここからだった。
こっこはランスロットへ向き直った。
「ランスロットさん」
「なんだ?」
「森エルフのところへ戻ってください」
ランスロットの表情が変わった。
「……いよいよか」
こっこは頷く。
森エルフが保管する秘鍵。
闇エルフが保管する秘鍵。
それらを――ここへ集めなければならない。
そして当然。
森にも。
闇にも。
この魔法復活を快く思わない者たちがいる。
過激派。
長老補佐派。
女王派。
ここから先は、モンスターを倒せば終わる話ではない。
人と人――いや、エルフとエルフの思惑を相手にする戦いになる。
「三日後――」
こっこは言った。
「秘鍵の奪取計画に入ります」
ランスロットは静かに頷いた。
「承知した」
こっこは拳を握りしめた。怖さはあった。それでも、ランスロットを送り出さなければならない。
「……必ず、戻ってきてください」
「約束する」
ランスロットはそう答えたが、その声には決意と、別れを惜しむ寂しさが滲んでいた。
そして踵を返しかけ――一度だけ、ドワーフ王を振り返った。
王の手には、もう冠はなかった。
ランスロットは深々と頭を下げた。胸の奥に込み上げる感謝を、言葉にできなかった。
ドワーフ王は何も言わない。
ただ片手を上げて応えた。その目には、託した未来を見届けようとする誇りが宿っていた。
かつて友であった二つの種族。
長い年月の中で失われたその絆が――。
一つの冠を代償に。
ほんの少しだけ、再び動き始めようとしていた。