エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
ランスロットは、こっこの言葉を受けるとすぐさま踵を返した。
ランスロット「承知した。三日後だな」
こっこ「ああ。こっちは任せて。ランスロットさんは戻って準備をお願い」
ランスロット「分かった」
短く答え、ランスロットはドワーフの集落を後にする。
その背中を見送ると、こっこはすぐにメニューを開いた。
秘鍵の修復には三日。
ならば、その三日間でやるべきことは山ほどある。
こっこはキリトへメッセージを飛ばした。
《壊れた秘鍵、修復可能。三日後に完了予定。ギズメルに連絡をお願い。予定通り動いてもらいたい》
ほどなくして返信が届く。
《了解。こっちは任せろ》
こっこ「……よし」
森エルフ。
闇エルフ。
そして、長い年月を地下で生きてきたドワーフ。
三つの種族を繋ぐための計画が、ついに動き始める。
三日後。
このドワーフの地に、全員が集まる。
――オペレーション開始だ。
そんな慌ただしいやり取りが一段落した頃だった。
ドワーフ王が、サタンへ視線を向けた。
その目は先ほどまでとは違っていた。
王として人間の来訪者を見る目ではない。
もっと遠い――過ぎ去った時代を見るような眼差しだった。
ドワーフ王「……ところで、そなた」
サタン「なんだ?」
ドワーフ王「その手甲について聞かせてくれぬか」
サタンは、自らの両腕を見る。
《鉄王の手甲》。
老師から託されたもの。
サタン「……師匠から譲り受けた」
ドワーフ王「師匠……か」
サタンは少しずつ話し始めた。
老師との出会い。
体術を学んだこと。
何度倒されても修行を続けたこと。
そして――滝の奥に封じられていた鬼。
老師が長い年月、その鬼を見張り続けていたこと。
自分が鬼と戦ったこと。
最後には、その鬼を倒したこと。
そして別れ際――。
老師から、この《鉄王の手甲》を託されたこと。
話が進むにつれて、ドワーフ王の表情が変わっていった。
サタン「……それで師匠は言ったんだ」
サタンは拳を握る。
サタン「これはもう、自分のものじゃないって」
ドワーフ王「…………」
サタン「俺が受け取った」
長い沈黙。
やがて――。
ドワーフ王の目に、わずかに涙が滲んだ。
こっこ「……?」
ドワーフ王は俯き、静かに笑った。
ドワーフ王「そうか……」
震える声だった。
ドワーフ王「やり遂げたか……あやつ」
サタン「……知っているのか?」
ドワーフ王はゆっくりと顔を上げる。
ドワーフ王「ああ」
そして、サタンの手甲を見つめた。
ドワーフ王「我が古き友よ」
サタン「……!」
こっこも息を呑んだ。
老師が語っていた――古い友人。
《鉄王の手甲》。
そして、このドワーフの王。
すべてが一本の線となって繋がった。
ドワーフ王「ずっと待っておったのだろう」
サタン「待っていた……?」
ドワーフ王「あやつには、二つの心残りがあった」
王は指を一本立てる。
ドワーフ王「一つは――あの鬼の始末」
そして、もう一本。
ドワーフ王「もう一つは、自らの技を託せる後継者」
サタンの表情が固まった。
ドワーフ王「その二つが……果たされたのだな」
サタン「…………」
ドワーフ王は目を閉じる。
そして、静かに告げた。
ドワーフ王「ならば、もうこの世にはおるまい」
サタン「……え?」
小さな声だった。
ドワーフ王「あやつはとうに寿命を迎えていた」
サタン「……何を、言ってる」
ドワーフ王「己の動きを消し、心音を落とし、呼吸すら極限まで少なくする。生命活動そのものを限界まで抑えることで、残された命を引き延ばしておった」
サタンの目が見開かれる。
ドワーフ王「だが、それにも限界がある」
サタン「…………」
ドワーフ王「鬼が倒れた」
王は手甲を見る。
ドワーフ王「そして、その手甲を託す者が現れた」
サタン「…………」
ドワーフ王「あやつがこの世に留まる理由は、もう何もない」
サタンの拳が震えた。
サタン「……嘘だ」
誰に向けた言葉なのか分からなかった。
ドワーフ王にか。
自分自身にか。
それとも――。
もう一度会えると思っていた、あの老人にか。
サタン「だって……俺は……」
あの日。
庵を離れる時。
確かに言ったのだ。
――また来るよ。
老師は、いつものように笑っていた。
また来ればいい。
そんな別れだった。
だから――。
サタン「……また、行くって……」
声が続かなかった。
こっこ「サタン……」
サタンは俯いたまま、何も答えない。
泣いてはいなかった。
ただ、《鉄王の手甲》を嵌めた両拳をじっと見つめていた。
その姿を見たドワーフ王は、ゆっくりと立ち上がった。
そしてサタンの前まで歩み寄る。
ドワーフ王「顔を上げよ」
サタン「…………」
ドワーフ王「誇れ」
低く、力強い声が地下の王宮に響いた。
ドワーフ王「そなたは、我が友の技を継承した漢だ」
サタン「…………」
ドワーフ王「あやつは待ち続けた。そして最後に――そなたを選んだ」
サタンは答えなかった。
ただ、拳を強く握る。
鉄の手甲が、小さく音を立てた。
――ギィ。
それはまるで。
遠い場所にいる老師へ、返事をするような音だった。
サタン「……師匠」
それだけだった。
それ以上の言葉は、出なかった。
こっこも何も言わなかった。
今だけは。
いつものように茶化すことも。
余計な一言を挟むこともせず。
ただ――友の隣に立っていた。
三日後。
エルフとドワーフの長い歴史を動かす作戦が始まる。
だが、その前に。
一人の男から一人の男へと受け継がれたものが――。
長い時を越えて、確かに認められたのだった。
ギズメル達は、動いた。
静かに――誰にも悟られぬように。
その夜。
闇エルフの地下首都《リーンガルド》では、女王の命によって城内の兵士達が大広間へと集められていた。
玉座の前に整列した衛兵達を、女王は厳しい眼差しで見渡す。
「皆に伝えておくことがある」
広間に、凛とした声が響いた。
「我らが保管する《秘鍵》を狙う者がいることが判明した」
兵士達の間に、わずかなざわめきが走る。
「この鍵は、我ら一族にとって極めて重要なもの。何者であろうと奪わせてはならぬ。今宵より城内の警戒を一段階引き上げる。巡回経路を見直し、宝物庫への出入りは厳重に確認せよ」
「はっ!」
衛兵達が一斉に頭を下げた。
誰が見ても、秘鍵を守るための警戒強化。
女王自らが兵士達を集め、敵の侵入に備えるための訓示を行っている。
――だからこそ。
誰も想像しない。
その訓示そのものが、侵入者を手引きするための陽動であることなど。
城内の主要な衛兵達が大広間へ集められた、その頃。
三つの影が、城の外壁を静かに進んでいた。
ギズメル。
キリト。
アスナ。
ギズメルが小さな紙を取り出す。
そこには、びっしりと文字が書かれていた。
『秘鍵奪取作戦・侵入手順書 改訂第七版』
キリトが死んだ魚のような目でそれを見る。
「……なあ」
「なんだ、キリト」
「なんで潜入作戦に七回も改訂が必要なんだよ……」
アスナが苦笑する。
「まあまあ。こっこさんらしいじゃない」
「らしすぎるんだよ」
キリトは声を抑えながら嘆いた。
ギズメルは至って真剣だった。
「次は……『巡回兵が予定位置にいない場合、三十秒待機。その後、予備経路Bへ移行。ただし巡回兵が二名以上の場合は予備経路Cを使用』だそうだ」
「なんでCまであるんだよ」
「キリト君、声」
アスナに口を塞がれる。
「むぐっ」
三人はマニュアル通りに進んでいく。
壁の死角。
巡回兵の交代時間。
灯りの届かない通路。
女王から事前に伝えられていた城内の構造と見張りの配置と巡回経路をキリトがこっこにマップデータとしてメッセージに添付。こっこが見取り図と見張りの巡回パターンの穴をいくつも割り出して作成したマニュアルである。
その念の入りようは、もはや潜入というより設備保守の作業手順書である。
『曲がり角では必ず一度停止。目視確認後に進むこと』
『扉を閉める際は音を立てないこと』
『発見された場合、戦闘禁止。煙玉使用後、直ちに離脱』
『煙玉を落とした場合の予備煙玉は右腰』
キリトのこめかみが引きつった。
「……なんで煙玉を落とした場合まで想定してるんだ」
アスナが肩を震わせる。
「ふふっ……」
「笑うなよ、アスナ」
「だって……こっこさん、本気なんだもの」
「本気の方向がおかしいんだよ」
それでも。
悔しいことに――。
極めて順調だった。
衛兵達の大半は女王の訓示を受けている。
残された巡回兵も、マニュアルに記された時間通りに移動していく。
三人は一度も剣を抜くことなく、ついに秘鍵が保管されている宝物庫へ到達した。
ギズメルは女王より頂いた宝物庫の鍵を開ける。
薄暗い部屋。
その最奥。
台座の上に――淡い光を放つ《秘鍵》があった。
「……あった」
ギズメルが小さく呟く。
三人が近づく。
間違いない。
これこそ、闇エルフ側が保管していた最後の秘鍵。
ギズメルが本物を手に取った。
「では、代わりの物を――」
その瞬間、廊下の向こうから、かすかな足音が響いた。
三人の動きが止まる。
「……巡回兵?」
キリトが息を殺して囁いた。
足音は、ゆっくりと宝物庫へ近づいてくる。
アスナが扉の脇へ身を寄せ、ギズメルは本物の秘鍵を握ったまま、入口を見つめた。
あと数歩で、扉の前に誰かが現れる。
キリトの手が、腰の煙玉へ伸びた。
しかし次の瞬間、足音は隣の通路へと逸れ、そのまま遠ざかっていった。
三人はしばらく動かなかった。
やがて、ギズメルが小さく息を吐く。
「……予定外の巡回だ」
「マニュアルに書いてないぞ、こんなの」
「だからこそ、予備経路Bだ」
ギズメルの声に、わずかな緊張が混じる。
三人は音を立てぬよう、扉の内側で数秒待機した。
足音が完全に消えたのを確認してから、アスナが偽物を取り出す。
「急ぎましょう。次に来る前に終わらせるわ」
キリトも頷いた。
「今度こそ、静かに頼むぞ」
アスナが苦笑する。
「もちろん」
ギズメルは偽物と本物を交互に見比べた。
「……私にも一見では区別がつかんな」
「どんなレベルで作り込んだんだよ」
「こっこさんの情熱半端ないわね、私たちが何度も出し抜かれるわけだわ。」
「今、そこ感心する所か・・・」
アスナは偽の秘鍵を台座へ置く。
角度までマニュアルに指定されていた。
『外す前に、必ず同じ角度で入れ替える事』
キリトは頭を抱えた。
「誰がそこまで見るんだよ……」
「まあまあ」
アスナが笑いながら、指定された通りにきっちり設置する。
ギズメルは台座を確認し、静かに頷いた。
「これならば、すぐには気づかれまい」
「……たぶん本人が作った物の中で一番無駄に完成度高いぞ、これ」
「キリト君」
「はいはい……」
本物の秘鍵は、ギズメルの腰のポーチにしまう。
偽物は、何事もなかったかのように台座の上で淡く光っている。
三人は来た道を引き返した。
途中、遠くから女王の声が聞こえてきた。
「――以上だ。各自、持ち場へ戻り警戒に当たれ!」
訓示が終わる。
衛兵達が動き始める。
ギズメルが小さく告げた。
「急ぐぞ」
三人は最後の通路を抜ける。
城壁を越え――。
闇エルフの城から完全に離れたところで、ようやく足を止めた。
ギズメルは秘鍵を取り出す。
淡い光が、夜の森を照らした。
本物だ。
確かに――奪取した。
ギズメルが小さく息を吐く。
「成功だ」
アスナも安堵したように微笑んだ。
「うん」
キリトだけは、その場にしゃがみ込んでいた。
「……俺、なんか納得いかない」
「どうして?」
「潜入して、宝物庫に入って、秘宝を盗み出したんだぞ?」
「うん」
「もっとこう……あるだろ。ギリギリで衛兵をかわすとか、鍵開けに失敗するとか、見つかりそうになって息を潜めるとか!」
アスナは少し考えてから答えた。
「全部マニュアルに対処法が書いてあったものね」
「そうなんだよ!」
キリトは頭を抱えた。
「なんで俺達、命懸けのデスゲームで――」
夜空を仰ぐ。
「こっこの作業手順書どおりに仕事してるんだよ」
ギズメルが真顔で答えた。
「だが、優れた手順書だったぞ?」
「そこが一番腹立つんだよ」
アスナの笑い声が、静かな夜の森に響いた。
こうして――。
闇エルフ側の秘鍵は、誰一人傷つくことなく奪取された。
宝物庫には今も、こっこ渾身の偽物が淡い光を放っている。
おそらく、しばらくは気づかれない。
なにしろ製作者本人が、
『念のため』
という、エンジニアにとって最も恐ろしい言葉を何十回も重ねて作った代物なのだから。
それに本人曰く・・・
こっこ「秘鍵って儀式で使うまで本物がどうかなんて確かめようがないんだから」
である・・・。