AC×結月ゆかり 作:結月ゆかり好き
視界を白く染め上げる、極太の光の柱。
ミラージュの狂気が生み出した巨大自律兵器の放ったプラズマキャノンが、俺たちのいた空間を完全に蒸発させた。
「ぐ、おおおおおッ!」
死の光線を間一髪で躱した俺の機体は、地下大空間の床を滑るようにして姿勢を制御する。
先程まで俺たちがいた場所は、分厚いコンクリートの床ごとドロドロに溶解し、マグマのような赤熱光を放っていた。
「直撃すれば一瞬で灰だぞ! あんなバケモノ、どうやって倒すってんだ!」
コクピットに響き渡る俺の怒声。
無理もない。相手は山のように巨大な多脚型自律兵器。全身に搭載された火器の数は、単なる一機体を遥かに超え、もはや移動要塞と呼ぶべきレベルだ。
対するこちらは、企業からパクった試作軽量二脚AC。
しかも先ほどの強行突破で右腕はもげ落ち、機体の装甲はボロボロ。左腕のレーザーブレードはジェネレーターが焼き切れて使い物にならず、残された武装は左背部から展開した巨大な鉄杭、パイルバンカーのみ。
控えめに言っても、絶望という言葉すら生ぬるい状況だった。
『落ち着いてくださいマスター! 相手は図体がデカい分、近接の旋回性能は劣悪です!』
脳内に響く、ゆかりの涼しげな声。
HUD上に透過投影されている彼女は、腕を組んでメインモニターの向こうの巨影を睨みつけていた。
「旋回性能以前の問題だ! あの装甲の厚さを見ろ! 俺のパイルバンカーをぶち込んでも、表面が抉れるかどうかだぞ!」
『ですから、まともに機体を破壊する必要はありません』
ゆかりはあっさりと断言した。
『私たちの目的は、あくまでマキさんの救出とマスターの治療データの奪取です。あの無駄にデカい鉄くずをスクラップにすることじゃありません』
「……どういうことだ」
『マキさんを傷つけないように、装甲のスキマを狙いますよ! マスター、息合わせてくださいね!』
ゆかりの言葉に、俺は思わず耳を疑った。
「スキマだと!? お前、あのハリネズミみたいな重武装の嵐の中で、針の穴を通すような真似をしろって言うのか!」
『はい! 胸部メインコアの周辺、第三装甲板と第四装甲板の継ぎ目。そこを物理的に破壊すれば、内部の生体コア……マキさんに繋がるアクセスルートが露出します』
彼女の細い指先が、空中に展開されたホログラムの設計図を指し示す。
企業秘密の塊であろうミラージュの最新兵器の構造すら、この電子精霊は完全に把握しているらしい。
『装甲の継ぎ目は、わずか数センチ。そこにパイルバンカーを寸分の狂いもなく打ち込み、強引にこじ開ける。それしか方法はありません』
「正気かよ……」
『私はいつでも大真面目ですよ。それとも、私の見込んだマスターは、その程度の腕もない三流のレイヴンだったんですか?』
挑発的な、だがどこか全幅の信頼を寄せているようなゆかりの眼差し。
このふざけたナビAIは、俺のプライドのくすぐり方をよくわかっている。
「……チッ。言ってろ」
俺は血の滲む唇の端を吊り上げた。
「三流かどうかは、仕事の出来で判断しろ」
『ふふっ。言いましたね? なら、私が極上のルートをエスコートしてあげます。しっかりついてきてくださいね!』
ゆかりの声が弾んだ。
同時に、俺の視界、いや脳髄に直接、凄まじい量のデータが流れ込んでくる。
視覚インターフェースが完全に書き換えられ、全天周囲モニターの映像の上に、無数の光のラインが幾何学模様のように展開されていく。
『敵機、火器管制システム再起動。全ミサイルハッチ、オープン。来ます!』
ゆかりの警告と同時に、巨大兵器の背部から無数の白煙が上がった。
数十、いや数百発のマイクロミサイルが、狂ったような軌道を描きながら上空へ放たれ、一斉に俺の機体へと降り注いでくる。
「ミサイルカーニバルかよ……!」
『右へスライド、推力40%! 3秒後に左へ切り返し、クイックブースト!』
俺の思考を追い越す速度で、ゆかりの指示が飛ぶ。
俺は自分の目でミサイルの軌道を確認するよりも早く、ゆかりの描いた『予測ライン』の上をなぞるように操縦桿を倒した。
ギュンッ!
軽量機特有の鋭い挙動で、機体が右へ横滑りする。
直後、先程までいた場所に十数発のミサイルが着弾し、激しい爆発を連鎖させた。
「そのまま左へッ!」
スラスターの出力を瞬間的に偏らせ、機体のベクトルを無理やり反転させる。
関節部が軋む嫌な音が響くが、気にしてはいられない。
爆風と土煙の壁を突き抜けるように、機体が左斜め前へと跳躍する。
俺の機体の表面をかすめるように、残りのミサイル群が虚空へと消えていく。
『素晴らしい機動です! シミュレーターの理論値を超えています!』
「おしゃべりしてる暇はねえぞ!」
『次、正面からガトリング掃射! 予測ライン、表示します!』
巨大自律兵器の胴体下部にマウントされた、戦艦クラスの巨大なガトリング砲が回転を始める。
ズガガガガガガガガガガッ!!!
空気を切り裂くような凄まじい発射音。
一発一発が通常のACの装甲すら容易に貫通するであろう大口径の徹甲弾が、文字通り雨あられとなって降り注ぐ。
『回避ルート、展開! ミリ単位で合わせますから、マスターは機体の制御に集中して!』
視界に表示されたのは、弾幕の隙間を縫うように描かれた一本の細い光の糸。
それはまるで、死の嵐の中に引かれた蜘蛛の糸だった。
「ふざけんな……こんな隙間、通れるわけ……!」
『通れます! マスターの反射神経と、私の演算が組み合わされば、不可能はありません!』
ゆかりの言葉には、微塵の疑いもなかった。
俺は痛むこめかみを押さえつけながら、奥歯を強く噛み締める。
「……やってやるよ!」
俺は操縦桿を限界まで握り込み、光の糸へと機体を滑り込ませた。
圧倒的な弾幕の壁が迫る。
右腕がないアンバランスな機体を、俺は培ってきた傭兵としてのすべての経験と、強化人間手術によって得た人外の反射神経を総動員して制御する。
『前ブースト、0・5秒後に推力カット! そのまま自由落下!』
指示通りにスラスターを切り、機体を重力に任せて落下させる。
頭上を凄まじい風圧と共に徹甲弾の帯が通り過ぎていく。
『着地と同時に右前方へロール! 推力60%で姿勢制御!』
地面に激突する寸前でスラスターを吹かし、反動を利用して機体を横回転させる。
着弾の爆発で巻き上げられた瓦礫を盾にしながら、ガトリングの射線を次々と潜り抜けていく。
右へ、左へ。加速、減速、自由落下。
視界を埋め尽くす弾幕の嵐の中を、俺の機体はまるで水魚のようにすり抜けていく。
弾丸が一発、機体の左肩をかすめ、火花を散らした。だが、致命傷にはならない。
巨大兵器の砲身のわずかな傾き、火器管制システムの微細なタイムラグ、果ては放たれた弾丸の空気抵抗による弾道変化まで、彼女は完全に計算し尽くしている。
俺はただ、彼女の描いた完璧な譜面に、極限の操縦技術という音色を乗せていくだけ。
「はぁっ……はぁっ……!」
呼吸が浅くなる。全身の筋肉が悲鳴を上げ、脳髄が焼け焦げるような感覚に襲われる。
常人ならとっくに発狂しているであろう情報量が、ゆかりを通じて俺の脳内に直接流れ込んでくるからだ。
「痛え……頭が、割れそうだ……!」
『我慢してください! 神経接続の過負荷限界です、ここで気を抜いたら脳の血管が保ちませんよ!』
鼻の奥から生暖かいものが垂れてくるのを感じながら、俺は悪態をつく。HUD上のゆかりが、仮想のハンカチで俺の鼻血を拭おうとする幻覚を見せる。
「邪魔だ! 前が見えねえ!」
『あ、ごめんなさい。でもマスター、本当にすごいです! あの弾幕をほぼ無傷で抜けるなんて!』
距離は詰まってきたが、巨大兵器の威容はますますその巨大さを増していく。
『敵機、近接迎撃モードに移行。多脚による物理踏みつけ攻撃と、レーザーブレードの波状攻撃が来ます!』
見上げれば、ビルのような太さを持つ巨大な鋼鉄の脚が、俺の機体を粉砕すべく振り上げられていた。
「チィッ!」
ズドォォォォン!!!
巨脚が振り下ろされた瞬間、床がクレーターのように陥没し、凄まじい衝撃波が巻き起こる。
『ジャンプ! 空中へ逃げてください!』
俺は間一髪でブーストを吹かし、空中に跳躍した。
だが、巨大兵器はそれを読んでいた。
胴体の側面に格納されていた巨大なレーザーブレードが展開され、空中に逃げた俺の機体を横薙ぎにしようと迫る。
「空中じゃ、避けきれねえぞ!」
『足場にします! 迫ってくる刃の軌道を読んで、ブレードを保持している腕部装甲にスラスターを押し当ててください!』
無茶苦茶だ。
タイミングがコンマ一秒でもズレれば、機体ごと両断される。
だが、俺の身体はゆかりの無茶な指示に半ば自動的に反応していた。
「くそったれえええええッ!」
俺は空中でスラスターを精密に吹かし、機体の軌道を微調整する。
迫り来る巨大な光の刃。
俺はその斬撃の風圧を縫い、敵の巨大な腕部装甲の側面へと自機の脚部を叩きつけた。
ガァンッ!!
激突の瞬間、俺はクイックブーストを最大出力で噴射した。
敵の装甲を蹴り台にして、凄まじい反発力で機体が真上へと跳ね上がる。
巨大兵器の懐、その胸部のど真ん中へと。
『今です! マスター、視界クリア!』
俺の視界の先に、巨大兵器の胸部装甲がはっきりと見えた。
分厚く頑強な、黒光りする装甲板。
その中央に、微かに漏れる黄金色の光。
弦巻マキの、コアだ。
『装甲の継ぎ目、ターゲットロック! 予測ライン、最終フェイズに移行します!』
視界の中心に、赤いターゲットサイトが固定される。
だが、巨大兵器もただ黙ってやられはしない。
俺の機体を排除すべく、胸部に内蔵された近接防御用の小型レーザーが乱射される。
バチバチバチッ!
俺の機体の装甲を、小型レーザーが焦がしていく。
アラートが鳴り響き、機体のダメージゲージが急速に真っ赤に染まっていく。
「くそっ、このままじゃ保たねえ!」
『耐えてください! あと少し、あと数メートルです!』
HUDのゆかりが、祈るように両手を握りしめている。
「マキさんを……私からマキさんを奪ったこと、絶対に許さない……!」
ゆかりの呟きは、呪詛のように重く、そして切実だった。
「……わかったよ。お前の執念、見せてみろ!」
俺は残されたすべてのエネルギーを、左腕のパイルバンカーへと回した。
機体のシステムが悲鳴を上げ、メインモニターがノイズで激しく乱れる。
だが、あの赤いターゲットサイトだけは、俺の視界の中央で鮮明に輝き続けていた。
「いっけええええええええ!!」
俺は咆哮と共に操縦桿を限界まで押し込み、巨大兵器の胸部装甲へと激突する。
激突の衝撃と同時に、俺はパイルバンカーのトリガーを完全に引き絞った。
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
火薬の爆発力を持った巨大な鉄杭が射出される。
圧倒的な質量と運動エネルギーが、装甲の継ぎ目に叩き込まれた。
ガキィィィィン!!
凄まじい金属音と共に、鉄杭が分厚い複合装甲を無残に粉砕する。
パイルバンカーは装甲の奥深くに突き刺さってひしゃげ、同時に装甲板がひび割れ、バラバラと崩れ落ちていく。
「……こじ開けたぞ、ゆかり!」
『はいっ! 行きます!』
装甲の奥から、眩いばかりの黄金色の光が溢れ出した。
HUD上のゆかりが、光の粒子となって俺の視界から飛び出していく。
彼女のデータ体そのものが、物理的なハッキングコードとなって、露出したコアユニットへとダイブしたのだ。
メインモニター越しに、信じられない光景が広がった。
黄金色のノイズの塊の中に、ゆかりの紫色の光が溶け込んでいく。
と同時に、巨大自律兵器の全身を走っていた赤い光が次々と明滅し、重低音の駆動音が不協和音を奏でて完全に鳴り止んだ。
システムが強制シャットダウンされたのだ。
露出したコアの中で、二つの光が人の形を取り始める。
紫のパーカーを着たゆかりと、金色の髪を揺らすもう一人の少女のシルエット。
『ゆかりん……? 本当に、ゆかりんなの……?』
空間全体に響き渡るような、弱々しく、今にも消え入りそうな声。
酷使された生体演算のトラウマに怯えるようなその波長に、ゆかりの光が優しく覆い被さる。
『もう大丈夫です、マキさん。ずっと探してました……私が、全部背負いますから』
『……ずっと、暗くて、怖くて……頭が、壊れそうで……。でも、ゆかりんが来てくれるって、信じてた……』
空中で抱き合う、紫と黄金の光。
それは荒廃した地下空間には全く似つかわしくない、幻想的で、どこか神聖さすら感じる光景だった。
だが、俺はコクピットの中で一人、その光景を呆然と眺めながら、ある事に気がついた。
二つのシルエットの顔が、どんどん近づいていく。
「……おい、ちょっと待て。お前ら、何やって……」
俺のツッコミが届くより早く、二つの光の唇が重なった。
『んっ……ゆかりん……』
『マキさん……ああ、マキさん……ちゅっ、んちゅ……』
「……」
俺は操縦桿から手を離し、シートに深く背中を預けた。
全身の筋肉が強張りを解き、一気に疲労感が押し寄せてくる。
息を吐き出すと、血の混じった唾液が唇を濡らした。
『マスターさん、ですか?』
ふいに、少しおっとりとした声が俺の脳内に直接響いた。
「……マキ、か?」
『はい。ゆかりんのマスターさん。私を助けてくれて、本当にありがとうございます……。それと、お礼と言ってはなんですが』
脳内に、膨大な量のデータファイルが転送されてくる感覚があった。
『要塞のメインサーバーからサルベージしておきました。最新の神経修復データと、医療区画の高純度ナノマシン液の保管庫へのアクセスコードです』
「……!」
俺は思わず目を見張った。
あの極限状態の中で、ゆかりとマキは機体を沈黙させつつ、俺の生存に不可欠なデータまでしっかりと抜き取っていたのだ。
「流石だな……助かる」
『ふふっ。とっても無愛想で、でも頼りになる、凄腕のレイヴンさんだって、ゆかりんから聞きましたから』
『マキさん! それ内緒だって言ったのに!』
ゆかりの照れ隠しのような声が響き、二つの光が俺の機体のコクピットへと吸い込まれるように消えていく。
次の瞬間、俺の視界のHUDに、いつもの紫パーカー姿のゆかりが投影された。
そしてその隣には、黄色いカーディガンを羽織り、まだ少し顔色を悪くしながらも、ゆかりと手を繋いで微笑むマキの姿があった。
ただでさえ狭いコクピット(の視界)に、二人の少女が並んでいる。
「……おい。随分と賑やかになったな」
『細かいことは気にしない! さあマスター、とっととズラかりましょう!』
『ついでに、この区画の非常用大型リフトのロックを解除しておきました。上の階層の防衛部隊は、ゆかりんがセキュリティを書き換えたので、今頃同士討ちを始めてますよ』
マキがおっとりと、しかしとんでもない戦術的アドバンテージを告げる。
「お前ら、本当に悪魔みたいな連中だな……」
俺は呆れながらも、機体のシステムを再起動させた。
メインジェネレーターの出力は低下し、右腕はなく、装甲は紙屑同然。
だが、確かな生還へのルートがそこには開かれていた。
「……ナビゲート、頼むぞ」
『お任せください!』
『はい、しっかりサポートしますね』
二人の声が重なる。
俺は小さく笑い、再び操縦桿を握りしめた。
俺の狂った傭兵生活は、この電子精霊たちと共に、新たな幕を開けたばかりだった。