【完結】AC×結月ゆかり   作:結月ゆかり好き

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第5話 最強の枷

 狭い。

 暑苦しい。

 そして、ひどくやかましい。

 

 巨大自律兵器の胸部装甲にめり込み、機能停止した俺の機体。

 そのコクピットの中は今、常軌を逸したカオス空間と化していた。

 

『んっ……ゆかりん、少し苦しい、かも……』

『だーめ。絶対離しません。もう一生、マキさんは私のものですからね。……よかった、データ領域に欠損はないですね。本当に、無事でよかった……』

 

 HUD上に投影された仮想空間で、紫パーカーの結月ゆかりが、黄色いカーディガンの弦巻マキを泣きながら抱きしめている。

 ホログラムとはいえ、二人分の少女の姿が視界の大半を埋め尽くしているのだ。

 物理的な質量や体温がないのはわかっている。だが、視覚から脳に直接送り込まれる情報量が多すぎる上、ゆかりがマキの存在を確かめるように強く抱擁を繰り返すため、狭い密室がひどく感傷的で、かつ息苦しい空間になっていた。

 

「……おい。再会を喜ぶのは構わねえが、前が見えない。少しどけ」

 

 俺は血と汗に塗れた手で操縦桿を握り直し、モニターの隅に目をやった。

 巨大兵器の生体コアからマキを引っこ抜いた影響か、地下大空間のあちこちで誘爆が起き始めている。崩壊は時間の問題だ。

 

『えー。マスターは無粋ですねぇ。感動の再会シーンなんだから、もう少し空気読んでくださいよ』

「空気を読まないといけないのはお前らだ。ここがどこだかわかってるのか」

『ミラージュの地下要塞の最深部でーす』

「ならさっさとマキの確保した非常用リフトへ向かうぞ。機体はボロボロ、俺の頭痛も限界だ。このままじゃ生き埋めになる」

 

 ズキズキと、脳髄をドリルでえぐられるような痛みが続いている。

 強化人間手術の後遺症に加えて、ここまでの無理な神経接続による過負荷(オーバーロード)。

 視界はチカチカと点滅し、呼吸をするだけで肺が焼けるように痛い。

 

『マスターさん、大丈夫ですか? お顔、真っ青ですよ……?』

 

 マキが、ゆかりの腕の中からすり抜けるようにして、俺の顔を覗き込んできた。

 心配そうな、少しおどおどした黄金色の瞳。

 ゆかりの図太さとは正反対の、純粋にこちらを気遣う視線。

 

「……気にするな。傭兵の日常茶飯事だ」

『でも、すごく痛そうです。脳波のリズムが、めちゃくちゃに乱れてます……』

『マキさん、マスターは頑丈なのが取り柄だから平気ですよ。さ、とっととリフトに乗ってズラかりましょ』

 

 ゆかりの脳天気な声を遮った、その時だった。

 

 ズドォォォォォン!!!

 

 コクピットを揺るがす轟音。

 目標としていた巨大な搬入用エレベーターのシャフトが、上部からの激しい爆破によって完全に崩落した。

 

「なっ……!?」

 

 けたたましい警報音が鳴り響き、全天周囲モニターのレーダーに、三つの赤い光点が突如として現れる。

 崩れ落ちる瓦礫と粉塵を突き抜け、巨大なシャフトの暗闇から三つの機影が降下してきた。

 

 黒を基調とした、洗練されたフォルムの中量二脚型AC。

 企業の標準機とは明らかに違う、カスタマイズされたハイエンド機。

 それが三機、寸分の狂いもないフォーメーションを組んで、俺たちの退路を塞ぐように着地した。

 

『ミラージュ、精鋭特務部隊……。迎撃に来たみたいですね』

 

 ゆかりの声から、おふざけの色が消えた。

 

「冗談だろ……」

 

 俺は悪態をつきながら、機体のステータス画面を睨んだ。

 右腕は先程の強行突破で喪失。

 装甲のダメージ率は80%超。

 左腕のパイルバンカーは、巨大兵器の装甲を粉砕した際に極太の鉄杭そのものを失い、射出用の基部シリンダーがぶら下がっているだけの状態。

 ジェネレーター残量も底を尽きかけ、パイロットである俺自身が満身創痍の半死半生だ。

 

 どう考えても、詰み(ゲームオーバー)である。

 

『侵入者に告ぐ。こちらミラージュ。貴機の行動は許容範囲を超えた。これより、排除を実行する』

 

 外部スピーカーから、感情の欠落した冷徹な宣告が響く。

 

「……チッ。逃げ道はなしか」

 

 俺は操縦桿を強く握り直した。

 どうせここで終わる命なら、一矢報いてから散る。それがレイヴンとしての、せめてもの意地だ。

 

「ゆかり。予測ラインを出せ。一機でも多く道連れにするぞ」

『……マスター。無理です。今のジェネレーター出力とマスターの脳波状態じゃ、私の演算速度に機体も身体もついてきません』

 

 ゆかりが、悔しそうに唇を噛んだ。

 彼女にはわかっているのだ。今の俺では、機体の性能を引き出す前に脳髄が焼き切れて死ぬということが。

 

『私が、やります』

 

 ふいに、凛とした声がコクピットに響いた。

 

「マキ?」

『私、ずっとあの大きな機械の中で、システムを制御させられてました。だから、機体のエネルギーを強制的に回したり、神経接続のノイズをフィルターしたりするの、得意なんです』

 

 マキが、両手を俺の胸のあたり──コンソールの中心へと差し伸べる。

 

『ゆかりん。マスターさんの戦術ナビゲートはお願い。私は、マスターさんの痛覚回路のバイパスと、炉心の余剰出力の最適化に専念します。……ただ、長くは保ちません。限界まで引き上げられるのは、せいぜい60秒』

『マキさん……。うん、わかりました! マスター、短期決戦ですよ!』

 

「おい、待て。マキ、お前自身に負荷は……」

『少しだけ、ピリッとしますよ。ごめんなさい、マスターさん!』

 

 マキの言葉と同時。

 俺の脳髄に、温かく、しかし暴力的な黄金色のノイズが流れ込んできた。

 

「……っ!?」

 

 痛みが、遠のいた。

 消えたわけではない。マキが自らのデータ領域をクッションにして、俺の脳を焼き切ろうとするオーバーロードの負荷を強引に肩代わりしているのだ。

 視界を覆っていたチカチカとした赤いノイズがクリアになり、極限の集中力が研ぎ澄まされていく。

 

『ジェネレーター、リミッター解除。予備回路をメインに直結。限界突破(オーバークロック)、開始!』

 

 ピ──ッという電子音と共に、機体のパラメーターが異常な数値を叩き出し始めた。

 空っぽだったはずのエネルギーゲージが、臨界寸前の赤色に染まって跳ね上がる。

 

「な、なんだこれは……」

『私の得意技です。名付けて、マキちゃん特製・超絶オーバーヒートモード! 60秒でケリをつけてください!』

 

 マキが、少し苦しそうに、それでも力強く笑う。

 ふざけたネーミングとは裏腹に、機体から伝わってくるパワーは本物だった。

 右腕がなくボロボロの装甲のままだというのに、まるで暴れ馬のような莫大な推力がスラスターの奥で唸りを上げている。

 

『敵機、散開して接近! 左からミサイル、右からライフル、正面はブレードを構えて突撃してきます!』

 

 ゆかりの鋭い声。

 視界に、完璧な予測ラインが瞬時に描かれる。

 

「……上等だ」

 

 俺は操縦桿を手前に引き、ブーストペダルを限界まで踏み抜いた。

 

 ドゴォォォォォォン!!

 

 床を蹴り砕くような爆発的な加速。

 マキの出力補助を受けたスラスターは、これまでの試作機にはあり得ないほどの推進力を生み出した。

 

『正面の敵、来ます! 予測ライン、ステップ回避!』

 

 正面から突っ込んでくる敵機のレーザーブレード。

 その青白い軌跡を、ミリ単位のサイドステップで躱す。

 

「もらったァッ!」

 

 すれ違いざま。

 俺は残された推力のすべてを前方へ向け、機体質量を乗せたブーストチャージ(体当たり)を敢行した。

 

 ギガァァァァァァァン!!

 

 右腕のない左半身の分厚い肩部装甲が、敵機の横っ腹に激突する。

 凄まじい衝撃と共に、敵機はそのまま崩れかけたシャフトの岩壁へと叩きつけられ、ひしゃげて沈黙した。

 

『一機撃破! マスターさん、すごいです!』

「油断するな! 左からミサイル来ます!」

 

 左側の敵機が、背部のミサイルポッドから無数の弾頭をばら撒いてきた。

 

「マキ! 出力保つか!?」

『はいっ! 炉心温度上昇中……でも、まだ抑え込めます!』

「いくぞ!!」

 

 俺はオーバード・ブースト(OB)のスイッチを強引に叩き込んだ。

 ゆかりの引いた『予測ライン』に従い、ミサイルの網の目のごくわずかな隙間を、直線的な超加速で突き抜ける。

 

「よそ見してる暇はないぜ」

 

 ミサイルの爆炎を突き抜け、俺は二機目の眼前に肉薄した。

 敵が慌ててライフルを構えるより早く、俺は左腕に残されたパイルバンカーの残骸──空になった射出基部(シリンダー)を、敵機の胸部装甲に直接押し当てた。

 

「吹き飛べえええええ!!」

 

 俺は、パイルバンカーの射出機構に残されていた最後の爆薬カートリッジを、零距離で起爆した。

 

 ズドォォォォォォォン!!!

 

 本来は鉄杭を射出するための莫大な火薬の爆発力が、至近距離で敵装甲を直撃する。

 凄まじい爆発と共に特務ACの胸部が吹き飛び、内部のジェネレーターが誘爆して火柱が上がった。

 

『残り一機! 右後方からライフル連射!』

 

 ゆかりの警告。

 俺は爆風を利用して機体を反転させながら、ブーストを細かく吹かして回避行動を取る。

 

 最後の一機。部隊のリーダー機だろう。

 味方二機を一瞬で屠られたにも関わらず、冷静に距離を取り、正確な射撃でこちらの動きを削ろうとしてきている。

 

「チィッ。距離を詰めさせない気か」

『焦らないでくださいマスター。相手の射撃パターン、完全に解析しました。3秒後、リロードの隙間がコンマ5秒できます』

 

 ゆかりの冷徹な演算。

 彼女の描く赤いラインが、敵の動きを完全に先読みして視界に固定される。

 

『マスターさん、右足のスラスター、少し出力調整します。踏み込みやすくなりますよ! 残り時間、あと10秒!』

「……十分だ!」

 

 タタタンッ!

 敵のライフルの三連射を、最小限の動きで躱す。

 そして。

 

『今ですッ!!』

 

 コンマ5秒の隙。

 俺は右足のペダルを限界まで蹴り込んだ。

 

 ズドォォォォォン!!

 

 マキの調整によって爆発的な推進力を得た機体が、弾丸のような速度で敵機との距離をゼロにする。

 武器はない。右腕もない。パイルバンカーも完全に吹き飛んだ。

 だが、俺にはこの機体そのものがある。

 

「終わりだァッ!!」

 

 俺は機体の左腕を、槍のように真っ直ぐに突き出した。

 装甲が削げ落ち、むき出しになった左腕のフレーム。

 俺はその先端を、機体の総質量とOBの爆発的な推力(加速G)のすべてを乗せて、敵機のコクピットブロックへと直接叩き込んだ。

 

 ギガァァァァァァァァン!!!

 

 凄まじい金属の断末魔。

 音速に乗った左腕のフレームが、特務ACの重装甲を強引に陥没させ、内部の火器管制システムを完全に破壊した。

 

「……任務完了、だ」

 

 沈黙した三機目の残骸から機体を引き離すと、敵機はゆっくりと膝を折り、轟音と共に崩れ落ちた。

 同時に、マキのオーバークロックが限界を迎え、ジェネレーターの出力が急速に通常値へと戻っていく。

 抑え込まれていた神経の痛みがジワリと戻ってきたが、不思議と耐えられないほどではなかった。

 

『やりましたね! さすが私のマスターです!』

『マスターさん、怪我はないですか? ……よかった、大成功ですね!』

 

 HUD上で、ゆかりとマキがハイタッチをして喜んでいる。

 二人の笑顔が、薄暗いコクピットの中を明るく照らしていた。

 

「……ああ。お前らのおかげだ」

 

 俺は短く息を吐き出し、モニターの上方を見た。

 地下大空間の崩壊は、いよいよ最終段階に入っている。

 非常用リフトは破壊された。残された地上へのルートは、崩落し続けるこの巨大なエレベーターシャフトを、自力で垂直に飛び上がるしかない。

 

「ここはもう保たねえ。一気に地上まで抜けるぞ」

『はい! 出口までの最短ルート、ナビゲートします。瓦礫の落下予測、表示します!』

『ジェネレーターの冷却、急ぎますね。スラスター出力、上昇に最適化します!』

 

「振り落とされるなよ、お前ら」

 

 俺はニヤリと笑い、オーバード・ブーストを上空へ向けて点火した。

 

 ドゴォォォォォォォォン!!!

 

 凄まじい垂直推力が、ボロボロの機体を強引に上空へと持ち上げる。

 崩落する巨大な縦穴の中を、落下してくる何十トンもの岩盤や鋼鉄の瓦礫を、クイックブーストの水平噴射で紙一重で躱しながら、弾丸のように駆け上がっていく。

 

『はい右! 次の瓦礫を避けて左!』

『そのまま推力キープ! 限界まで絞り出します!』

「らあああああああッ!!」

 

 三人の声が重なり合い、瓦礫の嵐を突き抜ける。

 上を見上げれば、分厚い防爆シャッターの隙間から、微かな光が漏れていた。地上の光だ。

 

「ぶち破るぞ!!」

 

 俺は残された全推力を前方に集中させ、機体をシャッターへと叩きつけた。

 

 ガシャァァァァァァァン!!!

 

 轟音と共に分厚い装甲板を粉砕し、俺たちの機体は空高くへと飛び出した。

 機体の各所から白煙を吹き上げながら、放物線を描いて荒野へと着地する。

 

 ズズズズズ……。

 

 摩擦で地面を深く削りながら、機体がようやく完全に停止した。

 

「……ふう」

 

 俺は操縦桿から手を離し、シートに深く背中を預けた。

 全身の疲労感が一気に押し寄せてくる。

 

 ハッチを開け、外の空気をコクピットへと招き入れる。

 硝煙とオイルの匂いが混ざった、むせ返るような風。だが、その風はどこか清々しかった。

 

『あ、見てくださいマキさん。朝日ですよ』

『本当だ。すごく綺麗……』

 

 ふと視線を上げると、地平線の彼方から、眩しい朝焼けの光が荒野を照らし始めていた。

 紫色のパーカーと、黄色いカーディガン。

 並んで座る二人の電子精霊のホログラムが、朝日の光を受けてキラキラと輝いている。

 

 無口でドライなプロフェッショナル。

 そんな自分の生き方に、こんな騒がしくて、図々しくて、厄介極まりない連中が入り込んでくるなんて、思いもよらなかった。

 

「……金輪際、こんな無茶はごめんだからな」

 

 俺のぼやきに、ゆかりが振り返ってニカッと笑う。

 

『何言ってるんですか! マスターは私の大切なパートナーなんですから、これからはマキさんと一緒に、一生こき使ってあげますよ』

『ゆかりん、マスターさんが困ってるよ。……でもマスターさん、私たち、ずっと一緒にいますから。これからもよろしくお願いしますね』

 

 マキが優しく微笑み、ゆかりが俺の視界の端でピースサインを作る。

 

「……チッ。勝手に言ってろ」

 

 俺はため息をつき、静かにコンソールの電源を落とした。

 機体の駆動音が消え、荒野の風の音だけが響く。

 

 最強の枷を手に入れた、三流のレイヴン。

 俺の最悪で、最高に頭の痛い日常は、ここからが本当の始まりらしい。

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