その後、俺はどうやってあのスケルトンの壁をもう一度切り抜けたのかわからない。
ただ、誰かに大きく迷惑をかけたんだろうな、という感じはした。
クラスメイト達のところに戻ってきた時、天之河が何かを言っていた。それは、普段であれば聞き流せるが、今はズルズルと後ろについている。
「月見里、南雲が友達で飛び出すのはわかるけど、お前は他の仲間まで…待て、お前なんで泣いてないんだ?友達が死んだんだぞ?」
「さあ…な。何で泣けないんだろうな…俺にもよく分からないや…」
天之河の言い草と表情は暗に俺が薄情なやつだという感じだった。
…たぶん、俺は南雲が死んだことに落ち込んでいたわけじゃないと思う。
この大迷宮で、魔物を殺し、殺されかけ、目の前で友人が死ぬのも見た。
クラスメイトの反応は様々だった。大半はぼーっと大橋の向こうを眺め、何人かは座り込んでしまった。
こんな時に白崎はどうしているのかというと、気絶していた。
八重樫曰く、暴れまくって体が壊れるぐらいの馬鹿力を出し始めたので、団長が気絶させたとのこと。
俺は白崎にも俺を止めようとした他のクラスメイトにも罪悪感が湧いた。
階段を上がっていく時、誰もが無言だった。
暗く長い階段を登り続け、魔法陣が見えた。
「異様な反応はなし」
俺なのか、いつものトラップを見る人のどちらか分からなかったが、そんな無機質な声が響いた。
団長が魔法陣の前で詠唱すると、壁がくるりと回転した。そこから出ると、元の階層である20階層だった。
周りの生徒達からは安堵の声が漏れ、何人かはそのまま座りそうになっていた。
天之河達ですら、壁にもたれかかっていた。
俺はそんな中、ぼーっと立っていた。
メルド団長が座り込みそうになった生徒達にそうはさせず、緊張の糸を切れされないように、立ち上がらせる。
20階層とはいえロックマウントが何体も出てきたら、この疲労状態では致命的だ。
俺は、団長達の後ろをぼんやりと、歩いていった。
帰り道は、ただただ感知に引っかかったものを報告し続けていた。
戦うのはかろうじてできたが、槍を何度も力無く突き刺して殺すのが精一杯だった。
そんな俺を見ても、誰も非難しなかった。グロさ故に青い顔をしているやつもいたが、もはや誰も彼もが、弱らせた魔物をグサクザしていた。
まあ、接敵は少なかった上に、大半は騎士達が倒してくれたので、誰も怪我を負うことはなかった。
いつのまにか一階の正面門まで戻っていた。そこから外に出て、大迷宮で集めていた魔石やら何やらを金に変え、世話になった騎士の一人に渡す。
彼はいらないと言ったが、半分を無理やり押し付けた。
俺はいつのまにか、部屋に戻っていた。
清水は何かを感じたのか、話しかけてこなかった。
全ての荷物を置き、血のこびりついた装備を磨いていた。
その度に、殺し、殺されかけ、南雲の死に行く様が脳裏をよぎる。
悍ましさと恐怖が繰り返された。
悍ましい感触は殺しの心地いい感触なのだと理解した。
恐怖は俺が生きたいがゆえのものだと理解した。
理解してしまった。
なら俺はどうするべきか?
クラスメイトには裏切者、俺には力が足りない。生きていたい。
思い出すんだ。抜き身のナイフのような自分を、何もかもを疑ってやまなかった自分を。
なら最初にやることは何だ?
何でこうなった?
檜山が勝手に鉱石に触れたから。
それはしょうがないだろう。力もつけて、調子に乗っていたんだ、それが最悪な形で出ただけ。
その後、誰もがパニックになったから。
俺もパニックだったんだ、それもしょうがない。
南雲をあそこで一人でベヒモス相手に時間稼ぎをさせたから。
そうしなければならなかった。南雲が危険を承知でベヒモスを引き受けなければ、団長も天之河もこっちに来れなかった。
誰かが火球を誤射した。
…そうだよな。それが1番恐ろしいことだ。
誰が裏切者だ?
簡単な話だ、全員を、今、探ればいい。
全員の部屋を見る。
大半は寝ているが、何人かは話している奴らもいる。
その内容は取るに足らないことだ、これからどうするか、怖い、何でこんな目に。
数名はいなかった。
だが、他の部屋で見つけたやつや、外に居たりした。
だが、檜山がいない。
感知と追跡を使い、どこに行ったか追う。
宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。
うわごとのように何かをぶつぶつと言っていた。
気配を遮断し、近くの茂みに隠れて聞く。
「お…俺はやってない…やってないんだ…そんなバカな話があるか…ここで南雲を落とせば…なんて思いはした…でもやらなかった…はずだろ?…なのに…なんで…」
俺はそのうわごとを聞きながら、また思考に耽る。
些細な因縁が、人を殺す。いや、殺させる…と言うべきか。だが、妙な違和感だ。檜山であって、檜山じゃないのか?
何度もうわごとの自己弁護を聞いていると、突然、他のやつの声がした。
「やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか…中々やるね?」
この声、女子の誰かだな。茂みの間からこっそりと見る。
檜山はそいつに煽られている。
NDKというやつだ。ねえどんな気持ち?
恋敵を殺した気分はどう?って感じらしい。
随分と楽しそうだ。
そういえば、お前白崎のこと好きだったな。やめとけよ、あんなやつ。
その二人の会話は進んでいく。
現状、檜山はそいつに脅されている。
まあ、状況を盾に嬲られているとも言えるがな。
残念…ではないが、檜山に逃げ道はない。
相手の方が本題に入った。
「白崎香織、欲しくない?」
檜山はその言葉に明らかに動揺する。
どんな手法を使うかは知らないが、いずれ白崎が手に入るという餌をぶら下げて檜山を下僕にしたいらしい。
檜山はその提案が意味不明すぎて憤慨したが、結局はそいつの下僕となる代わりに、白崎をもらうという提案を飲むことにした。
そいつは、楽しそうに笑いながら踵を返して、宿の方に帰っていった。
「ちくしょう……」
小さく檜山は呟いた。
俺はその後ろ姿を目に刻み込んでいた。
中村恵理、特にアイツは気をつけないとな。
絶対に碌なことをしないだろう。
だが、誰に注意を払うべきかわかったのは僥倖だな。
俺は適当な露店で串肉を二本買い、檜山の元に歩く。
「何してんだ?檜山?」
驚いた顔を檜山は上げる。
「や、月見里…どうしてここに?」
「散歩。頭にあの大迷宮でのいろんなことがこびりついて眠れないんだ」
「そう…か」
「煮え切らない反応だな…どうかしたか?」
檜山は意を決したように、思いもよらなかったことを聞いてきた。
「な、なあ月見里、お前、俺のこと恨んでるか?」
「は?」
「結果とはいえ…南雲のやつが死んだのは…俺が鉱石を勝手に触ったせいだ」
ふむ、難しいな。
正直なことを言って、今思い返してみれば、天之河とか、他のやつでも機会があったらやりそうって感じはする。
まあ、お前が火球をぶち当てようとして、南雲を殺したことには変わりないがな。
「これは私個人としての考えですが…聞きますか?」
「お、おう」
「私としては、今思い返してみれば、どう足掻いても誰かしらはやる気がするんだよな。ああ、俺は例外ですけどね。まあ白崎が綺麗…なんか言いやが…今のは忘れてくれ。まあとにかく、浮かれていたのが致命的な結果につながっただけでしょうね。反省しろよ」
「そう…だな」
ずっと煮え切らない反応が返ってくる。
「君は私になんて言われたいんだ?友達が死ぬ原因に繋がったお前を許さないとか言われた方が良かったのか?」
「そんなんじゃ!ねえ…よ」
まあ、最初に話しかけてきた?やつがあんなのだったから、肯定して欲しいんだろうな。
「私はお前の行動を肯定しないし、責める立場に当たるだろう。だが、私はあえて何も言わない。どうするべきか、これからどうやって行動するかを人に決められても絶対に上手くいかないなだろうからな」
「でも、間違いなく言えることは…お前がやったことは必ずお前に返ってくる。それが、因果だ。世のことわりだ。でも、どんな状況でも挽回の手立てはある。無能だった南雲が全員の命を救ったように…な」
私は串肉を一本渡した。そのまま宿に帰ろうとしたが、踵を返し、檜山の前に立つ。
「あ、そうそう。さっきまでのお前ら二人の会話、全部聞いてたから」
檜山の顔が青ざめる。だが、ハッとした表情で聞いてきた。
「聞いてたのか…なあ、この世界で魔法が勝手に捻じ曲がることってあると思うか?」
「ほぼないだろう。だが、魔法はイメージに強く影響を受ける。考えを振り払ったとしても、こびりついたイメージが魔法をそう動かしてしまったのかもな。干渉の線もあるが…それこそ、お前の今の状況を意図的に作り出そうとしたやつがいるのかもな。まあそんなやつほぼいないと思うがな」
「そうか…なあ、俺はこれからどうしたらいい?」
「…さあな。でもまあ、俺が言えることは…中村じゃなくて、俺の手を取ったら…白崎は無理でもこの世界で英雄として讃えられるぐらいまでは連れてってあげますよ。もちろん天之河よりも上ですよ?」
俺は今度こそ踵を返して歩き始める。
「色良い返事を待っている。期限は…明日の帰りの馬車に乗るまでだ。一緒の馬車に乗ったら、この提案に乗るとみなそう」
自分でも何がしたかったのかよくわからなかった。
でも、話したことか、散歩したことかわからないが、自分の中に刺さっていた
「友人が死んで泣かないなんて、薄情だな」
という天之河に言われた言葉が少し薄れるような感覚がした。
ここで連続投稿は終わりです。