Free Companies Federation 作:ウラリンゴ
グリダニアには夏の兆しが見えていた。
暑さが強まり、紅蓮祭に心が躍り準備に奔走する職員も見られる中、グリダニアの一角にあるFCF本部は今までにない仕事量に忙殺されていた。
前回、不意の事態に見舞われた査問会は後日改めて行われるとして、その2回目が間近に控えているのもあるが、それ以上に今回起きた事案の調査はまだ進行中だ。
誰が始めたのか、その総額は、どこから噂が流れたのか、なぜ噂の出処が評議会なのか。
なぜ制度化されていない現物拠出が始まったのか、なぜそれを担当したと思われる者が亡くなったのか。
謎が謎を呼び、解明しようとすると新たな謎が生まれる。
これは、Free Companies Federationという組織の脆弱性そのものだった。
そこで、第5席をはじめとした調査委員会はこれまで自らが積み上げてきた怠慢を清算するべく、あらゆる部署、あらゆる制度、あらゆる慣例を是正していく。
それは、今回起こった横領事件の範囲を超え、あるいは選挙制度における不正の在り方であったり、あるいは事務局における賄賂の横行であったり……。
この調査委員会の流れを権限の乱用だと批判する動きもあった。
今回の横領事件だけを調査するだけで良いのだと。
しかし、元老院議長が黙認し、エドガー等古参議員が賛同したことでそうした動きは沈静化した。
第11代主席執政官レオニード・カルヴァートは査問会で挑発を繰り返す。
この動きを侮辱的だと批判する者も居れば、示唆的だと深読みする者も居た。
更には、横領を認知出来なかった元老院の怠慢を批判する者も居れば、評議会の監視監察が機能していないと嘆く者も居た。
そして執行権が元老院にあるのだから、監視権は評議会にあるのだから、寡頭制が招いた結果だ、民主制の弱点だと。
演説する者、議論する者、吹聴する者。
議論は活発化し、討論は激化し、FCFは先に進む。
第零席は何をしているのだといった声も上がった。
本事案が発生してから既に2週間は経つが、彼女は一度も表舞台に顔を出していない。
FCFの創始者がこの未曽有の大惨事ともいえる状況で、なぜ何もしないのか。
彼女が介入すればすべて解決するだろう、彼女が出てくればすべてが終わるといった声が少なからず出ていた。
しかしそもそも何処にいるのか、これは第1席でも分からなかった。
事件発生まで、FCFはこれまで表向き順当に成長を続けていた。
しかしその内部は11代に渡る主席執政官の交代を経て、腐敗し、崩れ、腐臭をまき散らそうとしている。
利益が生み出す組織の壊死は、形を変えながらFCFを蝕んでいたのだ。
だが、調査委員会を始めとした評議会や元老院、FCF加盟のFCはここで組織史上初となる大転換を迎えることになる。
◆
「グリダニアからウルダハ、そして海の向こう。我らが大切なFCのギルはこんな大旅行をしていたんだな」
ベルテナンは調査委員会報告書を眺めながら委員会室の席に座り静かにぼやく。
査問会から数日経って、会計知識のある元老院並びに評議会議員を交えて報告会が行われていた。
帳簿の無い数字のズレは、調査委員会に最大の苦難を齎していた。
制度に無い現物拠出を記録に残さず、売り払った金から記録が始まるのだ。当時の価格、拠出された数、物。
これら全てを調べあげるのは至難の業だとして、いくつかに絞り調査を進めると、物の行先が分かった。
売り払われた物は、グリダニアの闇市からウルダハを経由し、海の向こう側へと渡っていたのだ。
生憎、海に出た先は物流の規格が変わることもあり辿れなかったが、大凡新大陸から東方と広くに渡っていた。
その云わば資金洗浄先から、何人かの横領実行犯を特定した委員会は評議会に報告。
死亡した担当者の件は、教唆の容疑があるカルヴァートから聞くとして、横領事件そのものは解決へ向かっていた。
しかし。
未解決が、1つ。
横領の解決が進む中、ただそこに鎮座し続け、不気味にこちらを眺め続けるもう1つの謎について考える。
事件そのものに影響を与えず、調査も難航し精神衛生上好ましくない反応が出ていたため自ら停止を命じたものだが、あれからずっと心に残り続けていた。
何故、誰が、どのように。
そして、第零席クラレ・インフェリアーレの魔力残滓。
彼女が絡んでいるのなら、なぜ一度もこちらに来ないのか。
冒険者としての実力は疑っていないので、誘拐や拉致などと言ったものは端から考えていないが、そもそも誰も居場所を知らないのは意味が分からなかった。
少なくとも今の今までどこで何をしていたのかだけは、聞いておきたかった。
「報告は以上です。何か質問はありますか?」
開いていた目の視点が定まり、議会室に戻って来た。
最前の壇上に上がっていた調査員の1人がコップに水を注ぎ一口飲む。
室内は少量の無秩序と最低限の理性が混在していた。
一人の議員が立ち上がりねじ伏せるような声で問う。
「今回横領されたとされる物についてなんだが、ここまで追えているのに回収不可能なのか?」
壇上の委員は横に座るもう1人に目線を移した。
立ち上がり、卓上の音響クリスタルに手をかざし口を開く。
「はい、恐れながら申し上げますが、不可能です。拠出された物の数すら不明の上、海を渡った場合規格が異なりますので追跡がほぼ不可能となります」
席の至る所から息が吐き出される音が鳴る。
部屋の温度が僅かに上がり、体感の空気が喪失感や諦観で埋められた。
「しかし裏帳簿なる物があるのだろう!それを基に逆算していけば良いではないか!」
黒の制服を着た別の議員が、周囲の声を飲み込むように張り上げた。
周りには頷くように首を振り、同調する者たちも複数人いる。
中には、卓を強く叩いてその主張に全面的な賛同の怒号を上げる者や、言葉を覆い隠すほどの激しい追従のヤジを飛ばす者まで交じっていた。
「その裏帳簿の信頼性が薄いのです!我々は先だって提示された情報から調査を行いましたが、もはやどの数字が正しいものなのかすら分からない状態なのです!」
室内は口々に叫ぶ者の声で、不明瞭な声の魔物が作り上げられる。
「じゃあ、何を根拠に横領があったなんて言うんだ!」
「現物拠出そのものが腐敗の根源であることは明確です!実際に数と価格が誤魔化されていたのも事実です!」
「偶然辿り着けたとでも?そんな財務会計があってたまるか!」
痛恨の一言。
声の聞こえた委員が一斉に俯く。
自身の無能さを叩きつけられた一瞬の静寂は、ベルテナンの顔を歪ませるのに十分な時間を与えた。
その一瞬の静寂を切り込むように、一人の議員が呟いた。
「これは過去の怠慢を発端とする紛れもない事実ですな」
静かだ。荒げず、張り上げず、乾きと低い抑揚は室内を覆う程の存在感で言葉を紡ぐ。
「しかし委員会を糾弾しても仕方ないでしょう。彼らは実行犯ではないですからな」
場を支配したエドガーは静かに着席すると、議長が仕切り直しを告げ、質問者を挙手制に切り替えた。
委員会室を埋め尽くす程の傍聴者ほぼ全てから手が上がる。
報告者は壇上にて立ったまま対応し、手頃な前の方に座る1人を指名した。
「これを担当していた者は死亡したとの事だが、事件性はあるのか?その、つまるところ、殺された、とか」
最初に挙手したのは評議会のメンバー。
白い制服を着崩し、ボタンが留められていない。
「事件性については現在調査中です。しかし、調査員曰く自殺の可能性が高いと報告されています」
言葉を慎重に選んだ報告者は、少しばかり離れた場所に座るベルテナンを見る。
目が一直線に繋がるが、ベルテナンの頷きで離れた。
「自殺?ふむ、分かりました。私からは以上です」
着崩したジャケットが椅子に触れた。
進行役にジョブチェンジした委員は、今度は少し離れた人を指名した。
「私からは2点。よろしいかな?」
次は元老院からの挙手だった。
しっかりと糊付けされた黒の制服が、彼と元老院の権威を知らしめている。
「まずは1点、盗られた物の総数が分からない以上、それを横領として扱うのは少し強引では無いだろうか」
ごもっともな意見だったが、回答は既に用意されていた。
調査委員会の右側に座るララフェル族が立ち上がり、報告をする。
「会計監査の観点から、現物拠出の数がFC側の報告する数値と合っていない点、及び、当時の時価はギルド側より記録が取られておりますのでその時の価格を照らし合わせて総額を計算しております」
淀みなく出てくる回答は、自信に満ち溢れており、作成したグラフに対して小さな体が飛び跳ねる。
「これら数値の差違を証拠とし、少なくとも次の査問会において、かの不遜極まる奴に突きつける用意がございます」
ララフェル族は着席する。
「ありがとう。では2点目だが、委員会は今回の件をどのようにするつもりかな?」
ベルテナンは彼の言葉を聞き終わると、椅子に座り直す。
調査委員会、いや評議会の、そして何より議長の纏う気配が変わった。
全員が、彼が本当に聞きたい事がこちらだったことを理解した。
議長が立ち上がり、言葉を手繰る。
「無論、膿を排し、自浄を健全なる形で達するところにある。そしてこれは評議会の存在理由である」
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