Free Companies Federation 作:ウラリンゴ
第2回査問会は、前回の不意による中止から1週間経って行われた。
挑発を発端とした混沌を制御するため、傍聴席を減らし議員だけに限定することで対策する。
「主席執政官レオニード・カルヴァート。2回目となるが、査問会を開始する」
前回と同じく中央に立つ男は、何も言わなかったが右手を少し上げて手の平を見せるだけに留めた。
熱に浮かされた委員会とは対照的に、微笑みを顔に含め、余裕そうな雰囲気と冷静な目だけが場を俯瞰していた。
そんな様子に議長は息を吐き、先に進める。
「なお、我々評議会は貴様が前回論じた、答え合わせ、とやらに付き合うことを決定した」
委員会室がどよめく。
議長らは多種多様な声が触覚を刺激し、肌が小刻みに動くのを感じていた。
高揚感を覚え、現段階における僅かな優位性を確信した評議会側は、理性でもってそれを無視し続ける。
「そして、こちらからも条件を付ける」
ピタリと、止む。
室内のあらゆる耳が鋭敏に空気を見ていた。
誰もが次の言葉を待つ。
「我々からの問いに対して、貴様の黙秘を認めない」
カルヴァートは表情を一切崩さず、にこやかに応答する。
「いいですよ。調査の全面協力は出来ませんが、こちらも条件を加えた身ですのでね」
評議会の切り札、調査の簡略化と進展を目指す網は、着実にカルヴァートを包囲する。
絡め捕られ、黙すことを封じられた獲物は必ず何かを論じなければならない。
勝ちは目前だと口が曲がるメンバーも居た。
議長が続ける。
「では、前回止まったところからだ。手法について、我々は既にグリダニアにおいて貴様が資金洗浄している証拠を手に入れている」
帳簿を大きく見えるように拡大したものを、机の横に担当者が置いた。
それを凝視するようにカルヴァートは身を乗り出して確認し、小さく頷く。
元の物よりも拡大されたそれは、その場における存在感を肩代わりしているようで、様々な立場の視点を独占していた。
「そして、それがウルダハを経由後、新大陸から東方へ流れているところまで突き止めた。相違ないな?」
一度言葉を止め、黙することを封じられた哀れな男へ問う。
「ええ、素晴らしい調査能力です。どなたがされたのか存じ上げませんが、合格点を差し上げますよ」
複数の席で肺から漏れる音が聞こえた。
それは、答えが合っていた安心感と、未だに高貴な採点官を気取る者への皮肉の音。
被告が提示するゲームに付き合う評議会は、少数の者から見ればある種滑稽であったのだ。
「では、この現物拠出だが、考えたのは貴様ではないな?」
議長が速記や記録が終るのを一時待ち、用意された紙面を一瞥して次を確認する。
「おお、前回から進みましたな?その通りです。仕組みの切っ掛けは私ではないのですよ」
カルヴァートの首から開かれた顎は顔面を天井に向け、笑みを深める。
視線が議長から真上のシャンデリアに向けられるが、視点は向こうを見ていた。
「彼の貢献はFCFの愚物な他のメンバーを超えますよ。善意とはかくも扱えてしまう」
憤懣やるせない議長は、手の平に自身の爪が刺さっていた。
現物拠出の担当者が既に死亡している事は評議会の知るところである。
これを知る他の委員会も歯の軋み、瞼の刮目、更には机の鈍い音が鳴る。
怒り、これは少数を除いて共通する認識であった。
「では、彼を殺したのは、きさ――」
「議長」
頭の片隅から言葉が投げつけられ、言葉を繰り出そうとした議長は、その出端を呆気なく遮断された。
突如齎された音覚への暴力は、思考を止めるのに十分な仕事をした。
そして、言葉を止めた議長と、誰が止めたのかと問う疑問の視線が部屋中を漂う。
「ど、どうされましたかな?第5席様」
議事を止めたベルテナンは、席を立ちカルヴァートを睥睨していた。
しかしその姿に怒りは無く、冷静と客観視を体現しているようだった。
「すまないな、議長。この担当者に関しては私に一任してくれないだろうか」
堂々と宣うベルテナンに議長は狼狽する。
評議会が調査を担当する以上、調査の完遂は存在意義そのものである。
たとえ派遣を要請したとはいえ、この事件の解決は評議会主導でありたかった。
しかし、Sector-13の第5席である。
無下には出来ない。
逡巡の末、議長は自身が今後FCFで活動できることに賭けた。
「かしこまりました。おい、第5席様へクリスタルを」
音響クリスタルが机上へ置かれ、アクティブになる。
細く、今にも折れそうなガラス細工とも言える見た目のクリスタルは、根本が青から赤に変わり発言者へ言の葉の要求をした。
「カルヴァート。貴公にしか知らない情報があるはずだ。私の名において嘘偽りなく発言して欲しい」
クリスタルは室内へ声を届け、反響し発言者と傍観者と、そして中央に立ち手を後ろに組んで笑みを止めたカルヴァートの鼓膜を揺らす。
「カルヴァート。貴公は、当該担当者を殺していないな?」
この一瞬、議長、委員会、そして傍聴席の者たちは発言の意図が汲めなかった。
簡単な言葉だったはずだ。難解な物はなく、耳から頭に入って適正に処理された。
しかし、分解された言葉の要素は、適切に形作られなかったのだ。
そんな中、カルヴァートだけは嬉しそうな表情でもって答える。
「ええ、私は殺していません」
言葉は感情を透過しながら室内を伝播し、全員に情報体を配達する。
そして室内の空気を置き去りにし、2人の応酬は続く。
議長らはもう何が何やら分からなかった。
速記は言葉の理解を脳みそが拒み、分解できないでいるが、それでも聞こえた『音』を紙に文字として残していく。
「では、次だ」
ベルテナンの追求が止まらない。
段階を踏んでいるようだが、2人以外には理解出来ていなかった。
「当該担当者は貴公の関与でもって死んだな?」
「ええ、そうです」
情報としての優位性を失った言葉は、芸術とも言える。
今、部屋を支配する2人の音は、恐怖と壮美な風景を含有していた。
「最後だ」
この言葉だけは理解出来た。
それは、つまらない授業を聞く生徒の如く。
それは、上司の説教を聞く部下の如く。
しかしそれでも咀嚼した栄養素を取り込んで、形にするには前の情報が足りなかった。
「貴公が原因で死んだな?」
ベルテナンはカルヴァートを直視する。
カルヴァートもベルテナンを直視した。
今、この部屋、この境界は2人しかいない。
「これは、ルール違反ですが、まあ良いでしょう」
「はい、原因は私ですが、私は殺していません」
「分かった。以上だ議長。査問会を続けてくれ」
空気が弛緩し、音が情報として伝達される。
鼓膜と脳は回帰し、議長は今の自分を初めて理解した。
汗が、呼吸が。
目は瞬きを忘れていた。
喉が渇き、水を求める。
「ざ、暫時休憩とする!」
査問会は前回の混乱ではなく、過剰な沈黙と消耗による『暫時休憩』という形で、一時その幕を下ろすこととなった。
◆
「教唆」
呟く言葉は重く、空間を浸透しながら霧散する。
あの後、査問会は恙無く進み、笑みを張り付けた表情で挑発を繰り返しながらも、答え合わせと称した採点会場は無事終了した。
ベルテナンは査問会から自宅に戻り、問答によって得た答えと自身の推理を掛け合わせて更なる推理、そして可能性について考える。
片手にはグラスに入れた、酒。
「現物拠出の担当者が諭されただけで自殺」
グラスはリムサ・ロミンサのとある彫金師が作った物で、マーケットボードで売りに出されていたものを偶然見つけ、その意匠の美しさに目を奪われ即決で買ったものだ。
銘は知らない名前だったが、極めて高い技術力と繊細な力加減が織り成す芸術品とも言える。
「何を言われたんだ」
酒は1人で静かに飲むために態々取り寄せた逸品であった。
温暖な東ラノシアの有名なワイン畑でとれるブドウを使った物で、高級居留地コスタ・デル・ソルでも出される高級品である。
ボトルで買った時、財布の喪失感と心の充足感を同時に齎した物とも言えた。
グラスの赤道で湖面が揺らぎ、波うち、渦を巻く。
「死んだのが、1年前」
部屋は照明が1つしかなく、淡い橙色の光が障壁を通して全体を映すことで、かろうじて輪郭が分かる程度に抑えられている。
カーテンが閉め切られているが、帳は既に降りており、濃紺の息遣いだけが薄い布を揺らしていた。
「選挙前、主席執政官になる、前?」
レコードプレイヤーから流れる音は、針独特のノイズを走らせながら整えられた旋律を繰り返し奏でる。
棚には複数枚の厚紙が収納されており、統一されたジャンルで整えられていた。
同じ音を流し続ける。
「なる前に接触して」
椅子が軋む。
背もたれが地面とほぼ水平になり、肘掛けが垂直を目指す。
天井には僅かな木目とモノトーン。
「何かを言った」
グラスの湖面は、傾けるごとに広くなり、そして水深が浅くなる。
星を支える底と、重厚な机が劇的な邂逅を果たす。
「何かをしたのか?」
人の手が最も触れる部分が、熱い。
日の落ちた風が涼しい。
「殺していないが、原因」
「諭してない?」
可能性はまた新たな可能性を提示した。
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