Free Companies Federation 作:ウラリンゴ
カルヴァートが見る前で男は用意したグラスに液体を並々と注ぐ。
「さて、キリキリ吐いてもらうぞ」
目の前の見慣れた黒と赤のグラデーションを放つこれは、自身もよく知るワイン。
ブドウの芳しい香りと、アルコール特有の鼻を突く臭いは特上の物。
吐く、と言っても、酔い潰して胃の中身を吐かせようというわけではあるまい。
では、考えられるのは真相か。
カルヴァート自身気付かない内にグラスを凝視していたのだろう。
「ああ、セイン議員から貰ったんだ。お前の悪行に奔走するオレを見て気の毒に思ったらしくな」
そう言ってのけながら、自らのグラスを傾けるのは視線に気づいた第5席ベルテナン・ファルヴェールだった。
彼が自室で悩みぬいて出した結論は、古来より犯罪の容疑者に使われる手法。
取り調べである。
「タバコを吸っても?」
懐から四角い小さな箱を取り出しながら、マッチを探すフリをするカルヴァートは、取り敢えずの時間稼ぎで自身の思考を整理する。
ベルテナンは、その箱を一瞥した。
明朝、突如見張り役から齎された面会の情報は、カルヴァートを朝から困惑させた。
そう、面会なんて聞いてないばかりか、もし今この場にあの方が来られたら、全ての計画が水泡に帰す。
であれば他の誰か。
しかし誰が来るのかさっぱり分からないカルヴァートは、場と思考の準備をするのに一歩遅れてしまった。
そんな内心で波乱の奔流を受け流しているカルヴァートに非情な答えが返る。
「いや、ダメだ」
視線が交差する。
まさか、ダメと言われるとは思っていなかった。
静かにいつも使っていた精神変質剤入りのタバコを仕舞うカルヴァートは、これまでに主導権が握られ続けている事に焦りを感じていた。
「すまないが煙が苦手なんだ。臭いもな」
言いながら横のカバンからメモ帳を取り出すベルテナン。
「じゃ、始めようか」
◆
ベルテナンから切り出した取り調べは、ただの雑談から始まる。
「で?査問会のあれはなんだ」
あれ。
あれとは何だ。と言えたらどれだけ楽だっただろうか。
カルヴァートは査問会で構築してきたイメージを思い浮かべて、酔いが回り赤く変色してきた顔を顰める。
「あれ、と申されましても。お伝えしたでしょう。答え合わせだと」
醜態とも言えるあの場の言動を思い出し、顔を覆いたくなるカルヴァート。
まさか薬理の影響とは言えない。
部屋から出る前にタバコを一本吸い査問会に挑んできたが、証言の全てから信憑性が消える為、これを今ここで話す事は出来なかった。
「これまであまり話したことが無かったが、人が変わりすぎだ。選挙活動中のあの可愛いカルヴァート君は一体どこに行ったのやらと、誰かが心配していたぞ」
誰だそれは。とは言えない。
カルヴァートは、大方目の前でグラスを傾ける男だろうと、勝手に推測して勝手に終わらせた。
「そうですね。選挙期間中は必死でしたし、少し変な私が出たのでしょう」
アルコールが暴れる脳内は、最低限の働きしかしてくれない。
鈍い思考回路は、果たして正常に言葉を紡いでくれているだろうか。
頭を冷やすために、手頃な飲み物を求めるが、目の前にあるのは元凶たるアルコールだ。
「おお、無くなったか。良いぞドンドン飲め」
カルヴァートの持つグラスから、中の液体が全て無くなると、間髪入れずに次が注がれる。
飲み干したと思ったものが、即刻補充される様は、時と場合によっては嬉しくも、今は悲しい物だった。
注ぎ終わってボトルを置くベルテナンは、世間話の続きと言わんばかりに聞く。
「ところで、どれがお前なんだ?」
カルヴァートは底冷えの空間の中で手足だけには血流が流れているのを感じた。
選挙期間中、元気に公約を叫ぶお前か?
査問会で挑発を繰り返すお前か?
それとも、今グラスを握りしめ、視線が左右上下に移動しながら考え続けるお前か?
少ない言葉にある含意を正しく汲み取ったが、言葉を紡げない。
「ふむ。まあ、答えなくていいぞ」
そんな様子を見て、ベルテナンは飲みながら視線だけは正面を向いて言った。
額の熱を確かめるように、膝に肘をついて手の平を顔に持って行くカルヴァート。
沈黙こそ、雄弁なり。
「いや、良いんだ。本題はここじゃないし、聞かなくても本質は外れないからな」
ボトルと一緒に持ってきたツマミを口に運びながら笑みを浮かべるベルテナンは、秘かな勝利宣言を下す。
貰い物だが、中々の味だった。
「オレが聞きたいのは、寧ろこちらだ」
グラスを机に一度置いて、鞄から紙を取り出す。
紙面上部には、イシュガルド神殿騎士団の文字。
「これもお答えしたはずです。殺していないと」
熱に浮かされた絞り出す様な声は、同じく酔いが回るベルテナンに正しく届いた。
「ああ、聞いたさ。そして、原因であるともな」
背もたれに身体を預けながら手を組んで腰の位置に置くベルテナンは、この部屋で唯一くつろいでいた。
無論、この部屋には現在2人しか居ないが、支配権を片方だけが持つ空間は、自身の部屋だと言うのにカルヴァートにとって圧倒的不利に働く。
「昨日、オレは1人で考えたんだ。査問会の言葉、残された証拠、隠された真実」
そして、熟考の末に導き出された可能性。
「そう、お前は彼を殺していない。死ぬように仕向けたんだ。そうだろう?現物拠出の始まりは悪事が露呈した時、邪魔になると。主席執政官になる前に接触して、FCFの癌だとでも言ったんだろう!」
ベルテナンの義憤に駆られた声は、顔と連なり鬼神の様であった。
彼は同じ部署に所属する者同士であったが、交流らしいものは無かった。
しかし同じく会計の知識を有する者であり、ギルに並々ならない執心があった。
優しく、聡明で、FCメンバーに慕われるFCFの大事なメンバーであったのだ。
FCFに連なる者が、会計の悪意を理由に殺された。
立ち上がり、睨みつけるベルテナンに対してカルヴァートは視線を向ける。
その顔には見覚えがあった。
あの方に、話をした時にその美しい眼に映っていたもの。
思い出して、不思議と含み笑いが漏れる。
「フフ、フフフ。フハ、クフフフフ……」
笑いが止まらない。
目の前で怒鳴り、立ち上がり、睨みつける男が心底可笑しかった。
「違う、違う違う。違いますよ。全く違う!」
カルヴァートも立ち上がり、見当違いの推理を自慢げに披露する道化を睨みつける。
「ああ、残念だ。あなたなら!元老院議員で創設メンバーのあなたなら分かると思ったのに!結果がこれか!評議会とは、FCFとはこの程度なのか!Sector-13が聞いて呆れる!」
既にカルヴァートは自分が何を言っているのか、理解していなかった。
口は頭で沸いた単語を発するだけの装置に成り下がり、目は一点だけを見つめる集光レンズへと堕落する。
勝手に期待したのはカルヴァートだが、本件の未来はFCFの未来である。
愚鈍な評議会等とは違うと、自分勝手に期待していたのだ。
その期待が、裏切られたと、失望していた。
そんな、立ち上がり涙を一筋流しながら愚弄してくる男を見て、ベルテナンは表情を一瞬で変容させた。
口角を上げて答える。
「ほぉ、違う……」
顎が上を向き、目が細められて弧を描く。
「それは僥倖。情報感謝するよ、主席執政官殿」
それは、やっと答えを見えた男の、執念から来る達成感であった。
「オレの演技も大したものだろう?あのクソ女からは不評なんだが」
演技。
頭で反芻するカルヴァートは言葉の形を掴もうと、愚鈍な思考を総動員するが返ってくる反応は緩慢としていた。
その隙をついて、ベルテナンは畳みかける。
「査問会では随分とまあ長々と先延ばしにしてくれたな。お前の言う答え合わせとやらに付き合うのは本当に疲れた」
ここまで言われて、カルヴァートはやっと己の失態を自覚する。
『違う』
これは、自らが定めたルールに反していた。
「騙した、のですか」
背が低く、間に入ったローテーブルと然程変わらない座面に、静かに腰掛けると、目尻を上げて問いかける。
「正攻法ではとてもじゃないが時間がかかりすぎるからな。それにお前しか知らない情報もあるだろう?しかしコレでだいぶ絞られるな!」
喜色満面とはこれを言うのだろう。
山を手掘りして作るトンネルに光明が見えた瞬間とは、こうも人を変えるのだとカルヴァートは妙な学びを覚えた。
「原因だが、殺していない。これはあらゆる可能性を示唆したが、教唆を除いた場合そのほとんどは事故だ」
改めて、カルヴァートに立ち直るベルテナン。
片方は立ち、片方は座る。
片方は笑い、片方は睨む。
片方は……。
「さて、答え合わせの時間だ」
◆
「こちらは既に自殺であることは分かっている。この書類からも分かる通り、遺品も含めてイシュガルドとグランドカンパニーが精査した通りだ」
椅子に座り直したベルテナンが、興奮で溜めた熱を逃がす為にグラスを傾けて言った。
「後は動機。当初我々、と言うより委員会はお前の教唆だと考えていた。しかし、最初の査問会でお前の様子からどうにも違和感が拭えなくてな」
ワインを開ける時に流れていたレコードは、針が中央に到達し、回転は止まり、静まり返っていた。
ベルテナンは続ける。
「お前のあの自爆テロとも言える言動、採点官を気取る態度、そしてオレは気付かなかったがお前、オレを見る時だけ目線が違ったとか?あいつは悲しそうとか言ってたが、恐らく読み違えてたな」
あのミコッテの言葉を借りるならだが、それは評議会とは異なる目線を自己解釈で定義してしまったのだろうと、ベルテナンは納得することにした。
「そこで、第2回査問会だ。少々強引だったが、答え合わせの定義内での問答ではあれが限界だった」
答えはほぼ出揃ったが。
しかし。
「後はお前の証言として、答えをこの『取り調べ』で強引に貰う事にした。最後のピースはお前なんだカルヴァート」
一通り聞いてカルヴァートは、大きく長く深い溜息を時間をかけてゆっくり行う。
「それで?その『答え』とやらをお聞きしても?」
長い長い時間をかけて、やっと口を開いたカルヴァートを見つめながら、ボトルの底を確かめるベルテナンは、もう一本を開けていた。
「言っただろう。事故だと。お前が接触し、彼が善意でやっていた事が横領の手口に使われていることを知ったんだ。恐らく、自責か?」
言いながらボトルに注ぎ、言い終わったタイミングでグラスに手を付けようと前を向くと、カルヴァートは無言で雫の道を作っていた。
落とした男の責任を見て、ベルテナンも無言で立ち上がりタバコを付けながら部屋を退出する。
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