Free Companies Federation   作:ウラリンゴ

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インサイド・ゲーム

 査問会の答え合わせにより、調査と証拠の結びつきが確固たるものとなった事件を委員会は評議会に報告をした。

 調査報告を受けて、議長はその権限により緊急動議を発動。その場で、集中審議に入る。

 審議では淡々と報告がなされるが、室内外では各派閥の交渉が頻発していた。

 

 弾劾決議の集中審議は夜を徹して行われ、賛成票が評議会議員の3分の2に達し採決される。

 

 主席執政官の罷免が決定されたのだ。

 

 黒と白の縫い目にあたる払暁、評議会罷免決定書は、評議会議長の手で元老院議長へ渡されたのだった。

 

 これを、FCF機関紙「The Union Herald」が速報で報じたことで、内部は波乱の朝食を取ることになる。

 

 速報から、間もなく。

 エドガー・セイン元老院議員率いる保守派閥は、元より内部で知り得ていた情報を精査して保守派機関紙「L’Indépendant(独立)」で、革新派閥の不祥事であることを強調する朝刊を出した。

 今回の『事件』は革新派閥の怠慢が招いたFCFを揺るがす大事であり、与派としての機能不全を指摘する文章は、彼らの責任であると訴える。

 しかし、冒険者の自由とFCの自治を標榜する保守派は、FCFの中央集権化を危惧するあまり、強く出られないでいた。

 

 それから、2時間後。

 ヴィクトル・アシュレイ元老院議員率いる革新派閥も、対抗するかのように革新派機関紙「Das Tiefblau der Ordnung(秩序の深青)」で評議会の権限拡張と組織監視機構の設立を謳う声明を発表した。

 今回の『事案』は、評議会の力が無いために起きた必然であるとして、抜本的な改革が必要であると訴える。

 しかし、自派閥から出した主席執政官が不祥事を起こし、FCF史上今までにない極めて不名誉な結果を残したのは事実であったため、こちらもやはり強く出られないでいた。

 

 両派閥は決定打に欠ける中で、第12代主席執政官選挙へ臨むことになる。

 

 ◆

 

「疲れた」

 

 部屋に1人、椅子に深く座り天井を見上げて呟く。

 白い髪は重力の従僕となって、耳を掠めヘッドレストを覆い隠す。

 机には、朝に出された3つの報道紙。

 

 出てきた音で乾いた口が潤うように、カップの端が緩い軌道で移動する。

 中には漆黒の液体が入っており、表面を滑るように湯気が自由気ままに躍っていた。

 

 小さな舞踏会の優雅なダンスを見ていると、静寂を破る3回の軽い音が鳴る。

 

「マスター」

 

 ドアの向こう側から呼びかける。

 空気の波は不鮮明な情報で届いたが、解読は容易であった。

 

「いいよ」

 

 短い乾いた返答で入室を促す。

 静かで独特な心地の良い音でもってドアノブが回る。

 

 入室したヒューラン族は、軽く会釈すると姿勢を正して靴を鳴らした。

 常々、一本の棒の様であると感想を心内に思い浮かべるが、これまで口に出したことは無い。

 

「面会希望です」

 

 報告にしては簡略極まるが、それ以上の情報が無いのも事実であった。

 

「だれ?」

 

 当然の疑問である。

 

「先方からは、『言うな』と」

 

 それだけで誰かの見当を付けた為、第零席クラレ・インフェリアーレは訪問を許可した。

 

 ◆

 

 第5席ベルテナン・ファルヴェールは、入室するなり鼻孔を刺激する香ばしい豆特有の臭いに、若干の安心感を覚えた。

 物が少なく簡素で、色が統一された美しい部屋の隅に、彼女は扉に背を向けて立つ。

 

「ベルは苦い方が好きだったよね」

 

 言いながら既に豆を砕いており、隣には熱湯を入れたポットが置かれていた。

 歯車が抵抗を続ける小さな幸せを細かく破砕する音が部屋に響く。

 

「オレが来ることを知っていたのか?」

 

 あの担当者には、『言うな』と伝えていたはずだと、言外に含めて聞く。

 珈琲が出来るまで立ち尽くす訳にもいかないので、彼女が見える位置に座るベルテナン。

 何より、見えない位置に座る方が怖かった。

 

「聞いても答えてくれなかったけどね」

 

 豆を砕き終わり、粒子の大きな粉をフィルターに入れながら答える。

 ベルテナンからは顔が見えないため、表情は読めない。

 しかし、クラレの言外の方を答える返しに背筋を凍らせるベルテナン。

 

 そんな時、蒸らしの段階に入ったのかクラレが唐突にベルテナンの方を向く。

 

「それで、どうしたのかな?」

 

 懐中時計を見ながら聞く。

 時計の意匠を見た事は無いが、恐らく第10席とでも一緒に作成したのだろうと見当を付けながら一度に大量の空気を吸い、目的を言葉にした。

 

「答えを聞きに来た」

 

 徐々にアウラ族の冷たい顔が変容していく。

 口角を上に上げ、目が細められながら端を下に向けた。

 

 笑み。

 

 指が腹で組まれ、肘が後ろの机に乗っていた。

 

 蒸らされた珈琲の香りが漂流し、ベルテナンを包む。

 

「答え?」

 

 クラレの表情は時計の秒針が半周することで、背中に変わる。

 疑問の体で返された答えを無視して、ベルテナンは続けた。

 

「お前、今まで何処に居たんだ?」

 

 声の波はドームを形成しクラレと、漆黒の液面を僅かに揺らす。

 湯気は肩や頭上から、白く揺らめき不定形な柱を立ち昇らせていた。

 

「クガネだよ」

 

 ベルテナンは香り立つ部屋で、現実と思考の出入りを繰り返した。

 確か主席執政官の外遊先も、東方クガネではなかっただろうか、と。

 

 答えた先の続きが無いので、クラレはお湯を注ぎながら勝手に話し出す。

 

「私の生まれ故郷がそっちの方だし、古い友人も居るからね。会いに行ってたんだ」

 

 友人。

 

 匙でドリップされたサーバーの中をかき回し、ある程度温度が下がったと判断した珈琲が、カップに注がれていく。

 ソーサーとカップは雰囲気が統一されており、黒い液体が映える白を基調としていた。

 

 盆に載せた二対を、ベルテナンが座るソファーの前、ローテーブルに置く。

 

「砂糖は要らないよね?」

 

 頷くことで肯定するベルテナン。

 盆には、珈琲の他に小さなミルクピッチャーも入っていた。

 

 クラレは持ち手を摘まむように持ち、何も入れずに飲む。

 ベルテナンはミルクを入れて軽く混ぜ、縁を親指と人差し指で覆うように掴み、飲んだ。

 

「カルヴァートの横領事件は知っているだろう?」

 

 一口飲んで、唸るような美味さに感嘆し、本題に入る。

 クラレは、カップを膝のソーサーに置き、正面に座るベルテナンを真っ直ぐ見つめていた。

 

「もちろん。ただ、船も予約してたし」

 

 膝を組むでもなく、肘を付くでもなく、目線が射貫く。

 

「あなた達なら、大丈夫かなって」

 

 部屋には2人しか居ない。

 

 あなた達。

 ベルテナンはクラレの目が、ベルテナンの目の奥を見ている事に気付いた。

 

 今回の事件で奔走した者たち。

 元老院、評議会、委員会。

 そして、レオニード・カルヴァート。

 

「あなた達なら解決するかなって思ったから、任せたの」

 

 無責任だと、ベルテナンは嘆息する。

 FCFの創設者が未曾有の大事件で動かないのは、それだけで醜聞になりかねない。

 

 そして、彼女は何も思わないだろう事を納得したが、感情が首を縦に振らない。

 

「それは、どうなんだ」

 

 ベルテナンは自身も言語化が上手くいっていない事に気付いていた。

 しかし、聞かずには居られない。

 

「問題ないわ」

 

 感情を優先した形の無い質問だったが、クラレは簡潔に答えた。

 珈琲の苦みが程よく舌を刺し、味覚と嗅覚を支配する力学は、思考力に作用する。

 

 他でもない、クラレが言うなら良いかと、強引に納得したベルテナンは、話を深みに持って行く。

 

「自殺は?」

 

 事件の裏に隠されていた死者は、FCFの根幹を揺るがすものだと調査を進めたが、その実カルヴァートへの取り調べから横領事件そのものには関係ない事が判明した。

 無論、委員会には報告済みである。

 

 しかし、査問会での言葉をそのまま信用するのであれば事件の始まりである。

 

「報告はされたから知ってたよ」

 

 珈琲を飲みながら事も無げに言う彼女の姿は、とても死を扱っているようには見えなかった。

 優雅に、されど最小限の動きで、彼女はカップを傾ける。

 

 そして、言葉にされておらず更には話題を流そうとしている事に気付いたベルテナンは、最も重要な事を聞いた。

 

 

 

 

 

「いつ」

 

 

 

 

 

 手首の力が弛緩し始め、カップとソーサーが触れ合う。

 ベルテナンが下のカップに向いていた視線を上げた事で互いの視線が交わり、一点に固定された。

 

 レコードは回っておらず、外の風すらも静寂を選曲する。

 

 ここには、2人しか居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「言えないかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞳孔、黒点は弱い照明の室内で一際大きく映る。

 ベルテナンはクラレの奥を見通すべく見つめ続けるが、逆にこちらを誘っているようにも。

 

 不気味な思考が脳内を支配しようとしていた事に気付いたベルテナンは、急いで視線を外す。

 自身を落ち着かせるためにも、カップを手に持つが中身が無かった。

 

 そんな様子におかわりを注ごうとサーバーを持って微笑むクラレ。

 

 カップに2回目の珈琲が満たされる様を見ながら、ベルテナンは話を変える。

 

「じゃあ、この事件の切っ掛けなんだが」

 

 ベルテナンが2杯目の謝意を伝えながらさらに切り込む。

 今回FCFを巻き込んだ大騒動は、たった1つの噂から始まった。

 

 主席執政官が、横領をしている。

 

 連日、噂の真偽とFCFの明日を憂う言説が飛び交う日々だった。

 

 ベルテナンは、そんな日々を送る中で自分にだけ齎された情報を切り札とする。

 即ち、スリプルの痕跡。

 

 クラレの魔力波形。

 

「お前、何かしただろ」

 

 言葉を聞き終わると、クラレは笑みを浮かべた口から、遂に音を漏らす。

 短く静かで高い笑い声は、ポトリと落ちる。

 

 落ちる。

 

 ◆

 

 情報らしい、情報を聞けたわけでは無いが、ベルテナンは満足した。

 無言で頷き、カップの中にある最後を一口で飲む。

 

「黒魔道士のスリプルは、広範に影響を与えるんだったな」

 

 言葉を紡ぐと、立ち上がりドアに方を向いた。

 そんな、様子を見ながらクラレは、紙を一枚取り出して放り投げる。

 

 宙を舞い、机に着地した紙の僅かな音が聞こえたベルテナンが振り返ると、こちらをクラレが見ていた。

 

 紙を指で叩いている。

 

 木と爪の硬質な接触は、3度繰り返す。

 紙に書かれた文字と数字を見て、ベルテナンは今度こそ扉を開けて出て行った。

 

 紙面上部には『収支報告書』と記載されており、下の数字は綺麗に揃っていた。




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