Free Companies Federation 作:ウラリンゴ
海都リムサ・ロミンサから船で向かった先、ラノシア地方のある小島に、冒険者専用の居住区ミスト・ヴィレッジがある。
ここの片隅、他のハウスに隠れる目立たないハウスが今回の会合の指定場所だった。
常に潮風が吹くこの場所は空気の停滞した場所が少ないが、指定されたハウス付近だけは何やら澱んだ暗い雰囲気があり、近づく人も居ない会合にはうってつけの場所だった。
そんなミスト・ヴィレッジの道を男が歩いている。
急いでいるのか、走ってはいないが歩行にしてはやや速い速度で、雨で濡れた石畳を鳴らしていた。
水に混じった砂を靴底で蹴りながら、裾に付着した泥も無視して歩く男は、時折後ろを肩越しから覗くように見ていた。
「ここか」
目立たないように進む男は、指定された家のドアの前で歩みを止めた。
早歩きが影響しているのか、少々息が荒い。
男が質素なただの円に丸い金属が付いただけのドアノッカーを叩いた。
すると、中から家主にしては外行きの服を着た男がドアを僅かに開けて、外の人物を確認する。
外に居る男が自身の知る人物であることを確認すると、ドアを半分だけ開けて招き入れた。
「待っていた。早く入れ」
隙間から外を見渡し誰も居ない事を確認すると、縁に手を掛けながらドアを閉め、カギを2つ掛けて家主が質問する。
「尾行はされてないだろうな?」
聞こえる音は外の雨音だけだが、家主は声を潜めており、それに倣い入って来た男も口を動かさずに言葉を繋ぐ。
「ああ、問題ないはずだ。何度も角を曲がって来た」
頻繁に行われる呼吸を整えるように入って来た男は、上着を脱ぎ雨を落として深呼吸を1つすると、家に家主以外が居ないかを確認する。
ハウスの中は無機質で生活感が無く、精々人が座るための椅子が複数とテーブルがあるだけの質素というより、粗末と言った方が正しい雰囲気だった。
このハウスがこの会合の為だけ使われていることが分かる。
2人は椅子に腰を下ろすことなく、部屋の中央まで行くと立ったまま話し始めた。
「委員会は17時までだったな」
家主が腕時計を見ながら、呟く。
時計の短針はまだ真下を通っていないが、外は雨の影響か既に暗かった。
「ああ、先ほど終わった」
簡潔な質問を簡潔に返す。
しばらく無言の時間が続き、外の雨音と強い潮風の不気味で高い音だけがハウスに響く。
その後、秒針が3回ほど回った時、突然ドアの方向から鈍い音が鳴る。
神経が張り詰めていたのか、室内の2人は瞬時にドアの方を向いた。
男の1人がドアに向かい、僅かにドアを開けて外の人物を確認すると部屋に招き入れると、滑り込むようにまたもや男が入ってくる。
家主が来訪者を入れた事を確認すると、先ほどと同じ動作でドアの鍵を掛けた。
「すまんな、遅くなった。雨の影響か船が中々出なくてな」
入って来た新たな男は、雨を落とすように体を振り、上着を脱ぎながら軽い謝罪から伝えた。
靴同士を軽く叩いて泥を飛ばすと、さっさと一番近くの椅子の背もたれに腰を預ける。
そんな調子の軽い様子を見た家主が待ちきれないと言わんばかりに、入って来たばかりの男へ質問する。
「御託は良い。それで、出来たんだろうな?」
待ち侘びた人物の登場に手が震えており、それに覆いかぶせるようにもう片方の手で掴む。
頻繁に指が交差と解放を繰り返していた。
「そう急かすな。ここに来るまでに散々濡れたんだ。せめて火を付けさせてくれ」
そう言うと、来たばかりの男がタバコに火を付ける。
パッケージに記載された銘柄を2人は見た事がなかったが、特に気にしなかった。
紫煙が肺を満たして男を満足すると、今度は室内を煙で満たす。
煙の中に小さな光を見た家主は喫煙を咎めようとしたが辞めた。
タバコ特有の臭いに顔をしかめる家主が急かす。
「お前、いや、良い。どうせすぐに引き払うんだ。それよりも書類は、証拠はちゃんと消したんだろうな」
「そう慌てるなって」
すると答えが用意されているかのように、レオニード・カルヴァートは答える。
「消したよ」
言いながら、自身が持ってきた携帯灰皿を取り出し、タバコの先を押しつぶした。
灰は灰皿と床に、煙は天井に消えていく。
「証拠書類はぜーんぶ綺麗さっぱり。委員会が見つけた時には数字が書き換わってるさ」
答えを聞いた男の1人は組んでいた手を解いて腰に当てると深い息を吐いた。
もう1人は上を向いて目をつぶる。
「裏帳簿が基準の全く新しい数字だ。第5席でも果たして気付けるか怪しいな」
「そんな力技、マンパワーが無いと不可能だろ。お前、どうやってそんな」
家主とは別の男が、安心して余裕が出てきたので、先ほどより乾いたすそを手で払いながら聞く。
布特有の軽快な音が鳴り、乾いて固まった泥が床とぶつかり小さな音を立てた。
「そんなん、オレのFCがしたに決まってるだろ」
カルヴァートが一本の小さな棒を口に運び、微かな音をたてると、赤い光と白の境界線が口に近づく。
それと同時に白い煙が口から漏れだし、顔を覆い尽くす。
「いや~苦労したぜ。オレのメンバーを会計部門に潜り込ませるのに一体どれだけのギルと人脈を使った事やら」
カルヴァートは同じ動作を繰り返す。
小さな棒を口に運び、境界を曖昧にし、煙を吐き出す。
「主席執政官になる前からずっと計画してたんだ。使ったギル以上の金が入ったから良かったが、これでマイナスだったら一緒に自首しような」
冗談めかして言うカルヴァートに、冗談じゃないとばかりに家主が声を荒げる。
「お、お前から言ってきたんだぞ!オレも一枚嚙ませろって!それまで細々と見つからない様にしてきたのに、一体どこから漏れたんだ!」
家主は自身が置かれた立場を思い返し、冷静さを失っていた。
手には拳を握り、爪が手のひらに食い込んでいた。
そんな家主を慰めるようにもう1人の男が、腕を広げて言う。
「落ち着け、噂は主席執政官が横領してるってだけだ。俺たちはバレてない」
そんな様子を横目で見ながらカルヴァートはもう一本のタバコに火を付ける。
次は別のパッケージで、2人でも見た事のある銘柄だった。
火を付けるのに若干苦労しながら、カルヴァートは言葉を繋いだ。
「そうは言うが、オレが噛んだことで相当美味い思いをしただろ?」
まるで、カルヴァートの煙が2人を飲み込むように、先程とは異なる臭いが襲う。
「トントンじゃねえか。これでオレが罷免されても、お前らは悠々自適に暮らせるだけの金がある。オレもちょ~っと泣きまねでもして、謝るフリを繰り返していればこんな騒動さっさと終わらせられるんだ。その後はお前らと合流すっからその時に報酬はちゃんと寄越してくれよ」
2人は手のひらを左右に振り煙を払いながら、相槌で返事をする。
そんな中、家主とは別の男がふと湧いた疑問を口にした。
「お前のFCはどうするんだ?」
上着が乾いてきたことを確認しながら聞いた男は言いながら、しかし目線そのものは上着に向いていた。
「この金の為に作ったんだ。5人しか居ねえし、散らばった後の合流先は共有済みよ」
カルヴァートは細事だと、言外ににじませながら伝えると思い出したかのように聞いてきた男に聞き返す。
「そういえば、金を回してた先の1つが潰されてたんだが、お前、どっか良い洗浄先知らないか?」
質問をされた男は少し違和感を覚えたが、あまり詳しく聞くこともできないので流す。
自分がいつも使っている資金洗浄の相手を伝えるのには少し躊躇いがあったが、カルヴァートが居なければここまでの利益が出なかったのも事実なので、致し方なしと教えることにした。
「それならウルダハのを使え。南ザナラーン交易公司が使える。霊銀鉱の取引口があるんだ。屋号はあそこの地名だがウルダハには関係無い。あと使う先は複数に分けろ。あとでリスト化して渡すからお前の希望に沿って使うと良い」
カルヴァートから齎された情報の数々は、男の口を開かせるのに十分だった。
良い事を聞いたと、カルヴァートは椅子から腰を離して、手を振りながら上機嫌に男へ感謝を述べる。
「助かるぜ。グリダニアにも使いやすいとこはあったが。やっぱそこは商業都市ってところか」
短くなったタバコに気付くと灰皿に押し付けて、家主の方を見る。
ここまで急いで来ていたのもあったが、昼から何も食べていない。
時刻は既に6時を過ぎており、自身の空腹を自覚したのだった。
「なんか食い物とか無いか?ちょいと頑張りすぎて腹が減っちまったよ」
カルヴァートは、言葉を口にしながら部屋を見渡し、何も無さそうな様子に少し肩を落とす。
そんな様子に家主は溜息を吐きながら部屋の隅を指さしながら伝える。
「はぁ、そこの棚に一応の食い物はあるが、贅沢は言うなよ」
「さんきゅー、愛してるぜ共犯殿」
言いながら棚に向かって物色する姿は、さながら泥棒だった。
そんな中、家主は目線を男に戻して雑談に興じる。
家主は手頃にあった椅子に座り、男は後ろの壁に背中を預けて脚を組む。
先程までの重い空気は既に霧散していた。
「まったく、誰が流したかとかはもう分かったのか?」
「いや、突如湧いたって話だ。委員会もその辺の特定が出来ないから躍起になっていた」
「そうそう、噂を流した奴を見つけたらお礼を言いに行かないとな。余計な事しやがって、もう少し稼いでいたかったんだがとんだご破産だ」
手のひらに拳をぶつけた流れで指の骨を鳴らすと、関節の小気味よい音が部屋に響いた。
その時、カチッと音が鳴り、発生源に目をやるとカルヴァートが窓の外を見ながらタバコに火を付けていたところだった。
何事もないことを確認した2人の話題は、噂から委員会の事に移っていく。
「第5席は相当お怒りだったぞ。FCFの金に手を付けるとはってあの白い顔が真っ赤だった。恐らく何本かペンを折ってるな」
そう言いながら男は相当愉快な様子で、言葉の端々に笑みが零れていた。
最後の方は言葉になっていたかも怪しかった。
「それは見てみたかった。あいつはホント邪魔しかしてこないからな。そんな奴の顔が見られたなら傍聴に行く価値が上がるってもんだ」
憤懣やるせない感情の発露は止まらない。
2人の会話は益々弾んでいく。
「あの第零席とか言う女も、お高く止まりやがって。だいたい第零席なんて肩書からして気に入らねえ。『私偉くありません』みたいなすました顔してるくせに、あの女が一言いえば空気が変わりやがる。オレはああいう女が大っ嫌いなんだ」
「嫌ってる割には詳しいな」
「嫌いだから視界に映っちまうんだ。気持ちわりぃ。ああいう何考えてるか分かんねえのが一番気味悪いしよ」
「確かに分かるな。あの奥底まで見てそうな目、見てると寒気がしてくる」
「そうそう!気色悪い目に気色悪い顔。こんな組織さっさとずらかってあの方にお褒め頂かないと」
話が続く中、外の雨は小康状態となって、雨音は一段静かになった。
タバコを吸いながらカルヴァートは、灰を落として言う。
「お、雨も止んで来たな。じゃあ、そういう事だから、もうちょいは安心できると思うぜ。ああ、後でリストは渡してくれ。それが無いと金が使えんからな」
「おう、もうちょいの執政官様頑張ってくれよ」
「ああ、苦労を掛けるな」
「良いって事よ。ただ報酬はちゃんといただくぜ」
そう言って、再度タバコを吹かしながらカルヴァートは小雨の中を歩いて消えた。
◆
「低俗な輩だ」
扉を閉めた途端、カルヴァートは吐き捨てるように悪態をつき、激しい舌打ちを打った。
先ほどまで吹かしていたタバコを泥混じりの石畳へ投げ捨てると、靴底で潰す。
そのまま荒い息を吐きながら、懐の奥から見慣れぬ一本を取り出して火を点けた。
紫煙を深く胸に吸い込み、ゆっくりと夜気へ吐き出すと、簡素で短い言葉が紡がれる。
「計画は順調。完遂まで、あと僅か」
いつもの面容を取り戻した男は、振り返ることもなく雨上がりの闇へと消えていった。