Free Companies Federation 作:ウラリンゴ
「第5席様の仰る通りでした。3年前の記録ですが、現物にて現金処理された形跡が残っておりました」
委員会発足5日目にして、進展が生じる。
委員会の実地調査員は、肺に入れた空気を全部吐き出す様に、目の前に座った状態で聞くベルテナンを見ながら伝える。
彼らの周りは他の調査員が慌ただしく動き、伝え、何かを書き込んでおり、少々声を張り上げなければすぐ隣の声も聞こえない程だった。
ベルテナンは自身が推測した通り、帳簿の『記録』ではなく、聞き取りに応じた各FCの『記憶』の中に残っていた数と、当時の換算で現金化された額が異なっていた事に苛立ちを覚える。
ロットで計算すると微々たるものだが、これが100を超えると到底看過できない額になる。
ミスリルインゴットを1ロット/100ギルで売るわけがないのだ。
そして、FCからの善意による拠出を、税のように取り立てることに抵抗があったが故に、詳しい額を調べることも無く報告された数字によって通していた己の失態を呪った。
ギルとしてそのまま拠出していたと思っていたものが、物を経由していたとは当時夢にも思わなかったのだ。
「舐められたものだな。それで、誰がやったかまで分かったのか?」
ベルテナンは悔しさの滲む顔を隠しもしないで、報告に来てくれたアウラ・ゼラ族の男性に再度聞いた。
声は震え、目線は調査員が持つ書類と同じものを睨んでいる。
そんな彼の様子を心中察したと言わんばかりに、調査員も顔を歪ませ慎重に報告を続ける。
「それが、当時の担当者は既に所属していたFCを脱退しております。そこから更にギルドを使い調査しましたところ、大変言いにくいのですが、その後不幸があったようでお亡くなりになられております」
調査員から続いた報告にベルテナンは耳を疑った。
担当者が特定できれば、そこから背後関係や規模を調べられると考えていたら出鼻をくじかれる形で予想外の事を聞かされたのだ。
まさか、今回の事件に連なる誰かが死亡していたなんて考えていなかったため、つい聞き返してしまう。
「亡くなった?」
報告書を読んでいた顔が上を向き、瞳孔が収縮すると同時に瞼が僅かに閉じる。
問いを調査員は顎を下にさげることで答えた。
死亡。
揶揄でもなく死ねば死ぬ。
それは星海に還ると言う事であるが、今、この状況下に置いては聊か不自然だった。
ベルテナンはその不自然さを追求すべく、調査員の顔を見ながら再度問いかける。
「何年前の話だ?」
調査報告書の紙が空気と触れて音が鳴り、左上に留められた点を支えに後ろに垂れる。
報告書に記載されている部分を自分自身で見つけたが、問うた以上、ベルテナンは調査員の返事を待つ。
「今から1年ほど前です。クルザス東部高地にて魔物との戦闘中に亡くなられたと報告されております」
1年前の出来事を頭の中で思い浮かべて、自分自身の事実確認を済ませたベルテナンはもしやと思い、口に出す。
「大凡、選挙中か。まさか、暗殺された?」
ベルテナンは口にしながら頭を振り、口に笑みを浮かべる。
しかし可能性として、もしこの事件が原因で死者が出ていたなら、ただの噂話では済まなくなる。
そして、1組織の横領事件は、自然と殺人事件へと一気に深刻度を増す。
FCFはもう良くある組織ではなくなるのだ。
その空気を感じ取ったのか、調査員は少々早口で調べ上げた内容を口にする。
「当時の記録に不自然なものはありません。純粋な事故、能力不足による冒険者にありがちな殉職といったところでしょう」
冒険者が依頼をこなす上で必ず憑いてくる問題の1つであった。
即ち、怪我、若しくは死。
どの職業、いかなる人種であろうと、この問題は背後から忍び寄ってくるが、冒険者は特段彼らに好かれやすい傾向にあった。
「ギルドにも問い合わせてみましたが、報告はイシュガルドの神殿騎士団からですので信頼性があります。こちらが資料です」
調査員はイシュガルドの役人が作ったと思われる、格式張った言い方や綺麗に整理された書式で作られた公文書を持ち出して渡す。
渡された紙は、イシュガルド特有の重厚な羊皮紙の写しだった。冷涼なクルザスで使われる硬いインクの匂いと、神殿騎士団総長室の青い封ろうの跡。
その隙のない書式は、いかにも権威主義的な北方の役人が作った『完璧な書類』だった。
それを見て、ベルテナンは頭を傾けながら苦笑する。
「そうか、ありがとう。少々邪推が過ぎたか」
ベルテナンの肩が若干下に下がると、自分が短絡的になっていた事に気付き修正した。
3年前に現物拠出の処理を担当していたと思われる人物が1年前の選挙中に突如としてFCを脱退後死亡。
文面だけ見ると陰謀論甚だしいが、神殿騎士団からの報告なのであれば疑うのも馬鹿らしい。
「報告ご苦労。引き続き調査を進めてくれ。私は」
ここで、違和感を覚えたベルテナンは口から吐き出す息が止まる。
周囲の喧騒が遠くの事の様に遠ざかり、視野が狭まるのを感じ取ったが、それらは自身の制御下に無かった。
頭の中が高速で回転し、目線が目の前の書類と調査員を行き来する。
書類を持つ手が力み、紙が指に沿って地盤変化の如く、何も流れない川を作り出す。
視界を外したことで違和感は止まり、出てきた疑問が自然と口から出た。
「待て。なんでFCを脱退したんだ?」
死亡報告によって流されていたが、突如FCを脱退するのも不自然極まる。
タイミングが良すぎるのも問題だが、FCを脱退して直ぐに死亡も中々にハードな人生だ。
気付きを得たのは僥倖だったが、頭に残った不穏な可能性が外れることを祈りながら、ベルテナンは急いで調査員に指示をする。
「すまないが、もう一度その人物について詳細な記録を洗い出してくれ。それと神殿騎士団からの死亡報告はまあ良いとして、所属していたFCのマスターやメンバーからの聞き取りも欠かさないでくれ」
「確かにそうですね。かしこまりました」
調査委員自身も死亡報告によって、その前段階が流されていたことに気付き反省した。
死亡が与えるインパクトの大きさが他を覆い隠す事で、本質に気付けないのは調査員失格だと自らを戒める。
そう、自らの浅はかさを一人心の中で恥じながらベルテナンの傍から退席するのを見て、ベルテナンも1人で呟いた。
「何はともあれ一歩前進か。亡くなられた方には申し訳ないが謎を解く鍵が見つかったようなものだな」
ここから問題が解決することを祈りながら、そうはならない事を予感していた。
◆
次の報告は予感の通り、進展が無かった。
先程の調査員が消えると入れ替わる様に、横領事件が明るみに出た切っ掛けともなった噂の調査報告員が目の前に立つ。
「噂の出処ですが、まったく特定に至っておりません」
悔しさを滲みだしながら、調査員は報告書を片手に言葉を繋ぐ。
言いながら自身が持つものと同じ書類を、これから意味不明な報告を聞かされる哀れな男に渡した。
書類が開かれる紙の音や、他の席や室内の至る所で頻繁に繰り返される同じ騒音に紛れて彼、ベルテナンは呼吸に誤魔化した小さな溜息を隠す。
そんな、様子に口の端をごく僅かに持ち上げて調査員は続けた。
「現段階で分かっているのは、これが複数の評議会議員から出てきたもので、同時多発的に発生したと言う事だけです」
目は書類を追いながら、時折ベルテナンを見ており、彼の反応を伺っていた。
調査員として、調査の結果が振るわなかったのは自責の念に堪えない所ではあったが、極力その様子を悟らせない様に書類に目を合わせ続けた。
「噂を広めたと思われる議員に関して聞き取りを行ったところ、降って湧いたや天啓だったとか昼寝から起きたら知っていた等、当てにならないものばかりです」
FCFの評議会は夢遊病者しかいないのかと、自らが所属する組織の未来を憂うベルテナンは片手で額を抑えてしまう。
現実逃避気味に顔を上げもせず、口を殆ど動かさないで、しかし腹の底から鳴るように聞く。
「全部又聞きみたいなものか」
「はい、誰から聞いたのかと問えば、AはBから、BはCから、CはAからと堂々巡りになります」
少し顔をずらすように調査員の顔を覗くと、頬がこけているようにも見える。
不気味な調査に不気味な議員の相手をさせられている事から、碌に寝られていないのだろう。
確かに不気味な怪談めいた様相を呈し始めてきている事を、ベルテナンは感じ取っていた。
この報告書には無いが、恐らくその議員とやらも目の前の調査員と然程変わらない顔をしているに違いない。
目だけは爛々と、いや、バッキバキに輝いていそうだな、と妙な感想を抱いたベルテナンは、労うように答える。
「分かった。現段階ではこれが限界だな。苦労を掛けた。本事案において、噂に関しての調査は一時中断とする。君たちはしばらく休んでくれ」
悪い事をしたとベルテナンが休養を伝えると、瞬く間に目が輝く調査員は声を弾ませて礼を言い、調子の軽い歩みで激動と喧騒の中に消えるのだった。
恐らく突然の休養が出来た事を他の調査員に報告するのだろうと、予測を立てたベルテナンは周囲の騒々しさを遮断して考えに耽る。
頭は調査を止めた噂について埋まっていた。
噂の出処をわざと掴ませないのは如何なる理由からか、見当がつかないからだ。
広めたと何者かに知られると、何かがまずいのか。
そもそも広めた人物は1人なのか。
何故評議会から広まったのか。
考えても無駄な事は理解しているが、気になって仕方がなかった。
しかし目下調査すべきは噂ではなく横領の事実と方法だ。
そんな気持ちを切り替えるべく、椅子に深く座り直したベルテナンの元に訪問者が来た。
◆
こんにちの元老院で最も有名な人と言えば、S13を除いて2人居る。
本事案が発生後、会談を経て一時協力することを合意し、これまでに無い連携でもって元老院を束ねる派閥リーダー。
元老院の制服に身を包んだ美丈夫の2人が入室すると目立つことこの上ないが、それを気にする様な人物でもなかった。
「時間が空いてしまい大変申し訳ございません、第5席様」
先に口を開いたのは保守派閥リーダー、エドガー・セイン。
第5席に委員会への出席を要請した張本人でもあるため、社交辞令の謝罪から入る。
喧騒の中でも良く通る、低くも乾いていて、わずかに掠れるも知性的な陰影を持つ声が耳に届いた。
室内に入る前に脱いだ中折れハットを小脇に抱え、こちらに寄るその姿を、ベルテナンはまるで裏社会の顔役のようだ、と不敬な感想を頭に浮かべる。
そんな誰にも言えないし墓まで持って行くべき考えを振り払うように、ベルテナンはにこやかに答えた。
「気にしないでくれセイン議員。そちらも忙しいのは重々承知しているしメンバーを割いてくれているのも知っている。これ以上求めたらハルオーネ様から槍で突かれてしまう」
先程、縁に芸術的な川を作り出した書類を裏返して机に置くと、席から立ち上がり、歩み寄って右手で握手を行う。
皺と温もりが手を包み込み、戦闘と書類が作り上げた固い皮がベルテナンの触覚を刺激した。
「お久しぶりですね第5席様。お変わりなく、とは言えませんが、お元気そうで何よりです」
次に口を開いたのが革新派閥リーダー、ヴィクトル・アシュレイ。
冒険者としては既に引退を考え始める頃ではあるが、政治家としてはまだまだヒヨッ子と言われる様な狭間の存在で、最近若手から年長者扱いされる事を秘かに気にしていた。
「アシュレイ議員も久しぶりだな。元老院ではよく顔を合わせるが、ここまで近づいたのはFCFに加盟した時ぐらいじゃないか?そちらも元気そうで何よりだ。ちょっと痩せたか?」
皺と貫禄の手を離し、若さと活力の手を握る。
エレゼン族特有の長身が腕を振るい、力強く握りしめる様は共通の問題に対する仲間意識を想起させた。
「筋肉が付いたのでしょうね。決して今回の事件で食欲がなくなったとは思いたくないです」
雑談に花が咲く。
が、それもそこそこに本題に入った。
「さて、ここに大物2人が来たと言う事は、何を聞きに来たんだ?」
ベルテナンが腕を組みながら笑みを込めて聞く。
しかし何でも聞いてくれとでも言わんばかりの様を、エドガーが手を少し上げて止めた。
「話が早いですな。実のところ進捗が気になって来たのも間違いはありませんが、ご報告したい事がございまして」
委員会室の隅で行われる元老院の重鎮3名による雑談は、周囲の喧騒を少しばかり鎮める効果があった。
と言えば、聞こえがいいが、その実聞き耳を立てていたにすぎない。
そんな様子を分かって、エドガーは顔を動かさずに目だけで確認し、多くを語らなかった。
「報告?エドガー達2人でか?それこそ使いの部下でも寄こせば済む話だろう」
ベルテナンは当然の疑問をぶつける。
顔が出せなかった謝罪込みにしても大がかり過ぎる、と。
「第5席様、少し気分転換に散歩でもいかがです?」
ヴィクトルの露骨な提案にベルテナンの口が下に歪み、目が鋭くなる。
ここでは話せない、調査委員会にも聞かせたくない情報が手に入ったのだろう。
そしてそれは大概の場合、厄介なネタであることが多い。
◆
ベルテナンが内心で呻きながら元老院の大物2人と並んで歩く。
散歩とはここまで空気の重いものだっただろうか。
あれはもっと気分が晴れるような、清々しい気持ちにさせてくれるモノだったはずだ。
自身もFCFの重鎮でありながら、今の状況が早く終わることを、願わくば何も聞かずに立ち去ることを戦神ハルオーネに祈ったが、しかしその祈りは届かない。
「突然連れ出してしまい申し訳ないですな、第5席様。如何せん、他に聞かせられる内容ではないもので」
じゃあオレにも聞かせないでくれ。内心荒れ狂うが口にはしない。
口には出来ないが、調査委員会のメンバーとしての自分と、極個人的な自分が相反する状況は精神衛生上よろしくない。
また、あいつを捕まえるか、何処に居るやら、と考えが余所に逸れるが気を持ち直して考えとは別の答えを口にする。
「いや、わざわざ2人で来たんだ。恐らく元老院では処理しきれないネタだったんだろう。なんだ?謀略か?陰謀か?それとも暗殺か?」
ベルテナンは、半ば自暴自棄になりながら無理やり自分の聞く態勢を整えた。
「ご心労、大変お察しいたします。実は、拡散された噂に第零席様の陰がございました」
あぁ~聞きたくなかったぁ~。聞かなければよかったぁ~。聞いてしまったぁ~。
「第零席……。クラレ、あの野郎……」
もうベルテナンの頭はパンクしそうだった。
ついこの前に若干進みはしたが、事件調査の進展も少なく、掘れば掘るほど新しい問題が2倍になって返ってくる。
そしてここに来て第零席の陰。
「まだ、詳細は不明ですが、噂の出処をこちらでも独自で調査しましたところ、実に綺麗なスリプルを使用された形跡がありました。巧妙に隠されてはいましたが魔力波形に第零席様によく似たものが見つかりまして」
「あのバカ女……、せめて何かしてるんなら言いに来るなりしろよ!!」
「心中察するに余りありますが、未だ確定ではございませんぞ。しかしながらインフェリアーレ様のお名前が大きすぎます故、この様な密談となったことをお詫びいたします」
ベルテナンは泣きそうになってきた。
えぇ?主席執政官の横領の噂が流れたから調査してみたら、拠出金の納入方法がいつの間にか変わってて変えたと思われるその担当者は既に死亡、噂の出処を調べてみればどいつもこいつも夢遊病者みたいな事を繰り返すし、何やらその裏にはメンドクサイ女の影がある?
もう帰ろうかな。帰って暖かい布団に身を投げ出せばきっと優しさが包んでくれるし嫌な事を忘れさせてくれそうだ。
そうだそうしよう。酒でも飲んで忘れてしまえば今までのこんなクソな状況は無かったことになるだろう!
「第5席様?大丈夫ですかな?」
「あ、ああ。すまない意識が飛んだ気がするが大丈夫だ」
エドガーによって現実に戻されたベルテナンの思考は再開する。
「そのクソ女については調べても何も出ないだろうし私の心の中に留めておく。どうせ聞いても何も言わないだろうしな。しかし報告してくれてありがとう。この件が終わったら絶対に締め上げる」
「いえ、インフェリアーレ様のお名前が出ますと荒れるのを承知で報告致しましたので、重ね重ねお詫び申し上げます。これはお気持ちですので、どうかご自宅などでお飲みください」
そう言いながら一本のボトルを差し出すエドガー。
もうこんな優しさだけでも救われた気持ちになるベルテナンであった。