Free Companies Federation 作:ウラリンゴ
「まあ、掛けてくれ」
素直に着席する調査員は、少し散らかった部屋に違和感を覚えた。
確かに来客が来ると言う事で、若干の整理をした形跡はある。
しかし、来客に見せるために整えたというより、ただ端へ寄せただけに見えた。
そんな調査員の目線に目ざとく気付いたマスターが陳謝する。
「散らかっていてすまないな。ちょっと、片づけをする気分じゃないんだ」
自覚有り。調査員は脳内のメモにそう書き記した。
掛けてくれと言われて手を差し伸べられた部屋の中央の小汚いソファーを目にして顔をしかめるも、仕方ないと慎重に座る。
しかしソファーの小さな住人が領土侵犯されたと防衛体制を敷かれても嫌なので、常時秘かなケアルを掛け続けることを心に決めた。
「それで?評議会の調査員様がこんなFCの萎びたハウスに来るなんて、理由は1つしかないよな」
言いながらマスターは執務机に置かれたグラスに、棚から持ってきたボトルから液体を入れて持ってくる。
液体は少しばかり琥珀色をしており、中身を計り知ることはできないが、少なくともグラスは高級品と分かる意匠が施されており、統一感のある線が透明のガラスを彩っていた。
中身が酒の場合断らねばならないと、警戒した調査員はグラスに鼻を近づけてアルコール特有の臭いが無い事に安堵して一口飲む。
味は飲みなれないが、リンゴの甘さをシトラス系の複雑な香りが包み込む逸品だった。
「はい、お察しの通りです。差し当たって、所属していた彼が脱退直前に何を言っていたか、などを教えていただけますでしょうか」
飲み物の礼を言うと、調査員は直ぐに切り出す。
先程の脳内メモとは違い、実際にFCFのロゴが印字されたメモ帳と調査員に支給される高耐久のペンを持って、聞く態勢を整えた。
「あいつなぁ、いや、特には何も言ってなかった気もするが」
目の前のマスターを名乗る男は自らが入れたグラスを傾けると、少しばかり飲んで口を潤す。
そしてそのまま手持無沙汰の様に、中の液体を回し始めた。
グラスの小さな海が大きな波を作り出し、大海の嵐を作り出していた。
「確か、ここには居られなくなったって言ってたかな」
「居られなくなった?家族とかですか?」
出来る解釈が広すぎる。
情報を出し渋る趣味でもあるのか、マスターの話に若干の苛立ちを覚えた調査員だったが極力顔には出さない様に努めた。
しかしメモに書き出す内容が少なくとも、情報は情報。
一言一句聞き逃さない様に、調査員は神経を耳に集中させた。
「いや?家族が居たなんて事は聞いたことが無いな。ただ、オレが聞いてないから話してないだけかもしれないが。態々聞くのも出来んからあの時は流したが、まさか亡くなるなんてなぁ。ギルドから聞いた時は何かの冗談かと思ったさ。同姓同名の別人じゃないかともな」
1つ言うたびにグラスを傾けるのは、マスターのルーティンだろうか。
何かを隠しているように見えてしまうが、行動1つ1つに意味を見出してしまうのは調査員の職業病だと自嘲する。
思ったほど情報が得られていないことに焦りを覚えた調査員は、慎重に聞いた。
「葬儀などは?葬儀代表者は居られたのでしょうか」
「代表者?オレがやったさ。直近の知り合いの中で一番の責任者って言われてな」
代表者がマスターなら、家族に連絡が取れなかったか、家族が居ない。
二者択一ではあるが、それに気付かないのはマスターとしてどうだろうかと、そんな意思を乗せてつい見てしまった。
「うん?そういえばオレが代表をしたって事は、家族はいないのか?すまんすまん、間が抜けてたな」
調査員の目線に気付いたマスターが己の失態を笑う。
家族は居ない可能性が高い。
しかしここには居られなくなったから脱退して、直後に死亡。
怪しさ満点、不安感満点のこの調査は、果たしてこれ以上進めても良いものなのだろうか。
調査員は調べれば調べるほど、入れば出てこれない何かに進んでいる錯覚に陥っており、目の前で呑気にグラスから流し込むマスターとは対照的に、誰かが背中に指を這わせている感覚がして後ろを向けなかった。
今までFCFは冒険者が平和的に過ごせる組織だったが、今回のこの一件で、陰謀と殺しが実際に起きている事が分かり、安易に行動することが良い事なのか、調査員には分からなくなってきていたのだ。
そんな気持ちを鼓舞すべく、マスターに聞く。
「彼自身は家族の事について話してないんですよね?話してないなら話してない事を覚えていそうな気もしますが」
「確かになぁ。あぁ、脱退申請を出してきた時はちょっと焦ってた気もするかな」
焦っていた。
ここに来て新たな情報が齎された事に、調査員は先程の冷感を払拭する、わずかな高揚感を覚える。
今はこの陰鬱な気分を少しでも終わらせてくれる情報が欲しかった。
「あいつ、いつもは間がある感じで話すんだが、申請の時はちょっと早口だった気がするぞ。丁度お前が座ってる席に居たんだが、オレが出したドリンクを飲みすらしなかった。居られなくなったって言うんで、なんか緊急の事でも起きたんかと思ったから何も言わなかったけどな」
調査員は調査そのものにはあまり関係が無いが、グラスを上に掲げて光と遊びだす男の話を聞けば聞くほど、FCFの根幹を支えるには少々気が抜けていると評価する。
だが、直後に結果論かと自身で叱責して思考を次に進めた。
しかし、このマスターが元老院議員であることに一抹の不安を覚えたのも事実だった。
「ご協力いただきありがとうございます。もしまた何か思い出したりした時は、評議会の調査委員会へお問い合わせください」
言いながら、グラスを傾けると既に空だったので諦めて机のソーサーに自身の名刺と共に置いた。
名刺の硬い紙が音もなく机に触れる。
そこには評議会直属調査委員会実地調査員と名前が記載されていた。
「いや、良いって事よ。ドリンク飲んでくれてありがとな。自信作なんだ」
まさかの自作だった。
◆
「家族?居ないわよ?彼が自分で言ってたわ」
現物拠出の担当者が所属していたFCのメンバーは事も無げに言う。
ハウスから出る直後、偶然目の前に現れ、聞くと今帰って来たばかりだと言う。
これ幸いと、立ち話になってしまうが、調査員は断りを入れ、聞き取りを開始した。
腕を組み、片方の腕をもう片方の手で支えて首に置く仕草は、客観的に見て女性特有の井戸端会議の様相だと、調査員は後から気付く。
そんな中、話を聞くと最初からここに来ればよかったと、少々の後悔を背負うも気を取り直して続けた。
「でも故郷が南ザナラーンのさらにちょっと南って言ってたし、帰るって言ってたならそっちじゃない?」
ここで調査員は違和感に気付く。
彼が死んだのはクルザス東部高地なので、もし故郷に帰るなら方向はまったくの逆。
何かしらの理由で居られなくなったと理解した彼が、FCを脱退して向かった先が南の砂漠ではなく、北の雪国だった。
「なるほど。他に何か彼が言っていた事などはありますか?」
「今までありがとうとかかな。ちょっと焦ってた気もするけど。あの人いつも口調が少しゆっくりでね、聞いてると眠くなっちゃうの」
先程もマスターが言っていた事だ。
別れの時、彼は焦っていたと。口調も変わり、何かに急かされるように。いつもとは違う様子に、身内に不幸でもあったのかと考え、深くは聞かなかったと。
「けど、良い人だったわ。いろんな事を教えてくれたし、話にもノッてくれて、優しい人だったわ。亡くなったって聞いた時は本当に悲しかった……。もう乗り越えたと思ったけど、やっぱりまだ駄目ね……」
彼女の声に涙が混ざる。
担当者が亡くなって1年が経つが、まだ終わりきっていない人も居るのだ。
そして、亡くなったと知った後に始まる人も居る。
「辛い事を思い出させてしまい申し訳ありません。もしまた何かあれば評議会の調査委員会にお願いいたします。本日はありがとうございました」
調査員はこれから整理する報告書は短いが、重要度が跳ね上がる事を肌感覚で気付いていた。
◆
「あの死亡報告書がこんな形で返ってくるとは思わんだろう」
報告書を開いた第5席ベルテナン・ファルヴェールは呻く。
時刻は既に遅く、部屋を彩る窓の外は、いつもはグリダニアの自然が織りなす花や草木が見えるものだが、今は不気味に揺れる木々の影だけを映し出している。
しかし、調査委員室の中は未だに活気と喧騒、そして時折怒号のようなものまで聞こえ、外の様子とは対極にあった。
飛び交う声、紙をめくる音、乱雑に事実を書き連ねるペンの摩擦音。夜が明けても止むことのないそれらの喧騒から、この部屋は『事件が終わるまで眠らない不夜城』とまで揶揄されていた。
「さて、可能性を提示してもらおうか」
大凡の見当は付いていた。
しかし、実際にその場の声を聞き、空気を感じた調査員からの生の報告を聞くまでは、答えを決めないようにしていた。
そして、調査員は語る。
「他殺、準備不足の自然死、元来の病死、様々ありますが、私自身は自殺の可能性が高いと考えます」
「その心は?」
「状況証拠だけですが、聞いた限りで彼の性格上他の可能性が低いと考えます」
実際に様々な人から聞いた、別れ際の状況を照らし合わせて、推測であることを断った上で、ベルテナンに報告する。
そして、更に自身の憶測のみで作り上げられたものを、敢えて語った。
「さらに具体的に申し上げますと、教唆の末、自殺が高いと思われます」
ベルテナンの口から人とは思えない低い唸り声が聞こえる。
「教唆、誰かに諭されて死を選んだ、と」
「あくまで可能性の話です。しかしながら通常とは異なる話し方、脱退後に向かう先が故郷とは逆、そして最後の感謝。見つけてくれと言われている気がします」
あのマスターとメンバーからの聞き取りの後、また様々な彼と関係のあった人物に聞いて回った。
それらが一貫して、口調と焦り、感謝について語っていたため、証言そのものの確実性を高めていたのだ。
しかし、やはりどうしても、『なぜ、死んだのか』が分からなかったため、可能性でしか話せない。
「結論が早くないか?彼の死自体は然程不自然ではない。ああ、それで自殺を考えたのか。しかしそれでも教唆が絡むのは情報が少ない気もするがな」
それが分かっていたベルテナンは慎重だった。
ここで答えを知る必要は無いし、断定するにしても、先に答えを決めてしまうべきではない。
そこで、本来は邪道であることを分かった上で、調査員の真意を聞くために敢えて聞いた。
「貴公の考えを悪く思っているわけでは無い、しかしここで聞く。誰が教唆した?」
調査員は逡巡した後、意を決して答える。
「主席執政官レオニード・カルヴァートです」
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