戦う理由   作:XX


原作:Fate/
タグ:R-15 残酷な描写
 FGOをしながら、暇つぶしに書いたものです。

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戦う理由

 豪雪渦巻く極寒の南極。人どころか、生物さえ寄せ付けない極寒の大地。その中にぽつりと建つ白い建築物──カルデア。限られた資源の中、人理焼却という未曽有の人類の危機に対して戦う最後の人類がいる施設である。

 そのカルデアの一室にイリヤはいた。白く、清潔なベッドの上に腰掛け、枕を抱いている。天井を見上げる彼女の顔は暗い。

 

「どうしたんですかイリヤさん。ボーっとしちゃって」

「ルビー……」

 

 イリヤが声の方向に視線を向ける。そこにあるのは一本の杖。先端に水晶に包まれた星が入った彼女の武器であった。

 

「声に覇気がありませんねえ。せっかく特異点を解消できたんですから元気を出さないと。普段の怪獣のような溌剌さはどこに置いてしまったんですか〜?」

「………ハァ。ルビー、今はほっといて」

 

 意識が向いたことでルビーがいつものように調子の良い声で揶揄いにいくが、すげなくあしらわれる。彼女の言葉通り、枕に顔を埋めたイリヤは今は誰とも話したくないという様子だった。

 

「おやまあ、これは本格的に落ち込んでいるご様子。イリヤさんがここまで気落ちする原因は……やはりマスターさんの件ですかね」

 

 ピクリとイリヤの肩が反応する。

 気落ちしている原因を言い当てられ、無意識に身体が反応してしまっていた。

 

「ふむふむ。しかしあれは仕方のないことですよ。イリヤさんに責任がない……とまでは言いませんが、誰も予想していなかったこと。あのタイミングで魔獣の攻撃が来るなんて予想はできませんでした。不可抗力というやつです」

「でも、私がもっと注意していればマスターさんが私を庇うことも、傷つくことはなかったもん」

「そうかもしれませんが、仮に今回イリヤさんが魔獣の攻撃を避けられていたとしても、あのマスターさんはいつか同じことをして、同じように傷ついていたと思いますよ。それに元を辿れば、無茶をしたマスターさんにも原因はありますし──へぶっ!?」

 

 瞬間、ルビーの声が遮られる。

 睨むような眼差しでイリヤが枕を投げてきたためだ。

 

「黙ってて」

 

 そして、少女からでた拒絶の意思。

 

「イリヤさん……」

 

 その様子に、ルビーは何も言えず沈黙で返すことしかできなかった。

 うるさかったルビーが黙ったことで、投げた枕を手元に戻し抱きしめる。

 

「マスターさん……」

 

 悲しみも怒りも柔らかな羽毛で受け止めてくれる枕に頬を乗せ、瞳を閉じる。

 瞼の裏の赤い瞳の中で、特異点での一幕が浮かび上がる。

 

 それはつい先日、マスターである藤丸立香が特異点で危うく命を失いかけた時のこと。

 イリヤはいつものように、観測された特異点に藤丸と解決のために向かった。

 

 特異点の解消は順調に進んでいた。

 危険なエネミーは当然のように襲ってきたが、それも一緒に来ていた頼りになるマシュさんがいたおかげで危険も少なく対処することができていた。

 

 問題が起こったのは、特異点を作られた原因である聖杯の在処がわかり、それの回収に向かっていた時のことだ。

 聖杯はそれだけで膨大な魔力を持つ。特異点という、ある種の世界を作り上げるほどの力の塊だ。

 それを手にしていた魔獣の力もまた、道中で戦ってきたエネミーの比ではない力を有していた。

 

「マシュは前で魔獣の相手! イリヤは後ろでマシュの援護を!」

「はい!」

「うん!」

 

 マスターの指示で藤丸の後方に陣取り、注意深く大楯を振るうマシュの援護に魔法を放つ。

 それはいつものことで、イリヤが召喚された時から変わらない陣形だった。

 

 自分も前で戦いたいという気持ちはイリヤにはあまりなかった。必要でなければ自分から戦おうとは思わない。

 なにより頼りになるマシュとマスターがいるのだ。いつも的確な指示をくれるマスターに従っていればいい。

 

 そう、それで全て上手くいく。

 自分が無理をする必要はない。信頼できるマスターとマシュがいれば大丈夫。この時までは、そう信じていた。

 

 思考放棄にも似た、その考えがよくなかったのだろう。

 魔獣のそばで戦うマシュが危うくなる場面が一度や二度あったが、それを事前に察知したマスターの指示通りに魔法を放つことで危険を回避し、とどめとマシュの強烈な一撃により魔獣は地面が揺れるほどの衝撃を与えながら倒れた。

 

「──先輩、魔獣の沈黙を確認しました」

 

 周囲に漂っていた張り詰めた空気が霧散していく。

 ふぅーっと、肩の力を抜き弛緩した空気に変わった。魔獣と直接戦っていたマシュも息を荒げながらも大きな怪我もなく倒れた魔獣を背に安堵に気を抜いている様子だった。

 

「マシュさーん!」

 

 倒れ伏した魔獣のそばにいるマシュにマスターと駆け寄る。

 

「あ、イリヤさん。怪我はありませんでしたか?」

「うん。こっちは全然大丈夫ー。マシュさんが戦ってくれたからこっちは危ないなんてことなかったよ。マシュさんこそ大丈夫?」

「はい。私も大きなダメージもありませんでした。イリヤさんの魔法のおかげです」

「ああ。イリヤ、君がいるから俺もマシュも安心して戦うことができるんだ。ありがとうイリヤ」

「えへへ」

 

 裏のない、純粋な感謝にイリヤは照れる。

 サーヴァントになる前も勝利したことで褒められることはあったが、マシュと、そしてマスターに褒められることはとてもこそばゆく、嬉しかった。

 

「さっ、マスターさん。聖杯、取りに行こ!」

 

 ルンルンとスキップでもしそうなほどの上機嫌で、イリヤが魔獣の後ろに浮かび上がる聖杯へと足を向ける。

 これで終わり。危ないこともなくなり、あとはカルデアに帰るだけ。美味しいご飯や暖かな布団に包まって眠ることができるとその手を聖杯に向けたその瞬間だった。

 

 死にゆく魔獣が聖杯を渡さんとした最後の足掻きか、それとも自身を倒した自分たちに一矢報いるためか。突如として倒したはずの魔獣の首が起き上がり、牙を向いた。

 

「なっ!?」

 

 巨大な蛇の魔獣。その咬合から覗く四本の牙がイリヤに襲いかかる。

 それに気づいた彼女は慌てて身を守ろうとするが、完全に気が緩んでいたために防御が間に合わない。

 そしてその牙がイリヤの小さな身体に突き刺さるその直前、彼女はドンっと突き飛ばされた。

 

「………──え?」

 

 突然の事態に意識が追いつかず、呆然とするイリヤに衝撃的な光景が写っていた。

 

「ぐっ……う゛ぅッ!」

「マスターっ!!」

 

 マスターである藤丸の身体を魔獣の牙が貫いていた。

 カルデアの白い制服を彼の赤い血が瞬く間に染めていく。

 一目でわかる。重症だ。すぐにでも助けなければ、そう思うが、イリヤは動けなかった。

 

「イリヤさんッ!!」

 

 ルビーの叫びに、ハッと我に帰る。慌てて起き上がり、マスターを助けようと魔獣に魔法を放とうとし、

 

「はぁーっ!」

 

 一歩早く、マシュが大楯で魔獣に最後の一撃を繰り出していた。

 

「ギャァっ!?」

 

 と、断末魔を上げ今度こそ魔獣が倒れる。

 その際に牙が抜け、口から離れたマスターをイリヤが受け止めた。

 

「マスターさん! どうしてっ!?」

 

 イリヤが叫ぶ。

 愛らしい、桃色の魔法少女の服が血で汚れていることも気づかない剣幕で。

 藤丸は痛みに耐えながらうっすらと目を開け、自身を受け止めているイリヤを見つめ、言った。

 

「よかった」

「──」

 

 言葉を失う。

 なぜという疑問も、その一言で察してしまった。

 彼は、彼女の身を案じていた。重傷を負いながら、今にも死んでしまいそうになっていながら、イリヤが怪我をしていないかを心配していた。

 そのことに怒りにも似た、どうしようもないほどの激情が湧き上がる。

 

「私は──っ!」

 

 自分でもわからない。何事かをマスターに叫ぼうとして、

 

「マスター! 早く治療を……っ! イリヤさん、マスターを連れて早くカルデアに帰還をッッッ!!」

 

 隣から聞こえた、カルデアと通信しているマシュの叫びに遮られた。

 

 そのあとは、急いで聖杯を回収したマシュとマスターを連れてカルデアに戻り医療スタッフによってマスターは連れられ、緊急手術を施されることになった。

 

 カルデアで待機しているサーヴァントも携わった大掛かりな治療だ。牙に身体を貫かれるほどの大怪我ではあったが、すぐにカルデアに戻されたこともあり、マスターの命は繋ぎ止めることができた。

 

 後で聞いたことだが、蛇の魔獣らしく牙には強力な毒があり、彼に毒への耐性がなければ治療も間に合わず死んでいたとのことらしい。

 

 ともあれ特異点の修復は済み、大怪我はしたもののマスターの命も失わずに済んだとのこともあり、カルデア内部の空気は明るい。

 

 マスターに怪我の後遺症も残らないだろうとの診断もあってお通夜のような暗い空気から一転、歓喜に満たされていた。

 マシュもまた、カルデアのスタッフたちを信用しているために、医務室で眠るマスターの側を離れようとはしないが安心した様子で彼の手を握っている。

 

 イリヤはそんな2人から逃げるように、自分の部屋へと帰ることしかできなかった。

 

「──ん」

 

 意識が戻る。

 枕に顔を当てていたからか、気が付けば眠っていたらしい。

 特異点での疲労と心の疲労が溜まっていたせいだろう。時計を見ると、もう夜の遅い時間になっていた。

 

 マスターさんは大丈夫だろうかと一度様子を見にいくことを考えるが、もし目を覚ましていたらと考えると二の足を踏んでしまう。

 ありがとうと感謝すべきなのだろうが、それ以外のよくないことも言ってしまう気がして気持ちが進まなかった。

 

 すると、イリヤの目が覚めるのを待っていたかのようにコンコンと、ドアをノックされた。

 

「イリヤ、入っても大丈夫?」

 

 誰だろう。今は誰とも会いたくないな。そんな思いで入り口に目を向けるイリヤに聞こえてきたのは、ボソッとした、しかし力強い男性の声。それは掠れていたが聞き間違えるはずもない、マスターの声であった。

 

「マスターさん!?」

 

 1人になりたい気持ちも吹っ飛び、慌てて布団から立ち上がりドアを開ける。

 開かれたドアの先に、松葉杖をついたマスターとそんな彼を支えるマシュの姿があった。

 

「やあイリヤ、こんな時間にごめんね。君が落ち込んでるって聞いて、様子を見にきたんだ」

「すみませんイリヤさん。寝ているべきと先輩に言ったのですが、どうしても会いにいくと聞いてくれなくて」

 

 明らかに無理をして来たとわかる顔色の悪いマスターにイリヤはすぐに彼を部屋に入れベッドに寝かせた。

 

 その際の動きは鈍く、傷が痛むようで時折顔を歪め、呻くような声を上げていた。

 それを見ながらイリヤは彼に庇われた時と同様、疑問と叫びたい気持ちに襲われた。

 

 一言来て欲しいと連絡をしてくれればどんな状態であれ向かったのに。どうしてそんな身体で会いに来たのか。そこまで私は、心配されなければならないほどに信用がないのか。

 

 そんな、心配と、不安と、情けなさに心が押し潰されそうで、ぐちゃぐちゃになり泣いてしまいそうであった。

 

「マシュ、少し、2人にしてもらっていいかな」

「先輩……」

 

 ベッドに横になったことで落ち着いたのか、マスターがマシュに言う。

 

「しかし」

「お願いだマシュ。2人で、話したいんだ」

 

 渋るマシュにもう一度告げて、

 

「わかりました」

 

 と、彼女は受け入れた。

 

「イリヤさん、私は廊下にいますので、何かありましたらすぐに呼んでください」

 

 そう言って部屋を出ていくマシュにイリヤは何も言えず、こくりと頷いた。

 

 カチカチと時計の針が進む音が部屋に満ちる。

 イリヤも、ベッドに横になった藤丸も何も口にしない。

 彼は私が話し出すのを待っているようであった。

 

「どうして……」

「ん?」

「どうして、あの時、私を庇ったの?」

 

 沈黙に耐えかねて、口を開く。

 それは彼女が疑問に思っていたこと。特異点から戻り、部屋で1人落ち込みながらもずっと考えていたことであった。

 

「私が弱くて頼りないから? それとも、子供だから?」

「…………」

 

 どれもが正しく正解なようであり、それゆえにやるせなかった。

 

「マスターさんなら知ってるよね。私の方が強いんだよ? サーヴァントだから傷ついてもすぐに治るし、マスターさんのように死ぬわけじゃないんだよ?」

 

 藤丸はなにも答えず、イリヤの言葉にじっと耳を傾けている。

 

「嬉しくないよ。死にそうになってまで守られても……嬉しくない!」

 

 堰が切れたように感情が涙となって溢れていく。一度溢れれば止めようもなく、ポロポロと流れていく。

 それを見る藤丸の目は慌てるでもなく、共感するような色を湛えている。

 

「そうだね。俺も、マシュにいつも守ってもらってるからわかるよ。守られて、傷ついて、辛いって気持ち。よくわかる」

「なら!」

「でも、あの時イリヤが襲われそうになったのを見たら、走らずにはいられなかったんだ」

「ッ!」

 

 それを聞いて、言葉に詰まってしまった。

 

 なぜなら、自分もきっと同じような状況だったら、彼と同じことをしただろうと思ってしまったから。

 たとえその時、魔法のような力がなくても、家族や友人。大切な人が目の前で傷つきそうだったら、助けようとする。そんな自分が、すぐに思い浮かんだから。だから、辛そうにしながらも後悔はないと、静かに語る彼に何も言えなくなってしまった。

 

「それにほら、カルデアにはすごい人たちがたくさんいるからね。ちょっとやそっとの傷じゃ、死にはしないさ」

 

 励まされている。

 今にも死んでしまいそうな重傷を負って、先ほどまで寝込んでいながら、自分のことではなく落ち込んでいる私のことを心配したのだ。

 

 にかっと笑い、元気元気とアピールする彼に、イリヤは涙がいっぱいになった。そして、以前カルデアに来る前に無茶をして傷ついた自分を心配していた人たちの気持ちが理解できた気がした。

 

「ごめんなさい、マスターさん。庇ってもらったのに、怒鳴っちゃって。ありがとうって言わないといけないのに」

「イリヤ……」

 

 涙を拭い、頭を下げる。

 

「これからはもっと気をつけるね。私も、マスターさんに傷ついてほしくないから。だから、マスターさんも無茶はしないでね」

 

 祈るように、ベッドから覗く手に触れる。

 傷の多い手。いくつもの特異点を超えて来たことを感じられる強く、優しい手。それに触れるだけでイリヤはより彼のことを守りたいと、そばにいたいと思った。

 

「うん。だけどイリヤも無茶をしなくて……いい……から………な」

 

 柔らかく、安心したような小さな笑みが藤丸の顔に生まれる。そして無理をして来たせいか、限界が訪れたらしい藤丸の瞼が徐々に落ち込んで行き、やがて深い寝息を立て始めた。

 

 それを確認したイリヤは静かに微笑み、その寝顔を愛おしむように彼の頬に顔を近づける。

 

「おやすみなさい、私のマスターさん」

 

 万が一にも起こさないよう耳元に囁き、綻んだ笑みで1日でも早く彼の傷が癒えるよう祈りを捧げる。

 

 部屋の隅で物静かに彼らを見守っていたルビーは、マスターの手を握る彼女の赤い瞳の奥にこれまでにはない熱が宿っていることに喜びと、その熱が成就することを密かに願うのだった。

 

 


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