「ネタが古すぎる」と言われてクビになったので探索者を始めた俺の爆笑魔法に世界がざわつき始める 作:マツモトキヨシ
「君のネタはちょっと時代遅れなんだよね──ということで辞めてくれないかな?」
「はあ……」
珍しく社長に呼ばれて行ってみると、開口一番にそう言われた。
40代半ばに差し掛かろうとしている俺でも、いきなり「辞めてくれ」と言われて「かしこまりました」と言えるほど人間ができているわけじゃない。
俺自身、爆笑魔法を使って仕掛けたネタに対する反応が良くないのはわかっている。
純粋に視聴者に飽きられている、というだけでなく、イジメのように見えてしまうということも大きい。
『実績のない芸人に体を張らせて才能を潰している』
『いくら格下だからって酷すぎる』
そんな悪評がSNSを通じて世間に広まって、最近は完全に干されていた。
別にイジメだとか酷いことをしているわけではない。俺の爆笑魔法は安全第一だ。
たとえば【タライ落とし】という頭上から巨大な金属製に見えるタライを落とす魔法がある。しかし普段は威力を抑えているため、大きい音に反して受けた人のダメージはまったくない。
本物のタライよりも安全なものだ。だが、倫理委員会や視聴者は映像だけで危険だと主張してくるため、手に負えない。
「そんな魔法が実在するのか?」「確実に威力を抑えているのか?」
一つ一つは小さい声だが、集まれば俺の仕事を奪うには十分だ。
「わかりました、お世話になりました」
主張したい言葉を呑み込んで深くお辞儀をする。俺の言いたいことなんて、すでに社長は何度も視聴者に向かって言っている。
それでも押し寄せる時代の波は俺の存在を不快なものとして、業界から押し流そうとしていた。
事務所を出てトボトボと帰り道を歩く。今の俺は押し流され、お笑いの海に揺蕩う海藻のよう。
次の仕事の当てなんてない。ずっと業界に骨を埋めるつもりでやってきたのだから……だが、もう贅沢は言っていられないだろう。
「探索者でも始めるか」
世界にダンジョンが現れてから10年──いまや貴重な資源を産出する立派な社会インフラとなっていた。
俺みたいに業界から追い出された人間の最後の受け皿。失敗すれば死──だが、地道に資源を採集して、比較的低リスクで生活をすることもできるし、成功すれば一攫千金も夢じゃない。
追い詰められた人間の最後の仕事──それが探索者だ。
「俺でもダンジョンで採集くらいはできるだろうし……探索者向きのスキルじゃないけど贅沢を言ってられない」
ダンジョンが現れてから、一人一人にスキルと呼ばれるものが発現するようになった。剣術や火魔法といった戦闘特化のもの、索敵やストレージといった支援系のもの、鍛冶や裁縫といった生産系のものなど多岐にわたる。
そして、俺のスキルは──爆笑魔法というユニークスキルだった。最初、最強といわれる爆裂魔法だと勘違いして探索者に転向しようか真剣に悩んだ。
結局、一字違いだったというオチが付いた。
ユニークスキルといえば聞こえはいいけど、役に立つとは限らない。俺の場合は夢だったお笑い業界に入ることができただけマシだ。
「実際の活動は明日からとして──登録だけでも今日のうちにしておくか」
クビになったショックで明日にしようかと何度も思ったが、疲れた体に鞭を打って探索者協会へとやってきた。
「どのようなご用件でしょうか?」
「えっと、探索者登録を行いたいのですが……」
「これから探索者を始めるのですか?」
「はい……」
「えっと、おやめになった方がよろしいかと思いますが……」
受付の女性に登録に来たと告げると、申し訳なさそうな顔をしながら言ってきた。
「40歳を超えてから始めた方は極端に死亡率が高いんです。成功する可能性もほぼゼロですし、正直おススメできません」
「それでも、何とかなりませんか?」
「ああいえ、登録自体は問題ありません。ですが、人生逆転みたいな考えで無茶をするようなことは控えて頂けると助かります」
「その点は心配いりません。スキルも微妙ですし、無茶をして命を落とすつもりはありません」
俺の言葉を聞いて、受付の女性は胸を撫で下ろした。
「それならよかったです。業務とはいえ、私が登録した方が亡くなると責任を感じてしまいますので」
「そうならないように努力するよ」
探索者の生死は自己責任とはいうものの、こうしてかかわった人たちの心の傷になることを考えると、なおさら迂闊なことはできないな。
俺は採集をするだけだし、襲われてもタライを落とせば逃げる隙くらいは稼げるだろう。何もない人たちよりは生き残りやすいはずだ。
「こちら、探索者ライセンスになります。再発行は10000円かかりますので、失くさないようにお願いします」
「わかった」
「くれぐれも、死なないように慎重にお願いしますね」
受付の女性は笑顔で何度も念を押してくる。それだけ無謀なことをする人が多いということだろう。
俺は笑顔で頷き返してライセンスを受け取ると、探索者協会の建物を後にした。
「いよいよ、明日から探索者か……」
家に帰り着いて、ササっと作った簡素な夕食を食べながらつぶやく。
まるでお笑い芸人としてデビューしたのが昨日のように感じられる。
最初は15歳で爆笑魔法スキルが発現してから30年、芸人としては売れなくて早々に引退した。
引退した後も爆笑魔法は裏方として長年使ってきたが、これからは使うこともなくなるだろう。
そのことに少し寂しさを感じながら、俺は明日に備えて早く寝ることにした。
翌日、小さめのリュックを背負って渋谷にあるダンジョンへと向かう。初日ということで、あまり無理はせず、3階層くらいまでで終わらせる予定だ。
「手続きをお願いします」
「はい、松本清志様ですね。気を付けて行ってらっしゃいませ」
ライセンスを見せると受付の女性はあっさりとダンジョン入場口のゲートを開けてくれた。
仕事だからというのもあるが、少しあっさりしすぎていて冷たいように感じる。まあ、こっちが普通で昨日の受付の女性が心配性だったに違いない。
そう割り切ってダンジョンの中に入る。意外にも中は快適で暑くもなく寒くもない。暗いのかと思っていたけど、壁が薄っすらと光っていて明かりの心配はいらなそうだ。
「さてと、始めるとするか」
俺はさっそく地面に生えている癒し草を引っこ抜いてリュックに入れて行く。競合が多いからか、第1階層は生えている量もまばらで、抜いている時間より探す時間の方が長い。
「こりゃあ、もう少し奥に行かないとダメだな」
しかし、第2階層も第3階層も状況はあまり変わらず、俺はさらに奥の第4階層へ向かった。先ほどまでとは打って変わって、あちこちに癒し草が生い茂っていた。
「これだけあれば、ひとまずしばらくは安泰か」
リュックの中いっぱいに押し込められた癒し草を見ながらつぶやく。癒し草は回復薬の原料になるため、安定した需要はあるのだが単価が安い。
第5階層までで採集できるものというのもあって、一束で500円程度にしかならない。
それでもリュックいっぱいに詰めれば5000円は堅い。一日働いて5000円──しかも危険なダンジョン内での肉体労働と考えると割に合わない。
「これじゃあ、少し無理して稼ごうとする人が出てもおかしくないな」
40代の死亡率が高いのも分かる気がする。戦えないならダンジョンで稼ぐよりもマシな方法はいくつもあるし、少しでも戦えるなら無理をしてでも奥へ行く。
第1階層で癒し草なんて集めているのは、俺みたいに戦えないけどダンジョン以外でろくに稼ぐ当てがないような人間だけだ。
「ま、考えてもしかたがない。かなり奥に来てしまったからな、早く戻るとしよう」
「きゃあああああ!」
リュックを背負って、ダンジョンの外へと向かおうとした──その時、ダンジョンの奥の方から悲鳴が聞こえてきた。