「ネタが古すぎる」と言われてクビになったので探索者を始めた俺の爆笑魔法に世界がざわつき始める 作:マツモトキヨシ
「ちっ、ボスエリアか……」
悲鳴の聞こえた方へ向かうと、下に降りる階段があった。
第5階層──いわゆるボスエリアへ向かう階段。戦えない俺が行ったところで何の役に立つかわからない。
だけど、間違いなく危険な状況にある人を見捨てることなど出来るはずがない。
意を決して階段を下りる。
「ミノタウロス? なんでこんなところに……」
巨大な斧を持った牛の怪物──ミノタウロスは鼻息を荒くして斧を振り回す。ボロボロで満身創痍といった様子の少女が、ミノタウロスに向き合いながら、ふらつく足取りで何とか斧を回避していた。
少女の近くにはふわふわとドローンが浮いていて、一目で配信者とわかる。
「よりによってボスがイレギュラーかよ……」
イレギュラーとは稀に現れる特殊な個体のことで、本来のモンスターよりも一回りほど強いモンスターが出現する。
この階層のボスはもともとハイオークというモンスターだったはず。取り巻きのオーク2体が厄介だが、それを何とかすれば本体はあまり強くないらしい。
一方のミノタウロスは取り巻きこそいないが、本体の強さはハイオークなど比較にならない。
本来なら第10階層のボスのはずが、まさにイレギュラーということだろう。
だが、俺にとってはどちらも変わらない──勝てないという意味でな。
「助けようにも、俺の力じゃ……」
助けに入りたくても、ミノタウロス相手じゃ囮にすらならない。しかし、圧倒的な力で振り回される斧は、まるで暴風雨のよう。少女も何とか凌いでいるが崩れるのは時間の問題だった。
「きゃっ!」
避けた瞬間、少女は地面に落ちていた石を踏んでバランスを崩してしまった。
勝利を確信したミノタウロスがトドメとばかりに斧を大きく振り上げる。ブモーと鳴きながら残酷に笑っているようだ。
「くそっ、なるようになれ!」
大して囮にはなれないだろうけど、せめて気を引くくらいはできるだろうと思い、爆笑魔法【タライ落とし】を使った。
もちろん今までのような手加減は一切なし。少しでもミノタウロスの気を引くため、ありったけの力を込めたタライをミノタウロスの頭に目掛けて落とす。
ミノタウロスの頭にタライが当たり、ゴォォォォン、という音が──しなかった。
代わりにグシャとかブチュとかゴキゴキといったタライ落としでしちゃいけないような音と同時にタライがミノタウロスの体を押し潰していた。
「えっ?」
「えっ?」
意味不明な状況に俺と少女が同時に声を上げる。役目を終えたタライはすぐに消滅し、残ったのはバラバラの肉片というミノタウロスだったものの残骸だけだった。
「そ、そんな──ミノタウロスを一撃で?」
「大丈夫か?」
「あ、はい」
少女はふらつく足取りで立ち上がり、スマホを開いた。
どうやら配信中のコメントがスマホに表示されているらしい。
〝なんでミノタウロスが出てくるんだよ! 〟
〝どうみてもイレギュラーだろ、そんなのも分からないのか? 〟
〝冥ちゃん逃げて! 〟
〝冥ちゃん逃げて! 〟
〝なんだあれは──タライ? 〟
〝ミノタウロスの頭の上にタライが現れた?! 〟
〝なにそれ。時代遅れのコントじゃないんだから〟
〝いや、よく見ろ。本当にあるぞ〟
〝えっ? 〟
〝えっ? 〟
〝えっ? 〟
〝なんでミノタウロスがタライに潰されてんの?! 〟
〝タライの殺傷力が高すぎる〟
〝タライって、こんな危険だったんだ〟
〝もしかして、芸人はミノタウロスよりも頑丈なのか? 〟
〝芸人最強説……ありえね〟
〝それより……タライを落としたのって、あのオッサン? 〟
〝どうみても、ただのくたびれたオッサンなんだが〟
どうやら、俺の爆笑魔法も配信にきっちり映っていたらしい。イレギュラーと冥と呼ばれる少女のピンチで賑わっていたコメントを、タライが完全にかっさらってしまった。
だが、それよりも俺が配信に映っていることの方が問題だった。さっきのタライは運よくミノタウロスを押しつぶせたが、俺は戦闘能力のない一般人だ。
変な誤解をされるのはまずい──視聴者の身勝手な見解の恐ろしさは十分に理解している。
復帰は無理だと頭の中で理解しながらも、『タライは危険だ』という誤った認識が広まるのは避けたい。
もっとも、ミノタウロスが押しつぶされた動画が見られた時点で意味はないだろうが──。
「大丈夫ならよかった。それじゃあ気を付けて帰れよ」
本人も大丈夫と言っていたので、俺は踵を返してその場を離れようとする。これ以上、動画に俺の姿がさらされるのは危険すぎる。
しかし、彼女は慌てて俺を呼び止めた。
「あ、ま、待ってください!」
「うん、どうした?」
「足を挫いてしまったので……入口まで運んで貰えないでしょうか?」
大丈夫というのは、命に別状がない程度の意味だったのかもしれない。どっちにしても一人で帰るのは厳しいようだ。
ベテランの探索者なら二つ返事で運んであげるのだろう。だが、俺は駆け出しも駆け出し、今日が初めてのダンジョンである。
第5層まで危なげなく来た俺だが、帰りも何もないという保証はない。
そんな中で小柄な少女とはいえ、人を背負って戻るのはあまりにもリスクが大きい。しかも、今日の収入である癒し草を全てあきらめる必要がある。
散々迷った挙句、俺は背中に背負ったリュックを地面に置いて、彼女に近づいて背中を向け腰を下ろした。
「これで大丈夫か?」
「あ──はい、大丈夫です!」
彼女は何とか立ち上がって、配信用のドローンに向かって笑顔を向けた。
「すみませんが、今日の配信はここまでです。また次回も見てくださいね!」
「お待たせしました。助けてくださいましてありがとうございます。私は影野芽衣といいます」
「ああ、俺は松本清志だ」
そう言ってドローンを回収し、背中のリュックにしまうと俺の首にしがみついた。俺がリュックを捨てる羽目になったからとはいえ、彼女も荷物を置いていけとは、さすがに言えないだろう。
何しろ配信用のドローンは非常に高価だ。ミノタウロスと戦っている彼女を追尾し続けていたことを考えると、かなり高性能なドローンに違いない。
それこそドローンだけで、俺のリュック10個分はあるだろう。
「あ、松本さん、ちょっと待ってください。せめて魔石だけでも拾っておきましょう」
「魔石? ああ、そうか──」
モンスターを倒すと必ず落とすものとして魔石がある。ダンジョンができてから研究が進み、ダンジョンがある限り無限に採掘できるエネルギー資源として、ダンジョン産の資源の中で最も価値があるとされるものだ。
「これか──ずいぶんデカいな」
「当然ですよ。本来なら、ミノタウロスは第10階層のボスですからね」
ミノタウロスの肉片の中からこぶし大の紫色に光る石を拾う。芽衣は、うっとりとした目で魔石を見つめながら言った。
とりあえず手に持っていてもしかたないのでポケットにしまう。芽衣には後で譲ればいいだろう。
「それじゃあ、戻るとするか。周りに注意しながらだから時間はかかると思うが勘弁してくれ」
「はい、よろしくお願いしますね」
第5階層までは、積極的に襲ってくるモンスターが第4階層にわずかにいるくらい。
第3階層までの採集が人気なのも、それが理由だったりする。もっとも第4階層も、俺が今日一日採集しても襲われなかったくらい遭遇は稀──だと思っていた。
「あ、あれは襲ってくるモンスターです」
「マジか。少し回り道しようか」
「はい、すみません。足手まといで……」
帰り道は意外にも襲ってくるモンスターが多く、3回ほど芽衣が見つけて俺に注意を促してくれた。
申し訳なさそうにする芽衣だが、モンスターの気配に慣れていない俺だったら間違いなく襲われていただろう。そう考えると逆にありがたいくらいだった。
「よし、ようやく戻ってきた」
第4階層を抜けてからは襲ってくるモンスターがいないのでスムーズに進み、俺たちはダンジョンの外へと出た。
退場の手続きをして、足を挫いていた芽衣を医務室に向かう。少し高く付くが回復魔法を使ってもらうことにするらしい。
「あの──戻るまで待っていてくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
どうやら俺が魔石を持ち逃げするんじゃないかと思ったのだろうが、そんなつもりのない俺は二つ返事で芽衣の言葉にうなずいた。