「ネタが古すぎる」と言われてクビになったので探索者を始めた俺の爆笑魔法に世界がざわつき始める 作:マツモトキヨシ
「松本さん、お待たせしました」
回復魔法での治療だからか、10分ほどで芽衣は戻ってきた。行くときは看護助手の人に支えられながらだったが、帰ってくるときは一人でスタスタと歩いてきて何とも不思議な気分だ。
「だ、大丈夫なのかい?」
「ええ、骨が折れていたみたいですけど、回復魔法のおかげでバッチリです」
問題ないことをアピールするように、芽衣はぴょんぴょんと飛び跳ねる。たしかに全く痛そうな様子はない。
「こんなあっさり治るなんてなぁ」
「欠損がある場合は、ここじゃ治せないので時間かかるんですけどね」
「そうなんだ。でも、骨折だと結構したんじゃないの?」
回復魔法の治療は、普通の医者にかかった時と比べて遥かに高くつく。差が小さいものでも5倍、大きい物になると10倍を超えることも珍しくない。
その上、回復魔法は全て自費診療扱いとなるため、保険診療と比べると20倍から30倍は覚悟しないといけない。骨折一つとっても20万円、30万円は当たり前の世界だ。
「大丈夫です。これがありますからね」
芽衣はニヤリと口角を上げると、ベルトポーチから探索者ライセンスを取り出して見せてくる。俺も探索者だからライセンスについては知っているし、何なら自分のライセンスも持っている。
「探索者ライセンスがどうかしたか? もちろん俺だって持っているぞ」
俺もポケットから探索者ライセンスを取り出したが、芽衣はなぜか首を横に振った。
「違いますって、このライセンスカードは探索者専用保険証でもあるんです。これを見せれば何でも保険が効きますし、自己負担も1割なんですよ」
「あ、そうか」
探索者として一人でも活動して欲しい政府が用意した特典の一つだ。掛け金は素材の買い取り代金から天引きされているので、負担感は少ない。高額な素材は掛け金が引かれても相当な金額になるからだ。
「それより、一緒に食事にいきませんか。奢りますよ」
「さすがに年下に奢られるわけには──」
「助けて頂いたお礼と……私のせいで今日の収入を捨てる羽目になったお詫びです」
彼女を背負うために俺がリュックを捨てたことを気にしていたらしい。だが、捨てたリュックの中身はせいぜい5000円程度、気にするようなものでもない。
だけど、それでは芽衣の気が収まらないらしく、しかたなく奢られることにした。
「わかった。今日はありがたく奢られることにするよ。そうそう、はいこれ」
「ミノタウロスの魔石ですか? これは松本さんのものですよ」
「でも、最初に戦っていたのは芽衣じゃないか」
「私じゃ手も足も出ませんでした。倒したのはどう見ても松本さんですし、私が受け取るわけにはいきません」
端から戦うつもりのなかった俺は、戦闘絡みの情報に関しては完全にスルーしていたので、実際のところはわからない。
だが、芽衣の方に折れる気がないのは良く分かったので、ありがたく頂くことにした。
「これがあれば今日の収入としては十分すぎるくらいだし、別に奢ってもらわなくても──」
「それとこれとは話が別ですよ。というわけなんで、さっそく行きましょう!」
芽衣は、あれやこれやと言い訳をして動く気配のない俺の腕をガシッと掴むと、引きずるようにダンジョンの受付を後にした。
「ちょっと待って、自分で歩くから!」
「まったく……最初から素直に奢られてくれればいいんですよ」
俺の手を放すと、芽衣は頬を膨らませながら腕組みをして見せた。
「わかったから。でも、本当にミノタウロスの魔石の価値を考えれば、俺のリュックはゴミのようなものだぞ──全部売っても5000円程度だしな」
「あのリュックは今日の努力の成果ですよね。たとえ金額が小さくても、他人の努力を踏み躙るようなことはしたくないんです」
芽衣の言葉を聞いて、俺は全身に電流が流れるようなショックを受けた。
俺自身、自分の努力や成果をお金に換算して大したものじゃないと考えていた。
だけど芽衣の考えは違っていた。どんなに大したものじゃなかったとしても、かけがえのない努力の価値は認めるべきだという主張だった。
俺も若い頃は努力に価値はあると考えていた。だが、世間の荒波に揉まれて知らず知らずのうちに、何でもお金に換算して考えるようになっていた。
「俺も歳を取ったなぁ……」
「いきなり何をおっさん臭いこと言ってるんですか」
「俺はもう、立派なおっさんだが」
「バカなことを言っていないで──店に入りますよ」
芽衣が連れてきたところはおしゃれなレストランだった。オレンジ色の照明のせいか落ち着いた雰囲気の店だ。
「この店、場違いなんじゃないか?」
「気にしないでいいですよ。そんなに肩肘張った店じゃありませんし、騒々しくしなければ問題ありません」
そう言って、芽衣は肩をすくめた。たしかに騒々しかったり暴力を振るう探索者も珍しくはないからだろう。
「いらっしゃいませ」
「ええと、二人で──予約はしていないのですが大丈夫ですか?」
「はい。では、こちらへどうぞ」
にこやかに出迎えた店員に案内され、席に案内される。
「松本さん、奥へどうぞ」
「いや、芽衣が奥で」
お互いに上座である奥の席を譲ろうとしたが、最終的には芽衣の方が探索者経験も長くて異変に気付きやすいという理由で彼女が奥の席に座ることになった。
「メニューでございます」
「まったく、松本さんも口が上手いんだから」
メニューを見ると、ガスパチョとかカルパッチョとかアクアパッツァとか意味の分からない横文字がいたる所に並んでいた。
分かるのは牛や鶏や魚介がなんやかんやされた料理だということくらいだ──頭が痛くなってきた。
「松本さんは何にします?」
「芽衣と同じものでいいよ」
芽衣は、うかがうような目で俺を見ながら、何を注文するか聞いてきた。俺の注文を聞いて、自分の注文を決めるつもりなのかもしれない。
一方で、俺はメニューを何度見返しても、どれが良いのかさっぱりわからない。進退窮まった俺は『同じもので』と答えるしかなかった。
これならサーブの時間も値段も同じになるはず。
芽衣は目を大きく見開くと、メニューに視線を落とす。芽衣が何を選ぶか、俺としても少し気になるところだ。
目を皿のようにして何度もメニューを繰り返し見ていた芽衣だが、何かに気付いたようにハッとしておもむろに手を挙げた。
「えっと──おススメのコースを2つで」
「かしこまりました」
芽衣が選んだ料理はメニューに書いていない『おススメのコース』だった。こういった高級料理店だと、メニューが分からなくても取れる選択肢のひとつだと聞いたことがある。
高級料理店なんて滅多に来たことがない俺では咄嗟に思いつかなかったし、芽衣が注文しなかったら、聞いたことあることすら思い出すことはなかっただろう。
「すみません、メニューがよくわからないので『おススメ』を頼んじゃいました」
「おススメなら間違いないからいいんじゃないかな」
「そ、そうですよね」
選択を芽衣に押し付けたくせに、俺は申し訳なさそうにする彼女を励ます。どの口が言うんだと心の中でツッコミを入れたが、彼女の反応を見るにあながち間違いではなかったようだ。
注文するまでは悲惨だったが、おススメのコースは意外にも優秀だった。
俺たちは次々と出てくる料理に舌鼓を打つ。味が良いのはもちろんのこと、見た目にも楽しませる盛り付けはまさに芸術品だった。
メインディッシュのステーキを食べ終え、デザートのパンナコッタを店員が持ってくる。
すごく甘いのだが、舌の上で蕩けるような食感とラズベリーのソースのおかげで、思ったより口の中が甘ったるくならなかった。
「それで──お願いなのですが」
デザートを食べ終えて、一緒に出されたカフェラテを飲んでいると、芽衣が話を切り出してきた。
内容は聞いていないが、食事を奢ってくれた芽衣のお願いなら、なるべく叶えてやりたいところだ。彼女は助けてくれたお礼だと主張するかもしれないが、さすがに今日の料理は高級すぎるだろう。
「私の配信にゲスト出演をしていただきたいのです」
芽衣のお願いの内容が意外すぎて、俺はカフェラテを飲みながら自問自答を繰り返していた。