「ネタが古すぎる」と言われてクビになったので探索者を始めた俺の爆笑魔法に世界がざわつき始める   作:マツモトキヨシ

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第7話 タライの弱点

 宙に浮かんだ巨大な目玉──イービルアイは精神に影響を与える魔法を得意とするモンスターだ。

 

 精神を直接破壊するマインドブラストのような魔法も使えるが、こいつらが好むのは魅了や恐慌、混乱、幻覚といった間接的に影響を及ぼす魔法だ。

 

 まるで玩具のように人の精神を弄ぶ邪悪な存在である。

 

 かなりのレアモンスターで遭遇する機会は多くない、とダンジョン攻略サイトには書いてあったはずなんだが……。

 

「なんか見た目がキモいんですけど」

「レアモンスターらしいから、運が悪かったと思え」

 

 目の周りだけくりぬいたような見た目に芽衣は顔をしかめつつ、臨戦態勢を取った。

 

「芽衣、気を付けろ。こいつは魅了などで同士討ちを仕掛けてくる!」

「ふぁい、らいじょうぶ。やりまふ!」

 

 ふらつく足取り。そんな様子とは裏腹に、芽衣は的確に俺に向けて剣を振り下ろしてきた。

 

「まったく、言った傍からこれか」

 

 〝いきなり冥ちゃんがご乱心www〟

 〝容赦がなさ過ぎて草〟

 〝どうする松本! 〟

 

 芽衣の攻撃を辛うじて回避する。戦闘に関しては芽衣の方が圧倒的に上ではあるが、魅了状態のせいで普段のような動きは難しいらしく、それだけは救いだった。

 

「タライ落とし(極小)!」

 

 正気に戻すにはショックを与えればいい。ならばタライを落とすだけだ。

 

 上から落ちてきたタライが芽衣の頭にクリーンヒットする。直撃を受けた芽衣は「あいたたた」と言いながら頭を抱えていた。

 

 〝来た、タライ! 〟

 〝こっちも容赦なくて草〟

 

「松本さん、酷いですよ!」

「魅了はさすがにヤバいからな」

 

 さすがに魅了されていたことはわかっているらしく、芽衣は少しだけ文句を言っただけで、すぐに大人しくなった。

 

 見た目は気味の悪い目玉だけど、いわゆるパーティークラッシャーを得意とするから非常に厄介な相手だ。これは速攻で倒さないと──。

 

「タライ落とし!」

 

 〝何も起こらないぞ? 〟

 〝失敗とかあるんか〟

 

 俺はイービルアイにタライ落としを使った。しかし、何もおこらなかった。

 

「あれ? タライ落とし!」

 

 〝もしかしてタライが切れた? 〟

 〝タライ買い出し中かぁ、残念〟

 〝次回はちゃんとタライを買ってこいよ〟

 

 気のせいかと思って、もう一度タライ落としを使ってみたものの、タライが落ちてくる気配はない。視聴者も俺の焦った顔が面白かったのか、やたらと煽ってくる。

 

「どういうことだ?」

「もしかして、なんだけど」

「何か気付いたのか?」

「頭がないからじゃないかな?」

 

 〝草〟

 〝頭がないwww〟

 〝たしかに目しかないな〟

 〝これは新ネタが来るか? 〟

 

 馬鹿な──頭がないというだけでタライが使えなくなるとは予想外すぎる。だが、俺には爆笑魔法しかない。

 

 追い詰められた俺を嘲笑うようにイービルアイの目が怪しく輝き、にわかに蠱惑的な美少女に──見えるわけがなかった。

 

 たしかに俺の目と耳には美少女が芽衣を指差しながら「あの女を殺して!」って言っている姿が入ってくる。

 

 だが、現実を知り過ぎた俺の脳は幻の映像を勝手に『ただの妄想』と脳内補完してしまった。

 

 どうやら俺には妄想に浸る余裕すら与えてくれないらしい。

 

「クソッ、現実なんてクソくらえだ!」

 

 〝魅了が効いてないんだがwww〟

 〝妄想と切り捨てていて草〟

 〝現実を知りすぎた男の哀愁〟

 〝やめろ、その言葉は俺に効く! 〟

 

 どうやら、魅了が効かない人間は一定数いるようだ。まるで哀しみを背負って生きてきたような言われようで、これっぽっちも嬉しくない。

 

 問題はイービルアイの得意技である魅了が俺に効かない一方で、俺の得意技であるタライもイービルアイに効かないことだった。

 

「俺じゃこいつは殺せない」

 

 〝はよ新ネタだせ〟

 〝まさかネタがタライしかないとか言わないよな?! 〟

 

「そうですよ、他に何かないんですか?」

「ないことはない。そうだな──ハリセンくらいは出せるんだが……」

「じゃあ、それを出してくださいよ。私がバシッと叩いてやりますよ」

「バシッと叩くと言ってもハリセンなんだが」

「ふふふ、私のスキル『強打』なんですよ。松本さんが出したハリセンなら倒せるはずです!」

 

 どういう理屈かしらないけど、芽衣はやたらと自信満々だ。だが、それ以上に視聴者が沸き立っていた。

 

 〝マジか、冥ちゃんのハリセンクラッシュが見れるのか〟

 〝普段は剣を使ってるけど、ショボい打撃武器の方が強いんだよな〟

 〝なんで使わないのか……〟

 

「下手な打撃武器使ったら配信できなくなっちゃうでしょ!」

 

 〝そうだった。前に配信した時、オークが一瞬で豚ひき肉になってたわ〟

 〝もしかして、しばらく配信していなかったのは運営に停止させられていたからか? 〟

 〝なるほど、ハリセンならワンチャンということか〟

 

 ここまでお膳立てされては、流石に使わないわけにはいかない。俺はあきらめて芽衣のためにハリセン用意することにした。

 

「爆笑魔法・ハリセン錬成!」

 

 芽衣の右手に巨大なハリセンが現れた。好戦的な笑みを浮かべ、イービルアイに突撃する。

 

「くらえぇぇぇ!」

 

 だがハリセンが打ち据える直前、イービルアイの目玉が怪しく光った。次の瞬間、世界は漆黒の闇に包まれた。

 

「ま、松本さん! しっかりしてください!」

 

 真っ暗な世界の中で、俺の体だけが前後に激しく揺さぶられる。あまりの激しさに、俺の三半規管が悲鳴を上げて、胃が革命を企てようとしていた。

 

「ちょっと、揺らすんじゃない!」

「ま、松本さん! 生きてたんですね!」

「勝手に殺すんじゃない! 俺はまだまだピンピンしている、目の前は真っ暗だがな」

 

 俺の言葉に芽衣は「あっ」と短く悲鳴を上げ、俺の周りを動いていた。

 

 彼女の両手が俺の顔に押し付けられ、薄っすらと光を感じるようになる。彼女の手が離れた瞬間、世界は光に包まれた。

 

「びっくりしました。いきなり目がポーンと飛び出てしまったので!」

 

 なるほど、俺の目が行方不明になっていたから何も見えなくなった、ということか。そう素直に納得できるほど俺は若くない。

 

「なんで俺の目が飛び出す羽目になったんだよ」

 

 〝ハリセンの衝撃によって? 〟

 〝冥ちゃんの裏切りに驚いて? 〟

 〝定番のギャグ? 〟

 

 なんで全部疑問形なんだよ。しかも戦闘中に誰が悲しくてボケなきゃいけないんだよ。

 

「裏切ってないし、ちょっと魅了されただけだし!」

「いやいや、魅了されたら勝手に戻らないだろ?」

「えっと──松本さんを殺したことにショックを受けて?」

「勝手に殺すな」

「いや、目玉がスポーンって取れたら死んだと思うでしょ?!」

 

 〝たしかにアレはビビった〟

 〝お笑いマエストロにとって、この程度は驚くに値しない〟

 〝マエストロwww〟

 

 自分で殺しておいて(死んでないが)ショックを受けて魅了が解けるなんて聞いたことがないんだが。だが、これなら──。

 

「ま、松本さん。もしかしてこれって──」

「ああ、俺もちょうど同じことを考えていた」

 

 相手が目玉なら、俺と芽衣のハリセン強打でイービルアイを倒せるんじゃないだろうか。

 

 いきなり魅了にかかった汚名を返上しようと、芽衣は不退転の覚悟で剣を構えてイービルアイに対峙する。

 

「もう魅了は効きません!」

「うおっ!」

 

 イービルアイの目が怪しく輝く。しかし、ショックを乗り越えた芽衣には、もはや魅了など効くはずもない。

 

 ハリセンを振りかぶって、まっすぐに振り下ろす。渾身の力で振り下ろされたハリセンはスパァァンという小気味のいい音を立ててイービルアイを打ち据えた。

 

 次の瞬間、イービルアイの目玉がスポーンと飛び出した。探索者の経験をそれなりに積んでいる芽衣は目玉を難なく回避するが、素人同然の俺は勢いよく転がってくる目玉に危うく押しつぶされるところだった。

 

 幸いにも通路が広かったおかげで何とか回避できたが、狭かったらかなりマズいことになっていただろう。

 

「やりました!」

 

 俺が何とか体勢を立て直している中、ダンジョンに芽衣の嬉しそうな声が響き渡った。

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