一.
俺の友達(と言ってしまうと本人に詰められそうなので)もとい、浅からぬ縁の知人、名前は
ここでのオレは、
燈沓と交友を持ち始めたのは高校2年生の時。それまでの彼は杓子定規というか生真面目で、人によっては癪に障るかなぁってぐらいの優等生。調子が悪くても学年十何位は取ってた。少しお堅かったし、俺もイラっとしたこともあったけど、基本的に気さくで場もよく回してくれてた。……今はそんなこと金を積まれてもしなそうだけど。
特に仲良くもないけど、グルディスとかでよく一緒になってたからお互いに名字に君付けの知り合いではあった程度。
彼が相当無理をしていたことに気づいたのは、秋の修学旅行の時。俺はどういうわけか、特に問題を起こさないいわゆる「基準グループ」にあてがわれていた。そこにはもちろんあいつもいて。
深夜1時。先生の巡回も落ち着いてきた頃だったと思う。元々眠りが浅くて環境が変わると一回は必ず目が覚めていた俺は、部屋を出なければお咎めなしだろうと、夜月でも眺めて眠気が来るのを待とうとした。
俺たちの部屋には布団が敷いてある居間の奥に、2.5畳ほどのバルコニー(和室だったから多分違う名前があるはず)があって、そこに下に灰皿が置かれたガラス張りの机と、木編みの椅子が2対あったのを荷物を置いた時に確認していた。十中八九寝れないのがわかってたから。でも、既に使われてた。
少し茶化すつもりで声をかけたのがいけなかったと思う。
「あれ? 燈沓くんじゃん。お前も寝れねーの? 夜更かしなんて珍しー」
声をかけたのと同時に肺を刺すような空気を感じたのをよく覚えている。燈沓のほうもひどく動揺していた。
「……と、遠輿くん? ……ああ、枕が変わると寝れなくて」
目下に視線を動かすと、鍵付きの手帳に何かを書いていた形跡があった。
今思えば少し酷なことをしてしまったと反省している。
普段几帳面な彼からは想像もつかないような乱雑さでマジックで"Diary"の文字を黒塗りし、その下にデカデカと「棄書」と書いてあるのに気づいてしまったから。
「い、遺っ⁈」
今となってはだが、薄暗がりの中だから読み間違えていた。(健在だが)早合点が癖の俺はヤバいとデカい声をあげそうになる。そこからの"奴"は別人だった
「声が大きい」
「悪りぃ……」
「はぁ、親にもバレたことなかったのに……なぁ」
「外、綺麗だよな、海も見えて。月も煌々と輝いてる」
「おまっ」
ヒュッと喉笛が鳴る。言えなかった。
「俺が今……"そう"考えてたらどうする? 、遠輿」
僕という小綺麗な一人称しか聞いていなかった俺にとってそれはとても異質に聞こえてた。
「ど、するって……」
「わかんねーよ……わかんねーって!」
「……わかんないか、よかった。下手に便乗されたらどうしようかと。平気だよ。殺れないから」
まるで敵でも見るような……いや、今なら視ていたといえる、そんな目で冷たく言い放っていた。
「この際だ。一言だけ伝えておく。俺は
あいつの言葉通り、その夜は一睡もできなかった。それと同時に不思議とあいつに惹かれていた。怖いもの見たさでの不謹慎な興味か、見知ったクラスメイトの窮地を救いたい、あるいはただ.気分の坐りが悪いからという偽善か、今となってはどうだったのかわからないが、燈沓秋瓢は
そこからしばらくは俺も怖くなって、以前と同じように「燈沓くんと遠輿くん」として付き合っていた。でも、明らかにメンタルが崩れていそうな感じが ー偏見だったのがはわからないけど そこかしこから漂っていて、いつしか俺といる時だけ詭弁なく接してくるようになった。素性が割れて諦めたのか、俺に気を許したのか、そもそも以前のように取り繕う気力すら削ぎ落としたのか。ともかく手で払えばすぐ消えそうなカゲロウのような覇気のない顔になっていった。瞳も酷く小さくなって。ピシャリとしていた背丈は、半目で見上げるような猫背。今も気だるそうに視線を泳がし、俺と二人になれる頃合いを見計らっている。そう思えた。
あの時、俺が始めてあれに触れた日も、今まで伸ばしていた背丈をこれみよがしに縮ませて、隠れるように、音を立てずに現れた。
声は出さずに、ちょうど人影で死角になる瞬間に口だけ動かして。[i:『話がある、時間あるか』]とだけ。
何でわかったかは俺もわからなかった。
[i:『おう』]
その後、知らずのうちにカラオケボックスに連れ込まれていた。まだ事の次第を知らなかった俺はジャーナリストにでもなった気分で、それかそれほどまでにたかが一夜で俺を信頼してくれてたのかと舞い上がっていた。
「──
「と、とーぜん! 昔凄腕のエージェントが出てくるドラマ見て読話練習してたからな! みんなには内緒だけど……」
咄嗟に嘘をついた。読話なんて影も形も知らない。わかったのも良たまたまだ。
「嘘っぽいけどまぁ、いいや。これが本当のおれだよ。見たまんま。正真正銘、お前だけが知ってる。見たがってたろ。さっき」
「へ? 時間あるって聞いたんじゃ?」
「は?」
心底呆れたような声色で言われたもんだから、さぞ見当違いな方向で聞き間違えてるんじゃないかと肝を冷やした。
結局のところ早口で「if wanna see about it seriously,come later」(本気でそれについて知りたいならあとで来い)と言われていた。しかも真意に気づかれにくいようにわざと文としては足りない言い方で。つまり、それでも勘づいてくれる奴にだけ、これからすごく思い詰めている話をします。と言われているに等しかった。でも、当時はこの期に及んで良かった。ニアピンだ、と思っていた。浅はかにも程がある。今の俺はそれほど人の感情の機微には疎くない自信があるが、彼を通して強くなったに過ぎない。白状しよう、その時はてっきり嫌いな親の話でも振られるのかな、きっと人前では言えない話を俺にしてくれるんだ、いい友達になれそう、とすら思っていた。搦手にはよわい。英文にされてやっとこさ、日々の愚痴では済まないほどの重めの話をされるんだとわかった。
「あの、さ。結構ヘビーな事だったりする? だとしたらごめん……覚悟足りてなかったわ」
「……どう思う?」
返ってきたのはそれだけ。俺は本当にバカだ。取り繕えばよかったのに。何とか用事を捻り出して煙に巻けばよかったのに。その時やっとどんな気持ちで自分がどこにいるのかわかった。あいつが俺を選んでくれたわけじゃない。俺が勝手に。あいつに惹かれて。生半可な気持ちのまま「普通の」男友達になれると。いつかあいつの黒いもん全部吐いてくれたりして頼ってくれないかなと思っていた。結局、彼は誰にも言えないことを言おうとしてるんじゃなくて、誰にも、俺にも言いたくないこと、言わば無告の慟哭にのほほんと居合わせた
「……ちょっと気持ち作ってくるんで5分だけ待って」
勝手に口が動いていた。ここまで気づいていて何故、後ろを向かなかったのだろう。何故自分が救えると、あいつにとっての光になれると……いや、違う。もっとちゃっちい子供じみた興味だ。浅はかで、誰にでもできて、無垢で、あどけなくて。それでいて、無粋、そしてギラギラして傍迷惑すぎる光。それになりかけている自分が憎い、この場からいなくなりたい。あの時起きていて、声をかけていなければ、ノートに気づかなければ、そもそもちゃんと寝れてたら。
いっそ、出会わなければ、元を辿れば、オレが
「俺には、
そこまで言いかけた時、肩に手を置かれた。テレビの暗い画面越しに俺の背中が見えたのだろうか。それにしては、向こうも何かハッとした様子だったのが変に感じて。
「帰らないでくれ。──それだよ。おれが"俺"に普段感じてる感情に限りなく近しいと思う。正直、お前がここまで浸ってくれると思ってなかった。似た景色まで来てくれるやつはいなかった。嫌なもの見せたな、悪い。お前がそこまで
「な、なんで……近いもん見たってわかるんだ……? まさかお前が……」
「ただでさえ自分を頭で殺すのが精一杯なのに人に意識的に迷惑かけれる計画性が残ってると思ってんのか……? ただ寝起きの鏡と顔がそっくりだったから、
「なぁ、俺今冷や汗かいてる?」
「ダラダラ垂れてるよ」
「……早く俺の記憶を……」
「「……いっそ俺ごと消してくれ! /」」
「いつもそう思ってるよ、そしていつも起きて"しまう"。誰にも言えなくて、うっかり漏れだしても気の持ちようだって相手にされなくて……虚しい気持ちになったまま、ベットの上で、静謐な環境の中で、もっと深く澱んだ
ひとしきり
あぁ、さっきから知らない顔ばっかりする。ただの尺なところのある優等生だったはずなのに。一人で勝手に怒って泣いて。忙しないったらありゃしない。きっとこいつは、誰にせき立てられるでも追われるでも無く、一人で、こういう奴にならなきゃ、じゃなきゃ誰かが誇れる、胸を張って語り継がれる存在になれない、こういうやつ、のイメージも朧げなまま、ずっと座りが悪いまま。怖くて虚しい思いばかりするんじゃないかと苛立っていたんだろう。他でもなく自分自身に。こいつはずっと「ヒト」になりたがっていたんだ。得意なことで欠点を全部塗り潰せるような。そんな打ち滅ぼすべき仇を自分自身に据えていた。まるで教え込まれでもしたかのように。ずっと自分のことを憎み、嫉み、嘲っていた。
……と、ここまではオレの推測。これから話すこととは切り分けないと。
「……
「下……なっ、教えて……」
「
「んでさ、そんなバカだから素直に聞いちゃうな? お前は誰? そのひょうたんのなかに何を容れたらお前は
随分とクサいセリフを吐いてしまったが、できる限りオレが感じたことをあいつの心を抉らずに伝えるにはこれしか思いつかなかったのだ。
「わからないからこんなことになってんだろ」
「じゃあさ……中に入ってるもん全部からにしてみよーぜ!」
「……?」
やべっ、伝わってなかったか……?
「いやぁ、素のお前が見てみたいっていうかさぁ……? 野暮なこと言ってるつもりはさらさらなくてですね……? あーっ! いいや! 綺麗事一切なし! ……一回全部だだっ広げてことにして大事なもんだけ入れ直そうぜって意味! きっと今のソレはつぎはぎにくっついてるだけなんだろ?」
「……やって、いいのか? そんなこと。[i:俺]は……歪で、見るに耐えなくて、殺したいくらい大っ嫌いだけど……大事な……ここまでの全部なのに……」
「そんなしょもっとしないでくれよ〜、何も捨てろって言ってるわけじゃないんだからさ……数年後か……もうちょっと後かはわからんけど、一回ここにぶちまけて、またもっかい取りにくんの。要るものだけ」
たとえ一歩目が土足、それも荒れ野を踏み荒らすような、灼きつくしてしまうような、詮索であったとしても。
「……いるものがわからないなら、お前に預けろってか?」
「預けないし、預からない。置いとくの。今ここに全部。「空っぽ」になってみてほしいだけ」
「楽になれるのか? そんなんで」
「“軽くは“なんじゃね? 根拠はない! 「惜しい」と思ったららそこだけ戻せばいいだけだと思う。失敗した後の責任は60%ぐらい持つからさ……」
「それで俺が消えても……?」
「……っ、やだからな。オレはお前にそう易々と死んでほしくない。お前の抱えたもんの一端を垣間見たことによってもう素知らぬ顔をできなくなったから。そうじゃなくてもオレがやったみたいに……やってはいるか……とっ、とにかくやだ!」
「へへっ、さぞかし
「だからやめろってぇ!」
その時の目はすでに淀み始めていたように思う。今となってはお家芸だが。
二.
……と、ここまでがオレが秋瓢と初めて本気で
理由は伏せるが、心労を理由に今はとりあえず3ヶ月スパンの休学をもらっていて、俺が強引に連れ込んだアパートで二人暮らしをしている。まぁ、単にみすみす手を離すことができなかった。単なるエゴだ。あ、ちょうど起きてきた。
「おはよう、あっくん」
「……ぅす」
(挨拶してくれるだけ今日はいい方だな)
実はあれから、秋瓢が少しでも軽くそこにいられるように俺は少し心理学を嗜むようになった。と言っても学問としてのお堅いものはちっとも頭に入らなかったから聞き齧った程度のものだが。
「ご飯、パスタかおにぎり作れるけど、どうする?」
「……悪いからいーよぉ、自分でパン食う」
目線が合わないが、無理に追わない。相手のそのままを受け止めて、こちらの存在を意識させすぎないのがオレの我流だ。
「おっけ。じゃあオレはパスタにしよー」
「いただきます!」
「……ん」
にしても高校生の頃から比べて随分
ただ、他人のことをわかりたいと思い続けること。オレはここでいつでも聞けるようにして待ってるつもりだ。……もしオレに春がきたら、話は別になるのかもしれないけど。……いや、春なんかきても来なくてもオレの春は全てこいつが隣にいるものにしたい。そう伝え続けることだけしか、オレにはできない。
「……和陽。いつもごめん、ほんとは炊事も洗濯も1人でやんなきゃなのにな。苦労かけてる自覚はある」
謝った。彼から。これはだいぶキテる時のだ。
「ん〜? オレもオレで覚えなきゃだからさぁ、別にあっくんがどうとかじゃねーよ。それより味付けミスった飯食わせてないかが心配」
オレは素知らぬ顔をした。言ってることは全部本心だけど。「何かを思っている」ことを悟られるとこいつは全ての切先を全て自分に向ける癖がある。それが元々なのか、病んでいるからなのかはわからないけど、少なくとも全部ひっくるめて好きだから、関わりたいから関わっているのだ。誰がなんと言えどもお世話係ではないのだ。そう簡単に間口を閉められては物悲しい。
「……うまい、よ。味は薄いけど」
「マジ……? どっちの意味で」
「たぶん気持ちの方。最近浮き沈み激しくて」
「そー思う。先週なんかタオルビッシャビシャにしてオレに謝ってたもんな。……最近なんか書いたん? それ」
それ ──あの棄書だ。幸いなことに背表紙はあの頃に見た時のままで。
「書いてない、でも書きたくなったことはある」
それを聞いてオレは一瞬、どう返せばいいか言葉に詰まる。書いてくれていなくてよかったと胸を撫で下ろせばいいのか、もっと気軽に思いの丈を書いてもいいんじゃないかと肩をさすればいいのか。ただ、泣きながら、置いては持ち上げてを繰り返したのか。オレが学校で留守にしている間。忌々しげに見つめていたのだろうと一目でわかるくしゃっとした跡がついている。
「そっかぁ、オレとしては一安心だな」
「……目障りだよな、あんなもの置いてあって。いっそ俺も」
「待て待て。そういうこと言いたいんじゃなくて。オレはお前に死んでほしくないから「消えたい」思うことが増えてなくてよかったぁ、って思っただけ。お前も、なるべく増えてくにしても傷は浅い方がいいだろ」
あっくんからきちんと教えてもらったことがある。一つだけ。あれはもし俺が死んで地獄に行った後、記憶を忘れていた時に読むために供えてほしいと言われた。なぜかと問うと
「[i:俺がどんだけゲスだったかを刻んでおくための焼印みたいなものだから。現世に戻ってこられないようにするための錘」]
と、吐き捨てるように言った。ざまあみろとでも言いたげに。
きっと彼は
人はそれを「根元を経てば枯れる木」、つまり、元凶をなくせば笑って生きられるようになる……
世界がどうなろうと秋瓢は秋瓢のことが嫌いだし、多少の引き金が常日頃軽く触れているそのトゲを深く突き込むことになるのだ。
これをまどろっこしいと一蹴するではないにしろ、労しいとすればいいのかわからなくなるほど収まりが悪い。限りなく近く知ろうとするオレですらこれでも完全に文脈通りかもわからないのだから。
「オレとしては……さ。秋瓢が今いるここも、これから進む先も、『地獄』でしかないなら、オレは一緒に歩いていけるし、歩きたいと思う。でも、少しでも一回の痛みが長引かない方を選んでほしいと思ってる。……そのノートのページが増えないことがオレが「勝手に見れる」バロメーターの一つかなって思うわけよ。だから、先生に言われたマックスは好きなことしていい時間だと思うぜ。お前にはこれも痛いと思うけど。こうとしか言えないから」
受け止めきれないわけじゃないと思う。受け止めたくないわけでもないと思う。全ての行動が、ー呼吸をすることさえも 疲れるし痛いのだとしたら。
オレは言いたい、言わなくてはいけない全てを、創ってしまった傷を摩りながら、痛くしてごめんと言いながらゆっくりと離すしかないのだ。それが遅効性でも。虚空に向けたものになっても。
「だから、お前におはようって言える毎日がオレは幸せです!」
はぁ、とあの時のようなため息が聞こえる。
「それ、『自殺をしない盟約』のつもりだろ。変化球だけど。だからしようと思ってできたらとっくにいないってば……おれのために心理なんかやらなくていいのに」
ー消えづらくなっちゃうじゃんか、そういうテンプレに弱いんだ。知ってる癖に。
その声は潤んでいた
「えっ、うそ⁈重かった! 悪りぃ……死ぬなって言ったわけじゃ……いや、思っとるけども!」
「──ありがとう。消える予定が半日おじゃんになりそうだ」
あ、また新しい顔した。これは混じり気のない嬉し泣きだ。
「……皿洗いぐらいのエネルギーにはなったかな」
「顔ぉ! 虚無るの早っ! 今感動のフィナーレっぽかったのにぃ」
「フィナーレ、か。CM明けに死んでほしいの……? w」
「欲しくない! ……せめて後ワンクール分は生きてっ、って何言わせてんだ! 死ななくてもやってけるうちははずっと生きててくださいぃ、お願いだからぁ!」
いつまで続くか、本当に終わるのかわからない読み切りみたいな毎日だけど、少なくとも俺の方は刺激的なままでいけそうだ。こいつの隣にいつまでも立てることを願いながら、文字通り、