一. unnamed works/無題
──I wanna see and feel you are yourself,anytime,any where.
"It makes you satisfied ,isn't it? ──
「なぁんでキザなことしてんだおれは。何が『それで満足すんだろ』だよ。っ〜」
実際、咄嗟に出た言葉だった。あいつがあまりにも必死そうで、辛そうで。ちゃんと答えてやらなきゃいけないような気がして。その部分だけで急いてしまったらしい。
でも、磨り硝子のように世界を斜に構えることしかできなくなってしまった自分には「月が綺麗だ」とも「あなたのためになら死んでもいい」も浮ついた言葉にしかならない。特に後者はどちらにとっても、──今となっては──
(おれのせい……なのかもな)
流石に他人の言葉にまで目くじらを立てるような奴ではないが、おれ以外の人間との交流も盛んだと聞く。普通にフットワークは軽いし、シルバーウィークには1人で旅行にも行ってきた。その時も安否確認らしきメッセージはしこたまきていたが。
ついこの前……こんな会話を耳にした。
「次の講義マジめんどそう……俺死んだかも……」
「大丈夫だって、お互い『
「え〜、そういやさ、燈沓とお前って幼馴染とか?」
「ん〜? 違う。高校から仲良くなっただけ」
「ルームシェアまでしてんのに? あっ、まさか……お前ら友達以上だったりして……w」
「──、違うってぇ。お前にも似たようなことしてんだろぉ?」
「それもそっか……悪りぃ」
明らかに意識的に死ぬという言葉を自分が使うのは避けるようにしている口ぶりだったし、「お前らデキてんのか」という問いにも若干──気を害していそうな──行間があった。
それなのに。
数時間前のあの
おれもそういうところの知識がないわけではない。あくまで商業刊行物としてのよくある一ジャンルのなかで、だが。フィクションとリアルは切り分けているつもりだ。恋なんて誰とでも好きにすればいい。部外者・門外漢がやいのやいの批評すること自体良くない、振られれば単に恋の悩みとして向き合い背中を押してやる、それまでだ。おれは友愛以上の感情はどちらにも抱いたことはないからなおのこと。
──もう自分の躰軀を、感情を壊してでも幸せになってほしい大切な人を増やしたくないのだ。和陽は気づいているんだろうか、お前が座っているそこが、おれが赦せる
──まだおれが、今ほどあなたに救われていなかったら、よしんば、それが
──でもおれは、応えている。「お気の済むならいくらでも」とこともなげに言えている。
──この感情はなんだ。愛でもない、恋でもない。ただ信頼と名付けて、相手に向けるには、キャノン砲みたいにガタが来そうな。
無理をしてはダメだと、抱えきれないものがあったらオレが持つからと、休んでいい、お前は今休んでいなくちゃダメなんだ、と教えてくれた人にこんなのを仕込まれるとは。
「こんなんじゃ休みきれねーだろ、あのバカ。
──無理に名付けるもんでもないのかも」
ぐちゃぐちゃして、まとまらなくて。ふと口にすれば被害的なものになってしまいそうな──鬱積とした黒い
でも、先刻投げ渡されたそれは、おれの黒と同じくらいか少し上回るほどの大きさ。それなのに、日向のような淡い光を放っている。ともすれば甘い匂いさえ漂ってきそうな──鬱積としたクズのまま、自分の代わりにオレを赦してくれるあいつの生き写しのような塊。今よりほんの数ミリだけでも歩を進めるのも少しだけ、悪くないと思えてしまう。
でも。名前をつけて、的確に管理しないと気が済まない昔の性分が疼いて止まらない。
おれが持っていた混ぜものの球体はいろんな色が混ざっている。燻んで、黒ずんで──どころじゃないな、光を通さないほど黒くなったものが何個も何個も並んでいる。感情を混ぜすぎて黒く澱んでいったような。
そうか。色の三原色か。元々が鮮やかな黄色、マゼンタ、シアンでも。色々なものが入り組んで、幾層にも重なってしまえはやがて汚い色か、黒としか見えなくなる。おれが元々やさぐれるまでに持っていたものはそういう汚物だ。
対して和陽の白い──透明な水晶はその名の通り、光の三原色。
真っ直ぐなほど鮮烈な原色のはずなのに、重なれば白になる。和陽はその純情な心根で不甲斐ないおれを、報うことも返すこともできないおれを見放さずに照らし続けてくれている。いや、
「照らしたい」のか。それすらも望んでくれているから、惜しげもなく大好きと声をかけてくれるのか。
また、目頭が熱くなる、ちょうどさっきのあいつみたいに。
「ごめっ、ごめんなぁ……おれもちゃんと応えられなくて、お前ばっかに言わせっぱなしでさぁ……」
でも、安易に心にもないことを言うつもりはない、あいつのことは「好き」ではないのだから。でも頼りにはしている、ともすればもう依存しているかもしれない。でもあいつがいなくてもやっていけそうなのは変わらない。おれは捻くれ者だと先刻きちんと認められたのだから。
おれはこれで生きていく。それは変わらない。おれはずっと──どこまでいっても霞ほどには消えたいと思い続けるだろう。
なら、信頼、羨望、恩義、今はどれとも違う。友達ではもう力不足すぎる。だから邪推が飛び交うのだろう。
そんな時、ある文字が頭に降りかかる。
──「家族」
ああ、そうか。この依拠は家族に向けるそれに限りなく近い、でも関係性が邪魔をする。
「やっぱり、マニュアル人間なおれには上手い言い方見つかんないよ……」
呼べる名前が欲しい。この暖かい感情を照れ臭がりながらも前を向いて呼べるようになりたい。
はじめてだった、ポジティブな感情に名前が欲しいと思ったのは。
こそばゆいけど、苦しいなぁ。
収まりが悪いから、今の所は「unnamed works」とでもしておこうか。「1人で動く」時の手すりぐらいにはできそうだから。
二.
「オッケーって……言ってもらえたってことでいい、のかな」
好き、大好き、愛してる。そのどれもがオレにとって口をついて出せる言葉のはずだった。だからかわかんないけど、恋愛に軽薄、天然人たらしとは、茶化し交じりに言われてしまう。普通の人はこんな簡単に口にしないんだって。全部本当の気持ちなのに。
海外には親愛のキスを「x」で表す文化があるらしい、おれのハグも大好きも、そういうスキンシップの一環だと思ってる、とつたえると苦々しい顔をしながら「他意がないのはわかった、でも気をつけろよ」とだけ言われる。
今まではなんでかなぁ、と思っていたが最近になってこのときと似たような気持ちだったんじゃないかと思いはじめてる。
講義が同じだけの浅い男友達、反溪(そりたに)にこんな会話を持ちかけられた。
「次の講義マジめんどそう……俺死んだかも……」
その頃にはもう、死ぬって単語に過敏になってたから、勝手に言い直したりもしてて。相手がやな気持ちにならないように自分の言葉の中だけで。
「大丈夫だって、お互い『大変だけど』頑張ろうぜ」
「え〜、そういやさ、燈沓とお前って幼馴染とか?」
「ん〜? 違う。高校から仲良くなっただけ」
「ルームシェアまでしてんのに? あっ、まさか……お前ら友達以上だったりして……w」
「──、違うってぇ。お前にも似たようなことしてんだろぉ? w」
「それもそっか……悪りぃ」
その時は、なんで最後が悪い、だったのか理解できなかったが、多分顔に出てたんだと思う。嫌じゃなかったけど、なんかモヤモヤしてたから。
「デキてる」とか「付き合ってんの?」と言われるとキレる……まではいかないけど、なんかモヤモヤすんだよなぁ。大好きだけど、それはどっちの意味でもないから。
「あ〜、言っちゃったよぉ、全部言っちゃったぁ」
困らせてないかな、そもそも迷惑だったかも……
根っこは優しいから、無理して受け入れてくれたのかも……
前みたいに素直に喜べない自分が悔しい……、人の言葉には影とか裏がありうるってことを今まじまじと知っちゃったから。
でも、それを悪いことにはしなくない。何かいい形で、言葉に残したい。
秋瓢は、何も持たずにその場で会った人と手を握って、ただ自分の都合のいいようにポジティブに解釈してひた走ってたオレの手綱を引いてくれた人。
どこを歩いてるか分からずに、とりあえずなんかやってたオレに、コンパスをくれた人。
引き上げ方は強引だったと思うけど、そんなふうに、オレの過去の行動がどうこうで……って考える力をくれた人。
それを文字で飾って、表して、かくすことを教えてくれた人。
そんで何より、オレの目を奪って、「苦しいけど幸せなこの気持ち」を何よりも雄弁に語って見せてくれた人。
オレの大事な、大切な「ともだち」。
傷つけたくないし、傷ついてほしくない。そんな重い想いを教えてくれた人に返す言葉は……見つからない。
あえて言葉にする必要はないのかもしれないけど。
ギラギラしてたオレを抑えてくれた影……は本人が嫌がるか。
「もうちょいなんか柔らかくて……表現できねーっ!」
バカなオレの辞書にはスコンッと気持ちよくはまる言葉がない、そこで探し物をするみたく、戸棚の上、カーペットいろんなところをくまなく探した。目に入ったのは取り外せるタイプの卓上ライト。ランタンみたいな形のやつ。
「そうそう! こんなふうにオレの光をふわぁって抑えて柔らかくしてくれる……って表現してーんだけど」
そういえばホテルとかでベットの下にある脚が木の灯りもこうなってたっけ……プリンみたいな形のアレだ。
こういう時は……燈沓様の神頼みに限る。
三.ランプシェード
「秋瓢っ!」
「なんだよ……さっきのことは別になんとも思ってないし、前向きに考えてやるって話しただろ」
「それとはまた別件で……ホテルとかでよく見る灯りの、上にかかってるプリンみたいな形のアレってなんつーの?」
「はぁ?」
なんだよ、人が真剣に悩んでる時に……とは思ったが、こいつは切り替えが他の奴より異様に早い。深く悩まなくていいのはこいつの長所だと思う。
「こういうやつ」
チラシの裏に丁寧に描かれたのは、台座付きの卓上ライトの絵。聞かされなくてもライトだとわかるほど概形が精密だった。
「お前これ一発書き……?」
「変かな」
「描く速さ的にうますぎてびっくりしてんだよ……」
「器用貧乏なんかね」
「勉強もレベル上げてから言え。叩かれんぞ」
「ゆうて中の下だもん……じゃなくて本題!」
「この被せんとこ? ……」
こくこくと頷く
「ランプシェード。光源が強くなりすぎないように覆うやつ。……小説とかで使おうとしてるの? あんま自分にない語彙使うなよ……」
またすぐ子供みたいな表情をする。これだからのせやすいとかからかわれるんだぞ……と苦言を呈そうとした矢先
「いやぁ? ……なんかオレらの関係ってランプシェードみたいだなと思ってさ。そういう好き同士でもないけど、はたから見ると距離感近いの確かじゃん? 上手く言えんかったから、今まで」
lampshade.煌々と手元だけを照らす灯りと、それが目に痛くないように覆う「影」。確かに言い得て妙だ。バカ、いや、人を穿って見ないからこそ本質が視えているのかもしれない。所詮本体とカバー。直接は触れられないし、触れなくてもいい関係なのも含めて。今のおれたちを隠しながらも上手く言っている。
「……お前とニコイチみたいじゃん」
「オレと、なのは否定しないのねwてか実質ニコイチみたいなもんだろ? それにほら、お互いの字のニュアンス! 入ってんじゃん! オレが陽射しでお前が燈だろ?」
「またお前はすぐそうやって名前ネタとの天丼する……聞き飽きたっての」
「嫌なの?」
「……そこまでは言ってない」
「おっ、肯定までの沈黙が短い! あっくんもだいぶ素直になったなぁ」
「っ、うっせ、ぴーくんこそちょっと嫌味ったらしくなったくせに……おれといっしょにいるからだね、ごめんねぇ」
「お互い様だろ!」
本当に申し訳ないないとは思ってる。おれを引き上げようとしてくれているのに何も返せていないから、害にならないようにするので精一杯だから。
だから、今日だけ特別に。
「なぁ、外食しねぇ? ネットでいいミールパンケーキの店見つけたんだけど。1人で行くのもったいないからさ」
「あっくんから誘いぃ⁈珍しっ……でもさぁ……大丈夫なん? 色々と」
「今日は割と元気だから、誰に会うとかもないし」
「そっか、作んのめんどかったし助かった! お言葉に甘えさせてもらいましょうかね〜」
「どーぞご勝手に」
「でもさぁ……」
「なんだよ」
「次はもっとドストレートに誘ってほしい……かも?」
「……さーね」
数時間後、店内
「──ペンネームにするか」
「ん?」
「もし2人が文字を仕事にするとして、合作でで何か出すってなった時、「ランプシェード」って合同PNにしてみるかって聞いてんだよ」
「……さては気に入ってるなぁ?」
「耳馴染みがよかっただけ」
「ご随意にお任せしますw書き方は?」
書き方……考えてなかった。普通にカタカナでいいだろ。
「普通じゃダメなん?」
「なんかつまんなくない? 凝りたいじゃんこういうのは。さぁ……そうだなぁ……」
そう言ってナプキンに書かれた文字列を見ておれは苦笑する。
"Run'p×shade‘"
「厨二臭がする……」
「×あった方がコンビっぽくねぇ?」
「……持ち越しだな、ほら料理来たぞ」
案外、こうやって締まらない話題を重ねていける、名前のいらない関係で居続けることができれば、おれは、おれたちは前を見据え続けられるのかもしれない……とほんのり思った。