一、
今日は秋瓢の調子がすこぶる悪い。朝から反応も鈍いし、ずっと虚ろな目をしてる。きっと「元気期間」のスイッチが切れたんだろう。
「うぅ……今日はダメそう……」
目のハイライトもいつも以上に消えてるし、目線は下から見上げる程度。まるで二日酔いをこじらせたような風態だった。──って、オレお酒ニガテだからわかんねーんだけど。
「でもよかったじゃん、連休中でさ。1日ぐらい家でゆっくりしなよ、今日はもう棒に振る日にしてさ」
最近は全部オンタイムで授業受けてたし、揺り戻しになるのを見越して課題も自学自習も(多めに)しっかりやってた。だからこそオレは三連休に入る前にこうなるんじゃなかろうかとヒヤヒヤしてたんだけど。
でも秋瓢は譲らなかった。
「いや、今日はむしろ無理しないとダメっぽい」
「えっ、また自罰すんの⁈」
「一回
自罰──オレたちだけの隠語だ。まぁ、読み下すと、『消えたいっていう邪念を感じないぐらいに
秋瓢曰く、自分の自己嫌悪は定期的に書くなり、動くなりして霧散させないといけないらしい。でもよくいう自傷とかだと周りを心配させるから、秋瓢に取って程よく"俺"を痛ぶれるのが筋トレだ、という理屈。根っこの真面目さが残ってるのか、自己が分離しきってないのか、こういうのをみるとよくわからなくなる。
でも、毒をもって毒を制す的な何かだとオレは思っとくことにしてる。オレもオレであいつが
「で? 今日は何時間服するんですか?」
「とりあえず3時間かな。疲れれば帰る」
「普通にオーバーワークする気じゃん! 絶対休憩挟めよ、ぜってぇだぞ! 約束だかんな!」
「えぇ……あいつが死屍累々になるために行ってんのに……」
「オレの親友勝手に殺すな! ……今日は車出せねーからな! 帰ってこれる体力考えろよ行くなら」
「へーい、逝ってきます」
そうして、承諾したのか無視する気なのかわからないまま、オレはなすすべなくあいつの背中を見送った。
「ランニングじゃダメなのかねぇ……それだったらオレも時間作れんのに」
自分を疎ましく思ったことのないオレにはわからない世界だ。訊いても、「あいつとおれは
自分が嫌い、そこまではわかる。むしろ大っぴらに好きと言えたならそれはナルシストだろう。自己実現とか生活が楽しいとかの話とは別だ。
オレも難しい言葉を使うのは慣れてきた。理屈だけを並べるなら「秋瓢の中には自我、行動の
ということなんじゃないかなと思う……思うんだけど、なんで「おれ」が苦しめば「
よくわかんない。
「わかってやれればサポートのしようがあるんだけど……」
幸か不幸か、秋瓢は自分が卑屈でメンブレしやすい「おれ」として生活することと、人の手を借りることをやむなしと思ってくれるようになっている。数ヶ月前の喧嘩のこともあってオレには特にしおらしい。そこがかわいい。だからオレは止めたいなら止めるだけの理屈をこねなければならない。それはGOを出すか否かのオレの中の
「自分を責めるには気がひけるから脳内に自分のコピーを置いてるってこと……? それ若干スピってね……?」
要は自己暗示みたいなものだろう。嫌いだと思う「相手」が自分なのは
もしくは。
──理想の俺とは離れてるし、もう近づけないから徹底的に僻んでいる。消したいほど憎んでいる。でもあいつとおれは同じ
「──なるほどねぇ」
こういうのが(仮説だとしても)わかってしまうぐらいにはオレもあいつと
「そんじゃあオレはできるだけあいつ
てことは、オレの頭のどこかにいる暗いオレのことも認めてやんなきゃってことだよな……大丈夫! 人のことを信用するのは昔から得意だ、なんたってオレは単純だから。
「──
帰ってくる前にケーキでも買うかなぁ……
二.
「全く、どこまでお人好しなんだか……」
そう申し訳なさ半分、嬉しさ半分でぼやく。
おれは、自己嫌悪が高まりすぎて二進も三進も行かなくなってAとBでは物足りなくなった時に、選択番号“C“として筋トレをするようにしている。
自己鍛錬のためではない、物理的な負荷で、
元はと言えば、和陽への後ろめたさではじめたことだ。本当にやろうとすると、あいつはいつでもどこでもすっ飛んでくる。
解ってる、おれは、
一般的にはイカれてるって。でも、こうでもしないと
おれは、
だから、修学旅行の海辺でも、素知らぬ町の踏切も、和陽に背を向けたあの日も──あと一歩を踏み出せなかった。自己保身に走った。
そんな臆病者だから、おれはいま
皮肉屋なおれを望んでくれる
おれとあいつは"
なのでやむなく、筋トレを口実にあいつにも苦しんでもらうことにしている。
片道1.5kmのスポーツジムまで小走りで行き、そこで2〜3時間全身をしごき倒すのだ。
胸筋に、太腿に、手も脚も。上下左右くまなく負荷を与えていく。
徐々に疲れが増していく。だがインターバルを与えては意味がない、
ランニングマシンで30分歩いていた時にやっと訪れた。
──来たな。
全身の感覚が抜け落ちていく、体はきちんとリズム良く地を叩いているのに、
──これがおれの
そこにはおれの意識もあいつの意識もない。耳障りだったバーベルの音も、他の奴らの息遣いも聞こえない。
次に
《お疲れ様でした、呼吸を整えましょう》
この音がなる時だ。
「げほっ、ごほっ……──っはぁっ、はぁ、ぁ゛〜……つかれた」
肺が軋む、顔面蒼白、疲労困憊。色々とアブないのは理解してる。でもこれがいい、これでいいんだ。一瞬でも袂を分かてたなら、刹那でも
「あざしたぁ……、──かえ……れるかな」
幸い、体力はギリギリ残っていて、イップスにならずにすんだみたいだ。
三.
「ただいまぁ」
「おっ、おかえりぃ……だいぶギリギリみたいだね……ちゃんと水飲んでんの?」
「へへっ、どーだか」
「一応心配だからスポドリ買っといたけど、飲む? てか飲め」
「あんがとぉ」
「語尾伸びてるってことはふにゃっふにゃだなぁ? どんだけやったんだよ」
「全部の部位とラン3キロ」
「ぶっ壊れんぞ……運動音痴なのに」
「ぶっ壊れに行ってんだよ……心配かけてごめんなさい」
「ほんとだよ、もうちょい余裕持たせてやれねーの?」
「それじゃ意味ない」
「……っとによ〜wモンブラン食う?」
「おれのために……? ごめん」
「スポドリ買うついで。糖分補給だよ。変にぶっ倒れられたら困るから、しおしお秋瓢は可愛いんだけどなぁ」
「今のおれがぁ? 冗談よしてよ」
「そんぐらい疲れてんだろ。早く
「ぁい」
でもおれは、こうしないとおれだけに成れないから、
面倒なところもお前なら
「……頼りにしてるよ、ひーくん」
「……何ぃ? もう嫌味回復したの?」
「そーみたい」
疲れていないと、この時間が餞にならないとしても、いつか、あいつもまとめて赦せたら。
その時がおれが本当に