一、善意で殴る
大学構内を歩いていると、こう声をかけられることがある。
「もう治ったの?」
「燈沓ってさぁ、そういう薬とかって飲んでたりすんの?」
こういう時に答える第一声は「うーん、まぁ、ぼちぼち……?」で通している。
回答をいなしつつ、そそくさと食堂へ急ぐ。大学のなかのおれたちの
「あっくんおっつ〜」
「和陽……おつかれ……きょうも豚骨ラーメンかよ」
「好きなんだしいいじゃん、うめーんだし」
「……」
もう何度も言っているが、おれはおれ──燈沓秋瓢という人間自体を他の誰よりも下に見ている。だからこそ、雲の上の方々に、歯向かう勇気も出ないわけで。
「また1人で悶々としてんすかぁ?」
「そんなとこ。また体調のこと聞かれて。うまく言えなかった」
「そっか」
和陽の視線は再び
言葉は
でも、世間にはコミュニケーションという言葉がある。
消え損なった以上、抱えていたものが光に照らされ、
喋ったが最後、聞いたが最後。返事は礼儀になる。会話は過程になる、なんらかの応答は義務になる。
──それで相手の気分を害したら? 求めすぎて嫌われたら? 自分だけが『大事だと思っていただけ』としたら?
それが怖い、人を傷つけると自分が傷つく。結局それも
「──いいからな」
「?」
「和陽も……キツくなったらやめてもいいからな……友達」
「今日は本当に調子悪いみたいだな。気づけなくてごめん」
「え……?」
またやってしまった、おれがこうなったのも同じ理由だったはずなのに。自分で抱え込んで、自分で自分に押し潰されて。
全部自分のせいだ。……おれがクズだから……
「ちょっと場所変えよう。もうちょいで食い終わるから待って」
声は低かった、やっぱりーー
移動中、一言も流れなかった。
着いたのは、人気のないベンチ。そばに大きな木があるので見ようと思ってみなければこちらの様子を窺い知ることはできないだろう。
「和陽……怒ってるのか? そーだよな、おれが勝手に」
「怒ってないよ、むしろ嬉しかった。友達って言ってくれて。頑なに使わないからオレだけなのかって思ってたぐらいだし」
もっと早く心を開けていればよかった。和陽にだけはもっと早く、もっとたくさん聞かせてやればよかった。
和陽みたいに
「前にも言ったけど、お前が本気で切りたいと思わない限りはオレは友達やめない。どんな酷いことされてもこの気持ちは終わらないから。──警戒してたわけでも、気恥ずかしかったわけでもなくて、怖かったんだよな、そのワード使うの。今ならわかる。お前の言葉で全部聞いてやれるから……言葉の用意があるなら聞かせて欲しいな」
その声色は
「ごめっ、ごめん……おい、止まれって……もっと
「ちゃんとじゃなくていーから、全部出しちゃえって、幸いこのあと
「──っ」
押し殺したのが正解だったのかわからないけど、30分掛けて、水抜きをしていく。
「止まった?」
「枯れた」
「ならよかった」
ベンチに座り直す。
「──全部当たり。怖かったのも、自分の受け取り方が嫌なのも。……相手はそう思ってないのに
「相手に変化を求めるな、相手に変わってほしくば自分が行動せよ、ってやつ?」
「そうなるのかな」
「あれオレめっちゃ嫌い、少なくともメンタルやってる時に自衛できたらそもそもメンタル弱くないもん。
それは理想論だ。おれはちゃんと他の人と、お前と向き合えるようになりたいんだよ。いつものお礼もちゃんとしたいんだ。
「でもおれは、そこら辺きちんとしたい。せっかくオレなんかと話してくれてるんだから、
「それはいいことだと思う。でも、さっきの話聞いてると野次馬成分の方が多いと思うし、受け手側のお前がそれやると疲れるだろ。いまはちょっとの傷でも
「……多分だけど、心配の裏には
でもおれは、投光器からだったとしても、照らしてくれた光を光として受け取りたい。受け取れるようになりたい。お前のその光でさえ、反射するのに時間がかかったのだから。練習しておかないと。
「お前はさ、
その言葉は不思議と
でもその歯痒さは一瞬で消えた。
「それこそ、パンケーキとホットケーキの違いで1週間真剣に悩んでたオレと同じくらい先延ばしにしていい話なわけで」
「…それとはマジで一緒にされたくねーんだけど」
本当に不愉快だ。さっきまでのスパダリムーブなんだったんだマジで。おれの高揚を返せ。
「おっ、毒舌ふっかぁつ! 今日はそんな時間かかんなかったな」
「は? お前ワザとやった? ……ほんとも〜、あんがと」
「どういたまして〜、じゃあうち帰ったらまだミックスあるし焼いちゃうか、この件のお詫びもあるし」
「少しは反省しろ」
「ごめんって」
意図的でも、そうでないにしても、最近の和陽は特におれを"戻す"のが上手くなったな……上手くなるほどやらせてしまったのか、とまた(今度はバカバカしくて)項垂れるおれであった。
二、包丁の使い方
秋瓢と接してると、そして文字かきの端くれとして手慰みに筆をとっていると、日々、「
最近よく言われる「ドパガキ」、「闇バイト」、「Z世代」……オレはこの三つに最近妙に腹が立っている……は言い過ぎかもしれないけど、腹に据えかねているところはある。
ドパガキは正真正銘悪口だし、誰だって集中力が続かなかったり、気にくわない動画はすっ飛ばしたりするだろう。だからオレは使わない。
「Z世代」は根性がないとかそういうのを見るたびにイラっとする。オレなんかは正直言われても仕方ない部分はあるけど、秋瓢みたいな「
秋瓢に言わせると「人様のこと偉く批評できる立場にないけど」と前おいた上で、「ヒトは
んで、「闇バイト」についてだけど、もちろん強盗とか人を殺しちゃったりするのは犯罪だし、やっちゃったらちゃんと償うべきだと思う。だからオレも秋瓢を見習って元を断つ勢いで、SNSをやめた。
でも、引っかかった人を一緒くたに「杜撰な手口」「判断力が鈍い」って断定するのもオレは最近好きじゃないって思ってきた。
結局、殺人とか強盗に「犯罪」って名前がついていったのは、
そんなこんなで、やっちゃダメな「こと」とその人の『人間性』を極限までごちゃ混ぜにして被害者でもないコメンテーターとかの
でも……それをしなきゃいけないのもテレビなわけで。
だからそれでもないネット民が叩き台にするのはもっとドス黒いと思う。
やり直そうとしている人にも慈悲を……とまで声高に言うつもりはないけど……犯罪は「
でも、秋瓢がそれに近しい苦しみを、自分に対する糾弾と罪業の意識を抱えて、何度も
それほどに血眼になって
それを素知らぬ誰かが
──なんせ、オレもそっち側だから。これはずっと消えない。上手くいっただけの「名前の呼ばれない」、
無節操な光で、秋瓢の秘密を
でも、SNSにいる人は、いや、みんなは、どこか「承認されたくて」
声をかける方が諸悪の根源だし、何度でもいうがオレは行為にそのものついてはちゃんと拒否してるつもり。規定されてるんだから罪は罪だ。やったらダメだし、そそのかしてもダメ。裁かれて欲しいとはオレも思うし、オレは絶対にやらない。──やらないけど、その
自分が嫌いなところは他の誰かにとって恵まれたところかもしれない。そんなところで悩むなんて当てつけかとヒスられるような。また逆にいっつも自慢してくるあいつの弱みが自分が得意だったりするかもしれないんだ。
自分が良かれと思って放った言葉が相手を傷つけることもあるし、満ち足りた人なら誰も引っかからないような、見え透いた悪意が誰かにとっての「かみさま」になっちゃうこともある。
その延長で、その気無しに放った
今日もオレは、誰かより
そういう意味で、言葉は──善悪両方で──うまい料理をこしらえるための
もうオレは野山をむやみに駆け回る犬じゃない。だからこそ言える。世界は、そのチーズをまくのが上手い悪どい奴らの下で回ってる。それに目がくらまないように、自家製チーズで凌いでいくしかないのだ。だから今日は鼠らしくホケミにラクレットチーズを混ぜたチーズパンケーキの気分になった。
三、
「──って思うんだよ〜、変かな」
オレはフライパンを返しながら後ろ手に声をかける。フライパンで作ってるからこれはパンケーキだ。ホットケーキではない!
「できてきてるじゃん、クリティカル。攻めてるねぇ、とは思うけど──書いたらいいじゃん小説にして」
「これをぉ⁈……書き方ミスって有害図書行きだって」
「じゃあ磨け。小説なんてそいつの考え発表会なところあるし、純文学とかもろそれだよ? 何より語源が取るに足らない話って意味だし……純文学って言い方好きじゃねーけど」
「なんで?」
「そもそも、
「じゃあ、あえて呼び分けろって言われたら?」
「思案もの……か単に文芸」
「上手いふうに返すなぁ。へい、ラクレットチーズインパンケーキでぇーす、割ってみ?」
「うわ……チーズ出てきた……ハンバーグでやりなよそういうのは……」
「甘いパンケーキより、ミール系派なんだろ、好きな人のお好みに合わせますよそこはぁ」
「はいはい、ありがと…甘いのも食えるけどね」
「じゃあ原宿スイーツ食べ行こっ! クレープ食べたい」
「彼女かお前は……っ、体調良かったらな……周りとマジで」
「しゃあっ!」
「喜びすぎだっつの」
この