立消え備忘録   作:tokey

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今回は和陽が思考役ですw


考えすぎとチーズインパンケーキ

 

一、善意で殴る

 大学構内を歩いていると、こう声をかけられることがある。

「もう治ったの?」

「燈沓ってさぁ、そういう薬とかって飲んでたりすんの?」

 こういう時に答える第一声は「うーん、まぁ、ぼちぼち……?」で通している。

 回答をいなしつつ、そそくさと食堂へ急ぐ。大学のなかのおれたちの避(・)難(・)所(・)だ。

「あっくんおっつ〜」

「和陽……おつかれ……きょうも豚骨ラーメンかよ」

「好きなんだしいいじゃん、うめーんだし」

「……」

 もう何度も言っているが、おれはおれ──燈沓秋瓢という人間自体を他の誰よりも下に見ている。だからこそ、雲の上の方々に、歯向かう勇気も出ないわけで。

「また1人で悶々としてんすかぁ?」

「そんなとこ。また体調のこと聞かれて。うまく言えなかった」

「そっか」

 和陽の視線は再び手元(ラーメン)に戻っていく。次の言葉はなかった。あえて飲み込んだのではなく、語(・)る(・)必(・)要(・)が(・)な(・)い(・)と(・)判(・)断(・)し(・)た(・)のだろう。おれにとっては慈(やさ)しい沈黙だった。

 

 言葉は刃(・)物(・)。幼い頃から口うるさくそう教わってきた。自分が何気なく放った言葉で相手の心を存外に抉ってしまうこともあるのだから、と。

 

 でも、世間にはコミュニケーションという言葉がある。

 消え損なった以上、抱えていたものが光に照らされ、曝(あば)かれてしまった以上、他人に語らねばならないことも増えてきた。求めなければならないこと、支えてもらうことも増えてきた。ありがたい、と思うと同時にこの先(・)が怖くなる。自分にはなんの利得もうまい汁も出ないから余計に。「相手の善(・)意(・)を(・)食(・)い(・)物(・)に(・)し(・)て(・)い(・)る(・)」ような気さえして、上手く動けないのに返さなきゃいけないと思ってしまう。1人だけで。

 喋ったが最後、聞いたが最後。返事は礼儀になる。会話は過程になる、なんらかの応答は義務になる。

 ──それで相手の気分を害したら? 求めすぎて嫌われたら? 自分だけが『大事だと思っていただけ』としたら?

 それが怖い、人を傷つけると自分が傷つく。結局それも自己保身(じぶんのため)だろう? このクズめ。

「──いいからな」

「?」

「和陽も……キツくなったらやめてもいいからな……友達」

 友(・)達(・)。初めて言えた。本人に向かって。でもこんな場面で。あっちは絶対そんなこと思ってないのに。おれがやめたがってるみたいじゃないか。申し訳ない、消えたい。

「今日は本当に調子悪いみたいだな。気づけなくてごめん」

「え……?」

 またやってしまった、おれがこうなったのも同じ理由だったはずなのに。自分で抱え込んで、自分で自分に押し潰されて。

 全部自分のせいだ。……おれがクズだから……

「ちょっと場所変えよう。もうちょいで食い終わるから待って」

 声は低かった、やっぱりーー

 移動中、一言も流れなかった。

 着いたのは、人気のないベンチ。そばに大きな木があるので見ようと思ってみなければこちらの様子を窺い知ることはできないだろう。

「和陽……怒ってるのか? そーだよな、おれが勝手に」

「怒ってないよ、むしろ嬉しかった。友達って言ってくれて。頑なに使わないからオレだけなのかって思ってたぐらいだし」

 もっと早く心を開けていればよかった。和陽にだけはもっと早く、もっとたくさん聞かせてやればよかった。

 和陽みたいに規(・)制(・)線(・)の(・)奥(・)で(・)す(・)ら(・)踏(・)み(・)込(・)ん(・)で(・)い(・)け(・)る(・)人間だったら。

「前にも言ったけど、お前が本気で切りたいと思わない限りはオレは友達やめない。どんな酷いことされてもこの気持ちは終わらないから。──警戒してたわけでも、気恥ずかしかったわけでもなくて、怖かったんだよな、そのワード使うの。今ならわかる。お前の言葉で全部聞いてやれるから……言葉の用意があるなら聞かせて欲しいな」

 その声色は凪(な)いだように変わった。いや、むしろ最初から変わっていなかったのかもしれない。オレの受け取り方が歪(へん)だっただけで。

「ごめっ、ごめん……おい、止まれって……もっとち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)」

「ちゃんとじゃなくていーから、全部出しちゃえって、幸いこのあと自習(フリー)だろ」

「──っ」

 押し殺したのが正解だったのかわからないけど、30分掛けて、水抜きをしていく。

「止まった?」

「枯れた」

「ならよかった」

 ベンチに座り直す。

「──全部当たり。怖かったのも、自分の受け取り方が嫌なのも。……相手はそう思ってないのに善(・)意(・)も(・)好(・)意(・)も(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)受(・)け(・)取(・)れ(・)な(・)い(・)自分が嫌で嫌で仕方ない」

「相手に変化を求めるな、相手に変わってほしくば自分が行動せよ、ってやつ?」

「そうなるのかな」

「あれオレめっちゃ嫌い、少なくともメンタルやってる時に自衛できたらそもそもメンタル弱くないもん。自(・)分(・)の(・)こ(・)と(・)も(・)ま(・)ま(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)メ(・)ン(・)タ(・)ル(・)ヘ(・)ル(・)ス(・)、なんだろ?」

 それは理想論だ。おれはちゃんと他の人と、お前と向き合えるようになりたいんだよ。いつものお礼もちゃんとしたいんだ。

「でもおれは、そこら辺きちんとしたい。せっかくオレなんかと話してくれてるんだから、軋轢(いざこざ)は作りたくないし」

「それはいいことだと思う。でも、さっきの話聞いてると野次馬成分の方が多いと思うし、受け手側のお前がそれやると疲れるだろ。いまはちょっとの傷でも化(・)膿(・)す(・)る(・)んだからさ。てかその前に薬飲んでるかとか部外者が聞いていい範疇超えてるし。お前に忖度してるとかじゃなくて、普通に聞いててオレが胸糞悪かった」

 

「……多分だけど、心配の裏には気になる(おしえろ)が隠れてんだと思うんよ。実際オレも前(・)科(・)あるし……お前の表現なら……無秩序な光? スポットライト……じゃ足んないな、よくさ怪盗モノとかであるじゃん? あのクソデカライトの方が近いか」

 

 でもおれは、投光器からだったとしても、照らしてくれた光を光として受け取りたい。受け取れるようになりたい。お前のその光でさえ、反射するのに時間がかかったのだから。練習しておかないと。

 

「お前はさ、こ(・)う(・)な(・)る(・)前も生真面目だったから余計に人との関係にヒビが入るのを避けたがるんだろうけど、今のお前は、善(・)意(・)で(・)殴(・)ら(・)れ(・)や(・)す(・)い(・)体(・)質(・)になってるっつーの? 人のこと気にしてると自分が下がる一方だからさ。はっきり嫌いっていうのも怖いんだろ? だったら尚更、いまは、コミュニケーションなんて取れるやつととっときゃいいの。そういう意味で考えすぎ。オレに構うために体力温存しといて欲しいんだけどなぁ」

 その言葉は不思議と刃(・)物(・)には見えなかった。「今」やりたいことを「いつかまた、できるときに」と先延ばしにされているはずなのに、不思議と同(・)調(・)してくれているように聞こえて。

 でもその歯痒さは一瞬で消えた。

「それこそ、パンケーキとホットケーキの違いで1週間真剣に悩んでたオレと同じくらい先延ばしにしていい話なわけで」

「…それとはマジで一緒にされたくねーんだけど」

 本当に不愉快だ。さっきまでのスパダリムーブなんだったんだマジで。おれの高揚を返せ。

「おっ、毒舌ふっかぁつ! 今日はそんな時間かかんなかったな」

「は? お前ワザとやった? ……ほんとも〜、あんがと」

「どういたまして〜、じゃあうち帰ったらまだミックスあるし焼いちゃうか、この件のお詫びもあるし」

「少しは反省しろ」

「ごめんって」

 意図的でも、そうでないにしても、最近の和陽は特におれを"戻す"のが上手くなったな……上手くなるほどやらせてしまったのか、とまた(今度はバカバカしくて)項垂れるおれであった。

 

 

二、包丁の使い方

 秋瓢と接してると、そして文字かきの端くれとして手慰みに筆をとっていると、日々、「言(・)葉(・)は(・)刃(・)物(・)」という言葉が頭に引っかかることがある。

 最近よく言われる「ドパガキ」、「闇バイト」、「Z世代」……オレはこの三つに最近妙に腹が立っている……は言い過ぎかもしれないけど、腹に据えかねているところはある。

 ドパガキは正真正銘悪口だし、誰だって集中力が続かなかったり、気にくわない動画はすっ飛ばしたりするだろう。だからオレは使わない。

「Z世代」は根性がないとかそういうのを見るたびにイラっとする。オレなんかは正直言われても仕方ない部分はあるけど、秋瓢みたいな「頑(・)張(・)っ(・)た(・)末(・)に(・)疲れちゃった人」にまでやれやれって目線を向けられるのは歯がゆいところがある。ゆ(・)と(・)り(・)の人達だっておんなじことされてきて嫌な人だっていたはずなのに。

 秋瓢に言わせると「人様のこと偉く批評できる立場にないけど」と前おいた上で、「ヒトは落(・)ち(・)ぶ(・)れ(・)た(・)時(・)に(・)咽(・)び(・)泣(・)き(・)、(・)権(・)能(・)が(・)あ(・)る(・)時(・)は(・)驕(・)り(・)高(・)ぶ(・)る(・)生(・)き(・)物(・)で、ハイな状態を感じたいから飛び出た釘をバッシングするためにわかりやすい属性を切り出して誇張し、記号化を行う」んだという。それがバズってしまうと、そうでない人まで憂き目を被りやすくなる。だから前のオレは自己研鑽して言われないようにしてきた、その結果がこのザマだと自嘲してた。

 んで、「闇バイト」についてだけど、もちろん強盗とか人を殺しちゃったりするのは犯罪だし、やっちゃったらちゃんと償うべきだと思う。だからオレも秋瓢を見習って元を断つ勢いで、SNSをやめた。

 でも、引っかかった人を一緒くたに「杜撰な手口」「判断力が鈍い」って断定するのもオレは最近好きじゃないって思ってきた。

 結局、殺人とか強盗に「犯罪」って名前がついていったのは、や(・)っ(・)た(・)人(・)を(・)裁(・)く(・)た(・)め(・)の看板(もの)で。やった人がいなければそもそも「犯罪」って言葉すら生まれなかったかもしれなくて。いいことをやった昔の人のことは「先達」、「偉人」と呼ぶくせに悪いことをやった罪人の背中は堂々と踏み抜いていくのか。その人たちがいなきゃ、悪いことを悪いと気づくのはもう少し、もうずっと先だったかもしれないのに。手柄だけ掠め取ってくなよ。と思ってしまうのは犯罪を助長していることになっていけないんだろうか。

 そんなこんなで、やっちゃダメな「こと」とその人の『人間性』を極限までごちゃ混ぜにして被害者でもないコメンテーターとかの第三者(がいや)が理性的に批判するのは、知識があってもなんかなぁ、と思ってしまう。

 でも……それをしなきゃいけないのもテレビなわけで。

 だからそれでもないネット民が叩き台にするのはもっとドス黒いと思う。

 やり直そうとしている人にも慈悲を……とまで声高に言うつもりはないけど……犯罪は「犯罪(コト)」で裁く、服している間はめっちゃ反省してもらう、社会復帰したら人は人としてなんとかする(援ける)。じゃダメなんだろうか。心理や福祉の授業では、それを出口支援って名前で頑張ってるって習ったけど……、社(・)会(・)全(・)体(・)は、それじゃダメなんだよな、きっと。実際にそれで傷ついた人がいるんだもん、殺しても消えないぐらいの憎悪を植え付けられてしまった人がどっかで泣いてるかもしれないから。真(・)空(・)に(・)し(・)な(・)き(・)ゃ(・)そ(・)の(・)火(・)は(・)消(・)え(・)な(・)い(・)んだろう。

 でも、秋瓢がそれに近しい苦しみを、自分に対する糾弾と罪業の意識を抱えて、何度も執(・)行(・)しようとして、できなくて、生きてきて。Yesが出るまでにまでにたくさん泣いてきたのを見てるから、どうしても「加害者」側にも立ってみたくなってしまう。ミュンヒハウゼンも、代理ミュンヒハウゼンも、当人の中ではこうするしかなかったのだろう。

 それほどに血眼になって出口(そと)を探していたんだ。

 それを素知らぬ誰かがデ(・)バ(・)フ(・)を(・)食(・)ら(・)っ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)「(・)か(・)し(・)こ(・)さ(・)」(・)で、なんて酷(むご)いことを、なんて言うのは簡単で。

──なんせ、オレもそっち側だから。これはずっと消えない。上手くいっただけの「名前の呼ばれない」、刑法(ホン)にはない罪をオレは犯している。完(・)全(・)犯(・)罪(・)だ。

 

 無節操な光で、秋瓢の秘密を曝(あば)き、晒し、性格まで沈ませてしまった。この罪で裁かれるなら今からでも出頭したい。そんぐらい後悔してる。

 でも、SNSにいる人は、いや、みんなは、どこか「承認されたくて」か(・)け(・)て(・)いる。それは人間として、自分に「成る」ため(自己実現)の一個手前の欲求らしいから仕方がない。自分の一部が、誰かに届いて、届いた言葉であ(・)な(・)を埋めたいのだろう。だから、オレは甘い言葉に唆された方が最初から浅慮な「バカ」だったんだとは思いたくない。彼ら彼女らは、それでしか「空いた穴を埋められなかった」んだと思う。それだけ、自分になりたかったし、必死で仕方なかったんだろう。そして、被害者の多くは罪と人間を同一視するほどの深い憎悪に囚われる。それも仕方ない。当たり前だ、だからこそ罪はどちらもす(・)く(・)わ(・)れ(・)な(・)い(・)。

 

 声をかける方が諸悪の根源だし、何度でもいうがオレは行為にそのものついてはちゃんと拒否してるつもり。規定されてるんだから罪は罪だ。やったらダメだし、そそのかしてもダメ。裁かれて欲しいとはオレも思うし、オレは絶対にやらない。──やらないけど、そのハ(・)ン(・)ド(・)ル(・)に(・)手(・)を(・)触(・)れ(・)そ(・)う(・)に(・)な(・)る(・)ことはきっとこれからあるのだろう。だってオレにも「あな」はあるから。みんな穴のある、食ったら消えるエメンタールチ(・)ー(・)ズ(・)を(・)欲(・)し(・)が(・)る(・)袋(・)の(・)鼠(・)な(・)の(・)だ(・)。きっと。

 自分が嫌いなところは他の誰かにとって恵まれたところかもしれない。そんなところで悩むなんて当てつけかとヒスられるような。また逆にいっつも自慢してくるあいつの弱みが自分が得意だったりするかもしれないんだ。

 自分が良かれと思って放った言葉が相手を傷つけることもあるし、満ち足りた人なら誰も引っかからないような、見え透いた悪意が誰かにとっての「かみさま」になっちゃうこともある。

その延長で、その気無しに放った言葉(すべて)が「救い」になることも、──オレらみたいに。

 今日もオレは、誰かより恵(・)ま(・)れ(・)て(・)て(・)、(・)誰(・)か(・)よ(・)り(・)劣(・)っ(・)て(・)る(・)。(・)

 そういう意味で、言葉は──善悪両方で──うまい料理をこしらえるための包(・)丁(・)であり、人を殺す刃(・)物(・)なのだ、と思う。だから人の立場に立ちなさいと子供は教えられるのだろう。秋瓢に教えてもらった気がするのは気恥ずかしいから言わない。

 もうオレは野山をむやみに駆け回る犬じゃない。だからこそ言える。世界は、そのチーズをまくのが上手い悪どい奴らの下で回ってる。それに目がくらまないように、自家製チーズで凌いでいくしかないのだ。だから今日は鼠らしくホケミにラクレットチーズを混ぜたチーズパンケーキの気分になった。

 

 三、

「──って思うんだよ〜、変かな」

 オレはフライパンを返しながら後ろ手に声をかける。フライパンで作ってるからこれはパンケーキだ。ホットケーキではない!

 

「できてきてるじゃん、クリティカル。攻めてるねぇ、とは思うけど──書いたらいいじゃん小説にして」

「これをぉ⁈……書き方ミスって有害図書行きだって」

「じゃあ磨け。小説なんてそいつの考え発表会なところあるし、純文学とかもろそれだよ? 何より語源が取るに足らない話って意味だし……純文学って言い方好きじゃねーけど」

「なんで?」

「そもそも、元(・)々(・)の(・)文(・)学(・)がそれだったはずだし、純文学以外を貶してるだろその言葉だと……って思ってた時代がありましたね……物語になってれば文学だとは思うから……」

「じゃあ、あえて呼び分けろって言われたら?」

「思案もの……か単に文芸」

「上手いふうに返すなぁ。へい、ラクレットチーズインパンケーキでぇーす、割ってみ?」

「うわ……チーズ出てきた……ハンバーグでやりなよそういうのは……」

「甘いパンケーキより、ミール系派なんだろ、好きな人のお好みに合わせますよそこはぁ」

「はいはい、ありがと…甘いのも食えるけどね」

「じゃあ原宿スイーツ食べ行こっ! クレープ食べたい」

「彼女かお前は……っ、体調良かったらな……周りとマジで」

「しゃあっ!」

「喜びすぎだっつの」

 

この粗(・)雑(・)な(・)チーズ(まいにち)で腹一杯になれるならオレは満足かなぁ。

 

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