一.オレは、認める
「お前の手を取るために、向き合うために、おれはもう少し
そう言われたのは10月の中頃。時季外れに雨の続く日だった。暮れ前なのに、折り重なる雲のせいで、窓の外は、部屋の光はワントーン落ちた気がして。
でも、オレは──
「
それだけ問いかける。
「──そのつもり」
「死なない、よな」
「だから、一緒に
どうやら覚悟は堅いようだった。秋瓢は消えちゃうわけじゃない。そんなのは、わかってる。だけど、
「──それでお前は
秋瓢は、息を一つ。
「解ってるくせに、おれは、俺にはならない、"おれ"に染まるんだよ、
その顔は久方ぶりに見た、
どうやら誰かに
「それで、お前は楽に──
「幸せにぃ? ……まさか。
「うん、わかった。いってこい」
「さんきゅ、おれの部屋にいるから30分ぐらい待ってて、あ、入るなよ? 邪魔だから」
「お、おう」
「そんじゃアプデしてきます」
「い、いってらっしゃぁい……」
タン……と襖の閉まる音。ガチャ。ではなかった。
いうのが遅くなったが、オレたちは、アパート(しかも結構高いとこ)の部屋を連番で借りている。ほぼほぼ
襖が閉まったということは秋瓢はこの部屋の
「ちょっとぉ⁈そこオレの書斎(仮)なんだけどぉ!」
「……」
「おいこら答えろって」
「──うるせぇなぁ、オレも畳張りの方が落ち着くんだよ、黙ってろって言ったろ」
借りられるのは問題ない。でも何にもなしってことはないだろ。
「じゃなくて、もっとほら! 先に言うことあんでしょうがよぉ」
さっきまでのバト漫のCMの引きみたいな余韻はどこへやら。ピーチクパーチクうるさい口喧嘩が始まりそうになってしまう。話が締まらないのはどっちなんだか。──それだけ
「借して」
「いーよ、せめてパソコン返して」
「あ、そうか」
「そうかじゃねーわぃ」
「ごめん、じゃあアプデしてきます」
「おうっ」
タン……と2回目の音。
なぁんだぁ、もっと重大発表! みたいな形でくるかと思ったから身構えちゃったよぉ──なんて。
「あれ、でもさぁ──」
「おう」って送り出しは流石になくねぇか? まがいなりにも何か決めて、悩んでオレに伝えてくれたんだよな……? だったらオレめっちゃ軽くね……⁈
ダンダンダンっ
「待って開けて? ほんとごめん、もっかいやり直させて! セリフミスった気ぃする! 雰囲気台無しにした! 撮り直させてくれぇ(?)!」
やっぱりと言うべきか、秋瓢はもう
「やっぱりダメかぁ、じゃあせめて安否確認のためにオレも居座るからな」
応答なし。やっぱ
でも、そのアプデとやらが終わってどんな秋瓢が出てきても、オレは認めて……というか大好きになる自信がある。
だって今まで何度も目を奪われてきたんだから。
どんな
──それも、生きていれば。
「──っ、ご武運をっ」
そういうしかなかった。
二、おれは、諦めて堕ちる。
その前の日はよく眠れなかった。薬を飲んだはずなのに、休み始める前よりも夜が長く感じて。鬱陶しかった。でも自分にとって、とても大事なことを決めるにはむしろ
つまるところ、おれはまだ優柔不断だった。この期に及んで、「
だから、苦しいのだ。だから光を求めて足掻いてきたのだ。その袂に至れない自分に辟易し、
どこかの誰かが言ったらしい。──周りの人に変化を求めるな、
いままでは、
だからここまで堕ちたのだ。陰険で、薄暗くて、目が虚ろな、じめっとした日陰者。そんなおれですら救ってくれようとする光が顕れて、大切で、でも申し訳なくて。そんで──応えたくて。
雨に濡れた野鼠になりかけていたオレに挙げ句の果てにはその
──
── いつか、手を握り返せるって、信じたいから。オレのエゴだよ。ぜーんぶ。振り払われたって全然平気。
おれも、その
もう、上がろうとして息を乱すのは疲れた。なんとか世間様と同じになろうとして自分をコケにするのはやめたい。
ならどうすればいいか、
徹底的に
陽の光なんて到底浴びれないつもりで。そんな
それでも、消えたい気持ちは尽きぬだろう。
寝ようと思っては、寝れないままだろう。
寝れてはいるはずなのに、寝た気がせずに夜を明かすだろう。
きっとおれは、
俺はきっと
でも、それでも、あの手だけは……握りたい。
和陽の
だから、せめて、なんだよと言いながら、伏せ目がちに、
おれは、本気で
おれは、救いのないところまで堕ちたっていい。漆黒に染まりきって、光すら
おれはそんなクズだから。そんなクズになっても彼は慕ってくれるんだろうか。
──大好きって、言ってくれるのかな。
「お前の手を取るために、向き合うために、おれはもう少し堕ちたい」
ゆっくり、一つ一つ言葉を置くように伝える。
少しぐらい戸惑うかと思ったのに。彼の顔は訊こうとしてくれている。
いつもの陽気な顔のままで。むしろこちらの鼓動が
そりゃそうだよな、おれから話を持ちかける時はいつも「差し迫った大事な話」だったんだから。
でも。今回はそんな不穏なものじゃない。それだけわかってくれればいいんだ。
「もう一回、変わるのか?」
それだけ聞かれた。重さと軽さを両方感じるような声だった。
「──そのつもり」
「死なない、よな」
「だから、一緒に
あえて、生きるとは言わなかった。死にもしないし、死ねもしないが、死にたくもないし、生きたくもないのだ。
おれはそのどっちつかずを辞めに行く、その許可が欲しい、
そう言い終えて、顔を見ると、ホッとしたような顔をしていた。どうやら伝わったみたいだ。
「──それでお前はお前になれるのか?」
やけに真剣そうな顔で聞くから喉から笑いが込み上げてきそうになる。心配してもらっているのになんで酷い真似を、とは向こうも思っていないと信じたい。
「解ってるくせに、おれは、俺にはならない、"おれ"に染まるんだよ、限界まで、な」
あくまで、
皆々様が言うように、これからは頑張りすぎずに、
「それで、お前は楽に、──しあわせになれるのか」
また面倒なことを。まぁ、あいつらしいけど。
「しあわせにぃ? ……まさか。息をするのは、少し楽になるかな」
これが終わったらもう少し、思わせぶりな態度も、取れるはずだから。
「うん、わかった。いってこい」
よかった。許してくれた。
「さんきゅ、おれの部屋にいるから30分ぐらい待ってて、あっ、入るなよ? 邪魔だから」
「お、おう」
「そんじゃアプデしてきます」
「い、いってらっしゃぁい……」
襖を閉めて、ふと思い出す。ここはおれの部屋じゃなかった。でもせっかくムーディーな雰囲気、いや、覚悟を決めたと言うのにここで引き戻っては全部が無駄になる。
すぐさま。
「ちょっとぉ⁈そこオレの書斎なんだけどぉ!」
「……」
なんだよ書斎って。本棚もないただの和室だろ。……笑いそうになるのを必死に殺していく。
「おいこら答えろって」
「──うるせぇなぁ、畳張の方が落ち着くんだよ、黙ってろって言ったろ」
「じゃなくて、もっとほら! 先に言うことあんでしょうがよぉ」
せめて、いつもの会話をして。最悪の事態は起こらないと印象付けておくか。
「借して」
「いーよ、せめてパソコン返して」
「あ、そうか」
「そうかじゃねーわぃ」
「ごめん、じゃあアプデしてきます」
「おうっ」
もう一度襖を閉める。
「軽すぎんだよ……──さぁて、始めますか」
その奥で和陽が懲りずにまた何かごねているようだが幸い雨音にかき消されて聞こえない。好都合だ。
おれは深淵へ下り始める。もとい、
──お前は時間を棒に振る天才だな
──ほんとはありがたいとも思ってないんだろ? 和陽とか色んな人がクズなお前に手を差し伸べてくれてるのに。
──お前は一生救われるはずない、何にもできなくなったクズのままだ。
──治ってるくせに、ペテン師め
痛い、辛い、だけどだんだん
そうだ、おれはクズだ……
あぁ、もう認めるよ。
おれの自責は治らない。苦しいのはずっと続く。痛いのも。寝れないのも……ずっとおれのせいだ……
おれはこれからもおれの
おれはこれからも自己を、輝かしかった栄光も含めて鞭を振るい続けるだろう。
でも、そんなおれにも照らしてくれる光ができたから。
そいつにだけは、
そうしておれは生ける
これがおれが1人で為せる、最大限の
三.影と光、それでも2人で。
あれから数週間後、秋瓢はめっきり変わってしまった。前より目線は低くなり、目の活気は元からなかったのにさらに失われ、ハイライトも見当たらなくなった。
極め付けは……
「──お待たせ」
今まで通り、どギツい皮肉もバシバシ飛んでくるし、見た目は前より元気そう。でもぉ……なんて言ったらいいかわからんけど、
「まさかこんなに落ちぶれるとは」
「お前が光ならおれは影になろうと思って……なぁんて、おれに言われたら迷惑か……ごめんなぁ……?」
「もうちょい
「……そうか、そうかも……頑張ってみるよ、できるだけなw」
「なにをぉ?w」
「ランタンぐらいにはなれるかも……蝋燭の」
「それぐらいでいいからもうちょいアゲてこーぜ? なんか調子狂うし」
「……ごめんなぁ……、おれが一存で仄暗くなったからぁ……」
「はいはい、とりあえず教室行くぞ」
「歩幅早すぎんだぞ、舐めてる?」
「情緒ブレブレすぎんだろ!」
「悪りぃか?おれはヘドロみたいな悪どいクズだぞ?」
「知ってるよ」
幽霊みたいに気力がなくなっちゃったみたいだけど、最初の
これからの毎日を一緒に、