一、
オレは昔からタバコの匂いと、「煙」
「なぁ、タコパしねぇ? 3人で」
秋瓢に声をかけてみる。意外と返事は早かった。
「おれは別にいいけど……お前ケムいの苦手じゃなかったっけ。焼肉も行きたがらないのに」
「いーじゃん。たまの贅沢なんだし、作んの楽しそうじゃん」
「じゃあなんで3人なんだよ」
「パーティにならないだろ、2人だと。
もっともらしい言い訳を口走り、真意を隠そうとする。
「……それもそうか、でも
──顔に出てたかなあ、わかりやすすぎんだろ、オレ
たこ焼きを食べるというのは完全に自己満の弔いのつもりだった。今までまともに向き合ったことがなかったから。
じーちゃん、──父方の祖父が亡くなったのは8歳の頃だった。今の弟と同じくらいの歳。うちの親は少し晩婚気味だったから、多分じーちゃんは80になる手前で死んだんだと思う。
父さんとじーちゃんは昔からタバコと酒のことで反りが合わなかったらしくて、じーちゃん家にいくと
ばーちゃんはこれも父さんが子供の頃に病気で亡くなったらしく、今思えば酒とタバコと、おれに会うことが生きがいだったのかもしれない。そのせいか母さんとおれには別人のように優しかった。父さんは「子供の妻に色目使いやがって。昔から女好きだから女子供には甘いんだよ」とぼやいてたっけ。母さんには「パパの方がよっぽど
ともかく、
「じーちゃんってとーさんのことキライなの? いじわるしちゃダメなんだぞ」
その時のオレはまだまだ幼稚園の小僧だったので、自分の大切な人を嫌ってる奴がいるなんて思ってもみなかったから、喧嘩を仲裁するような格好になって。
自分の孫が反目してくるほど、
「
それを聞いた瞬間、もう一回怒鳴ってやろうと思った。その矢先。
けどなぁ──
「そげに
「だいじなのに、やさしくしないの? なんで? オレにはオモチャもヒーローベルトも買ってくれたのに。かーさんにだって」
「かすみさんとお前は元は他人やもん。けど、賢太郎──父さんとじーちゃんはずぅっと昔から家族やし。
きょとんとしたオレの顔を、髪を、乱雑に弄る骨ばった手。行きはいつも通りヤニ臭くて、酒臭くて。
不思議と離れたくなかった。大事なことを言われているのだけは分かったから。
「うん。わかった。でもとーさんあんまいじめんなよ? オレ怒るから」
「うっ……さすがはヒーロー目指しとるだけあるわなぁ、敵わんわ……いつものたこ焼きで手打ちにせん?
「くちふーじじゃないなら食う!」
「お前そがん言葉どこで覚えた……」
「ケーサツが出てくるドラマ!」
「何しよんがあいつ……」
そのお手製のたこ焼きがどんな意味になるのかなんて知る由もなくて。
それから数年後、オレは生まれて初めて学校を休んだ。
着慣れない
「いい? かずくん。今日のお休みはじーちゃんとお別れをするためのものなの。お行儀よくしててね」
お別れ。お葬式という言葉を使わなかった、通夜に寄越さなかったのは多分母さんの優しさだったんだと思う。初めてだったし。
ゾロゾロと部屋に入ってくる似た装いの知らない誰か。
耳をそばだてるとすすり泣く声や、「あんだけ好き放題やってたのに肺もやらずに行けるなんて大往生やねぇ」なんて声も聞こえる
だいおうじょう。その言葉の意味は分からなかったが、泣き声がしたということは、これは卒園式のような「バイバイ」の会なんだろうと思っていた。きっとまた会おう、
コン、コン、と響く木魚の音と、わかるはずもない読経も得体の知れない不気味さを醸していた。焼香をして、血の気の失せたじーちゃんの顔を見ても、まだ生きていると思っていた。いや、気づいていないふりをした。
あの言葉を聞くまでは。
親戚だろう誰かが、父さんに声をかける。
「お疲れのところごめんなさいね。この度はご愁傷様でした。でも厳かなお式になってさぞや秀五郎さんも浮かばれたでしょう」
それは
──まさか、
今までゲームやドラマの中の
挨拶が終わった頃を見計らって父さんを捕まえる。
嘘だと言って欲しかった。寝てるだけだって。
「ね、ねぇ……とーさん……」
「……和陽、
「えぇ……」
多分、父さんも次の言葉を分かっていたと思う。オレがよく夕方のサスペンスドラマを見ているのを知っていたから。
「……じーちゃん、死んだ?」
「うん」
「殺されたの?」
「違う」
「殺されなきゃ死なないはずだろ? ……血出てなかったもん……」
「……そうだな」
「とーさんは死ぬの止めた?」
「ううん、父さんも前の週に聴いたんだ」
「嘘」
「嘘じゃない、あのな、和陽はもうお兄さんだからこの話聞けると思うけど──殺されなくても人は死んじゃうんだ、母さんも父さんも、和陽もいつかは死ぬ、人は全員死ぬんだよ」
「ウソ……つくなぁ! ……じーちゃん返せ……っ!」
訳がわからなくなって殴りかかろうとすると抱きとめられる。
「しっかり聞け、和陽! 親父は──じいちゃんはもう疲れたんだ、
ふと見上げた顔には、涙が浮かんでいた。父さんが泣いてる。これも初めてだった。父さんも悲しいんだ。
「──っゔん……!」
火葬場。父さんには棺の前でありがとうって言うだけでいいって言われたけど、その時のオレはもう意固地になってたから、終わりまでついて行くって聞かなかった。
色とりどりの花で彩られたところに「なんだ、キレーじゃん。良かったな」なんて落ち着きを取り戻そうとしていた時に、火葬の準備が整った。
「それでは、最期に声を掛けてあげてください」
「ほら、和陽」
「じーちゃん、じゃあな。手紙ちゃんと読んでな──ありがとう……!」
これで終わりだと思っていたのに。どんどん奥へ奥へと奥まって行く棺。
ガチャンと重々しい音が響いたあと……けたたましい音が聞こえる。何かはわからないが中で痛ましいことが起きている気がした。オレは
──助けなきゃ、じーちゃんが危ない
一瞬
次に出てきたのは
「……オレ……トイレ行ってきていい?」
遺骨は移せなかった。どうしても。
オレは知らないトイレの中で、泣きじゃくっていた。
──ということがあったから、それを弔う線香の香りも、それを思わせる煙自体も嫌いになって、「死」がトラウマになった。大人たちがあれだけ配慮してくれたのに首を突っ込んだオレのせいなんだけど。
だから、秋瓢のことを簡単に死なせたくなかったんだ。トラウマか、それ以上に堕ちる気しかしなかったから。
──あの時ちゃんと向き合えなくてごめんなさい、でもオレ、大人になったよ。大事な人もできた。だから安心してくれ……今も草葉の陰なんて信じてないけど。どっかで見てくれてんだろ? じーちゃん。
「ひーくん……?」
「……うぇ」
「すっげぇ泣いてっけど、そんな状態でタコ切るなよ」
「マジぃ……? いや実はさぁ……」
もう……時効だよな。
二、
前々から、和陽がなぜそこまで他人の(おれなんかの)「生」に執着するのか甚だ懐疑的だった。けど、その謎が今解明された。
「──って話があったわけ、今はギリ耐えられるけど、いまだに
本当に泣き腫らすという表現が似合うほどの泣きっぷりだった。むしろ今までの行動がしょうがなく思ってしまうぐらいに。
オレが死んでじいちゃんが生き返るならそれでも構わない、と言って初めて親父さんに殴られたとも言っていた。
彼は、大切な人の
だからこそ、気を病んで、常に死に急いでいるおれといることが彼にとって吉なのか勘ぐってしまう。友人を責め苦に追いやってほど生きていたくはない。
「──良かったの? 初めてがこんなやつで」
話してくれてありがとう、と言えば良かったのに、それよりも、そんなことを言い置いておれが抱えきれなかったらどうするつもりだったんだ、という抗議が僅かに勝ってしまった。
「知っといて欲しかったから、もう家族みたいなもんだし、ずっと隠して接するのもフェアじゃねーじゃん? オレもお前かそれ以上に自分の
この期に及んでまだ余裕な顔を見せるのかこいつは。そんなやつだから。離れるに離れられなくなるというのに。
でも一つだけ分かって安心した。
「──キツかったら
これは紛れもなく本心だった。
「──ほぉ?」
あろうことかこいつは「そんなこと言うなんて」と意外の二文字を顔に書いている。ムカつく。
ムカつく、けど。うれしかった?
「じゃあ、そんときがあったら肩貸してもらうな」
「どーぞ、──でさぁ」
「ん?」
「そんな話を聞いてどんな感じでタコパすればいいわけ?」
「……あー…できるだけ普通に? 悪りぃな」
彼は苦笑いを返した。
まぁ、今までの貸しもあるし、少しぐらいならわがままを聞いてやれる、気もする。
三、
「このたこ焼き美味しいです! 遠輿先輩って本当に料理お上手なんですね!」
邑くんの無邪気な声に反して、オレの心境は複雑だった。完全にじーちゃんの手グセで作っちゃったから。
「はは……あんがと、たこ焼き作んの久々だからミスってないか心配だったけど、喜んでもらえて良かったよ」
『なにをいけしゃあしゃあと』なのか、『顔に出てるぞバカ』なのか、秋瓢には訝しげな目で見られたが。
「まぁ、美味いは美味い」
「ちょっと燈沓先輩、もうちょっと素直に褒めてあげてくださいよ〜」
「図に乗るからダメ」
「えぇ〜、美味いのにぃ」
「秋瓢はこれでも褒めてる方だから大丈夫大丈夫! 素直な褒め言葉は邑くんので十分だよ〜、さんきゅな」
それは本当にそうだった。オレは二人の言い方で、2人の言葉を知っている。だからこそ繋がったこの縁をそのままの形で、相手の望む形で大事にしたいと思えるようになった。そのためならオレはどうなろうと構わない。
そう思うオレの暴走は相棒が止めてくれると思うから。
タコパが解散したのは午前2時。3人とも午後からなのでなあなあになって邑くんを遅くまで引き留めてしまった。まあ、本人乗り気だったし、徒歩10秒なんだけど。
寝る前に秋瓢に肩を叩かれる。
「はいはい悪うござんしたよ……ちょっとはしゃぎすぎ──」
「そうじゃなくて。ちゃんと行けよ、行けそうなら」
「わかりました、なんならお前もついてく?顔合わせも兼ねて」
「新婚かて」
「弟にも会わせたいんだよ」
「気が向いたらな」
「前向きに受け取りまぁす、おやすみ」
「おやすみ」
ケツ叩かれちゃったよ。謝んなきゃいけないのに。
──今から行ってもあったかく迎えてくれんのかなぁ。