一、
僕が人から「料理がうまい」と言われるようになったのはいつからだったっけ。
幼稚園の林間学級の時も、沢辺でニジマスを焼いて、目玉まで美味しそうに食べたらしいと、母さんは少し恥ずかしそうに笑っていた。
川のせせらぎに、ちらちらと光る
きっと子供なりに「いただきます」の意味をしっかりわかってた、いや、──
「食」は死を取り扱うもの。自分が生きるために他の命を|
そんな僕に母さんは「食べるの好きだからって、目とか皮まで食べなくてもいいのよ。何せそこまでされると不格好だし」と嗜めるように頭を撫でていた。
そういうことがあったから、僕は肉や魚、野菜に至るまで、ついしばらくまで生きていたものとして見えることが多い。できる限り、美味しく頂かなければなるまいとして、自然と台所に立つことが増えた。場数が増えればそれなりにこなれてくるもので。調理実習のときも「邑嶺のところだけ味が異様に違う、美味い」とお世辞か本音か、褒めてもらうこともあった。
──普通、こういう文脈の中でものを語ると食べれなくなりそうなもんだと、僕も思う。
いまだに焼き魚の皮も食べるし、骨ももう一度焼いてせんべいにしてから食べてる。味付け用のレモンや彩りのパセリなんかも──梅干しのタネに至るまで事故を装って毎回呑んでいる。
でも、一度目玉までしゃぶり尽くしてしまった身からすると、変に残って、なんにせよいずれ
ついこの前、先輩たちにこのことをぽろっと話してしまったことがある。
いつものように、作り過ぎてしまった余り物を隣の部屋に届けに行こうとした時に、せっかくだから一緒に食おうぜ、と帰る僕を遠輿先輩が止め置いてくれたのだ。
「いやぁ、美味かったぁ……いつも本当にありがとなぁ! 店でも開けばいいのに」
「大袈裟ですよ……でもありがとうございます!」
「誰かに教えてもらったん? お母さんとか」
「……ひーくん、聞きすぎ」
「別にこんぐらい普通じゃねーの?」
「そうやっておれの地雷何個か踏み抜いてきたの忘れた?」
「うっ……」
「いいんです、別に人に話すようなことでも、隠しておきたいことでもないと思ってるんで……独学です、多分母の味とも違うと思います……命をいただくからには何がなんでも、残したくないんです。一つ残らず。せっかくこんな僕の一部になってくれてるんだから……って、変ですかね? そんな理屈で唐揚げのレモンも、梅干しのタネも……今日の角煮の生姜も──食べようとしちゃうのは」
今まで誰にも──家族にすら言わずに抱え込んできた、大っぴらにカミングアウトとも、告白というのもしっくりこない
返ってきた返事は案外──いや、以外にも簡素だった。
「まぁ、そういう食い方する人がいてもいい……と思う。おれがとやかくもの申せる立場にはないけど。──訂正。やっぱ外はダメだと思うけど、おれは気にしないよ。食べ物に貪欲だとも思わない。食べ物にまでそんな慈しいなら、相当できた知り合いってことかねぇ……おれにはもったいないぐらいだ」
次の言葉に僕は唾を飲んだ。
「おれのことも丁寧に
「ひっ……」
「どっちが『危なっかしいからやめろ』だ! お前の方がよっぽどきな臭いわ!」
すごい綺麗なスイングで叩かれていた。
「いてっ……すんませぇん……すっくんもごめんね」
「いっ、いえ……! むしろこんな話してすいません!」
「いえいえ〜、クズにできるのはこのくらいだから」
「燈沓先輩はクズじゃないです」
「マジトーンで言わないでよぉ」
「はいはい、収拾つかなくなるからストォ〜ップ! で作ってっからわかるけど……食いもんの好みとか作る時の考えって、その人が見てきたものとか感じてきたものに直結してんじゃねーかなぁ……お作法とかじゃなくて、食えるもの食べとこう〜の範囲がオレじゃそんな広くならんもん。でも本来はそのくらいの気概で食べなきゃいけないのかもなぁ〜、なぁんつって」
「美談にしないでくださいよ!」
「やめる気あんの?」
「ありませんけど……少なくとも人前では控えるようにしてるんですからぁ!」
「
「バカ! 変な言い方やめろ! ……でも本当にざっくばらんにオレらのこと扱ってくれていーからな?」
あぁ、先輩方は本当に優しい。僕の全てを何気ない顔で迎えてくれる。2人は自分にも人より欠けたとこがあるから、と笑うが──たとえそれが本当だとしても、僕には分不相応なぐらい。だから優しさを返したくなる。料理なんかの形になるもので。これも僕の選択だ。2人と
「──努力します!」
「何言わせてんだよ」
「えぇ……? ダメぇ?」
「お心遣い、ありがとうございます!」
嬉しいのは本当だ。
──でも、いつか、隠すものも、緊張も、ぎごちなさも……今ある胸の
──なりたいなぁ。
二.死生観と喰らうこと
おれは最近死生観について考えてることが多い。暇だからというより、ふとした時に頭をもたげてきてしまうのだ。おれはまだ、
なぜおれはあいつを殺したい──有り体に言えば、消えたい、死にたいと無性に思うのか。救われたと思えることがあってもまたすぐに堕ちてしまうのか。それを他人に少しでもわかりやすく
和陽は「そんなに焦らなくてもいんじゃね? オレはどんなお前でも好きでいるつもりだし」と肩を叩いてくれるが、そういう話でもない。
──それよりもまず。
「励まし方がプロポーズくさいんだよ、お前絶対
「お前が拒んでないからもっと
よかった、少なくとも肩が触れ合うかどうかの距離で、同じソファに座っているにはそれなりの
「自覚あんのかい、なら尚更考えろ」
「でもさぁ、オレがいきなり距離離したらよそよそしくなんない? 大丈夫?」
「──」
それは、なんか……寂しい。やっとこさこの距離感に慣れてきたところだったのに。
「おいおい黙んなよwかんわいいなぁ、だいじょーぶ、手も繋がないからw」
「そっちを期待してるわけじゃない」
「じゃあなんなのよぉ」
「今更
依存、と言われればそうなのかもしれない。でも和陽に会わなかったら、会っていたとしても──遅かれ早かれ朽ちるだけだったおれに、
──いや、嫌だ。
自分の時間で、自分のために生きるのは疲れたけど、俺や家族ではない誰かが、おれの時間を、おれと一緒にいたいと言ってくれているのなら、おれは苦々しくも、惨めったらしくでも呼吸を続けていられる。だから、おれももうすこし
これが、おれが己が身を滅ぼさんと再三思っておきながら死ぬのは怖いと手緩いことを言っていた理由なのだろう。
──
生に愚直な2人の青年の狭間で、自分の
「なんか邑くんなまた作って持ってきてくれるらしい。なんでも作りますだって……角煮とか送っちゃおっかなあ」
「お前さぁ、作ってもらう手間とか考えないわけ?」
おれが言えた
「人が作ってくれた飯が一番美味いと思ってるから!」
「俗だなぁ……否定しないけど」
結局その場では角煮をいただくことにして、後に個人チャットで「ごめんね」とだけ送っておいた。
夕食会は和やかに進み、一風かわった牛の角煮をご馳走になった。普段から食に興味の薄いおれですら、スルスルと箸が進む旨さだった。脂の甘みとあえて薄味にしてあるつけダレの塩梅が絶妙だった。
おれでさえもそうなのだ。普段から食に遊びにと余念がないひーくんは白飯3杯なんて余裕そうで。
「うめぇ……やっぱ邑くん天才!」
「褒め過ぎですってぇ」
「美味いよ……おれでも普通にすいすい食べれる」
「脂っこいの苦手だもんなぁ」
「脂じゃなくてブヨブヨが苦手なだけで……」
「よかったぁ……好みあると思って脂身ありとなし両方とも作ってよかったです!」
「「配慮あり!?」」
「……いやぁ、本当すんません……」
「……できるだけ美味しく食べて欲しいですから」
おれなんぞにこんなに心を配ってくれるなんて……すっくんはなんて出来た人間なんだ。浄化される……消えて無くなりたい……
本当におれにはもったいないぐらいのいい
「「ごちそうさまでした」」
「お粗末さまでした、僕お皿洗っちゃいますね……」
「いい、おれがやる。毎日やってないと感覚忘れるから」
「律儀だねぇ、自分の家なんだからご厚意に甘えればいいのに……」
「そういうわけにもいかないでしょ、貰うね」
「はいっ……あっ、その前に──お汁と生姜もらってもいいですか…?僕好きなので」
……生姜を? 香り付けのはずだろ?まぁ、食べても不思議はないけど
「どーぞ」
──
「すいませんでした、軽くでいいので!」
「はいよぉ」
洗い場に深皿を置いた時おれは軽く絶句した。
具材はおろか、
(まさか、すっくんが全部……? まぁ、聞くことでもないか)
さっと面取りするように軽く洗っただけで返した。
水洗いと同じように、さっと流そうと思ったのに。またあいつが余計な口を叩いた。
「いやぁ、美味かったぁ……いつも本当にありがとなぁ! 店でも開けばいいのに」
「大袈裟ですよ……でもありがとうございます!」
「誰かに教えてもらったん? お母さんとか」
「……ひーくん、聞きすぎ」
「別にこんぐらい普通じゃねーの?」
「そうやっておれの地雷何個か踏み抜いてきたの忘れた?」
おれは察していた。すっくん本人はこれを人に話すにも満たない
彼は自分で作ったものなのに……ありがたがるように、恐縮したように、慈しむように
……わかりやすく言えば、目立たないところに変わった形のホクロがある、みたいなそんな
「うっ……」
「いいんです、別に人に話すようなことでも、隠しておきたいことでもないと思ってるんで……独学なんです。多分母の味とも違うと思います……命をいただくからには何がなんでも、
そんなことない、というわけでもない。実際には無作法だと思うし。でも咎められこそすれ、責められることではないと思う。──むしろ、
和陽は『そこまで食うんだぁ……』と単純に面食らっているのか、そのまんま顔に書いてあった。
おれとしては、他人の食い方に横槍を入れるほどの知識も興味もないし、なんにせよそこまで気をもむ気力がない。
「まぁ、そういう食い方する人がいてもいい……と思う。おれがとやかくもの申せる立場にはないけど。──訂正。やっぱ外はダメだと思うけど、おれは気にしないよ。食べ物に貪欲だとも思わない。食べ物にまでそんな慈しいなら、相当できた知り合いってことかねぇ……おれにはもったいないぐらいだ」
注意するでもない、でも、いいとも言わない……こういう温度の低い関わりを取れるのがおれの役回りだと最近思い始めている。
だから、ちょっとちょけてみた。
「おれのことも丁寧に屠ってくれそー」
「ひっ……」
「どっちが『危なっかしいからやめろ』だ! お前の方がよっぽどきな臭いわ!」
「いてっ……すんませぇん……すっくんもごめんね」
「いっ、いえ……! むしろこんな話してすいません!」
「いえいえ〜、クズにできるのはこのくらいだから」
「燈沓先輩はクズじゃないです」
「マジトーンで言わないでよぉ」
「はいはい、収拾つかなくなるからストォ〜ップ! ……でも、作ってっからわかるけど……食いもんの好みとか作る時の考えって、その人が見てきたものとか感じてきたものに直結してんじゃねーかなぁ……お作法とかじゃなくて、食えるもの食べとこう〜の範囲がそんな広くならんもん。でも本来はそのくらいの気概で食べなきゃいけないのかもなぁ〜、なぁんつって」
人の行動が、美学を
その人に合う空気感を作り出せる和陽だからこそ、人に染みていく言葉にできるのかもしれない。
「美談にしないでくださいよ!」
「やめる気あんの?」
「ありませんけど……少なくとも人前では控えるようにしてるんですからぁ!」
「和陽はねぇ、音の鳴るおもちゃが好きなんだよ、おれも一端の人じゃないからそういうのもっと聞きたい」
「バカ! 変な言い方やめろ! ……でも本当にざっくばらんにオレらのこと扱ってくれていーからな? 少なくともオレの認識の中じゃ、2人ともっと仲良くなりたいなぁって思ってるし」
またこいつは……すぐおれのことも矢面に立たせようとする。人との交友を増やすのは随分前に
「……右に同じ」
おれもそうだ、とは素直に言えなかった。おれがどう思っていても離れたいというのなら離れてくれていい。
「──努力します!」
あぁ、すっくんのやつ……最近おれに似てきちゃったなぁ……元から似てたのかもしれないけど。せめてこんな善人が潰れておれみたいにならないことを祈るばかりだ。
「何言わせてんだよ」
「えぇ……? ダメぇ?」
「お心遣い、ありがとうございます! それじゃおやすみなさい!
「「おやすみー」」
「……行っちゃったな」
「隣だろ」
「でも寂しいじゃあ〜ん……あっ、おれじゃダメなのってことぉ〜? wかわいいなぁ……w」
「お前さぁ……黙れないわけ……? ウザイんだけど……」
「ウザ絡みしたい気分なの、付き合ってよぉ」
「はぁ……いーよ。どーぞ」
「やりぃ」
「てかさぁ」
「ん?」
「なんでいつも歌に繋げたがるの? 人生とか、旅とかそういうの好きそーじゃん」
「好きだよ、そういうド級の王道なやつ。あとはぁ、おれの肌に合う? 表現しやすい? そんな感じ? 手料理もその人の考え方とか、手癖とかがでると思うんよね……ほら、邑くんだって脂身避けてくれたりしてたろ?」
和陽曰く料理のやり方や家事の手法、手際などは『家のこと』なので、その人の
おれはこいつの家庭料理には一角の才があるように思う……繊細かと言われると男飯じみた味付けだが。台所に立ったことのないおれからしたら、一品作れるだけでも、作ってもらえるだけでもありがたい。
何かおれも形に、記憶に残るもので返したい。こんなおれの手を握ってくれる誰かの心に報いたい。
三、
その日は昼間が空いていたので、珍しく、というか秘密裏に台所に立っていた。とはいえおれが自分のために作れるのはカップラーメンぐらいだし、いくら情のある相手にとはいえ心を砕いてこしらえてやる気までは起きない。
だったら、自分の好みに従って
「これ、お願いします」
──
「さて、やりますか」
用意したのは大振りのさつまいもを2本。さつま天とフライドポテト(素揚げ)にする用にわざわざ町外れのスーパーにまで足を伸ばしたのだ。
とはいえ炊事場関係はずっと母さんの手際を見ていただけで、自分で作った試しはない、レシピを調べる気力もない。完全に記憶の中の猿真似だ。
バットに小麦粉と溶き卵を入れたものを用意して、皮ごと衣をつけていく。
もう一本もまた皮付きのまま半月型に切っていく。
おれが食うのは強いていえば
さつま天を揚げ油でそのままポテトも揚げていく。この工程を繰り返す。単に油の節約のためだ。
1度目は180℃、2度目は230℃。和陽と一緒に住んでいたおかげで、我が家にはちゃんとした温度計がある。
1人だったら菜箸に頼るハメになってた。確実に。
パチパチと弾く油の音。今となれば和陽に主導権を取られかねないが、1人きりで、自分のペースで。料理ができていくのを見れる。
(なるほどねぇ……これが好きなのもいるわけか……)
なんとも思わない、楽しいとも、楽しみとも。それどころか後片付けの存在が明確に後ろに控えているように見える。
(そういうことか……まぁ確かに言い得て妙かも)
おれは出来上がることよりも、料理を
「めんどくさ……
──
「やっと終わった……おっ、結構できてんじゃん」
油切りのために敷いた網のうえに鎮座する黄金色の芋達。
せっかくだから揚げたてを……とも思わなくもないが、あったかいのは苦手だ。へにゃった衣の方が好き。食いやすいし。
(1個ぐらいは食わないと罰当たりか)
サクッ。
衣がはだけてホクホクとした外見が姿を現す。美味いけど……
甘い……
まるで琥珀糖をまぶしたような味だ。味はいいがぶん殴られたみたいな気持ちになった。コーヒーだと思って入れたものが
「もしかして蜜芋買っちゃった……? 焼き芋向きのやつじゃん、ごめんな適正な使い方してやれないで」
味は良かったので失敗、とまではいかないが、おすすめのやり方ではなかったようだ。おかず適性ではない子を使ってしまった。
でもあの2人なら、美味いと言ったまま食べきってくれるだろう。
「……さてと……凝固剤どこだっけ」
油の処理だけには手を焼いた。
四.
「ただいまぁ」
「はいはいおかえりぃ」
「お前も一緒に帰ってきただろw」
扉を開けるとくっそいい匂いがした。油の香ばしい匂いと焼けたような匂いが混ざっている。揚げ物か? でもオレ作ってないけどなぁ……
ラップ越しに見ると、それはくっそでかいさつまいもの天ぷらと、オレの好きな皮付きフライドポテトだ。
「大学行く前に惣菜買った?」
「おれがつくった」
「え゛っ、午前中に、1人で⁈」
あの秋瓢が……? というのが顔に出てたかもしれない
「何その反応……心外なんだけど」
「秋瓢ぁ〜♡」
「だからくっつくなって……言っとくけどつまみ用だから。お前らのためじゃない」
「お前
「別に……油の凝固剤切れたから後で買ってきて」
「はいはい、承りましたぁ」
少し頬が赤らんだ気がした。全く、素直じゃねーんだから。やっぱり料理の作り方にはその人、もっというと、人との向き合い方が出る気がする。周りに気づかれないように静かに、誰かのことを思うこと。それが秋瓢の距離の取り方、近づき方……謳ってきた
君はそれを卑怯な日陰者の唄だと、疎むだろうけど、オレはそんな君を信頼してる。大好き。
「いつか面と向かって教えてくれよぉ〜」
「なんか言った?」
「独り言ぉ、……んまっ」
「ちょっ、つまみ食いすんな!」
「いーじゃんちょっとだけぇ」
「夜まで待てって、すっくんにあげる分がなくなる」
「へいへい」
きっとオレらはたとえ歪な形になっても与え、与えられを繰り返していくのだろう。オレはその一瞬をこいつらと一緒に、食と共に、楽しみ尽くしていきたいと何度目になるか、思い直していた。