一、湯けむりデート
同年代の喧騒の中をオレ、遠輿和陽は駆け抜けている。
理由はもちろん、
同じ雑踏を、忌々しげに少し斜め下から見据える仄暗い目、いつも通りボサボサな黒髪、オレが来るたびに不機嫌そうなへの字になる──
「ストップ」
「なんだよ」
「またおれで状況描写の練習しようとしただろ」
「ぎくっ」
「……わざとらし……」
「なんでバレた……?」
「お前ほんと顔に出やすいって自覚ないよね」
「ほんとかぁ〜?」
そうはいうけど、単に秋瓢が人間観察が上手いだけな気もする。
10月某日、街はもうハロウィンが間近なことを知らせつつある。
そして今日は待ちに待ったあの日だ。
「初めての
「デート言うな。遊びになら散々行ってるだろ」
「でもさぁ〜」
もちろんオレたちは
「その前に……ちゃんと課題終わらせたんだろうな」
まったく、優等生モードになれなくなって月日も経つってのに、生真面目なところは微動だにせず、移り気なオレを射抜いてくる。
「もちのろん! いやぁ、目の前の人に手習いできるってのは幸福なもんだねぇ」
「は?
普通に元々文章を書くレベルが高い人といたんで、自然と鍛錬できました、って感謝の意を伝えたはずだが、言葉選びをミスったのか、ひん剥かれるかと思う勢いでほっぺたをつねられた。
ぐにぃ……
「いでででっ……なんか気に障ることしたんならごめんて! ……力強っ……! いい加減話してぇ!」
「皮肉のつもりじゃなかったってわけ……?」
はぁ──、
……と路肩のゴミでも見るような目で見据えられる。そのせいでオレは怒られるたんびに年甲斐もなく頬に水気を感じる羽目になるのだが……
「ほんと言葉気をつけろよお前……」
「すんませんしたぁ〜」
今回ばかりは本当に度が過ぎたらしい。この後の工程で信頼を取り戻さないと……
「で? 今日はどこ行くの?」
「今日はぁ?
「お前……事前に相談もなく……」
「相談してたら行き渋るだろ、オレに任せるって言われたし」
「うっ……」
一緒に暮らしはじめてもうそろそろ節目になる。だから記念日的な意味で、温泉にでも入って羽を伸ばしたかったというのが本音。といってもまったく秋瓢のことを考えていないわけでもない。いわゆる慰労会のようなものだ。
秋瓢の自己嫌悪もだいぶ──下の方でだが──大きなブレもなく安定してきたが故の提案。本人は外出に対してすんげぇ後ろ向きなので、温泉に行こうなんて口に出した日には、絶対に首を縦に振らないだろうと思っていたので勝手にやった。
──でも、
多分、旅費や旅先でメンタルが不安定になった時のことを見越して、
「……ったく、お前手動でゴリ押せばどうにかなると思いやがって……でも、ありがとう」
ほら、やっぱりバレていた。
「こっちこそあんがと……なるべく車で遠くないところの日帰りもできる温泉にしてあるから、ちょっと付き添い、頼むな」
「……ん」
──
家に帰って車に乗り込む。
「あっくんって車酔いとかあったっけ」
「別に……ってそんな遠くないとこじゃなかったのかよ」
「いやぁ、そのまま行っても片道90はかかるし、お宿行く前にゲーセン寄ろっかなと思って」
「……お気遣いどーも、ガヤガヤしてるところじゃなければ」
「りょーかい、そんじゃ行くぞ〜」
45分ぐらい経った頃、木が目についてきた。山を抜けようとしているらしい。
「うわぁ……木いっぱい……空気よさそー。秋瓢ぁ、窓開ける?」
「いい、自分で開ける」
ありゃ、意外に乗り気じゃんw、換気でオレ側の窓だけ開ける口実だったのに…
「涼しい……」
「秋も深まってきましたからねぇ」
「紅葉してる時に言えよそれ」
「えぇ〜、でも黄色っぽくなってんじゃん」
「黄色で満足なのかよ……てかちゃんと前見ろ、事故るぞ」
「いっけね……ありがと!」
あぶねー……こっからは脇見にならないようにしねーと。
──でも、黄色の葉の件はそれでも満足だった。それは
──
ゲーセンに着いたのは、──2人とも午前上がりだったので、ちょうど
「何やるか決めてんの?」
「デカい景品狙ってる時間ないから、旅行中の食べ物調達……あとはぁ、これ!」
オレはポップコーンとチュロスを足早に買ってきていた。
こういう遊園地っぽい食べ物に目がない。奮発してギガサイズを買ってしまった。オレは痩せの大食いなのだ。
「ポップコーン……相変わらずでかいし…。ひーくんこういうときじゃなくてもよく食ってるよね。好きなの?」
「おう! ……あっくんはどっちにする?」
「塩で、後チュロスもちょっと食べる」
「へいへぇい、すんません、ソルトとチュロスもう一個ずつ。普通のサイズで」
「──そんなに使って元手はあるわけ?」
「ふっふーん♪ オレこういうの得意なんだよね〜、ささっ、お菓子と炭酸乱獲したるぞっと♪」
あった。ルーレットを止めて、落ちたら全部獲れるやつ。
しかもかなりグラグラだ。後数手のところで店員も気づいていないのか
「取れなくて諦めたなぁ……漁夫ってやる……」
【ルーレットを止めてね! とれるかなぁ〜?】
「そこっ!」
タァン……!
【おめでとう! 景品ゲットだよ!】
どさどさと、けたたましい音を立てていろんな味のポテチが落ちてくる。
「1クレで全消しかよ……」
若干引かれてるがこれはご縁、致し方ない。
「さて、次は飲みもん行くぞ〜」
次は業務用の炭酸飲料が箱ごとリングに吊るされてるタイプのクレーンゲーム。
これは当たりどころが良くないとどんどん金がお陀仏になる。
「箱物は取っ手を無視して角をねらう! ……あれぇ?」
1回目はかすったが、幸い500円で1回付いてくるタイプだったので
結果として、最初のポップコーンから数えて5000円の出費で済んだ。遊興費は一万のつもりだったので、後5000円余ってる。
「……変に当たっちゃったな……、時間も余ってるし……」
「欲出すと死ぬぞ……もう大勝ちだろ」
秋瓢の指摘はもっともだった。こういってしまえば悪いが、アミューズメントは欲を依代に金を出す仕組みだ。過ぎれば
でも、何か形に残るものもお土産にしたい。見れば今日の記憶が呼び起こされるような……
「分かってんだけどさぁ……、あっ、これ良くね? 指輪!」
「はぁ? これプラのおもちゃだろ」
これはお菓子やなんかが押し出されればゲットできるタイプの比較的簡単な部類のタイプだった。
申し訳程度の当たり枠なのか、指輪にダイヤカットの宝石がついたものが所狭しと並んでいる。見た目だけは本物と遜色ない
2クレだけやって出たのは黄色と紫の指輪だった。サイズも含めて、見てくれは鮮やかだけど、触ればいかにもおもちゃな半透明の宝石。でも狙い通りのものだった。
紫──勝手に据えた秋瓢の色だ。自分への
「──満足かよ」
「大いに! 紫はお前にやるよ」
「いらっ……──もらっとく」
「なんだよ不承不承そうなその顔はぁ……こういうのは意味付けだろ〜。思っときゃ本物になんの! 本物だと思っときゃいいの!」
「意味って何」
「アメジスト」
本当は本物を贈りたいけど、生憎それは金の工面的も、君にも重いだろうから。
だから、願うだけになるけど許してくれ。
──自分を嫌いになってまで他者に
「──そっちのは?」
まるで
「あ⁈……えっとぉ」
やっべ……考えてなかったぁ……秋瓢っぽいなって思ったっきり石なんて調べてないっての……
「
「トパーズ?」
「石言葉は……確か、友情、希望、成功……、誠実
「──っ!」
ああ、まただ。オレはいつだって
ふと目線を落とすと確かにオレの指輪も黄色というよりは琥珀かがった飴色だった。
「一本取られたなぁ。じゃあ決まり! これは
「チェックイン……」
あっ、いい雰囲気になってたからすっかり忘れてた。
「よかったまだギリギリ飯食える!」
「結局それかよ」
「とにかく急ぐぞ! ここのすぐ近くだから!」
「はいはい……」
ハンドルを握ったとき左手に光るそれが見えたときオレはなんとも言えない高揚感に胸が高鳴った。
二.濁りと清純
ゲームセンターから少し離れて、着いたの枕詞に「古き良き」が付きそうなほど古風な旅館だった。雰囲気作りなのかはわからないが、とても(いい意味で)日帰りの温泉施設が併設されているとは思えない。
「今日から素泊まりでお願いしてる遠輿ですけど……」
おれが聞きなれていないせいもあるが、上を名乗っている和陽にはいまだに慣れない。
もしも、本当におれたちに
「いやいや、何考えてんだおれは……」
オレもあいつもそんな
「チェックイン終わったよ〜部屋5階だって、飯は2階」
「ん」
「じきにお食事の用意ができますが、いかがなさいますか?」
「あっ、もうそんな時間か……じゃあそれで」
「よろしくお願いします」
昔の癖か、自分でも
「ご丁寧に。こちらこそ長旅お疲れ様でございました」
「あっくん、何赤くなってんだよ〜、照れてんのぉ?」
「うっせぇよ、礼儀だ礼儀」
──
2階の宴会場らしき場所に通されてしばらくして。見事な懐石料理と
「来てよかったな、秋瓢!」
「まだ早ぇわ、はしゃぎ過ぎ」
2人客だからなのだろう、他の団体客と相部屋になってしまっている。これにまで目くじらを立ててもしょうがないが、和気藹々とした声が耳を
「秋瓢……キツくね? 大丈夫か?」
「こんぐらいなら平気。それより早く食お」
「お〜」
(瑞々しい……)
マグロや鯛の刺身に対してこんなことを思えるぐらいには回復してきているのか、久々の遠出で和陽同様アガっているだけなのかはわからないが、いつもより美味い……気がする。
(治らなくても……
「あっくん、エビフライの尻尾もらってもいい?」
「相変わらず早食いだな……引くんだけど……」
「だってうめぇんだもん、そんで尻尾!」
「いーよ、おれいらないから」
「あんがと」
たとえ不安定であったとしても、和陽が一声かけてくれれば。おれは浮き足立たないでいられるらしい。
──
「おっ、珍し〜、完食じゃん!」
「人聞きの悪いこと言うな、いつも全部食べてるわ……あと声デカい!」
「あっ、すんませぇん……」
「風呂は……? 露天がいい」
「おっ、いいねぇ、これぞ温泉旅行ってやつですな!」
露天風呂。初めて入る。母さんの都合で家族水入らずの旅行というのは数少ない、それもあってか温泉は自然と選ばれなかった。
体を流したあと、硝子戸を隔てた先に踏み入る。
空はもう、墨を垂らした──ではすまない、色画用紙を置いたような黒、反対に湯船は温泉質で白濁していた。
「あっ、なんつーんだっけコレ。」
「
「んぁ〜、鳴んのかな」
「飾りだろ」
「なぁんだ」
2人だけしかいない、真っ暗な夜。不思議と数年前の
「なんかあの時と似てるな」
自然と口に出ていた。
「そーだなぁ……でも
「──本当に」
月は出ていない。そう、月は出ていないのだ。だから。今は死に時ではない。
それ以上、言葉は交わさなかった。
部屋に戻ってしばらくして。おれは独りになりたくなった。恐い癖に。
「湯冷めしたから、もう一回入り直してくる」
「……あんま長風呂すんなよ、──気ぃつけてな」
「大袈裟だな、帰ってくるよ」
その気はなかった。本当に。1人で思案したい内容は別にあった。
ちゃぷ……
水音を聞きながら乳白色に浸かる。
──アメジスト
──じゃあ決まり! これはオレらのアメジストとトパーズな!
本当に深い意味はないのだろう。彼は他意なく思わせぶりな発言をする。
次に降ってきた言葉は、おれが不意に答えてしまったあの言葉。
──トパーズ
──石言葉は……確か、友情、希望、成功……、誠実も入ってる
──
「希望……か」
不意な別れを望んでしまいそうなおれが、君に
──おれの
──こういうのは意味付けだろ〜、
そっか、そうだよな。
見かけだけの
信じたいなら、本物になるまで抱いていればいい、
「できっかなぁ……」
ふと吐いた弱音はどことなくあいつに似ていた気がした。
湯船の中に溶けてくれたことを願おう。
三.拝啓、
秋瓢が二度風呂から帰ってきてからオレたちは移動の疲れからかすぐ床についた。
翌朝はバイキングをしこたま食べて今帰路についている。
「いやぁ、楽しかったなぁ! 初めての旅行!」
「小、旅行だろ」
「いちいち釘刺すなよ〜、楽しくなかった?」
「まぁまぁ……」
「締まんないなぁ〜、気晴らしになってくれたならよかったよ」
なぁ──
「ん?」
「おれがこれから
「なんの話ぃ?」
「例え話だよ」
例えかぁ……そんなら答えは簡単だ。
「
「あっそ……耳障りな話してごめん」
「全然〜」
お前は
それが本物だってことは、君の手の中の